映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

クリストファー・ノーラン監督「ダンケルク」1723本目

相変わらず、不思議な映画を撮る人だなぁ。
アンリ・ヴェルヌイユ 監督の「ダンケルク」は、海峡を渡れなかったフランス兵の物語で、あれもなんだか悲惨な話だったけど、この映画は同じ事件を”逃れられた”ほうのイギリス側から描いた作品。

イギリス側にも様々な人たちがいた。海岸に到達できずに倒れた人たち。大きな船に乗れたけれど船と沈んだ人たち。航空機で不時着した人。彼らを救うためにダンケルクへ駆けつけた民間船の人々。・・・監督はそれぞれのダンケルクを、そこにいてそれぞれの彼らと行動を共にしたように描いた。誰も恵まれてなかったし、ラッキーでもなかった。たくさん人が死んで、生き残った人たちが帰ってきただけだ。イギリス兵は恵まれている、なんて口が裂けても言えない。

雑誌のインタビューによると、ノーラン監督は自力でボートを漕いでドーバー海峡を渡ったことがあって、軽く考えていたのに19時間の死を覚悟する航海だったと言います。その原体験から、ダンケルクからイギリスへの苦しい航海を描こうとしたんだそうです。

イギリス人のノーラン監督はたぶん小さい頃からずっと、「イギリスはいいよね」「チャーチルは智将だよ」と聞かされてきたんじゃないかな。声をあげて反発するんじゃなく、若い普通の青年たちの苦しさや恐ろしさを、「ほんとうはこうだったんだよ」とちゃんと描いて見せたかったんじゃないかな、と思う。

効果音のような音楽が怖いよね。クジラが現れるときのBGMみたいな音。水の中で音がすべてくぐもって聞こえる感じとか、リアルに溺れそうな恐ろしさを感じます。

映画の中で描きたいことがすごく絞られていて、迷いなく構成していく監督なんじゃないかなと思う。
とてもユニークな感じがして、映画を見始めると最初面食らってしまうけど、ちゃんと伝わってくる。
そしてこれは、静謐で品格のある、イギリス的な映画です。