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「ちりとてちん」徹底解剖ブログ

2008-03-31

「ちりとてちん」に寄せて(最終回)



賛否両論 あろうかと存じますが。

ドラマ「ちりとてちん」について、

大雑把に、思いつくままを 記します。


● 優柔不断な人々の 前言撤回ドラマ


決して、マイナスの意味ではござらぬ。

時代を あらわしているとゆうか。

あ〜でもない、こ〜でもないと悩みつつ

「自分」を 見つけられて

良かったね。


● マトモに思えた人ランキング


1位  鞍馬会長

2位  お咲さん

3位  菊江さん

4位  順ちゃん

5位  四草くん



落語ファンの不満は、こんなん?


別に、ヒロインは、

落語家じゃなくても、

パティシエ(菓子職人)でも、

ブリーダー(犬の美容師)でも、

ソムリエワイン鑑定士)でも

良かったんじゃないかなぁ。


知ってる カタカナ職業

書いただけですけど。


● 「ちりとて」ファンの反論は、こんな?


落語は、あくまでも舞台設定であって、

メインテーマは、

親子なり

師弟なり

幼なじみ

「情愛」なんだから、

落語の場面が少ないとゆう

批判は あたらない


● 2007年12月までは、名作の予感が漂った

● 2008年になってから、途端にパワーがおちた


和久井映見 良かったっすね


● やっぱ、渡瀬恒彦の草若役には、難あり

● やっぱ、草若師匠の一門会ボイコットの理由が、「妻の余命を知らされて」は、弱い


名ウィークといえば、


白眉(ベストワン)は、草若師匠の復活

● 草々の破門撤回(4人弟子の殴り合い)

● 四草の九官鳥が、落語を喋りだす(「背をはやみ〜」)

● ヤング「正典&糸子」の桜吹雪


これだけ あっただけでも、

上々 だったのでは

ないでしょうか。


● 時代が、なかった

米米クラブと 五木ひろし 以外に 時代っていうもんが、まったくなかった。

もっとも、「落語国の住人」という線を狙ったのでしょうが


● 鞍馬会長、結局 いい人じゃん

大阪の興行元といえば、松竹芸能吉本興業がモデル視されるから、

極端に サラリとしちゃったところが、かえって不自然でした


とゆ〜わけで、


♪ ちょうど 時間と なりました

  それでは

  みなさま、

  ご・き・げ・ん・よ〜

上方落語の四天王(最終回 その4) 桂米朝


シリーズ「上方落語四天王」。


(その1)は、笑福亭松鶴

→ 上方落語の四天王(その1) 笑福亭松鶴 - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ


(その2)は、桂文枝

→ 上方落語の四天王(その2) 桂文枝 - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ


(その3)は、桂春團治

→ 上方落語の四天王(その3) 桂春團治 - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ


最終回は、桂米朝さん です。

大正14年(1925年)生まれ。

実家は、兵庫県姫路市神社

人間国宝


3つについて、言及させていただきます。



(その1) 満州と 大東文化大学


大正14年(0歳) 満州で生まれ育つ

昭和5年(6歳) 帰国して、兵庫県姫路市

昭和18年(19歳) 上京して大東文化大学に入学


満州時代については、

自伝で「標準語が 幅をきかせ」と、記されています。


大東文化大学とゆえば、

あのラグビーの強い大学。

20歳の多感な時期を 短い期間とはいえ、

下宿先の東京で 過ごしています。

また、

生涯で2人いる師匠のひとり

演芸研究家の正岡容(まさおか・いるる)さんの

薫陶を受けたのも、この時期です。


これが、ですね。

いち観客として、

米朝さんの落語が、聴きやすかったということとは

無縁ではなかったと 察せられるのですが。

要するに、コテコテじゃない。


とにかく 

最初に 聴いたのが、

米朝さん や

地球滅亡の日(その6)にて紹介した

→ 地球滅亡の日(その6) 桂小南の「三十石」 - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ

桂小南さんじゃなかったら、

これほど、

上方落語

聴くようになっていたかどうか、

わかりません。



(その2) 桂三木助の襲名ばなし


自伝『私の履歴書』にて、

今は関係者も亡くなったことなのでと断って、

明かしておりますのが。

桂三木助(かつら・みきすけ)の襲名ばなし、です(160頁)。


かいつまみますと。

三代目の桂三木助明治35年 〜 昭和36年)は、

「芝浜」「ざこ八」などを得意とした

江戸の 人気落語家

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ですが、「三木助」という名跡(みょうせき)は、

もともと上方の名前で、

三代目が、一代だけ継いでいたもの。


その「三木助」を継がないかと、

話を持ちかけてきたのが、

ぬあんと、

先代の 桂文楽さん。

昭和の名人にして、

江戸落語の超ウルトラ大立者です。


ええ加減な筋からの 提案ではなく、

かの文楽師匠からのお話ですから、

米朝さんも「ありがたい」と

いったんは、受諾したのですが。

以下は、「私の履歴書」から

…………………………

ところが、この話には文楽さんにも私にも知らされていない裏があったようなのだ。それは、襲名を条件に私を ある興行会社の専属にしようという計画だった。(中略)

私を三木助の名前で誘い込もうというのである。それを知った途端に私の思いはさめた。最初から条件として提示されていたのならともかく、最後の最後になって、そういうことを持ち出されたことが納得いかず、この話はそのまま立ち消えになった。

…………………………

なのですって。

ここで、痛烈に 感じますのは。


この文章、かなり抑制していますが、

米朝さん、かなり怒っています。

行間から、怒りが にじみでているのです。


昭和43年に 興行会社との所属契約を解消してから、

一貫して、

米朝さん一門は、フリーならびに、

桂米朝 事務所」所属として 活動してます。


けっして、悪いことではなく、

天狗芸能みたいな

大手の興行会社は、

やっぱ 売上げが 大事です。


出演依頼があったら、

断るわけにはいきませんし (次が、ありますから)、

若手有望株を 売り出すために、

大物とセット販売するのも、仕方ないことです。


しかし、

それを嫌ったらしい

桂米朝という

まさに上方落語の至宝は、

おのれをトップとする 集団を設立し、

結果として、

あまたの落語を復活させ、

独演会や レコード、CDで、

上方落語復興と普及に専念することができました。


また、たいてい

実演者がトップをつとめる集団というのは、

女子マラソン 高橋尚子さんの

チームQ」みたいに、うまく行かんもんです、本来は。

しかし、

それが、今にいたるまで、うまく回っている(ように見えます)。


そこに、マメ太郎なぞは、

三木助襲名ばなしで味わった 屈辱と、

大手興行会社には負けへんとゆう プライドに

裏打ちされていたのかなぁ、

などと思いますです。



(その3)復活と新展開


米朝さんの著作「米朝ばなし・上方落語地図」が、

講談社文庫に収録される折、

作家の司馬遼太郎さんが、

推薦文を寄せています。


やはり、優れた作家だけあって、

ポンっと提示した短い文章に、

米朝さんの業績を 言い尽くしています。

…………………………

この人のように 

復活と新展開という劇的な活動を

ひとりでやってのけたひとは 

古来幾人いるだろうか

…………………………

うーん。

ながれいし。

もとい、

さすが。


○「復活」と「新展開」


サッカーでは、

オランダ代表のヨハン・クライフでしょうか。

球けりという

本来のエンターテインメント性を復活させて、

トータルフットボールという

ポジションにとらわれない

現代サッカーの新展開を

打ち立てました。


かくほど さよう。

桂米朝さんは、

司馬遼太郎さんが、

「古来 幾人いるだろうか」と

評したほどに、

上方落語を復活させ、

新展開をもたらした

最大の功労者なのです。


10歳になるかならぬかの

顔面つぶれ大福が、

はじめて聴いたのは、

「替り目」。

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その次に 聴いた

「天狗裁き」にて、

[rakuten:rakugo:685165:detail]

語りのマジックに 酔いばした。


こうして、

マメ太郎の 上方落語遍歴が、

スタートいたします。


まだ、東京が、

江戸 と呼ばれていたころでございます。

↑ ウソですぅ