ENDING ENDLESS 雑記帖 @『ディズニーの隣の風景』 by 円堂都司昭

                    

2013-02-16

[][]円堂都司昭『ソーシャル化する音楽』の目次

ソーシャル化する音楽 「聴取」から「遊び」へ

ソーシャル化する音楽 「聴取」から「遊び」へ

はじめに

序章 祝祭の風景の一九六〇年代とゼロ年代以降

村上龍『69』のフェスとロック

バリケードのなかの祝祭と文化祭

ウッドストックとビートルズ

ライヴ・エイドとMTV

画面をめぐるファンタジーの今昔


第1章 ガジェット化する音楽

1 音楽のトランスフォーム

フェスの定着と大型CDショップの時代

POLYSICS・ハヤシの実演とエア芸

Perfumeやゴールデンボンバーのライヴ感

「トランスフォーマー」のごとき音楽

2 音楽遊びI:分割

iPodとウォークマン

ジュークボックスとカラオケ

通信カラオケと着メロ・着うた

3 音楽遊び II:変身

同列になった録音とサンプリング

編集加工されるノスタルジー

“人力リミックス”とマッシュ・アップ

4 音楽遊び III:合体

自己表現と音楽ゲーム

シド&ナンシーと『NANA』

二つのアップル


第2章 キャラクターをめぐる人形遊び

1 初音ミクと人形遣い・ボカロP

ゴリラズと『サージェント・ペパーズ』

オペラ座の怪人』からボーカロイドへ

自己言及の伝統  一九八〇年代的テーマの回帰

二次創作からN次創作への更新

2 AKB48をめぐる物語消費

ミュージシャンという登場人物

AKB48・宝塚とスクールカースト

非選抜アイドルとディズニーの清掃人

アイドルのトランスフォーム

虚構性と事実性のつながり


第3章 ライヴ感の共同体のなかのライフ

1 「バンド」という「つながり」の物語

ノスタルジーと文化祭

「バンド」とリア充の距離

2 キャスト化する人々

音楽とは行為=ミュージッキング

「つながり」のライヴ感

オーディエンスの時代

ライフの実況中継

3 音楽+映像+α

視聴覚の分断と再統合

COMMUNEからDOMMUNEへ

フラッシュモブのマイケル・ジャクソン

ライトノベル的な音楽

4 命を吹きこまれる像

ミッキーマウシングのライヴ

キャラクター・ソング化するバンド


第4章 音楽遊びの環境(アンビエント)

1 ディスク時代の黄昏

幻のアルバムを聴く『グリンプス』

原音主義とディスク原体験へのノスタルジー

紙ジャケ高音質ディスクのフェイク性

CDのキャラクター商品化、グッズ化

メンバーへのアクセス権としてのCD

CD化が意味を持つ同人音楽の世界

2 “街鳴り”と“WEB鳴り”

ネットワークで音楽を「参照」

アンビエント・ファインダビリティ

音楽が自由/無料になる

資本主義と「嫌儲」の民族音楽


第5章 浮遊する音楽論

1 アニメ音楽の非ジャンル性と菅野よう子

オタク系音楽の存在感の高まり

ロキノン的自分語りから遠く離れて

サントラ、CM音楽の非歴史性

モンド・ミュージック的領域の現在

グーグル的音楽家像

2 編集2.0のプリンセス・やくしまるえつこ

ポストYoutube時代のポップ・マエストロ

HIROMIXとの親近性

神聖かまってちゃんとの同時代性

「雑誌」に愛されるアーティスト

編集2.0の世界

3 彷徨えるロック幻想

かまってちゃんとレッチリによるロック回想

カリフォルニア幻想の円環

「日本洋楽」のレトリック

架空インタヴューと「JUNE」

ポップアナリーゼ普及の困難

「ロキノン」というマジックワード

自己表現と「つながり」の表現


終章 繰り返されるトランスフォーム

二〇一二年末の「紅白」といきものがかり

『聴衆の誕生』再読

主要参考文献

あとがき

関連年表