2010年01月04日
汽水(Brackish water)
文学 |
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水の世界には見えない境界があり、その境界域は汽水域と呼ばれ、海水と淡水が混じり合った汽水(Brackish water)という不思議な水、「幻の水」が存在する。そこでは浸透圧の激しい変化に適応したボラやヒメツバメウオのような汽水魚しか生き延びることはできない。稀におっちょこちょいの海水魚が海水から外に彷徨い出て、汽水域で死ぬことがあるという。自分のことみたいだと思った。
代表的な汽水魚、ヒメツバメウオ(姫燕魚, Silver moony, Monodactylus argenteus)*1
吉本隆明が「綺譚小説』と評した辺見庸の「赤い橋の下のぬるい水」と題した作品の中に汽水域で死にかけたイシダイが出てくる。
水面を魚が一匹横にかしいで泳いでいた。泳いでいるというよりも、湯に放たれたみたいに尾ひれをたたいて悶えているようだ。(中略)魚はときおり水面に完全に横倒しになりそうになり、からだの黒い横縞を陽にさらして、小鳥の嘴に似た口を開いてもがいている。小型のイシダイだった。おや、あれは海の魚じゃないか。どうしてここを泳いでいるのだろう。どうして上流に向かおうとしているのだろう。
(中略)
「このあたりの水は海がすぐ近くなものだから、塩水も淡水もまざりあってるのね。海でも川でもあるというわけよ。変な水ね。汽水というらしいわ」
(中略)
「汽水っておいしいのかしら。来てはいけない魚が来てしまうの。さっきのイシダイみたいに。でも汽水には汽水の魚しか住めないのよ」(辺見庸『赤い橋の下のぬるい水』文春文庫、1996年、24頁〜25頁)
この「汽水域で死にかけたイシダイ」はすでに1992年に発表されたエッセイ「汽水はなぜもの狂おしいのか---一九九二年」の中で「息も絶えだえのシマダイ」として登場していた。イシダイの若魚をシマダイという。
最近しきりに「汽水」ということを考えている。淡水と海水の交わるところ、すなわち川と海との交差点に漂う不思議な水のことである。そこではフナとボラがすれ違ったり、ウナギとワカサギが隣りあわせに泳いでいたりする。
相模湾に注ぐある川の汽水域にシマダイがいるのを見て、わが目を疑ったこともある。狂おしく、異様な光景であった。(辺見庸「汽水はなぜもの狂おしいのか---一九九二年」、『反逆する風景』講談社文庫に所収、156頁)
汽水域では浸透圧変化が激しくて、これに耐えられるものしか生きていけないらしい。そういえば、私が汽水域で目撃したシマダイは、背びれがかしぎ、息も絶えだえであった。
シマダイにとって、汽水は幻の水であったのだ。(同上、159頁)
辺見庸は「汽水はなぜもの狂おしいのか---一九九二年」において「汽水」の意味を流動化ないしはフィクション化し始めた当時の世界情勢の意味になぞらえて語った。それから十八年後の現在、世界全体がいわば汽水域と化し、われわれはボラやヒメツバメウオのような汽水魚に生まれかわらなければ、シマダイのごとき運命をたどることになりかねないようだ。
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