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三上のブログ

2008年03月27日

漢字は熱くてポップだ

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ここまで来たら(実はどこにいるのか本人はまだよく分かっていないのだが)、避けて通るわけにはいかないなあと観念しているのが複雑な感情を抱いてしまう漢字という文字。いつの間にか私の奥深くに根付いて恐るべき力を発揮しているのが、今こうして文字を綴りながらも、その力を感じずにはいられない漢字。一方、古い漢字の書体、書風は見ているだけでゾクゾク、ワクワクする。

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写真1 金文(「青銅器の碑文」部分)『組版原論』23頁、文字の赤ちゃんたちのようだ

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写真2 (鳥)蟲書[(ちょう)ちゅうしょ](『説文解字』より)『組版原論』23頁、虫や鳥は表されていないが、一応(鳥)蟲書の書体に入るらしい

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写真3a 大篆[だいてん]または籀文[ちゅうぶん](『説文古籀疏流』より)『組版原論』25頁、ゲゲゲの鬼太郎の父さんみたいのが沢山いる

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写真3b 大篆[だいてん]または籀文[ちゅうぶん](『説文古籀疏流』より)『組版原論』25頁、眉毛と目と口の形の変化を見よ

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写真3c 大篆[だいてん]または籀文[ちゅうぶん](『説文古籀疏流』より)『組版原論』25頁、動作と運動を区別して表そうとしているのか

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写真4 垂露篆[すいろてん](『説文解字』より)『組版原論』27頁、なんと繊細な

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写真5 小篆[しょうてん](『説文解字』より)『組版原論』27頁、彫ってみたくなる

漢字について府川充男氏は『組版原論』のなかでこう書いている。

漢字というのは最初から絵そのもの、図案そのものではなくて線条でして、既にそれなりに抽象化されたものです。そこに書道という美的な追求の可能性も開かれた。そもそも耳が識別できる情報に対して目の識別能力は百倍あるという話もあります。表音文字なんていうのは、その意味ではむしろ未熟な文字体系である。(中略)漢字のなかで本当の象形文字というのはごく少数でして、むしろ形声、つまり部首と音との組み合わせですとか、会意、部首の意味と部首の意味との合成というもののほうが多いんです(46頁)

たしかに、漢字は象形文字ではなくて優れて概念を表す文字であること、その図形性は素早い概念の操作性と優れた概念の記憶・想起装置として機能しているように実感する。漢字の一文字とアルファベットの一文字では「一」の意味が桁違いに違う。アルファベットだけの文字世界で生きるとなれば、漢字に替わる概念を表す綴り(スペル)の形姿をアタマに叩き込まなければならない。しかしその綴りの語形は漢字に比べるまでもなく「崩れ」やすい。府川充男氏によれば、それがアルファベット圏と漢字圏における失読失語症の現れの違いにも反映しているらしい*1

府川氏の「表音文字なんていうのは、その意味ではむしろ未熟な文字体系である」という見方、すなわちアルファベットは漢字に成り損なった文字であるという見方には一理あるような気がする。それに、西洋では昔から色んな記憶術が盛んだが、その一つの理由は漢字のような文字がなかったからだとさえ想像してしまう。

そんな漢字にも複雑な過去(歴史)がある。『組版原論』を読みながら、漢字の書体についてちょっとだけ整理してみた。空欄はいずれ埋めるつもりです。

書体特徴備考
甲骨文BC1500年〜、骨を灼いてヒビの形から占った結果をその骨のヒビの脇に彫り込んだ文字資料非常にシンプルな作り
金文殷の末期から周の前期にかけて青銅器に鋳込まれた基本的にシンプルだが時に装飾的。写真1
大篆籀文[ちゅうぶん]ともいう。周の時代の地域的なローカル書体、六国では古文(壁中書)奇字という呼称もあり。もっとも角張った書風を尚方大篆[しょうほうだいてん]という。写真3a, 3b, 3c
小篆篆書ともいう。大篆を簡略化した書体、写真4。垂露篆という優美な書風の書体がある(写真5)
隷書左書ともいう。小篆書を簡略化秦の俗体、筆記体がルーツ、『朝日新聞』の題字他現代でもよく見る
楷書隷書の簡略化北朝の楷書は隷書っぽい(→ 公式印刷用明朝体)、南朝の楷書は今の楷書に近い(→ 書道家の字体)
行書隷書の簡略化-
草書隷書の簡略化-
刻符割印用-
蟲書鳥蟲書ともいう。旗や幟[のぼり]用文字のエレメントが虫や鳥の形をした装飾文字、ハンコに使うこともあり
摹印[ぼいん]謬篆[びゅうてん]ともいう。印章(ハンコ)用、瓦用-
しゅ書武器用-
署書[しょしょ]額用-

*1:欧米の患者は文章がまったく読めなくなるのに対して、日本人の患者は漢字だけ読めて、ひらがなが読めなくなるという。49–51頁

taknakayamataknakayama 2008/03/27 20:39 三上さんの文字の探索の最中にお声がけがあるとは思わなかったので、ちょっとびっくりしました(笑)。ご指摘いただいた3つの概念に基づく文字の構造を知ると、音楽の体系ととても似ていますね。字体は枠組みという意味で楽譜に対応するように思えますし、書体はそこに加わる音色上の変化、つまり、ピアノだとか、室内楽だとか、オーケストラといった演奏形態に即して理解できるように感じられます。書風は、まさに演奏によって、息をする演奏家によって紡ぎ出される最終的な表出物という風に。おそらく、人間に備わった認知の仕組みがそうできているのでしょうね。

EmmausEmmaus 2008/03/27 21:58 ここのところの書体に纏わるエントリーを興味深く読んでいました。ありがとうございます。われわれの言葉を文字を書体の形態を、その意味において。つまりわれわれが発信(表現)する<de+sign デ・サイン>あるいは思考の組み立てう行いの意味(表象する有り様・レイアウト)を三上さんの情報量にめちゃくちゃ圧倒されながら、揉まれながらも解体されつつずっと考えていました。
杉浦康平の言及には鳥肌でしたね。というのも杉浦のブータン国の切手の作成過程に震えたわたしの記憶が蘇ったからでしょうか。
ところで、わたくしも稚拙ながら書をやっておりました。http://d.hatena.ne.jp/Emmaus/20060123/p1
文字を刻み画の転折の勢いで鑿の筆の力を保ち、打ち出した点が線としてそれが次第に墨が滲んで角が滑らかになって言葉の文字が内側から外延に柔らになるに呆然としたのでした。まさに呼吸の<風>に纏わることだったのでしょう。三上さんの書体に纏わるエントリーのこれからを楽しみにしています。

elmikaminoelmikamino 2008/03/27 22:38 自然とお二人のやりとりが浮かんだものですから、これは意識を超えたサインだと思って、声をかけてしまいました。中山さん、音楽との対応をつけていただいて感謝です。Emmausさん、私はどこかでなぜEmmausさんがデザインの道をある意味で断ったのか、それを探ろうとしているのかもしれませんよ。そのあたりになると、色んな糸が絡んでくるので、何とでも言えば言えてしまうということもあるのですが。お二人とも、どうか容赦なく突っ込みを入れてくださいな。

EmmausEmmaus 2008/03/28 05:22 三上さん、話は単純明解です。二足のわらじは履けぬというよりも、「介護」がボクのこれからの仕事。それがはっきり分かったからです。

CUSCUSCUSCUS 2008/03/28 06:46 「漢字は熱くてポップだ」を読んでですが、ライプニッツが自分の「思考のアルファベット」構想の実現のための方策のひとつして、漢字の構造に興味を抱いたことがあった、という話をどこかで読んだ記憶があります。「思考のアルファベット」は記号論理学の祖先と思いますので、アルファベット(とそのモドキのような記号)ではなくて漢字を用いて論理式を書くと日本人には面白いかもしれません。

unknownmelodiesunknownmelodies 2008/03/29 00:22 異体字は、名字などで時々見ますね。
戸籍謄本をよく見ると、点があったり、線がずっと伸びていたり・・・