2006年10月15日
ブログの可能性:"pure"ということ
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ブログが縁で、『横浜逍遥亭』の中山さんと知り合い、HASHIこと橋村奉臣さんとも知り合うことができ、今月末私は東京都写真美術館を訪ねることになった。すでに触れたことだが、中山さんが橋村さんを称して使った言葉、英語の"pure"が、ずっと私の心の中で、不思議に輝き響き続けている。クリスタルが触れ合うときの音のような、鋭く、儚い、脆い音。
私は迷いながらこのブログを続けて来て、『横浜逍遥亭』に出会って、ブログの秘めた可能性に気づかされた。それがなければ、止めていたかもしれない。少なくとも現在のようには書き続けてはいなかったのは確かだ。私がその時気づかされた可能性こそ、まさに"pure"ということだったのだと、今になってはっきりと分かる。
日本語の純粋とか無邪気とかとは次元を異にする英語の"pure"。中山さんが全身の細胞に焼き付けるように感じ取った実際にお会いになった橋村さんが死守なさってきた"pure"。それは、この世に生き延びさせることを多くの人が断念せざるをえないような、よほど注意深く、繊細に、強固な意志で守り続けなれば、すぐさま消えてしまうような何かだ。
私が惹かれ続けて来た詩人が体現しているものも、そんな"pure"であることに気づいた。
もう少し、語れるだろうか。それは自分を偽らずにさらけ出す勇気が湛えるクオリアのような気がする。
私は『横浜逍遥亭』の毎日書き継がれる文章に接する度に、襟を正し、己の強がりや虚栄や性急さを静かに反省するのだった。私にとっては、『横浜逍遥亭』は己を映し出す鏡のような存在であり、そうであるのは、そこに"pure"が生き延びる場所がしっかりと作られているからであると思う。
珊瑚と宝貝、島尾敏雄さんの眼:奄美自由大学体験記9
思想 | |
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笠利(かさり)や国直(くになお)の浜に打ち寄せられた珊瑚の死骸や宝貝を拾って、小さなビニール袋に大切に仕舞って、札幌に持ち帰った。珊瑚の死骸は見ようによってはグロテクスな、殆ど人骨の一部のようでもある。家族は気持ち悪がっている。二週間前の叔父の葬儀の収骨の場面を思い出させる。宝貝は可愛らしい生まれたばかりの赤ちゃんが湛える、なんていうか、その存在全体が放つクオリティを彷彿とさせる。それらを私は机上の『島尾敏雄非小説集1南島篇1』の箱の上に置いて、いつでも視界の片隅に入るように、なぜか、そうしている。
名瀬の古書店「奄美庵」で出会ってしまった『島尾敏雄非小説集』全6巻。箱は第1巻のみ。今私の机の上ではその6冊が全部、開いている。第3巻までは「南島篇」、残りは「文学篇」。そして、もう一冊、今夏、石川啄木の筆跡を見るために訪れた函館、その駅前の丸井デパート地下で閉店叩き売りセール中の「いせや書房」の無料!棚で背取りした『島尾敏雄/庄野潤三集』(筑摩現代文学大系78)の「島尾敏雄年譜」の昭和30年前後が開いている。
島尾敏雄さんが止む無き事情で奄美大島に移住したのが、昭和30年10月。三十八歳の時だ。ちなみに、私が生まれたのは昭和32年。私がこの世に生まれてくる前後に、島尾敏雄さんは、沖縄、奄美の島々について、非常に高密度な文章を沢山書いている。島尾さんの眼には「南島」というフレームが出来上がっていったようで、それはその後「ヤポネシア」、「琉球弧」といった、より大きなフレームの中に組み入れられて行くことになるようだ。そして、さらに島尾さんの眼のフレームは、アジア、アメリカ、ハワイ、ロシア、東欧、と実際に見聞しながら、ほとんど地球を覆うスケールに拡大していったようだ。面白い。
私の奄美大島体験の一番大きなガイドは、もちろん、今福龍太さんの「眼」であり、その背後に見え隠れする吉増剛造さんの「眼」であり、さらにその背後に感じる島尾敏雄さんの「眼」。そこにル・クレジオの「眼」が重なり、濱田康作さんの「眼」も重なっていて、まるで自分の眼が「トンボの眼」になったような感覚を覚えていた。
自分の奄美大島体験を追体験するために、私は実際に奄美大島に生活した島尾敏雄さんの「眼」を借りようとしていた。
『島尾敏雄非小説集』全6巻はどの巻も、目次を眺めるだけで、何かイメージに近いものが浮かんでくるような、魅力的なものだ。全6巻の目次を丹念に追っていると、無知な私にとっては「意外な」発見があった。例えば、第5巻には「フェリーニのおののき」という、昭和36年に発表された、思わず読まずにはいられなくなるような題名の文章が置かれている。わずか二頁余りの短い文章だが、タイトルに惹かれてすぐ読んだ私は驚いた。恐ろしいほど透徹した深い批評眼を感じた。映画『甘い生活』で描かれた「甘い生活」の裏に控える「もう一つの別の生活」へ眼を届かせる島尾敏雄さんは、フェリーニの心の底に潜む「甘さ」が臨む「深く暗く、そして『にがい』何かの気配」、「むなしさ」への「おののき」に優しく触れる。それだけではない。「自然の音響」、「数えることのできない『自然』を通じて送られてくる信号」、そのような「自然」を「はみだそうとする何か」、さらに、映画という表現メディアの持つ「危険なおとしあな」について、約半世紀前に書かれたものとは思えない、現代の映画批評文では出会ったこのとない、異常に深く鋭いコメントがさり気なく書かれている。私はそこに現れている島尾敏雄さんの「眼」こそ、私の奄美大島体験を追体験するために是非とも必要なものであり、それは少なくとも私にとっては「島尾文学」なる、ある巨大な記憶世界への「入り口」にもなるはずだと確信した。
ところで、突然思い出した。2004年のある日の早朝、サンフランシスコの市中を車で移動中、数カ所のうらぶれた街角でチカーノや黒人の老若混じった十数人の男たちの姿が眼に飛び込んで来たことがあった。おそらく日雇い労働の現場へ行く車を待っていたのだろう。彼らは一様に手持ち無沙汰に虚ろな暗い表情で静かに佇んでいた。
私はアメリカ滞在中、事ある毎に、今ここで、裸で放り出されたら、生きていけるだろうか、どうやって生きて行くだろうか、としきりにシミュレーションを繰り返していたことを思い出す。結論は、なんとか生きて行けるだろう、だったが、かりにそうして生きて行ったとして、それがどうだというのか。そもそもどうして俺はそんなことを想像しているのか、お前の根は日本にあるはずだ、それを忘れて、アメリカに根を降ろそうとでもするかのように、そんなことを考えるのは、間違っている。そんな自問自答をよく繰り返していたことを思い出す。人間にとって、本当の「根」とは何なのか。2年前に中断したままだった思考まで再開し始めた。
HASHIさんのインターネットへの信頼
インターネット | |
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HASHI[橋村奉臣]展公式サイトに「ブログ記事紹介」ページが存在すること自体に私は新鮮な驚きを感じていた。私は橋村さんのウェブサイトやウェブログ等のインターネット上のコミュニケーションに対する度量の大きな信頼を感じた。それは梅田さんがいうところの「不特定多数無限大」に対する「信頼」であり、玉石混淆、清濁併せ飲んだこの現実世界を、その「負の部分」も含めてまるごと引き受けつつ、そこから「正の部分」を救い上げるという肝の座った姿勢の故だと思う。日本ではまだまだインターネット全般に対する、その「開放性」に伴う様々な現実的リスク、トラブルのゆえに、ある意味では仕方のない「負のイメージ」が根強く、とりわけ旧来の知的伝統に属する人々は、ネットから距離を置く傾向が強い。もったいないことだと思う。しかし、アメリカ、ニューヨークで生きる橋村さんは、おそらく、インターネット全般に対する日本(語)的環境内における日本(語)的先入観からは自由でいらして、むしろ、旧来の体制に縛られない、知やコミュニケーションの可能性を実感として持っていらっしゃるように想像する。インターネットの「正の部分/負の部分」の割合を一概に数値化することはできないが、たとえ、「正の部分」が1%であったとしても、それに懸けることは、残りの99%のマイナスを蒙ったとしても、価値のあることのように私は感じている。それに旧来のメディアやそれに関わる作法にも、マイナスやデメリットが少なくないわけではないのだから。大局的には、何事も「私有」から「共有」の方向へ向かわざるを得ないと考えているし、散在する記憶を繋げて、より大きな記憶の資源の中から、新しいヴィジョンを、アイデアをどんどん出せるような状態が、あちらこちらで生まれなければ、終わってるよなーと思ってしまう。



さすがにいろいろ(風邪とか書き下ろしとか)も終わっていると思いますので、わたしも28日にいこうかな。fuzzy2さんもいかがですか?
だいたいタイトルがすごい。
「一瞬と永遠」とは「時間は存在しない」とおなじことをいっているのであり、過去を思うことは、未来を考えることであり、それは「いま・ここ」を見つめることだ、というわたしの長年のテーマとおなじことをいっているのだ、ということを強く感じるわけで、これが偶有性などというのはほとんど意味がなく、それこそ必然なんだって感じ。
アリス「まだ何も起こらないうちにそれを思いだすなんてできないわ」
白の女王「うしろ向きにしかはたらかないなんて、ずいぶん貧弱な記憶だこと」〜ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』
ところで、巧く言えないんですが、ウィトゲンシュタイン=美崎的な、可能性の総体を見通した必然性=限界が一方にあるとして、偶有性とは、一瞬に垂直に立ち上がる、現実性のことで、可能性が実現する瞬間の、なんというか驚きそのもののことだと感じています。それは「必然だった!」という発見、認知の偶有性?いずれにせよ、橋村さんの作品は、美崎さんの「記憶する住宅」と深く切り結ぶ、現に「私」のなかでは必然的に繋がっている、はずだと感じています。
どうぞ、楽しんできてください。
三上さんの奄美大島、サンフランシスコ体験談、楽しませてもらっています。
美崎さんの書き下ろされた御著書、読んでみたいです。マーカーで、印し付けながらでも、読解に、挑戦します^^。
とりいそぎ。
著作権問題とアマゾン事情、深い外堀を埋めてらっしゃるところ、感心しながら拝見していますが、奄美時間から抜けたら、応答しますね。まだ余裕なくって。
”pure”について。
いい文章だな〜(三上さんの こころ が、ビシビシと、伝わってきます。)
rairakku6の10月15日の日記にも書いたのですが、最小限の物を持って生活するとした時、・・その答えの中に、ブログの仲間、も、入りそうです。
お忙しそうですが、御身体気をつけて。
よく、ページを印刷するのですが、近頃たまってきて、1冊の本になりそうです。
「大事なことには、時間をかけなさい。」・・・誰の言葉かは、忘れましたが、私にとって印象深い言葉でした。
三上さんが引用してくださった言葉 「・・・借金してでも・・」、のところで、心が揺れますね。
「うーぅん、・・」主婦の身は、つらい・・です。
「大事なことには、時間をかけなさい。」
時間がもしもないとしたら、満足できるまでやり遂げることが重要なんじゃないかと思うわけです。どうせ人生、1000年もないわけです。好きなことを好きなだけやりたい。
「なにかをするときは精魂こめてやりなさい」
『森の旅人』(ジェーン・グドール/フィリップ・バーマン 角川書店)
というのも、心強く励まされる言葉です。一心不乱。
ジェーン・グドールは、ボルネオで生涯をかけてチンパンジーを保護しているのですが、
「正直に書くのでなければ、本など書く意味があろうか?」
ともいってます。このあたり、三上さんの「Pure」とつながりますね。
これを引用しながらではありますが、正直が美徳かどうか、わたしはすこし懐疑的で、どちらかといえば、三上さんのようなほめ上手のほうが、人生うまくやっていけるような気がしているのですけど。ま、正直かどうかは別として、文章を書くときは、まっすぐ向き合うように書きたいといつも思っています。
わたしはこの歳になって、人生において大事なことは、みんな無償のことだと、そう信じるようになりました。それだけが本質的なことなのです。それ以外のものはビジネスにすぎない。
『ものがたりの余白 エンデが最後に話したこと』(ミヒャエル・エンデ/岩波書店)
ですね。
もう少し、考えて見ます。
僕も三上さんとはいつかお会いできるとは思っていましたが、こんんなに機会がすぐ来ようとは。橋村さんのおかげです。
こんなに、そうそうたるメンバーの皆さんに、コメントしていいのだろうか・・・と、いつも、思い続けていました。いまも、まだ、その思いは、消えていません。
ペンネームで参加していて、突然皆さんにお会いすることは、(昔人間なのかもしれませんし、なぜかは説明できませんが)勇気のいるものですね。
でも、1パーセントの可能性・・・・を、
信じる方ですので、・・・上京することにしました。
他にも、女性の方がいらっしゃるといいな〜。よろしくお願いします。
一瞬と永遠。Life is timing.
じつは、最後の背中を押すのに、「一期一会」といおうと思っていました。
お茶の言葉です。
「たったひとつ」
http://journal.mycom.co.jp/articles/2006/04/11/tednelson/
ということを書いたのですが、そのとき頭にあったのは、「一期一会/一生にただ一度きり」という言葉でした。
こういう興奮状態はいいですね。
チクセントミハイが、
我々はこの特異でダイナミックな状態--全人的に行為に没入している時に人が感ずる包括的感覚--をフロー(flow)と呼ぶことにする。
としましたが、
フロー経験をしているとき、ひとは、時間感覚を喪失するのだそうです。
いま-ここにこそ永遠がある
一瞬と永遠。いいテーマだと思います。
その勢いで、2次会はぜひサンフランシスコで。
さっきユナイテッドに問い合わせたところ、まだ空席があるそうです。