Hatena::ブログ(Diary)

三上のブログ

2008年11月26日

言葉のスクラップ

| 01:03 | 言葉のスクラップを含むブックマーク 言葉のスクラップのブックマークコメント

f:id:elmikamino:20081127005831j:image

「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」(田村隆一)も言葉だから、言葉は莫迦にできないよね。そんなことは先刻承知の上で言葉にならない予感を大切にして、色に惑わされずに、形を澄ます、ということを始めたのかもしれません。ねえ、下川サン(id:Emmaus)。

大学生の頃からスクラップするのが好きだった。眠れない夜は新聞を切り抜いていた。何十冊あったかしれないスクラップブックをある時捨てた。記録に縛られる息苦しさに耐えられなくなったのだろう。身軽になりたかった。それからしばらくして蔵書を手放した。図書館を利用すればいいと思った。身軽になりたかった。

今朝、昔眠れない夜にしたように、新聞を切り抜くようにして写真を撮った。なぜだろう。昔の仕草が時折蘇り、それをなぞるようなことをしている。頭が忘れていることを、体が勝手に再生している。記憶にもそこから先が見通せない角や敷居やスクリーンがいっぱいある。複雑だ。意識的にやっていることはたかが知れている。つまんない。無意識、「それ」に賭けること。どんどん複雑になる快感。面白いね。

future-humanfuture-human 2008/11/26 12:21 三上さん、こんにちは。
カラー大判、感動的な美しさですね。
紺碧の空とそこに横たわる藻岩山、格別です。

elmikaminoelmikamino 2008/11/26 12:30 吉岡さん、ありがとう。
右(東)に岬のようにのびるボディーが豊かでしょ。右端あたりは軍艦岬と呼ばれていて、その下を走る国道沿いには「スナック軍艦岬」があります。まだ行ったことはありませんが。三重には吉岡さんの好きな山はありませんか?

future-humanfuture-human 2008/11/26 13:10 まだ好きと思える山はありません、残念ながら・・・
これから探してみたいと思います。
ただ、山自体の眺めではなく山から眺める景色は、今年のGWに初めて行った伊勢志摩スカイラインが通ってる朝熊山の景色が素晴らしかったです。空気が澄むこれからの季節は、伊勢湾を挟んで遠くに富士山が見えるそうで、今週末に近藤さんとお会いした時に、時間に余裕があれば行ってみたいと思ってます。
それにしても「スナック軍艦岬」、興味津々です。^^

elmikaminoelmikamino 2008/11/26 13:30 「朝熊山」とは味のある名前だなあ。実際に月の輪熊が生息しているのかな。伊勢湾を挟んで遠くに富士山を望むとは素敵ですね。いつか皆で藻岩山から夜景を眺めてから、スナック軍艦岬で一杯やりましょう。それにしても、近藤さん、あちこちに熊のように出没しているようですが(失敬)、どちらにお住まいでしたっけ?

CUSCUSCUSCUS 2008/11/26 18:20 >近藤さん、あちこちに熊のように出没しているようですが(失敬)、どちらにお住まいでしたっけ?
出没しているのは仕事がらみです。
それで私の本拠地はその「朝熊山」です。というのはちょっとウケ狙いでして、本当はその山の近くです。

elmikaminoelmikamino 2008/11/26 21:53 それは凄い符合だなあ。下川さんがとうとう藻岩山に「熊の背中」を見ました。藻岩山は「熊の山」だったんですよ。今朝から、吉岡さんに教えられた「朝熊山」に妙に感応していたんです。藻岩山と朝熊山は兄弟みたいなもんですよ、きっと。

CUSCUSCUSCUS 2008/11/26 22:47 >藻岩山は「熊の山」だったんですよ。

そのあたりもう少し説明願いませんか?

ところで「朝熊山」は「あさくまやま」とは読まずに「あさまやま」と読みます。車を持っていないので、私はまだ登ったことがありません。


熊についていえば、神武天皇が紀伊に上陸した時に出てきた熊や、九州の熊本という地名、韓国の熊州(熊成)など、一連の熊の物語が思い浮かびます。

elmikaminoelmikamino 2008/11/26 23:07 山田秀三が『北海道の地名』のなかで、藻岩山について、その昔アイヌのひとたちは「霊山」として敬っていたという内容のことを書いていたのがずっと頭の中に残っていました。藻岩山の全容を写した今朝の写真を見た下川さんがまるで「熊の背中」のようだと書いてくれて、ピンときたんですね。熊は、イヨマンテの儀式でも知られるように、アイヌの人たちにとっては飛び抜けた聖獣です。これはいつもながらの私の勝手な解釈にすぎませんが、アイヌのひとたちは、下川さんのように、藻岩山の姿に熊が横たわる姿を見ていたのではないかとほとんど確信するように直観したんです。

EmmausEmmaus 2008/11/27 01:33 言葉に寄り掛かりすぎると、引いても足しても同じで何だかもさもさしててシンドクなるのよ。っていうか書き言葉の方のことで、話し言葉は消えていくから楽なんだね。消えるっていうのは活きている証拠でもあるんだしね。消えることに平気で踏ん張れないならば人間ヘナチョコでしょが。

elmikaminoelmikamino 2008/11/27 01:47 ヘナチョコ、懐かしい言葉だなあ。忘れてました。
消えない言葉の海でいい波をつかまえて、遠くに行きたいね。

choco-avechoco-ave 2008/11/28 12:29 あらま〜破壊工作員がいるのですね(笑)

なんだか楽しい毎日をすごされている様子・・・
童心に戻ってわくわくします。

楽しいイタチゴッコをこれからも楽しみに拝見いたします♪

elmikaminoelmikamino 2008/11/28 22:46 大人気ない爺の戯れですが、笑ってみてくだされば、本望です。

EmmausEmmaus 2008/11/29 00:06 >>消えない言葉の海でいい波をつかまえて
三上さんてば:-)
言葉の海、
その<海>いいね。
でピンときてふと思ったんだけど、
説く言葉より聞く言葉、発するより受ける言葉。残る言葉。つまり、その受けた豊かな言葉の海の広さ。これ(言葉の海)ってどれだけ他者(記憶と記録を超えた)に支えられているのかということなんだ。また書き綴ることもなく声に発することもない、行いだけの無言の言葉(実はこっちの方がほんとうの言葉かも)。言葉が大事だとは実にこれではないかな。「世界」という意味がもし自己の堅い殻から遠い対象を覗き込むものでなければ、言葉は世界という別名だと云える。とんでもない妄想暴言かもしれないがそう思った、まあ一読してお忘れ下さい。

elmikaminoelmikamino 2008/11/29 00:38 下川さん、そうだよね。あることを言葉にする(特に公開する)ってことは、何かを言葉にしないというか、「それ」は言葉にしない、言葉にできないと覚悟することと表裏一体だよね。その「無言の言葉」が伝わるように、言葉を選んでつなぐ、時には選べなくて、文字通り無言になっちゃう、ということもあるわけで、そのあたりのスタンスをどれだけ鍛えられるかが課題ですね。それに無自覚な饒舌を慎もうと自戒する今日この頃です:-)