油山不 定 期 通 信〈6〉

 あ ぶ ら や ま 不 定 期 通 信 6  
   2016/10/10

 一学期の終わりに、植物の在来種と外来種の違いに触れたので、今回はその続きから始めます。

その植物が在来種か外来種かを考えるとき、わたしはまず、「すみれ」は在来種、「コスモス」は外来種、という具合にひらがな表記かカタカナ表記かで区別する。だいたいはそれであたっているんじゃないかな。
 キャベツは外来種。モンシロチョウはキャベツと一緒にヨーロッパから入ってきた。だからもし「桃太郎」の絵本にモンシロチョウが描かれていたら、それはインチキということになる。

 もひとつの区別は漢字表記のものが音読みか、訓読みか。
 桜、桃、楓(かえで)、杉、松。日本語の読み方があるということは、もともとからそれらの植物はきっと日本にあったんだ。
――念のためにそれぞれの音を紹介しておく。桜(オウ)、桃(トウ)、楓(フウ)、杉(サン)、松(ショウ)――
柿や梨や栗や蒲公英(たんぽぽ)が和名なのに対して、西瓜(スイカ)や葡萄(ブドウ)、竜胆(リンドウ)、牡丹(ボタン)は漢名。
それである程度その出自(シュツジ)を見分けることができる。

 少し前、アメリカ人の書いた『イチョウ 奇跡の二億年史 生き残った最古の樹木の物語』(ピーター・クレイン著)という本を興奮しながら読んだことがある。
 ヨーロッパでは氷河期にイチョウは絶滅した。だから彼らはイチョウを「化石」でしか知らなかった。ところが19世紀に日本に来た植物学者は生きたイチョウを発見してびっくりし、すぐに本国に手紙で報告する。
 イチョウの英語名ginkgo (「ginnkyo」ではなく「ginkgo」)はその報告された時のつづりのままらしい。
 でも、ginkgoって何だ?
 いまから百数十年前、ヨーロッパの学者から「これは何という木か?」と質問された日本人学者は偉そうに「ジス イズ 銀杏」と教えた。が「イチョウ」とは発音せずに、漢音で「ギンキョウ」と教えたのだ。そんな呼び方をする日本人は彼(のような中国かぶれの学者)以外には誰もいなかったのに。もし彼が素直に「イチョウ」と教えていたら、君たちが覚える英語がひとつ減っていた。(ちょうど、「スシ」や「サシミ」や「キモノ」や「ジュウドウ」や「カラテ」や「カラオケ」や「ハイク」や「カワイイ」のように)
 外国かぶれの知識人や文化人ちゃ、ほんに好かん。
 銀杏の実は普通、ギンナンと呼ぶ。これもじつは漢音。杏は「キョウ」(杏林製薬のキョウ)とも「アン」(杏仁豆腐のアン)とも発音する。でも「いちょう」はどう考えても日本語(和名)だ。
 学者たちは「日本は寒冷地帯だから氷河期に銀杏は生き残れなかった。のちに中国の南方から輸入されたんだ」という。そうかも知れないけど、私たちの先祖はその植物を自分たち自身の木として「いちょう」(古い表記では「いてふ」。「てふ」の発音は「ちょう」。「てふてふ」は「ちょうちょう」)と呼んだ。きっとどこかにその名が記憶されていたに違いない。
 でも、どうして「いちょう」ではなく、「イチョウ」なんだろう?
 どうも、21世紀の今にいたるまで日本人は、漢字書きやカタカナ書きのほうが、ひらがな書きよりは高級だと思い込んでいるらしい。
 だって、公共施設の名前を見なさい。「福岡市役所」「福岡市立博多工業高等学校」。ほとんどが漢字書き。そうじゃなかったら「福岡タワー」「ヤフオクドーム」「レベスタ

 日本人は外来のものを極端にありがたがる。
 いま、夜、寝間着(夏は浴衣、秋は丹前。冬はどてら。つまり着物)に着替えて、畳に布団を敷いて寝ている、老教師のような日本人が何%いるんだろう?(こんど挙手で調査して見ます)もう畳そのものがない家庭が増えてきているんじゃないかと想像している。

 やまいも。ヤマザクラ。山繭(やままゆ)。山ブドウ。山イモ。野イチゴ。野バラ。オニグルミ、オニほおずき。
 何が言いたいのか分かりますか?
 中世から近世にかけて、日本に「いも」が輸入されて大切な食料になった。その「サツマイモ(薩摩芋)」は名前の通り南から輸入された。ジャガイモの「ジャガ」は「ジャガタラ」つまり今のインドネシア。(ジャガイモは中南米からタバコとともにヨーロッパに持ち込まれ、瞬く間にアジアにもたらされた。)
 それらのイモが日本に広まると同時に在来のイモは「ヤマイモ」と呼ばれるようになった。・・・「サトイモ」はもともと熱帯産だからこの分類からは外す。
 つまり「山」や「野」や「オニ」がついている名前のものは、もともとから日本にあったもの、と考えていい。(「オニ」は、この国にもとから住んでいた人たちのことだったのではないか、と考える人が増えてきています。つまり我々の大半は「侵略者」の子孫なのです。)
 
 でも、「いてふ」はどうして「いてふ」なんだろう?
 ずうっと疑問に思っていたら、あるとき誰かが「葉の形が〝てふてふ〟に似ているからだったのではないか」と書いているのを読んで、──ああ、そうか?
 「いてふ」の葉が陽を浴びて光りながらひらひらと落ちていく。それは本当に「てふてふ」が舞っているみたいだ。

 ただし、与謝野晶子は下のように歌っている。
    金色(こんじき)の小さき鳥の形して
    銀杏(いてふ)散るなり夕日の岡に
 確かに銀杏の葉を見ていると「ひよこサブレ」を思い出すなあ。

 では「いてふ」の「い」は何だ?
 いまの所わたしは、韓国語の「イッp」=「葉っぱ」と関連しているのではないかと空想している。日本語では、ただ「葉」や「菜」と言わずに「葉っぱ」、「菜っぱ」と言う。その「ぱ」はもともと「p」だったんじゃなかろうか?
 つまり、「いてふ」はもともと「いpてp」と発音されていたんじゃないかと想像しているわけだ。口のなかで発音してみなさい。けっこう神秘的な音がしませんか?