2011年04月28日
『日常の第四話』における、麻衣の洗脳テクニックについて
心理学 | |
人を自在に操るには、揺さぶりのテクニックがよく使われます。
取り調べ室にて若い刑事が散々怒鳴りつけた後で、老齢刑事がカツ丼を喰わせながら「お前、生まれはどこや」というアレです。
本を重ねて読んでいる麻衣に、ゆっこは軽い気持ちで突っ込みを入れますが、麻衣にこう返されます。
「ゆっこ。二度とそんなツッコミしないで」
「二度と」という強い語気に、ゆっこは自分がとんでもない事でも言ってしまったのかと驚きますが、
「そんな良いツッコミされると、私のボケが霞んでみえちゃうから」
と突然褒められて緊張から一挙に開放されます。
それにより調子にのったゆっこは、麻衣のボケが分かりにくいからね、と口を滑らせますが、
「わかりにくい…。本気でそんなこといってるの?」
こう言われ、また間違った事を言ってしまったかとオロオロします。
そこに、
「これは…ゆっこだから」
と、述語を省いた一言で注意を惹きつけ
「…ゆっこだから、分かってもらえると思って」
と、信頼の言葉を投げかけます。
当然ゆっこは、また緊張から開放されて「信用されてるってーのは、嬉しいなあ」と照れまくります。
そんなゆっこに麻衣は、
「友達じゃないんだから、信用されてるとか信用されないとか、そうゆう話はやめてくれない?」
と言い放ちます。
すっかり心を許していたところに「友達じゃない」という一言を突き付けられ、ゆっこの心は一気に絶望へと落とし込まれました。
激しい揺さぶりに心が不安定になるゆっこ。そこへすかさず、
「親友に、言葉はいらないでしょ」
と「友達」よりもより大きな結びつきの「親友」という言葉を出します。
大きな不安定から大きな安定への反動。感動のあまりゆっこは半泣きになって麻衣に抱きつこうとしますが、何と麻衣はその手を振り払って冷たく一言。
「あんまりベタベタされると、困るんだけど」
今度は言葉だけではなく手を振り払うという強い拒絶を突き付けられ、最高の気分から再び最悪の気分にたたき落とされるゆっこ。
ここまで来ると、ゆっこはもう自分の中で何が正しいのか解らなくなり、麻衣の言葉に振り回されながら、すがるような気持ちで落とし所を探し出す訳です。
そこにもって、
「そんなことされたら、ゆっこのこと…ゆっこのこと、より好きになっちゃうから…」
などとまた揺さぶりをかけられたものだから、ここが落としどころなんだろうかと照れまくりつつも慌て、二人は「親友」だねと繰り返すゆっこ。
しかし麻衣はそれをも否定し、
「そうゆうんじゃないんだけど。異性じゃないけど、異性として見ちゃうと言うか…ごめん、うまく言えない。」
とうつむきます。
ゆっこ篭絡。
ここでオチとして麻衣の「今のボケたんだけど」が続かなければ、ゆっこは完全に麻衣に恋してしまった事でしょう。
あまりに激しい心理的な揺さぶりをかけられると人は判断を下すことができなくなり、自分がどうしたら良いのかを相手に委ねるしかなくなります。
マインドコントロールの基本テクニックですね。
切れ者の麻衣が、単純なゆっこを手玉に取って遊ぶ一時。
二人の関係が微笑ましくも恐ろしく感じたお話でした。
2010年09月06日
[論理療法]松屋の納豆定食
もともとがあまり大食いではないので、全部食べきれない。
しかし、全部食べねばならないという思い込みから、いつも食後には胃がもたれて気分が悪くなり、消化薬を飲むことになる。
結果、食後は暫く気分が悪くなり、食べ過ぎによる健康への不安も増している。
今回のイラショナルビリーフ
「食事は完食しなければならない」
何故その様な思い込みがあるのか、納豆定食を食べながら考えてみた。
すると子どもの頃、家や学校の躾で食べ物を残してはいけないと教えられ、食べ物を残す事に罪悪感を抱いていたからだと気付いた。
それは食べ物を粗末にしてはいけないという道徳だ。それは正しいと思う。
しかし、私は別に納豆定食を足で踏んづけたり、ご飯を丸めてキャッチボールをして遊んでいる訳では無い。私は食べ物を粗末にはしてはいないと論理的に判断した。
むしろ最近では食べ過ぎによる健康への害の方が問題になっている。事実私は最近カロリー摂取をし過ぎており、自分の健康の事を考えると残した方が良いと論理的に判断した。
松屋側からしてみればどうだろう。
食べ物を残されると、確かに処理が多少面倒ではあるだろう。
しかし私はお金を払って松屋で食事をしており、そのお金は食材費だけではなく残飯処理などの作業に関しても入っている筈だ。
頼んでおいて全く手を付けずに店を出るなど常識を越えない限り、多少残しても問題は無いと論理的に判断した。
ABC理論まとめ
B(信念、固定観念)食事は完食しなければならない
C(結果)食べ過ぎで気分が悪くなり、健康被害への不安が増す。
「食事は完食しなければならない」というイラショナルビリーフを、「食事は多少残しても問題ない」というラショナルビリーフに書き換えた。
すると結果のCは以下のように変わった。
C(結果)私は腹八分目にして食事を残し、いつもの胃の不快感や、健康への不安が軽減された。
2010年08月12日
「つぼみ Vol.7」
コミックス | |
「百合姉妹」からはじまり、「百合姫」、「百合姫S」と読んできたのですが、どれも途中でリタイア。
「百合姉妹」は廃刊なので仕方がないとして、「百合姫」はBL色がどうにも薄れず、「百合姫S」は萌え系で一時は長いこと読んでいたのですが、こちらも記号的な萌え色が強くなり、買わなくなってしまいました。
そんな中、健闘していたのがこの「つぼみ」。
基本的な路線は少女マンガであり、BL系の様にがっついておらず、萌えの様にテンプレートになっていない、良いかんじにリリカルな恋愛模様が展開されていて好感が持てました。
特に「つぼみ Vol.5」の出来は素晴らしく、黒星紅白さんの表紙からはじまり、各作家さんが一番ノッていた時期だと思います。
つづく6、7巻と新しい作家さん発掘に苦心している感じはありますが、大朋めがねさん、玄鉄絢さん、ナヲコさん、吉富昭二さんなど、頭一つ突き抜けた作家さんが牽引し、それなりに安定した紙面作りになっています。
オマケの小冊子は妄想炸裂で笑っちゃいましたが、隔月になるためか若干ゴタゴタしている感じのする本編のフォローとしては、満足の逸品でした。
個人的には大朋めがねさんが一番のお気に入り。
特にVol.5での「ひみつ。」は傑作で、機会を見てこの作品を取り上げてみたいと思っています。
2010年07月27日
「オレ様化する子どもたち」諏訪哲二//後半がなければ名著
読書 | |
現場バリバリで活躍してきた教師による教育論。
今までイノセントなものとして「子どもがおかしい」と発言するのが躊躇われていたが、はっきりと言うべきである。
教育は贈与であり、等価交換ではない。
それらの主張を豊富な現場例を交えて語る口調は、多少強引な気もするけれど気持ちが良い。
やはり実際に経験してきた例を出されると説得力があり、とても勉強になった。
しかし問題は後半。
「若者、子ども問題を語る人々」を一人ずつあげつらい、人格攻撃に近いような批判がひたすら続く。
さすがに辛くなり、最後まで読む事が出来なかった。
この方なりに本気で教育を考えている故の事なのだろうが、人の悪口を100ページ近く読むだけの気力は、私にはなかった。
2010年06月20日
「考えない練習」小池龍之介
自己啓発本などでは、常に思考を絶やさずに考える癖をつける事を提唱しておりますが、これはその逆。
怒りや欲など、混乱した思考に悩まされている人に向けた、考えない練習の本です。
無論、日がな一日ボーッとしていろという事ではありません。
その瞬間に考えるべき「正しい思考」をするために、無駄な思考を排除しよう、という教えです。
私も昼間はなるべく頭を働かせて思考する癖をつける様にしていますが、それで困るのは夜、寝る時です。
どうしてもアレコレと考えてしまい、ベッドに入ってから寝付くまで早くて40分、遅くて3時間ほどかかる事もあります。
だから考えるのをやめようと焦るあまり、考えるのをやめようと考え込んでしまうというスパイラル。
そこでこの本を手に取った次第です。
とても良い本でした。
一朝一夕には体得出来ませんが、少なくとも自分の思考にどういう癖が付いているかが何となく解るようになってきました。
人が考える事を苦痛に感じる時。それは大きく分けると2つになります。
過去を悔やむか、まだ見ぬ未来を心配するかです。
だからそれらを避けるには、今現在に集中すれば良いという事になります。
寝ようと横になったら、自分の呼吸する音だけに集中する。
重力でベッドに押しつけられた背中部分の感覚だけに集中する。
意識して何も考えまいとすると、ジリジリとした焦りが確実に来ます。
だから、いま現在感じている感触にだけ意識を集中させるという事です。
仕事でキーボードを打っているのなら、指先に意識を集中させる。座っているのなら、お尻にかかる体重の重さに意識を集中させる。
考えないという事は、頭を空っぽにするという事ではないんだという発見は、実に新鮮でした。
著者は仏法者。
仏教の教えをベースにおいてはありますが、文章が非常に穏やかなので説教臭さがありません。
巻末では「進化しすぎた脳」などで有名な神経科学者、池谷裕二さんとの対談もあり、宗教と科学との接点が見られて、これもまた興味深いものがありました。
自己啓発本と平行して読むと、バランスを保つのに良いかと思いました。
2010年04月23日
「いやな気分の整理学 論理療法のすすめ」 岡野守也
いやな気分になったらどうするか。
論理療法では「ABC理論」という考え方をするそうです。
A=「嫌な気分を誘発、活性化するような出来事」
C=「その結果、落ち込んだり腹が立ったりする」
普通はA→Cという考えに流れます。
しかし実はその間にBというものがあるというのがポイント。
B=「個人による受け止め方、考え方」
Aという出来事を、Bという受け止め方を経て、Cという感情が生まれる。
だから同じAという出来事が起きても、Bの違いにより感情が爆発する人もいれば、平然としていられる人もいる。
結果であるCをより良い方向に持って行く為に、Bを修正しよう。
それには、自分自身に「論理的な」問いかけを「積極的に」すれば良いのだ、というものらしいです。
A(アクティベイティング・イベント)
B(ビリーフ)
C(コンシーケンス)
詳しくはこの辺を読んで頂くとして、面白いなと思ったのは、対象者に対してかなり積極的に働きかけるという事です。
この本を読む前に「プロカウンセラーの聞く技術」という名著も読んで大いに感銘を受けたのですが、こちらはひたすら聞き役に回り、対象者の怒りや不満を吐き出させて気持ちが収まるのを援助しよう、というタイプ。
カウンセリングというと、やはりこちらが主流の様です。
しかし論理療法は、もっと積極的、能動的に対象者に働きかけ、考え方そのものを変えてもらおうというものだそうです。
――希望の大学に入れなかった。もう全てが終わりだ。
「大学に入れなかったら、君の全てが終わるというのは論理が破綻している」
――あいつは嫌な奴だ。腹が立つ。
「君が腹を立てる事により、損をするのは誰だ? 君自身だ」
――世界のどこかで食べ物も食べられずに死んでいく人がいる。なんて私は無力なんだろう。
「可能ならばすぐにそこへ行き、彼らを助けてあげよう。しかしそれが出来ないのならば、忘れてしまいなさい」
一見すると人の神経を逆撫でするような物凄いやり取りの様ですが、これは解りやすくする為に、極端な書き方をしました。
実際はしっかりと信頼関係を結びつつ、慎重に行う筈です。
つまりは、「絶対に〜でなければならない」という硬直した考え方を、論理的な問いかけを突き詰める事により、「〜だといいな」という柔軟な考え方に変えて行こうというものです。
そしてこれは、自分自身に問いかける場合にかなり有効だと思います。
特に我々の様に理屈が大好きなオタクにとっては、結構ゲーム感覚でやれるのではないかと思った次第です。
特に最近はぐぐる様にお願いすれば、どんな答えでも立ち所にポーンと出てくる時代。
だからつい安易に答えに飛びついてしまい、「考える」という事を最近しなくなったと自分でも反省していた所です。
悩んだ時以外にも、常に考える癖をつけておこうと改めて思いました。
2010年04月18日
「ゆるゆる」たかみち
コミックス | |
たかみちさんの描く画からは全く邪気が感じられないにも関わらず、描かれる女の子たちにエロさを見出してしまうのは、これは受け手の心の中にそういうものがあるからでしょう。
だから例えばアグネスとかがこの画を見たとしても、「あら〜可愛い女の子ねぇ〜」と思う筈。
もしこの方がロリコン雑誌の表紙を何年にも渡って描かれているのだという情報が事前に与えられていれば、烈火の如く糾弾するのでしょうがね。
そしてこの様に受け手によって画から受ける印象が変わるという事こそ、芸術性が高いという事だと私は思います。
時として優れたイラストレーターがコミックを描くと途端に微妙になってしまう事もあるのですが、この作品はその辺が無くするっと入り込めました。
それは恐らく描いている本人に、自分はストーリーで語る人間ではなく画で語る人間なのだという自覚があるからだと思います。
その辺が最も色濃く出ていたのが、第5話「待ちあわせ」。
仲良し三人組の女の子、ハルカ、みさき、ユキ。
みさきは朝の海岸でハルカとユキを待っているのですが、午後5時の待ち合わせを午前5時だと間違えてしまっていたというお話。
一応直後にハルカが来て、彼女も朝の5時だと勘違いしていたというオチもあるのですが、特にその辺は大した事でもなく。
凄いな、と息を飲んだのは朝の海岸の風景。
日が射す前の暗い海辺の上空に、先んじて大きな雲の一部にだけ光が入射している表現。
時間が経つにつれ日光がみさきにあたるのですが、入射角が鋭いので、ぼんやりとした朝焼けの光となっています。
冷たい空気と日の光。そして足下で遊ぶさざ波。
五感を刺激する画です。
全編フルカラーで描かれたこのコミックにおいて、たかみちさんの魅力が最も強く出ている1話。
恐らく作者は朝の風景を画にしたかったため、この様なお話にしたのでしょう。
この辺、テーマやプロットを先行して考えるシナリオ畑の人とは違う所です。
自分は絵描きなんだ、という強いプライドと自信が感じられます。
フルカラーコミック128ページもあって1143円。
値段もリーズナブル。
就寝儀式用にして、寝る前に眺める事にします。
PS.
「チェンジH」とかいうTS(トランスセクシャル)系雑誌のチラシが挿まれており、何だこりゃとか見てみると、男装少女のフルカラーコミックをこちらにも描かれるとの事。
うえーい。解りましたよ、買いますよw
2010年04月15日
「人を動かす」デール・カーネギー 訳:山口博
自己啓発本の元祖と言われる本ですが、今まで読むのを躊躇っていました。
なんかこの表紙からして立派そうなおじさまの写真で、すっごいカタい道徳本だと思っていたからです。
しかしいざ読んでみると楽しい楽しい。
これは翻訳者の力も大きいとは思うのですがユーモアに溢れた文体で、所々声を上げて笑ってしまう程。
そして書かれた年代的(1937)に、内容も古くさい上に説教臭いのではないかと思っていましたが、それも無し。
「良い」とされて来た事は、やはり時代を超えていますし、説教臭い事それ自体が、この本で書かれている「やってはいけない事」であり、その辺が徹底されているので、読んでいて気持ちが良い。
そして何より凄いと思わされたのは、豊富な例え話や過去の事例。
テーマの提示が2割だとすると残り8割はそれらに割かれ、良質な短編人生物語り集として読んでも十分な満足感が得られます。
この様な本を読むと、難しい事を例え話などを交えて簡単に語る事の出来る人こそが、頭の良い人なんだなと実感出来ます。
中学生、いや小学生高学年レベルの国語力でも十分に読める文体も素晴らしい。
手にとって良かった本です。
2010年04月04日
催眠術、自己暗示について2 緊張とは。
ライフハックス | |
この術者は、私に何か恐い事をするのではないか。
暗示にかかって取り返しの付かない事になったらどうしよう。
その様な警戒心が、緊張という反応として身体に出て来るのです。
警戒すると、人は本能的に身構えます。
それは太古の昔からある、自分を守るための本能。
戦うとき、敵に一番接触しやすい手足の先からは、怪我をした時の出血を抑える為に血液が引きます。緊張した時に手足が冷たくなるのはこの為だと言われています。
集中するため視野は狭窄し、目の前の敵以外が見えなくなります。
そして体中の筋肉に力が入り、様々な衝撃を跳ね返そうとします。
これがいわゆる緊張状態です。
緊張というと、いつも悪い事の様に言われがちですが、これから戦いに赴くという時には程よい緊張があった方が良いのです。
例えばこれからサッカーの試合に出るという時、緊張状態を保つとテンションが上がり、大きな力を発揮できます。
ライブ演奏、重要なプレゼンテーションなどもそうです。
勿論、緊張が強すぎると身体や思考が思う様に動かなくなりますので、自己コントロールにより「程よい」緊張を保つのが大切です。
緊張は闘争本能と結びついているので、基本的に目の前の相手を拒絶します。
催眠術にかからない人は、緊張による催眠への拒絶が原因である事が多いのです。
では緊張を解くにはどうしたら良いのか。
身体の力を抜いてリラックスすれば良いのです。
それは、「体の力を抜く」事です。
…前回と同じ引きになっちゃった…つづく。
2010年03月30日
「える・えるシスター」邪武丸 1〜3巻
ノッポで怪力のヘタレ妹と、変態リビドー全開の生徒会長姉とのドタバタ百合ラブコメ。
その魅力は、読んでいる顔が終始ニヤニヤしてしまうラブラブっぷり。
登場人物は女性しかいないのですが、皆一様に惚れっぽく可愛いモノに目がありません。
女の子同士がひっつくのがみんな大好きなので、事ある毎に「きゃーっ!」とか言って一斉にときめいちゃったりします。
毎回毎回学園に黄色い声が響き、それだけでも幸せな気分です。
そしてこの作品の面白いところは、尻上がりにキャラクターが立ってくる事。
1巻の巻末にはオマケとして読み切り時の作品が掲載されていますが、正直いってそれほど面白いという訳でもありません。
ところが連載開始となると大きく設定を変えてきました。
特に読み切り時には気合いが入りすぎたのでしょう、ゴチャゴチャとした読みづらい感覚を受けたレイアウトをはじめ、絵柄や設定もスッキリとして見違えるほど面白くなり。
作者の方は相当煮詰め直して努力されたんだなあ、と感じました。
また連載中において、これは伸びないと思われた設定はスッパリ切り替えて、別人じゃないかと思われる程キャラ設定を変更してしまう思い切りの良さ。
こうすれば面白くなる、ああすれば面白くなると、次から次へと設定が後付けされて行きます。
そうなると当然整合性とかがとれなくなる事も出て来ますし、展開に強引さを感じる事もありますが、そんな些細な事はお構いなし。
結果として面白くなれば良いんです。
作者さんはこのポリシーのもとに進んでいるらしく、事実何かを変更すると必ず面白くなって返ってきます。
こういうのを見ていると、コメディマンガって勢いなんだよな、とか改めて感じさせてくれます。
次から次へとクセの強いキャラクターが出て来て引っかき回しますが、誰一人悪意を持ったキャラが出ないのも魅力。
みんなの為に良かれと思って暴走した挙げ句の空回りとか、なんか企んでるっぽいキャラが出ても、実は他のキャラを助けてあげようとしていたりとか。
全員が善人ばかりなりで、安心して楽しめます。
そしてドタバタコメディもただ暴れるだけではなく、友達を作りたい、腐女子趣味を隠したい等、毎回必ず葛藤が描かれています。
コメディってこうあるべきだよな、とか感じてしまいました。
百合好きの人には勿論ですが、学園コメディとしても秀逸な出来なので、万人にお勧め出来ます。
是非お手にとってお楽しみ下さい。
催眠術、自己暗示について1 「催眠オナニー入門」を買ってみた。
『さあ、やってみよう 催眠オナニー入門(CD付)』という本を買ってみました。
もともと催眠術や自己暗示には興味があり、自分でも色々と試してはいたので正直内容的には今更なんですが、この様な本が出たというだけで意味があります。
表紙を描いている紺野あずれさんのファンでもありますし、これはもうご祝儀として喜んで買わせて頂いた次第です。
しかし興味があるとは言え、本格的に誰かについて勉強したわけでもなく、基本的には書籍や巷に売られている催眠音声などからの独学。
そして私自身、自己暗示により深い催眠状態に入った事はありません。
そもそも私が初めて催眠術というものにふれたのは、昔たばこをやめる、という趣旨の催眠音声を買ったからです。
当時の私はヘビースモーカーで1日に40本は吸っており、さすがにコレはまずいだろう、と色々な禁煙法を試していたのですが、これもその一つ。
結論から言いますと催眠にも掛かりませんでしたし、たばこも止められませんでした。
しかしその催眠テープを通して、私にとってとても有益なスキルを手に入れる事が出来ました。
それは、「体の力を抜く」事です。
…つづく。
2007年06月21日
コミック百合姫S Vol.1
本家と比べ、よりライトな絵柄と内容になり、ぶっちゃけ男性向け萌え百合雑誌に割り切った構成でスタートしたコミック百合姫S。
その中から今回は、私の大ファンである作家さん二人にスポットを。
この方の見所は非常に洗練された絵柄と、そのシャープで繊細な線によるスタイリッシュな少女達のファッション。
服飾デザインへの拘りは偏執的なまでで、主役の娘など本編16ページの中で8回もお着替えしています。
黒板に人形を描き「これはただの入れ物」「そしてこれは私」と、素敵なハート形の焼き物をプレゼントしてきた謎の少女。
彼女を探す主人公、そして彼女と何か関係のありそうな女教師。
ラスト、「えなちゃん」の心を身に付けた主人公が、女教師に「私に言わなきゃならない事がありますよね」と迫るシーンが微笑ましく、あの様な結末を迎えたというのに、とても心が温かくなります。
ほぼ全作品通してそうなのですが、この作者は説明を徹底して省きます。しっかりと読み込めばあちこちに伏線やらメタファーやらが挟み込まれているのですが、軽く読もうとするとさっぱりです。
この辺の「これくらい読み取れるよね」みたいなスノッブさが、人によっては嫌みに見えたりするでしょうし、またオシャレに感じたりもします。
好みは分かれるかとは思いますが、私は非常に好きです。
☆「オトメキカン グレーテル」すどおかおる
対するこの方は、もうストレート。絵柄もラフでストーリーもベタ。
しかし、このペン先からグネグネと蟲の様に溢れだしてくる暗黒のレズ好きオーラは、他の追随を許しません。
そう、百合と言うよりはレズ。
この方の場合はまず肉欲あり、なんですね。
勿論心の結び付きもあるのですが、相手の子を好きになったら、ロザリオを渡してとかまだるっこしい事なんかしてないで、とっとと組んず解れつイチャコラしたい、という何というかもう直球。
最初にラフな絵柄だ、とか書きましたが、その理由は手抜きではないと思います。
逆にこれはどう見ても、少女達のイチャコラしてる絵を描きたい、描きたい、という欲求から来る勢いにペンが上滑りしてるとしか見えません。
一応サイキックバトル物(うぷぷ)っぽい体裁は取っていますが、そんなのはイチャコラさせる為の道具に過ぎず。
また、この人の描く少女達のイチャコラは、微妙に親父臭いのも特徴(笑)。
好きになったら一直線。細かい事はどうでもいいからイチャコラべたべたする!
連続物の1話なのでまだ判断は出来ませんが、オーラはビシバシ伝わってきます。
代表作は「彼女のカノジョ」。単行本化は…どうなのでしょうか。
両極端の作風ですが、どちらも大好きです。
電撃!!イージス5(谷川流)
これは雑誌「電撃萌王」に連載されていた作品なので、基本的に1話完結で実にシンプル。
簡単な粗筋としては、祖父の実験により次元に亀裂が入り、そこから現れる謎のEOSと呼ばれるモノを退治する為に集まった5人の少女達と暮らす事になった主人公の、SFラブコメ。
ハルヒの小説は未読なのですが、アニメの展開を見るに、小説は結構複雑な心理描写やSFガジェットが幅をきかせている事は解ります。
が、この『電撃!!イージス5』は5人の女の子達のキャラクターを前面に押し出し、徹底した萌え萌え娯楽小説になっています。
まさにライトノベルと呼ばれるにふさわしいキャラクター小説で、元気少女、天然少女、ツンデレ少女、泣き虫少女、無表情少女、とズラリ揃っており、これだけ並べられればもうお腹いっぱい、と感じるのですが、キャラクターが「記号」ではなくしっかりと生きて考えて生活している。
この点が大きく評価されます。
この娘はいわゆる天然少女なのですが、お手軽な何も考えていない痴呆少女ではなく、何かとトラブルの多い5人の中で、その暖かい笑顔で仲裁役に回り、そのため無意識にストレスが溜まり倒れてしまう、というエピソードもあり。
他のキャラクターの掘り下げも相当練られています。
イラストを描いているのは後藤なおさん。
ラノベの売れ行きは挿絵画家で決まる、と揶揄される程ですが、とにかくこの方の描く女の子は可愛い!
特に服飾デザインや色彩感覚が抜群で、カラーイラストの美しさは目を見張る程で必見です。
作者も良い意味で相当肩の力を抜いている様で、スラスラと楽しく、それでいて何度でも繰り返して読めます。
深いテーマや感動を求める方にはお薦め出来ませんが、辛い事があった時、忙しい毎日に疲れた時、ヒョイと読んで楽しむ。
