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ぎっこんばったん録その後

2018-01-30

今山物語7

12:52

 ホーキングの宇宙観にふれたときに思い出したことなんだけど、この話は書いたことがあったかなぁ。

 同じ頃、「原始人類」にも興味を持っていた。

 南アフリカ出身で、若い頃の恩人だったヴァン・デル・ポストのどこまでが現実かわからないようなアフリカの話に惹かれていたことも影響していたのだと思う。

 たとえば、『カラハリの失われた世界』に出てくるネイティブブッシュマンことわざ

   「人間は、自分が知っていると思っている以上のことを知っている。」

 ──それが正しい。夢野久作ドグラ・マグラ』の主題もそれだった。(学校で知り合い、のちに河合の名物教師になった男から「ドグラ・マグラを読んだか?」と訊かれたことがある。「うん。」「最後まで読んだか?」「うん。」「ふーん。ドグラ・マグラを最後まで読んでまだ普通でいれらる男はアラキさんでやっと二人目だ。」本人は頭がおかしくなりそうになって途中で投げ出したのだそうだ。)──

 ヴァン・デル・ポストのお婆ちゃんは、自分が開拓した土地を息子に譲って、さらに奥地の開拓に孫を連れて出ていった。その時、忙しいお婆ちゃんに代わってヴァン・デル・ポストを育ててくれたのがブッシュマンだったので、しぜんにブッシュマンのことばも覚えたという。なお、お婆ちゃんは、そこの開拓が済むと孫に譲り、自分はさらに奥地に現地の従業員たちを連れて入っていったとあった。

 すでに人類の祖先はサルとの分岐点にまで遡ることができるようになっていて、「一千万年以上前の人類の化石を発見した」と発表した学者もいるらしい。

 その過程で、南アフリカ最南端の洞窟から2種類の人類の化石が同時に見つかった。

 1種類は草食系。もう1種類は肉食系。

 男子校だから、生徒にその話をして、「それを、2種類の人類が協力して生きていたんだと考えた学者たちもいるけれど、私はそうは思わない。・・・どう思っていると思う?」と質問したら、「草食系は肉食系から食べられていた。」

 うん。そうだね。草食系は肉食系のエサだったと考えるほうが自然だな。

 ところで、われわれは、どちらの子孫だと思う?草食系?肉食系?

 生徒は黙っている。

 じつは草食系なんだ。自分の奥歯を確かめてごらん。ひらたいでしょ?ひらたい歯は草をすりつぶすための歯だ。われわれは牛やシマウマと同じ歯をもっている。草食系人類のほうが生存競争に勝ったんだ。

 生徒がなんとなくほっとしたような顔になる──というのはたぶん創作。

 肉食系人類のエサだったほうは草の根(いまで言う根菜類)を食うことで生き延び、繁栄を遂げた。それなら無尽蔵にあるし、葉っぱよりは栄養価が高いし、競争相手もほとんど居ない。(イノシシは根菜類に目がない。山小屋の庭は毎年のように掘りくり返されている。)

 

 ヴァン・デル・ポストによると、ブッシュマンの男たちは狩りをする。というか狩りしかしない。男たちが出て行ったあと女たちは棒きれを持って出かけ、木の実や根菜を集めて子どもたちと男たちの帰りを待っている。そして、たいていは手ぶらで帰ってきた男たちと食事をする。

 じゃあ男たちは女たちに寄生しているだけかというと、そうではない。かれらはカラハリ砂漠を、担いでいける範囲の簡素な生活用具だけをもって移動しながら生活している。そして或る地点にくると、男はストロー状のものを地面に挿して根気よく吸いつづける。すると筒の先から水が湧き出てくる。「今日はここにしよう」

 生きていくうえで最も必要不可欠なものを探り出し、家族に与えるのは男の役目。

 ──人間は、自分が知っていると思っている以上のことを知っている。──

 

 もちろん我々は牙も持っているから、肉食系と草食系のハイブリッド体、雑食系ということになる。両者は交配が可能な範囲の違いでしかなかったことになる。その違いを「文化」と呼ぶかどうかは、ほとんど好みの問題なんじゃないかな。

                                  2018/01/30

2018-01-25

今山物語6

12:30

 やっと越知彦四郎の碑を見つけた。

田中健之『靖国に祀られざる人々』のなかに、玄洋社が東公園に建てた福岡の変の供養塔は現在、平尾霊園に移されているとあったので、ひょっとしたらと行ってみた。駅から歩くこと一時間半。谷間の霊園の一画にその「特別区」があった。

 その当時たまたま警察に奉職していたために同志の越知彦四郎を斬首した篠原藤三郎は直後に辞職し、報奨金5円を石工に渡して碑を作らせ、そのまま西南の役に参加しようとして捕縛された。役後釈放された篠原は中国に渡り、さいごは朝鮮で死亡したらしい。その間、帰郷することはなかったのだろうと想像している。

 付け加えると、玄洋社頭山満たちは萩の乱に参加しようとして逮捕され、西南の役が終わるまでは獄中にあった。

 もともとは「灯籠のような形」のものだったと書かれているから、碑の上の白い四角部分は移転したときに付け加えたのだろうと思う。

 刻まれている歌は篠原藤三郎、

  散る花としれど嵐のなかりせば春の盛を友と競はん

 越知彦四郎の辞世

咲かで散る花のためしにならふ身はいつか誠の実を結ぶらん

 に呼応したのだろう。

 『靖国に祀られざる人々』には、印象的な人物や話がいくつも出てくる。

 中野正剛の葬儀に東条英機が花輪を贈ろうとしたとき、緒方竹虎が「どこに置いてもいいのなら受け取る」と返答したところ、花輪は届かなかった。

 三島由紀夫の「少年期の感情教育の師」だったという蓮田善明は応召し、敗戦を迎えたジョホールバル連隊長を射殺したあと自殺したとある。

 昭和13年に刊行されて以来130万部売れたという広島の人杉本五郎大義』で多くの部分が伏せ字になっていた17章には次のようなことが書かれていた。「かくして今次の戦争は帝国主義戦争にして、亡国の戦と人謂はんに、何人がこれ抗弁しうるものぞ」

 その前に引用されている『大義』の一節。

「汝、我を見んと欲せば尊皇に生きよ。」

 その「尊皇」を「世界」に置き換えたら、そのままハイデガーになる、気がする。

 近代とは、多くの人々が、自分の「生えた場所」から引っこ抜かれて別の場所で生きることを強要された時代だった。カミュが書こうとした通り「裸」だったかれらは自分が根を生やすべき土壌を性急に求めた。そういう時代だったんだな。

 大隈重信は、爆弾を投げつけたあと自殺した来島恒喜の命日には毎年花を届けたそうだ。

 秩父民党事件から脱出後、変名して北海道に渡った井上伝蔵は野付で高浜某と出遭い、その娘と結婚し、子ももうけた。かれは死期が迫ったとき初めて家族に本名と自分の履歴を明かした。妻は内縁の夫との婚姻届けを、つれ合いの死後に提出したそうだ。

 井出孫六が『秩父民党群像』という本を書いているのを知ったので、読んでみる。

アトラス伝説』以来。

2018-01-04 今山物語5

 あらためまして明けましておめでとうございます。

 ことしもさっそく郵便爆弾です。

 例年通り、開くもよし、屑籠にポイもよし。よしなにお取り扱いください。

 年末に、NPOホップ・ステップ・ハッピー」から、自分のニックネームをつくれと言ってきたので、「ポエター(POETER)にしてくれ」と頼んだ。なぜPOETERを名のりたいか、というのが新年さいしょの話柄です。

 話の端緒は「ことばのインフレ」のことです。じつは、これは、大学時代に林達夫先生から聞いたこと。林達夫先は、ワクシに「知性」というものの具体的イメージを最初に与えてくれた方でした。あの大学が荒れていたときに「ぼくはどうせ書斎派ですから」と公言していた人は、戦時中には次の様なことを書いていた。

 「ぼくは駐在所の前で戦争反対瓩閥ぶ様なことはしない」

 学生に向かっては「ぼくが編集に関わっていたころの狎こΝ瓩蛤の狎こΝ瓩混同しないでください。」その意味が分かるようになったのは随分あとになってからだった。

 昨年、十数年ぶりに熱心なクリスチャンの後輩とあった。東京に引っ越すことになったので、その前に会っておきたかったのだと言う。

 彼女の話には、二言目には「愛」が出てくる。どうやら彼女の見るワクシはその愛に満ちた人間らしい。

 「お前ね、牋Ν甅牋Ν瓩範発するけど、連発しすぎたら何を言っているのか分からなくなる。その牋Ν瓩鯤未里海箸个妨世ご垢┐討澆茲Δ箸擦鵑?」

 怪訝そうな顔をするので、「江戸時代に日本に来た─正確に言えば織豊時代か。それより少し前か─宣教師たちでさえ爐大切瓩噺世ご垢┐箸蹐Δ。」やっとこっちの言うことが分かってクシャクシャの笑顔になったが、きっと彼女はこれからも「愛」「愛」と言い続けることだろう。

 明治維新直後の一円は今の一万円くらいに相当する、と生徒には説明していたけれど、デフレの時代があったとはいえ、今では数万円というほうが適当な気がする。一円は使われ続けているうちに数万分の一の価値に下がってしまった。

 言葉もまた使い古されていくうちに、その使われだした初期の重さや厚みを失っていく。

「君たちの使っている自由瓩筬猜刃足瓩函△修譴鮓にし始めた先人たちの自由瓩筬猜刃足瓩混同してはいけない」

 林先生が学生たちに言いたかったのは、そういうことだ。最初のころの「自由」も「泰平」も生血のにおいがぷんぷんする言葉だった(はずだ)。

 だったら、われわれは常に新しい別のことばを使うことで言葉の鮮度、生命力を維持しなくてはいけない。

 ワクシにとっての「文学」とは、そのようなものだった。「いい?文学って小説だけのことじゃないんだよ。」

 たとえば「平和」

 それを別なことばに替えるとするなら、、。国語教師は本気で考えた。「安穏」「平穏」。

 「もともとの中国語の猜刃足瓩辰討諭敵対勢力や異民族全体にブルドーザーをかけるようにして平らにならしてしまうことだったんだよ。猜神瓩發泙辰燭同じことだった。」でも当時はそこまでしか頭が動かなかった。

 そうして今や、満州族モンゴルはたぶんほとんどが漢名を名のるようになった。いずれはウィグルやチベット族も漢名だらけになるだろう。──平成為(な)る。──

 いまなら「平和」を「無事」と言い換える。

 なにごとも起こらないこと、が「平和」なんだ。

 「今年こそ世界が無事でありますように。世界に何事も起こりませんように」

 ということは、たとえば飢えや寒さの恐怖にさいなまれている人々の現状も、突然の死や家族離散の予感を持ち続けている人々の見えない明日や、アイデンティをかなぐり捨てなければ生き延びることはかなわないとみずからに強いようとしている人々の断念や、自分の抱いている考えどころか感情まで周囲には悟られまいとしている人々すべてを「現状維持」であれと願っていることになる。「かれらの飢えや、死や家族離散や、アイデンティティ放棄などの恐怖がことしも続きます様に。」

 ワタクシもまたそういう「無事」をどこかで期待している。

 「愛」の話にもどる。

 以前、物質とは力の塊のことであり、その力には表の力と裏の力がある。物質はその表の力と裏の力のハイブリッド体なんだが、われわれはまだ、いやたぶん永久に裏の力を知ることなく終わる、と言ったことがある。──宇宙はその二つの力のバランスが崩れて生まれた。そしてそのバランスのいびつさは次第に拡大している。──べつに証拠もなにもないけれど今もそう思っている。「宇宙はいずれ収縮し始めてまたもとの無にもどる」というホーキングは学者から神秘家になった。

 後輩には言わなかったが、ワクシは「愛」もまた物質同様にハイブリッド体にちがいないと、ほとんど確信するようになった。

 愛が表、虚無が裏。

 虚無の裏打ちのない愛に生命力──この「生命力」も使い古されてしまって何を言い表しているのかまったく分からなくなったから言い換える──生殖能力はない。ミケランジェロピエタがなぜ人々を打つのか?そこには「虚無の裏打ち」があるからだ。生殖力に満ちているから今も人々はロンダニーニのピエタに会いにいくのだ。

 いい正月だとのんびりしていたのに、ニュースを見て一気に不快になってしまった。

 ローマ法王は今年、核廃絶を世界に説いてまわるという。(たぶんその真意は核戦争危機を回避するために人々を動かそうとすることにある、とは思うが)

 かれは、核廃絶は不可能だと多寡をくくって安心して核廃絶を説く。

 万一、核兵器が地上からなくなったら何が起こるか?野心家たちは安心して紛争や戦争を起こし放題に起こす。そして国際機関(そのとき国連がまだ機能しているとも思われないから、そういう呼び方をしておく)は、世界の何処かで核兵器の密造が行われていないか血眼になって「査察」をすることになる。警察国家という言葉があるが、世界はもう警察世界になる。それは、オーウェルの描いた悪夢そのままだとワクシには見える。いや、核兵器を手にすることで世界を支配できると考える学者や政治家の登場は単純きわまる未来漫画のさらなる戯画にすぎない。

 宗教もまた「虚無」を内包していなければ宗教としてさえ在り得ない。(バチカンが、宗教よりは政治に重きを置く様になったことを一概に否定する気はないが)表向きの教義の裏にある虚無の厚みがその宗教の濃さをつくる。

 仏教者の言う「無」も「虚無」と言い直すだけでおののきが幾らかは甦ってくるのに。

 仏教者たちは「無」や「空」を、社会学者たちは「平和」を、そして多くのインテリたちは「理性」を祭壇の上の干からびた亀にしてしまった。

 

 言葉はときどき(世紀単位でいいから)更新されなければ最低限の役割をも果たし得なくなる。文学、なかんずく詩のほんとうの使命はそこにある。もともとの詩はそのようにして我々の前に現れた。

 70歳の年のはじめに思い至ったことです。ただ思うだけ。

今年米寿だという恩師から賀状の返事が届いた。

 「秋に上高地に行って冠雪した山々を見つつ、晩節を汚すことなく全うしたいと思った。」 東京同級生たちに「米寿祝いのときは声をかけてくれ」と頼む。

 自分はただ「読み部」「思い部」として残りの9年を全うしたい。

            2018/01/04

 

2017-12-30 今山物語4

 初参加の同級生クリスマス会(会費千円)は楽しかった。

 ワイワイやっている内に、訃報が載っていた葉室麟の話から村上春樹カズオ・イシグロに話題が移って「読んだことないけど、どうなん?」とふられた。「うん、どっちも読んでみたけど、?オレは読まんでいいな?ち感じた。知能指数の高い人たちは自分の頭でゲンジツを作り上げて、その頭の中のゲンジツと向き合うとるようなところがあるっちゃ。」「そんならアタシたちは大丈夫やね。」「うん、オレたちは大丈夫。」

 舌なめずりをするようにして見てきたBBC『リッパーストリート5』が終わった。主要登場人が主役のリード以外は全部死んだので、もう『6』はない。現実離れした無茶苦茶なストーリーだったけどハチャメチャに面白かった。サンキューでした。

 「意識的にそれを提示しようとする真面目なものの中にあるものよりは、荒唐無稽で徹底徹尾の娯楽ものの中に潜んでいる幽かなTruthのほうが輝いている」

 60ぐらいになってから切実に思うようになったことです。──定年退職後の県下最低ランクの県立高校で出会った生徒たちには「かぐや姫」にかこつけて言ったことがある。「西洋人にとって神様というのは?ヘヘーッ?と仰ぎおがむ存在だった。でも、われわれの先祖の知っている神様はちっちゃくてちっちゃくて、自分たちが大切に守ってやらなきゃという気持ちがわいてくる存在だったんだよ」彼らが嬉しそうな顔になったから、自分の言ったことが正しいかどうかなんて、どうでも良かった。──さっそく横道に入るが、そういうことを考えるようになったきっかけは、アイルランドで出会ったキリスト像。おどろおどろしい磔刑像とはまったく逆の、まるで子ども向けの漫画のような可愛い姿だった。──

 勘九郎野田秀樹歌舞伎がそうだった。(息子たちが演じるものが近くに来たら必ず出かける)権太楼の落語もそうだった。(あの絶品の『雪椿』はも一度聞きたい)『ヴォィツェク』もそうだ。ルバッキーテの『フランク』も、そこには何も「意味」などない。ただ音楽というTruthがある。

 ことし最後にしたいのは、そんな話です。

 『リッパーストリート5』が、廃墟で発見して抱きかかえた瀕死の少年の耳元で、リードが「Don't afraid. You are not alone. I am here.」と囁くところから始まった、という報告は前にした。ほっとした表情になって目を閉じた少年は孤児院から脱走していたことが分かったところから事件(Case)が始まる。……すみません。今日はやたらと英語づいています。

 その過程で警察署に訪ねて来た余命いくばくもない中年の街娼から、孤児院に入れたまま行方不明になった息子の捜索を依頼される。Justiceを追求するためにはIllegalな行為も敢えて辞さないリードは孤児院児童虐待を暴くが、街娼の息子はすでに死体だった。

 間に合わなかったことを謝るリードに母親は「謝る必要はない。私はあなたに感謝している」という「だって、あの子はやっと安らかな眠りにつくことができた。ーUnder the tree. among the birds.ー」

 それを聞いたリードは彼女に、自分の妻が夫を憎みつつ孤独のままに死んだことを告白する。

 それを聞き終わった母親はリードに「もう、あなたは許されている」と優しく言う。

 その字幕は読めても言葉が聞き取れず、録画を見直したら「You were forgive.」と言っているとしか聞こえなかった。しかも「フォーギブ」は「フォーギフ」。乏しい知識ではあるが、末尾のVをFと発音するのはアイルランド訛りのはず。

 ──そうか。彼女は受け身形も使いこなせないような、まともな教育を受けられない生い立ちだったんだ。

 なんという小憎たらしい演出

 その、まともな教育を受けられず、まともな職業に就けなかった人間のわずかな教養の中にこそTruthが輝いている。(あの方もきっとそういう育ち方をしたのに違いない)

 ──50代のときに読んだ堀田善衛『城館の人』でもっとも印象的だったのは、モンテーニュの従僕の話だった。その従僕は流行病で家族が次々に斃れたびに穴を掘って埋葬した。そして最後の家族を埋葬し終わると、その横にもひとつ穴を掘り自分が入って自分で土をかぶせたまま動こうとしなかった。「彼は私が読んだ古今のどの哲人よりも崇高だった。」とモンテーニュは書き残しているという。でも、その従僕はただ、ひとりだけ取り残されるのがイヤだったんだ。

 あの方の孤独さは如何ばかりだったろう。

 ミケランジェロピエタ像を見るたびに思うが、あれは悲しみにくれている像ではない。あの姿と表情には、やっとまた我が子を取り戻すことができた女の安息が表現されている。

『リッパーストリート5』では、ずっと未解決だったユダヤ人数学者(かれは、「数学は、無秩序に向かっている宇宙に反している」ということを数学的に証明しようとしていた。──典型的な文系的発想──)の殺害犯人が、同じリトアニアからの難民だった警察署長(危機を感じてリードを殺人犯として絞首刑寸前に追い込んだ当人)であることを立証する。数学者は自分の「Truthの証明」に夢中で、他のことには全くの無関心だったのに、署長は避難する間に自分が犯したことが告発されるのを未然に防ごうとしたのだった。

 町にJusticeを取り戻すために憎み合いながらも命を預け合った友人たちはみな故人となり、自分の命に代えて救い出した娘は夫と去って行き、リードは全てを失う。そして、彼は、もっとも大切なのはTruthでもJusticeでもなく、Trustだったんだということを悟る。

 別にそんなセリフがあったわけじゃない。

 リードはアメリカに戻った男が、おぼれかけている子ども二人を助けて死んだ、という手紙を弁護士から受け取る。そして手紙の最後には、「遺言に従い、ささやかなものを送ります」とあって、封筒を逆さまにすると机のうえに小さな指輪が無造作に転がりでる。その指輪が時価数億円することは、「1」から見ている者だけが分かる。

 そんな終わり方でした。

 同封する新聞記事をコピーしにコンビニに行った帰り、一円玉を二つも拾った。わざわざ届けに行くほどのこともないので、そのまま財布に。・・・これで今年の宝くじもスカだな。

                         2017/12/26

 

2017-12-15

池田紘一先生へ

11:53

 何から書いたら良いのでしょう。

 注文していた『赤の書・テキスト版』が届きました。

 でも、それを開いたら、いよいよ書けなくなりそうですので、その前にお手紙を差し上げます。内容はバラバラになります。ご容赦ください。

 先生のお話を聞きながらハンナアレントを思い出していました。

 彼女を主人公にした映画が作られて以来、いまはちょっとしたブームで、先日は新聞の書評欄に彼女の『人間の条件』についての日本人が書いたものが紹介されていました。その冒頭は「読みづらい。」だとあります。でも、私にとっては「読んでも分からない。」でした。(これは失敗作だな。──自分の理解力不足とは思わない所がアラキ流です。──)分からないまま、ただ活字を追いかけていたように記憶しています。それでも最後まで追いかけ続けたのですから、何か惹きつけて離さないものがあったのです。

 読んでから20年ほどたって、彼女が言おうとしたことは、「自然を創ろうとする非自然的実態が人間なんだ。」ということだったんじゃないかなと今は思っています。(私なら「創ろうとする」ではなく、「産もうとする」になると思いますが。)

 その「非自然的実態」と、先生の図のなかにあった「ペルソナ」とが私の中で符合したのです。とすると、「自己」が私のなかに浮かんだ「自然」になりそうな気がします。

 「自然を思い出せ」。

 その「自然」とは、言葉以前のものです。

この頃思うことのひとつは、ドイツ語の「世界観」って言葉で出来ているんじゃないかということです。でも、わたしたちの世界観には言葉の入る余地はありません。人間だけでなく、あらゆる生き物は世界観を持っています。もし、鳥が世界観を持っていなかったら、あんなに自由に空を飛ぶことは出来ないはずです。

 

 最初にあった、イギリス文学フランス文学ドイツ文学の比較はしっくり来ました。といってもドイツ文学にははなはだ疎いのですが、DVDを買った『ヴォツック』はまさに「分からない」だと思います。ロシアの『ボリス・ゴドノフ』にも同じことを感じます。

私はテレビが大好きで、見ない日はありません。ただし見るのはスポーツ番組とBBC刑事物が大半です。その刑事物で19世紀末のロンドンを舞台にしたものは、いったん終わったのに、また続編がはじまりました。本国でも人気があるのだと思います。その続編の冒頭は、余命幾ばくもない娼婦から行方不明の子どもの捜索を依頼された主人公が仕事を放り出して探し出す話でした。

 そうか、その娼婦に会う前に主人公は、廃墟で息を引きとりかけている少年を見つけます。その少年を抱き起こして、耳元で、

──Don't afraid. You are not alone. I am here.

 と囁きます。少年はほっとした表情をして目を閉じます。

 もう、それだけで「ジーン」です。

 

 娼婦の子は死んでいましたが、その遺体を母親に渡すことができました。

 生きて渡せなかったことを謝る主人公に、埋葬を済ませた母親がお礼を言います。

──やっと、息子は安らかな眠りにつくことができた。Under the tree. among the birds.

 それを聞いた主人公は、自分が妻を孤独のままに死なせてしまった過去を告白します。 聞き終わった母親は、

──You were forgive.

 と言ったように聞こえました。

 でも、中学校のときに習った知識では、それは受け身形になっていません。その母親はそんな育ち方をした人間として描かれているのでしょう。

 「きっとサンタ・マリアも似たような境遇だったんだろうな。」

 BBC犯罪物を見飽きない理由です。

 わたしたちの世界が全きものであるためには、わたしたちの言葉は不完全なままでなければならない。──このごろ本気で思いはじめていることです。──不完全でありつづけるためには考えつづけるしかない。

 

 「偉そうなことを言うな!」と言われるのを承知の上で、そう思います。

 『赤の書』の絵を見ながら二人の日本人画家を思い出しました。

 一人は「大昔、人類が最初に意識した感情は猗瓩靴澂瓩世辰燭里任呂覆ろうか。」と書き残した清宮(せいみや)質文。おもに木版をやっていた方です。下に画集から撮影した『吐魯番トルファン』をつけておきます。実物は横幅が12〜13僂任靴燭ら、下の倍まではなかった気がします。

 図柄以上に、色の取り合わせにユングと近いものを感じたのだと思います。と書いたら、図柄もまたどこかユング的な気がしてきました。

 あと一人は、イタリアで出会ったフレスコ画を油彩で再現しようとした秋元利夫。但し、実物を見たことはありません。もし見たら、触りたいという衝動にきっと襲われそうです。それぐらい(専門用語がちゃんとあるのでしょうが)画面の地肌が好きなのです。ただ、それに比べて図柄にはピンと来ないものがありました。

 でも、下の絵はユングそのままなのではないかと感じます。


 1985年に40歳で亡くなっていますから、『赤の書』を見る機会はなかったのではないでしょうか。でも、きっと、ユングや有元以前からあった図柄なのでしょう。

 

 「書かねば。それはあの講演を聴いた者の義務だ。」と思いつつ、やっと書けました。