楽園 戦略拠点32098

長谷敏司『楽園 戦略拠点32098』(角川スニーカー文庫

第六回スニーカー大賞受賞作品。<円環少女>、女性科学者を主人公にした『あなたのための物語』の長谷敏司のデビュー作品。ウェブの評判も高かったのでブックオフを中心に探していたのだけれども、あんまり見かけないので、オークションにて落手(ただし現在は電子書籍版で容易に入手可能)。本作品は心の奥底から懐かしく、そして物悲しい何かを引き出してくれる。SFという準拠枠を使いながらも、異なる「選択」を選んだ二人の戦士の心の葛藤を描いた小説である。機械化した兵士たちが闘う未来という設定のもと、星間戦争の拠点におかれたいち惑星に隠された秘密をめぐる、ハートウォーミングな小説だ。

汎銀河同盟軍の降下兵ヴァロアは、敵の防衛が激しい戦略拠点と思われる惑星エデンの秘密を探るために仲間とともに派兵されたが、地球軍の強烈な攻撃になすすべもなく、撃破され、一人運よく惑星エデンへと不時着することができた。ところがそこには敵の上級サイボーグ兵士ガダルバと少女マリアが居住しており、ガダルバはマリアのガーディアンとして彼女をサポートしつつ、ともに生活をしていた。ヴァロアはそんな二人と生活をすると同時に、兵士としてこの惑星の秘密を調査する、というもの。

昔のAVGをやっていて、徐々に世界観が明らかになっていくような感覚の小説。レトロゲームの人なら知っているかもしれないが、スクウェアが出していたα(アルファ)というアンドロイドの少女アイシャが自分の居住する世界の謎を解き明かしていく感じに似ていなくもない。ただ、二つの異なる立場にいる兵士が「何を日常とし、判断基準とするのか」を選択する物語ともいえる。ヴァロアとガダルバは立場も状況も違えど、ともに兵士として殺戮を行う立場にある。緩衝帯ともいうべきマリアは謎めいた存在だが、エデンにおけるマリアでもある。死から生への再生という意味で、このエデンの謎が解き明かされていくうちに「あっ、だからエデンなのか!」と驚く。その意味ではエデンは北欧神話でのヴァルハラを象徴する場であり、冥界でもある。黄泉戸喫を十分に行ってしまったガダルバとあくまでも任務の遂行を第一とし、地上への生還を望むヴァロア。この対称性と、マリアの忘却性(ある種レテの流れ的でもあるからこそ、浄化のシンボルなのかもしれない)の二つの要素が加味され、読者の想像力をかきたてる。エデンを構成するものが何なのかを知った時に、ヴァロアのような反応をするのは当然といえば当然だと思う。

薄い本ではあるが、読者に色々なことを想起させる仕掛けがいくつかあり、大変面白かった。長谷敏司という作家に今後も注目していきたい。