ENDING ENDLESS 雑記帖 @『ディズニーの隣の風景』 by 円堂都司昭

                    

2006-01-03

[]『容疑者Xの献身』をめぐって

本日の記述は、『本格ミステリ・ベスト10』(原書房)、本格ミステリ大賞の動向を毎年気にしているぐらいのミステリ・ファンだけ読んでください。

本格ミステリ作家クラブ会員による本格ミステリ大賞の推薦作投票が、16日で締め切られる。それを参考に、予選委員が合議で月内に候補作を決定。その後に、各人が選評を書いたうえでの本選投票、大賞決定へというスケジュールになっている。この過程で、東野圭吾『容疑者Xの献身』ISBN:4163238603をめぐる議論は再燃するだろう。なので、せっかちに反応する必要はないと思っていたが、現時点での覚書を記しておく。


二階堂黎人は、HPで『容疑者Xの献身』は本格ミステリではないと主張し、『2006本格ミステリ・ベスト10』ISBN:4562039728においてこの作品を1位に推した投票者たちを批判した。円堂都司昭も名指しされていた。

http://homepage1.nifty.com/NIKAIDOU/

しかし自分は、新本格以降の国内本格ミステリの流れにおいて、『容疑者X』は“本格”の範囲内と判断する。かつて、ミステリ読者の謎解きの対象は、犯人のトリックであるのが本流だった。だが、新本格以降は作者による仕掛けも珍しくなくなり、ミステリ・ファンに広く認知された。綾辻行人十角館の殺人ISBN:4061849794を新本格の始まりとみなし、我孫子武丸『殺戮にいたる病』ISBN:4062633760貫井徳郎『慟哭』ISBN:4488425011をこの潮流の生み出した傑作とする意識は、多くのミステリ・ファンが共有している。『容疑者X』も、この流れでとらえてさしつかえない(東野自身は、新本格以前からの作家だが)。

ただし、『容疑者X』が本格として弱いという批判があることは理解できる(このへんは、二階堂HPの掲示板に登場した我孫子武丸の発言に近いスタンス)。それに対し自分は、「“本格”ミステリ“小説”」として読んだ場合の総合点として、昨年刊行作品の範囲では『容疑者X』を1位に推すことを決めたわけだ。


二階堂HPの掲示板では、我孫子自身が自作『弥勒の掌』ISBN:4163238107を厳密には本格ではないと述べたにもかかわらず、二階堂は『容疑者X』は非本格、『弥勒』は本格と主張し続けた。このことが議論を納得しにくいものにしたし、二階堂の意見が恣意的にみえる一因でもある。

かつて『本格ミステリの現在』ISBN:4336040001に、北村薫が「愛があるから鞭打つのか」と題した東野圭吾論を寄せたことがある。本格ミステリの紋切り型をパロディにした東野作品に触れながら、北村は「愛があるから鞭打つのか」と問い、彼には本格への愛があると論じていた。

いってみれば二階堂の東野圭吾観は、北村薫の論の裏返しであり、東野に本格への愛はないという判断、反発がまずベースにあって、今度のような主張の展開になっているようだ。二階堂による『探偵ガリレオ』ISBN:4167110075シリーズの解釈など読むと、そうとらざるをえない。

最近の本格ミステリ大賞

二階堂の話の展開全体を支持するわけではないにしても、『容疑者X』=非本格論は支持する――という層が存在するのも事実だ(自分は二階堂自身の発言以上に、それに触発されたこの種の層を考えたほうが、まだ意味があると思う)。

『容疑者X』=非本格論は、昨年、本格ミステリ大賞の予選であった議論を思い出させるところがある。予選委員たちの議論では、綾辻行人『暗黒館の殺人ISBN:4061823884は本格ではないとの意見が出され、激論の末、候補作に残った。また、乾くるみ『イニシエーション・ラブ』ISBN:456203761X を推す声もあったが、最終的にしりぞけられた。『暗黒館』はホラー色が強いこと、『イニラブ』は最終ページにならないとミステリとしての姿を現さないことなどが、あちこちで難点として指摘されたわけだが、ともに作者が仕掛けるタイプの作品でもあった。

(ちなみに自分は、新本格の起点とされる『十角館』と同じ姿勢で『暗黒館』も書かれたのだから、この作品も本格のうちと判断し、本選で票を投じた)

また、その前年の本格ミステリ大賞には歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』ISBN:4163217207が選ばれたのだったが、同作についても一部に本格ではないとする批判があった。これまた、犯人のトリックを主眼とするタイプではなかった。

その意味では、『容疑者X』=非本格論は近年聞いてきた議論の繰り返しともいえ、正直な話、自分はさほど興味が持てない。

もしも、『十角館』を新本格のスタートとするミステリ史観自体が間違っていたのだ――とするようなラジカルな立論がされるなら、興味が持てない、などとはいわないが。

本格ミステリ・マスターズ

綾辻行人、笠井潔、北村薫、二階堂黎人が編纂委員をつとめる〈本格ミステリ・マスターズ〉というシリーズが、文藝春秋から刊行されている。我孫子武丸は、厳密には本格でないと自分で述べた『弥勒の掌』を、この器で発表した。また、歌野晶午も〈本格ミステリ・マスターズ〉で刊行した『葉桜』に関し、本格としては邪道だと語っていた。

一方、二階堂はHPで、『容疑者X』と並べて、折原一の一連の作品を本格に似て非なるものの代表にあげていた。振り返れば、〈本格ミステリ・マスターズ〉初期に、折原の『倒錯のオブジェ 天井男の奇想』ISBN:4163214704が刊行されており、これについても作者自身が、本格直球の作品でないむねを発言していた。

犯人のトリックを主眼とするのは本格ど真ん中の王道だが、作者が仕掛けるタイプも広い意味で本格――とする意識を、実作者たちの多くが共有している。「これ“こそ”本格」と「これ“も”本格」という二重の本格観があるために、自らが邪道と考える作品も〈本格〉を冠したシリーズから刊行していいと判断するのだ。

こうした二重の本格観を、あえて一つにしなければならないとは、自分は考えていない。

東野圭吾自身の発言

「ダ・ヴィンチ」2005年10月号の「ヒットの予感」コーナーに、東野圭吾のインタヴューが掲載されていた。見出しに〔新たな代表作誕生! 慟哭の純愛本格推理〕というフレーズがある通り、『容疑者Xの献身』が本格作品だという前提で記事はまとめられている。取材・文は、温水ゆかり。

ダ・ヴィンチ 2005年 10月号

そのなかで、東野はこう発言している。

 本の中にも書きましたが、謎を複雑にしようと思って複雑にするのは凡人。天才はごく単純な方法で、いっきに問題を複雑にする。これ1個で様相がガラリと変わるというアイディアを思いついたとき、通常のリアリティから言えばあり得ないトリックだったんだけれども(苦笑)、この主人公なら“あり得る”と思って。

 本格に馴染みがない読者でも、知らないうちに本格を読んでいた。そういう読みものにしたいという願望はありましたね。

『容疑者X』については、本格としては単純だ、難易度が低いという批判があり、わかる人にはすぐわかる作品だろう。しかし、「本格に馴染みがない読者でも」という言葉からすると、いわば本格ビギナー向けともいえる内容は、はじめから作者が意図していたこととも察せられる(この短いインタヴューからは、先に述べたような二重の本格観を東野も持っているのか、それとも単純に一層で考えているのか、わからない)。

上記東野発言のようにミステリとしてはシンプルな作りと、泣けるラヴ・ストーリー・ブームに寄り添うような/シニカルに揶揄するような微妙な主題とが相乗効果をあげている。そう判断して、自分は『容疑者X』を『本格ミステリ・ベスト10』の1位に推した。

再び、本格ミステリ大賞をめぐって

だが、本格としてのシンプルさゆえに、『容疑者X』が『本格ミステリ・ベスト10』の1位や本格ミステリ大賞になるべきでないと考える人たちもいる。この光景にもまた、既視感を覚える。妙なことをいうようだが、乙一『GOTH』 ISBN:4044253048が、第3回本格ミステリ大賞を受賞した時の一部の反応を思い出すのだ。

『GOTH』の語り口は上手かったが、本格として読んだ場合、ミステリ史の教養を背景に複雑に組み上げた謎が――というタイプでは全然なく、やはりシンプルな作りだった。このため、本格ミステリ大賞にふさわしいのか? との声が実際あった。第3回に大賞を同時受賞した笠井潔『オイディプス症候群』ISBN:4334923577が、エラリー・クイーン的ロジックを作者流に追及し、得意の思想合戦との合体により重厚な大作に仕立てられていたのとは好対照だった。

(90年代後半以降も力作や佳作は書かれてきたが)綾辻『十角館の殺人』から京極夏彦『絡新婦の理』刊行あたりまでが、新本格にとって最も幸福だった時代といえるだろう。本格という器に、膨大なペダントリーや思想性や大きな世界観やもろもろを詰め込めるぞという喜びが、この時期の発展過程にはあった。山田正紀『ミステリ・オペラ』ISBN:415030811X 、笠井『オイディプス症候群』という、ある意味で90年代新本格的な大作が、それぞれ第2回、第3回の本格ミステリ大賞を受賞したのは、2作品自体への評価だけでなく、本格という器にかつて夢見られたある種の全能感を思い出したから――という側面があった気がしてならない。

(この年の大賞に関して、自分は『オイディプス症候群』に投票した)

「ただの本格」

そうした本格ミステリ作品の複雑化、長大化が限界を迎える一方、有栖川有栖が「ただの本格」、法月綸太郎が「カジュアルな本格」発言をしていた。『オイディプス症候群』、『GOTH』刊行と同じ2002年のことだ。当時はライトノベルという乙一の出自ばかり目立っていたが、今考えれば、第3回本格ミステリ大賞の投票者は、シンプルな『GOTH』に対し、また別種の「ただの本格」、「カジュアルな本格」の可能性をみていたのではないか。

先に引用した東野発言もまた、シンプルさの追求という点で、この作者流の「ただの本格」論と読める。昨年の本格ミステリ界では、複雑・長大タイプでは突出した作品がなかったため、結果的に、「ただの本格」としてこの年優れていた『容疑者X』を多数が支持した――『本格ミステリ・ベスト10』のほかの投票者がどう考えているかわからないが、自分はそのようなものだったと状況をとらえている。

――というわけで、本格ミステリ大賞の推薦作をそろそろ投票しなければならないが、自分としては『本格ミステリ・ベスト10』の時と同様、やはり『容疑者Xの献身』をあげるつもりだ。

(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20051227