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enomoto-2009の日記

2009-09-30

小学校の掛け算の授業では、順序に意味があるらしい。

「1皿に3個のケーキがある。5皿で全部でケーキは何個か?」


という問題に対して、1皿あたりの量が3個で5皿分と考えれば、3×5=15個が正解で、5×3=15はだめだというのである。その理由を解説しているページとして、例えば次のようなものが挙げられる。

かけ算の式は「1つ分の数」×「いくつ分」の順に書く約束になっているので、問題文から正しく読み取って、そのとおりに式に書けるようにしましょう。

小学校の算数では、式の意味を理解することが大切なので、このような約束があります。

簡潔である。5×3だと、1皿に5個が3皿分ということになるのだという理屈である。この種の質問はいろいろなところで応酬があるらしく、例えば

この質問掲示板にある応答がいろいろな情報を含んでいるように思われる。

小2で習う掛け算に、かける数とかけられる数、が出てきますが、学校では文章問題で、先に来るのがかけられる数、後に、かける数がくることに徹底しています。

我が家の主人が、そんなものは聞いたことがない、高学年の算数や数学で、かけられる数もかける数もどっちだって答えは同じなんだから、いいんだ。どこの参考書にそんな事が書いてあるんだ、AXB=BXAだ、学校の先生が間違っている、おまえも嘘を言ってるだけだ、と申しています。。子供にもそんな調子で教えるので、子供もどっちが正しいのかと疑問を持ち始めてきました。学校では、5+5+5は、5が3回かけられている事である、ということを徹底し、特に文章問題では、5X3でなければXになってしまうのです。主人には、どのように説明をすれば、分かってもらえるのでしょうか。単位がかけられる数に相当する、かける数が数、に相当する、と説明すればいいのでしょうか。自習ノートなどのO付けを主人にお願いすると、逆でももちろんOにしてしまうので、結局先生から再度Xをもらい、帰ってくることもあり、困っています。主人は理数系卒、40歳近くです。かけられる数もかける数も習った記憶はないそうです。強気に、学校の先生も、教科書通りに合わせる私にも、おまえらが間違いだ、と言ってのけるのですが、この人に理解できるような説明ができる方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。

という質問に対して、「意味が違うのだから順番を徹底しなければならない」と主張する答えが多数寄せられている。

かけざんの導入のところでは

「1あたりの数×いくつぶん」という部分はとても大切な部分。

いわゆる「かけざんの概念」です。

理数系の方ほど、どうも計算の方に走ってしまって、その意味などどうでもよくなってしまって、本来子どもに伝えたい「かけざんの意味」についてなど伝えなくてもいいと思ってしまう方が多いですね。

理系に不当な非難を浴びせている部分は失笑ものだが、重要な主張は、「掛け算の順番には意味がある」ということであり、この主張の主要な根拠は

「1あたりの量」×「いくつ分」=「総量」

という式に当てはめて立式しなければならないということだ。また順番の徹底は、より進んだ単元で「単位あたりの量」を考える際、混乱しないために必要だとの話も出てくる。

とにかくこうした主張をする人たちは例で話したがる傾向にあるようで、ついには5本耳のウサギの話も登場する展開になる。

「ウサギが5匹。耳は全部でいくつ?」という問題に対して

2×5と書けば2本耳のウサギが5匹だが、5×2と書くと5本耳のウサギが2匹という「意味」になるのだ。

かけ算の式は「1つ分の数」×「いくつ分」の順に書く約束になっているので、問題文から正しく読み取って、そのとおりに式に書けるようにしましょう。

小学校の算数では、式の意味を理解することが大切なので、このような約束があります。

というコメントを書いた人がどのくらい内容を理解して書いているのかはわからない。「約束」ということと「意味」ということの峻別はこの場合決定的であり、ここを取り違えると、

掛け算の順番などどちらでも良いと主張すること=掛け算の意味を理解していない

という倒錯が生じることになる。上の書きぶりは、そうした倒錯を助長しかねない悪質なものである。

質問掲示板での返答の中では、本来は「約束」であったはずのものが、いつの間にか「概念」という言葉にすりかえられているかのようだ。

「意味を理解していない」ことへの糾弾は時として行き過ぎる。上の返答のように、あたかも理系が掛け算の意味を理解していないかのような非難。

また別の記事では、

  • 掛け算の原則。

それは、「A×B=C」という場合、AとCの単位が一致していること。

この理屈を壊すと、モノの考え方自体が崩壊してしまう。

(その理由説明まではさすがに割愛させてもらうが。)

  • 「A×B=Cも、B×A=Cも、どっちだって一緒じゃん!」

という40歳男性の主張、

人はそれを「ミソもクソも一緒」の考え方と呼ぶ。危険かつ野蛮な発想である。

  • 大切なのは「論理的思考」なのです。

そこから逃げようとするヤツこそが、

ミソクソ一緒の強引な主張を展開し、力技で自己を正当化するものと確信しています。

コトは算数だけの問題じゃなく、国語力であり、

ひいては総合学力や教養までをも蝕む。

  • 小さな「どっちだっていいじゃん」精神が積み重なる恐ろしさを

再認識してみるのもいいんじゃないかしらね。

といった極論も出てくる。順番を徹底することが「意味を理解すること」であり、「論理的思考」なのだという。「約束」と「意味」の取り違えは決定的である

他方、単位の問題ということに着目してみると、これは簡単なようで結構ややこしい。先ほどの掲示板の返答の中に次のようなものがある。

足し算や引き算はすべての項で単位が同じ、掛け算や割り算はすべて単位がそろうことはない。とくに掛けられる数と掛ける数の単位は同じではないということですね。(面積のときはどちらも長さであって同じように見えますが、縦成分の長さと横成分の長さということで、まったく同じ性質の長さではない=ベクトルの考え方も必要、ということを意識させたいと思いますが、これは2年生では無理でしょう)。

 単位を常に意識しないと、単位が違うのに足し算や引き算を立式する、などのとんでもない間違いをおかしますね。とくに、理科の分野で顕著に見られる間違いと思います。

「違う長さ」とか「ベクトル」とか、意味不明である。この返答では、皿と個をかけて個になることへの「違和感」はまったく無視されている。1あたりの量ということを単位でかけば、[個/皿]となるわけで、

こうしたことを小学生にどこまで正確に伝えられるかは難しい。

これはいろいろな「量」というもののもっている「性質」、例えば内包量と外延量の問題などとも絡んでいる。

しかし、こうした指摘と掛け算の順序の問題とは、率直に言ってあまり関係がないと思う。

また、遠山啓による「水道方式」との絡みで、掛け算の順序というものが教育上どういう意味があるかといったことは

その1その2その3

などが参考になりそうである。

先の問題でミカンの個数を求めるのに、かけ算の順序に意味がないのは、教室の中に並べられている机の数を計算するのに、縦の列×横の列でも、横の列×縦の列でもどちらでも良いのと同様であると書いている。ミカンの個数を求める問題が、実は人そのものは無関係で、人の前に、縦6列・横4列に並べてあるミカンの個数を求める問題と同質であることを分からせることの重要性を説いているのだ。人は、その縦の列の前にラベルとして着いているに過ぎないと考えれば、それが人であろうと皿であろうと、問題の本質とは無関係であり、さらに、そのラベルが、縦の列にあろうと横の列にあろうと、ミカンの個数に変わりがないことに、その本質がある。

より一般的で普遍性のある問題から特殊なものへ、という流れで教えることで、子どもは多様な問題への対応が容易になるという発想

といった観点は傾聴に値すると考える。

また、教育という観点からは、田崎晴明氏による指摘

リンゴが 12 個あります。3個ずつわけると、何人に分けられるでしょう?

のときは、3の段を唱えて、3X1=3,3x2=6,3x3=・・・と進めば良いわけですが、

リンゴが 12 個あります。3人に同じ個数だけ分けます。一人何個もらえますか?

をやるときは、ローカルルールによれば、「なんとかかける3」をやらなくてはダメなので、1x3=3,2x3=6,3x3=,・・・と進まなくてはならないことになってしまいます。これは、限りなくナンセンスで、実際、わり算を教えるときは、そういうことはしないようです。どちらの問題でも同じ「12わる3」なので、同じように3の段を順に唱えて求めます。

たしかに、「リンゴの数と皿の数には本質的に違う意味がある」ことは算数的に納得するべきなのだと思います。しかし、それを無理矢理、かけ算の順序という記号法に押し込んでしまうことで、(子供たちに一時的に強制的に考えさせることに成功しても)結局は首尾一貫しない教育をやることになってしまうのだと思っています。

も面白い。これらの分析は、「掛け算の順序」を意味あるものとして徹底しようと考える人々にとってのひとつの有力な反論ではあろう。そして算数教育を考える上での重要な指摘であろう。

今回、僕がここに記すのはもっと皮相浅薄な観点である。(でも簡単に検索した限りでは、このような皮相浅薄な批判をしている人は見かけなかったので、書いておく価値もあるのではと思っている。)

「掛け算の順序に意味がある」と考える人たちは、なによりもまず

「1あたりの量」×「いくつ分」=「総量」

「いくつ分」×「1あたりの量」=「総量」

とに意味の違いがあるのかどうか

を考えてみるべきだと思うのだ。

結論的にいって「意味の違い」はない。1皿あたり3個を3[個/皿]という1あたりの量とみて、

3[個/皿]×5[皿]=15個と5[皿]×3[個/皿]=15個に意味に違いはないのである。

3×5=15と5×3=15をみただけでは、その子が「1あたりの量」という考え方を理解しているかどうかを判断することは不可能である。単位のついていない式だけを見て、意味がわかっているかどうかを判定すること自体が不可能だ。「1あたりの量」×「いくつ分」=「総量」という式だけが正しく、「いくつ分」×「1あたりの量」=「総量」が誤りだという理由はどこにもない。

もちろん

“5人に蜜柑を3個ずつ配る。蜜柑は全部何個?”

という問題に

「まず、5人に1個ずつ渡す。同様に2個目、3個目と渡す」

と考えれば

5[個/回]×3[回]

というように

「1あたりの量」×「いくつ分」=「総量」

という理解もできる。(ただしこうした視点の転換が、小学生にも自然に説明できるかどうかは、問題の書きぶりにも依存する。)

しかし、上で書いたことはそれ以前の問題である。

「1あたりの量」×「いくつ分」=「総量」と書かなければならないというのは、単なる「約束」であって、数式の表している意味や単位の問題とはまったく関係がないのである。結論的に言って、掛け算の順序と数式の表す意味とは関係がない。「1あたりの量」という考え方が理解できているかどうかということと掛け算の順序とは関係がない。

ではなぜ、「1あたりの量」×「いくつ分」=「総量」と書かなければならないというような「約束」が登場したのであろうか。

僕の考えでは、この理由は「単位」の問題とも関係していると思われる。

伏線として、この記事を取り上げておこう。

長女の算数プリント。掛け算の順番が入れ替わっていることでバツになっていた。

長女と妻で誤正ノートを使いながら復習。

掛け算の答えにつけられる単位が先に書かれなければならない

というのが二人の結論。分かりやすくて良いなぁと思った。

再三登場、陰山英男先生の「ヒューマンラボ」からの引用だが、

お皿にリンゴが3コのっています。そのお皿が8皿あったら、リンゴは全部でいくつあるでしょうか?

という問題。立式は、

3コ × 8皿

が正解で

8 × 3

とすると間違いになる。

文章題を数式に直す"翻訳"が頭の中で結び付けられるようになるのだそうだ。

今回のように、自分なりの決まり(方式)を見つけられると理解できるようになるのだろう。

この引用はひどい。これだと陰山英男氏が「掛け算の順序に意味がある」と主張しているかのように受け取られてしまうだろう。

ヒューマンラボの該当番組ではそうしたことは一言も触れていない。

陰山氏の主張は、「文章題を数式に直すときには、単位をつけるように指導しましょう」ということに過ぎないのである。

3×8=24で出てきた3,8,24の単位は個ですか、皿ですかと聞いてあげるようにしようというわけだ。8×3=24でも同じように聞けばよいわけである。

しかし、「単位をつける」ということは、陰山氏が考えているほど良いこと尽くめではないことを先ほど指摘した。

なぜ皿と個がかけられると皿ではなく個が出てくるのか。

cm×cm=cm^2だから、この場合も[皿個]なる単位が必要なのか、というのは揚げ足取りだけど、単位の明記は厄介な問題なのである。

3は個で、8は皿で、24は個だというのは、間違いではないが、「1あたりの数」という観点で言うなら

「全部で何個か」という問題を解きたければ、3個は3[個/皿]という単位で考えないとある意味ではつじつまが合わないわけだ。

陰山氏が「1あたりの量」という考え方を理解していないとは思わないけれど、「1あたりの数」というものの見方は巧妙に隠している。

「文章題には単位をつけよう!」はスローガンとしては良いが、微妙な問題であることが隠蔽されているように感じられてならない。

結論として僕が考えるのは、

  • 単位の明記は厄介で、[個/皿]などという単位を説明することにも教育上無理があるから、数式に単位をつけるのはやめよう。
  • しかし、「1あたりの量」という考え方は理解してほしい。
  • そこで、「1あたりの量」×「いくつ分」=「総量」と書かせることにしよう。後者を「掛ける量」、前者を「掛けられる量」と呼んで区別しようじゃないか。

という発想ではないかというわけだ。そしていつの間にか、「約束」を決めるためになされた苦悩(=この場合はいちいち単位をつけるのが厄介な問題だということ)が忘れ去られて、

「約束」だけが教条的に信奉された結果として、

かけ算の式は「1つ分の数」×「いくつ分」の順に書く約束になっているので、問題文から正しく読み取って、そのとおりに式に書けるようにしましょう。

小学校の算数では、式の意味を理解することが大切なので、このような約束があります。

という倒錯に至ったのではないか。「意味を理解すること」と「「1つ分の数」×「いくつ分」の順に書く」ということは本来無関係であり、この「約束」は、

意味を理解しているということを教師と生徒が共通に認識できるための便宜的な約束

というぐらいの効用しかない。

3×5=15と書いている答案は、3個/皿×5皿という意味なのだと生徒も教師も了解できるための約束である。しかし、この約束は、5×3=15でも、5個/回×3回という意味付けができることもある。この「約束」に固執して「順序に意味がある」などとあらぬ「掛け算の概念」を妄想するのは無意味である。

単位のついていない数式だけを見て、誰にでもわかるような式の意味の共通理解を復元するということ自体がナンセンスだし、一面の見方だけを強要するのは尚更非教育的である。

順序を守ることに意味があるのではなく、意味を理解することが大切なのだから、「意味が理解できていれば、順番なんてどうでもいい」はまったく正しい。

最初に取り上げたサイトのアドバイスによれば、

あやふやな場合は、かけ算の文章題で「1つ分の数」がどれか、「いくつ分」の数はどれかをお子さまに説明させてみましょう。

まったくその通り。だからこそ、説明できていれば順番などどうでも良いのである。



[追記]:ずいぶん前に書いた記事にいきなりたくさんのコメントを書いていただいたので、論争が再燃していることを知りました。誤解を招かないために一言だけ追記しておきます。実際に小学生にどう教えるかということと、教える側が正確に理解しているかということとは別の問題です。確かに実際に小学生に教える場合には、「1つ分の数」をはっきり意識させるために前にかくことを強調する意義もあるのかもしれません。しかし、教える側が、先に書くことに何が意味があるのだと誤解しているのだとしたら、それはナンセンスだと言わざるを得ません。ここで書いたことは、実際に混乱している小学生自身のために書いたのではもちろんなく、意味と約束を取り違えている指導者や大人のために書いたものです。2010.12.19

積分定数積分定数 2009/10/07 01:16  初めまして。

 この件について、色々調べましたが、掛け算の順序に拘る人は、あまり深く考えていないような印象です。深く考えたら、「掛け算に順序など関係ない」となりそうだけど、結局指導書か何かを聞きかじって、ろくに考えもしないで受け売りで「意味が大切だから、掛け算の順序が大切」と主張している感じです。

>理数系の方ほど、どうも計算の方に走ってしまって、その意味などどうでもよくなってしまって、本来子どもに伝えたい「かけざんの意味」についてなど伝えなくてもいいと思ってしまう方が多いですね。

 この言葉は、「掛け算の順序に拘らない方が理数系が得意になる」と、順序拘り派の側が認めているような物です。

 理数系の人のほとんどは積が非可換である行列を理解してる。理系の人全員にアンケートを取ったわけではないが、理数系の多くの人は、

 「自然数・複素数などの掛け算の順序に意味はなく、『かける数』『掛けられる数』などという概念が無意味であるから、順序なんかどうでもいいが、行列では積の順序の違いで結果が異なるので順序は大切」

という考えだと思う。「その意味などどうでもよくなってしまって」いるわけではない。

 「とにかく順序を正しく書かせること」を目的にしてしまっている指導をしている教員こそ、意味などどうでも良くなってしまっているように思える。

積分定数積分定数 2009/10/09 00:43 >するある種のルサンチマン

http://www.inter-edu.com/forum/read.php?903,1013957,page=1
の、どろんこ氏はルサンチマンがありそうですね。理系が得意でなかったであろう事は書き込みから容易に理解できるし、理系の人間の思考も、到底理解しているとは思えない。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2004/0607/002209.htm?o=0&p=2
トピ主です ドリル 2004年6月9日 18:48
たびたびすみません。数学は中学以来やっていませんので、自分が間違っていたらすみません。以前「金八先生」でウサギの猟をしているお父さん、子供は毎日お父さんが持ってくるウサギの耳を数えていました。今日はウサギが4羽で2×4=8でウサギの耳は8本。ある日は吹雪でお父さんはウサギが取れなくて0羽だから2×0=0それまで0にはなにを掛けても0ということは知っていましたが、武田鉄也が「なぜ2×0が0になるんですか。2という数字があるじゃないですか」といわれて生徒が答えられずにいました。2×0=0という答えは知っていても、なぜなのかは考えなかったからだと思い、この番組見てよかったと思いました。いったんきります。

このドリル氏の発言に、数学が不得意だった人が、ある日目から鱗が落ちて、『意味が大事だ』とばかりに、『掛け算の順序なんかどうでもいい』と考える理系の人を非難する、典型的なパターンが見えると思います。

 理系の多くの人が、2×0が0であることを、「当たり前」としているのは、理屈抜きでそういうものとして暗記しているのではなくて、2が0個、あるいは、0が2個だから結局0と理解しているが、あまりに当たり前すぎて、意識もしないだけであろう。

 ドリル氏や「意味が大切だから順序が大事なのです」などという詭弁に納得する人は、それまで意味なんて考えたことなくて、「3÷0.5は、3の中に0.5がいくつあるかということなんです」なんて言われて、「なるほど!」となって、

 そんなこと百も承知で、3÷0.5=6などと当たり前に計算する理系の人間が、意味なんか理解していないで機械的に公式を覚えている物と勘違いして、

 自分がそれよりも深い理解に達しているような錯覚を起こしているようです。

「答えさえ合っていればいいのではない。過程が大切。」
「意味を理解することが重要。」

私自身、塾で教えるときに、生徒にこのようにいいます。

ところが、前者を「途中経過も、教えたとおりのやり方でやりなさい」というように、
後者を「抽象化をしてはならない」というように、

曲解する教員がいるから困ったものです。

意味を捨象し抽象化し、違う物を「同じ」と見なすのは、算数・数学では重要な事なのですが・・・。

「20本の花があって、5本で1つの花束を作ります。花束はいくつ出来るでしょうか?」を「4束」と答えて不正解にされた例がある。正解は「4つ」だそうで、

教員が「単位は大切です」というのを聞きかじった結果かもしれません。

 このように、「過程が、意味が、単位が大切」という、それだけ聞けば至極真っ当なことが、教員の理解不足のために、奇妙な事になってしまっているようです。

>実は、次の記事で

是非読んでみたいのですが、どの記事でしょうか?

積分定数積分定数 2009/10/09 10:11 >とにかく具体例ばかりを出してくることや

市教委に質問したときの対応がそうでした。
「4人に3個ずつ配る場合、1個ずつ4人に配り、とすれば4が3つとも言える」というと、「それだと問題文が違ってくる」というのです。

>1回にあげた数3個(3人に1個ずつあげた)×その行為を2回やった。=6個
という考え方もしてもいい。でもそれだったら、次のような問題でないと・・・。そういう問題であればまた違ってきますよ。「先生は、お菓子を、子ども3人に1こずつあげました。
まだお菓子が残っているので、もう一回3人に1個ずつあげました。さて、先生はお菓子を何個使ったでしょうか?」

このどろんこ氏の発言もそうだけど、実際の具体的配り方ではなくて、視点の違いだ、ということがわかっていない。

「子どもは抽象思考が難しいから教える際に配慮しなくてはならない」というのを、「子どもは抽象思考してはならない」と勘違いしているように思える。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=4341118
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43428179&comm_id=4341118
>メタメタさん
>ところが、数教協の機関誌のこの号にメイン的に掲載された実践記録がかけ算の式には順番があることを主張しているのだ。こういう主張を、法則化が、ベネッセが、啓林館が、東京書籍が、していることは知っていた。そして、数教協、お前もか!

遠山啓の意図はともかく、数教協も、順序派のようですね。
そして、どろんこ氏みたいな人が教条的にこれを信じ込んで子どもに理不尽な教え方をする。

 またクリリン氏のように、「積の順序を無視すれば、物の考え方自体が崩壊する」などと訳のわからんトンデモ珍説をはずかしげもなく開陳する輩も出てくる。(ちなみにこの方に、なぜ順序が重要なのかさっぱり理解できないので説明して欲しい旨をメールで質問したが、回答を拒否されました。「議論が大事」とか言っているくせに。)

 教師も、「(1つ分)×(いくつ分)というルールがあり、それが掛け算の本質的な部分である」と勘違いしてそう教える。

 教わった生徒が大人になり、また「積の順序」を教える立場になる。

 「掛け算の順序」スパイラルをどこかで断ち切らないとならないと思っています。

imo758imo758 2010/11/16 23:34 そもそもスタートにある引用の
『「1皿に3個のケーキがある。5皿で全部でケーキは何個か?」』
自体、論争になっている問題そのものではなく、順番が入れ替わっていますね。

『皿が5枚あります。1皿にりんごが3個ずつ載っています。りんごは全部で何個あるでしょう。』

これが論争に鳴っている問題だと思います。

順番が論争の焦点のひとつなので、問題文における各パラメータの順序や表現は繊細に取り扱わなければならないと思いますが、どうでしょうか。

imo758imo758 2010/11/16 23:35 typoが少々混じってしまい申し訳ありませんでした。

ヤックルヤックル 2010/11/17 01:07 これは日本語の問題ではないでしょうか?
私は順番は守ってもらわないと困るタイプの人間です。
例えば,

日本には(A)北海道(B)本州(C)四国(D)九州
と4つの島があります。まず,(B)の本州ですが……

とか言われると気持ち悪いです。
こういうプレゼンが良い印象を与えるとは思いません。
これはつまり,最初の部分と次の部分が順番が一致していないことによる気持ち悪さです。

文章題に対して立式するのも,(特に文系の人は)
上と同じように考えているのではないでしょうか。
純水に数学的な意味ではなく,もっと根本的なところ,国語力の部分が問題になっているような気がします。
私も書く順番を守ってもらわないと激しく混乱します。もちろん,解くときに頭の中でどう計算しようが,それはその人の勝手です。しかし,人に見せる部分では順番は守っていただきたいのです。

ヤックルヤックル 2010/11/17 01:07 これは日本語の問題ではないでしょうか?
私は順番は守ってもらわないと困るタイプの人間です。
例えば,

日本には(A)北海道(B)本州(C)四国(D)九州
と4つの島があります。まず,(B)の本州ですが……

とか言われると気持ち悪いです。
こういうプレゼンが良い印象を与えるとは思いません。
これはつまり,最初の部分と次の部分が順番が一致していないことによる気持ち悪さです。

文章題に対して立式するのも,(特に文系の人は)
上と同じように考えているのではないでしょうか。
純水に数学的な意味ではなく,もっと根本的なところ,国語力の部分が問題になっているような気がします。
私も書く順番を守ってもらわないと激しく混乱します。もちろん,解くときに頭の中でどう計算しようが,それはその人の勝手です。しかし,人に見せる部分では順番は守っていただきたいのです。

mobile_nekomobile_neko 2010/11/17 01:16 理解度を確認するために順番が必要なら、問題文に「※かけられる数を先にしんさい」という一文が入っていればよかったと思うんですよね。

場合によっては「※かける数を先にしなさい」として、丸暗記でなく、本当に理解しているか確認もできますし。

hirohiro 2010/11/17 03:35 円周率は3にするってのと同じ話なのかな?

「本当は3じゃないけれど小学生の間は3として扱います」ってのと同じように、

「本当は順番関係ないけど、小学生の間だけは順番に意味があることにします。」みたいな。

すがりすがり 2010/11/17 10:22 しかしなぁ。
これ「大人」が炎上させてるからこんな話になるが。
本来は小学2年生への「教育」なんだぜ?
学習した結果「あたりまえ」になった0の掛け算とかを、まさにこれから「あたりまえ」にしていく過程なのに。
数にどういう意味があって、式が何を表しているか、そういう基本中の基本を教えている段階。
形はとても大切で、あの段階の試験では、×にしても問題は無い。
問題は、その×をどの様にフォローしたかなのに、論点がどんどん「正しさ」に逃げていく。
30人以上の児童に「教育」する視点ではなく、「思考の正しさ」に逃げていく。

この後先生はきちんと指導したかもしれないし、してないかもしれない。
子供は単に出てきた数字を意味も考えず順番に当て嵌めただけかもしれないし、きちんと理解していたかもしれない。
にも拘らず、すべて憶測で、自分にとって最高のシチュエーションを定義して、「だから子供が可哀想」と言う結論に至る。
赤の他人なんだから、憶測でモノ語るなよ。

tttttt 2010/11/17 18:12 実際にこれで嫌な思いをした人もいるというのに、こんなお約束を余計に付け加えることで、その後の教育効果があがったって実証されているのでしょうか。
それとも、理不尽なことをルールとして押し付けることで、生徒の忍耐力を云々の根性論なのでしょうか。

通りすがり通りすがり 2010/11/17 18:54 交換則は九九を覚えるとき気が付いたけどなぁ。教えてないことは使うなという考え方がヤバすぎる、

やおいやおい 2010/11/17 23:31 5×3と3×5では攻めと受けが逆です。

メーカ技術者(40手前)メーカ技術者(40手前) 2010/11/25 00:08  小学二年生もいつの日か掛け算の交換則を学ぶわけですから、一時的とはいえへんな縛りを掛けない方がいいと考えます。この記事でも指摘されている単位を明確にする手法も一手ですし、「『いくつぶん』を表している数を書きなさい」といった小問を設ける方法なども考えられるのですから、順序の規制とは違う方法で児童の理解の程度を把握するようにしてもらいたいものです。

 ところで順序に意味を持たせるのは最近のことなのでしょうか?
 1980年代前半の小学生ですが、掛け算の順序など指導されたことも記憶になければ、順序が逆だから不正解などといわれたことも思い当たりません。別な方も書かれていました通り、九九をやっていれば交換則に気付きますし、私が小2のときに先生から7×8も8×7も同じであるとの説明を聞きました。

 「かける数とかけられる数」は習いました。でもそれは、2×3であれば「2にとってみれば3をかけられる立場で、3は2にかかる数である」というような、数式を言葉にした表現方法、あるいはそれぞれの数の呼び方の説明であったはずです。というのも、その説明であれば、数式では掛けられる数を先に書くのだから「掛けられる数と掛ける数」というのが正しいのでは?と疑問に思っていたからです。

 当時は掛け算こそ小2で習いますが、一つあたりの量(一皿あたりの量に通じる)は上の学年の単元でした。「あたり量」はたしか小5。小3の割算でそのさわりを習ったかもしれません。なので、「かける数とかけられる数」は単に「被乗数×乗数」という意味であって、「一つ分」とか「いくつ分」などにはつながっていなかったはずです。
 現行カリキュラムでは掛け算と「あたり量」を同時期に教えていて、その上で掛け算の順序を規制しているのであれば一つの方便ですけど、そんなことは無いみたいですね。

 当時問題になっていたのは、文章題を解かせると「先生、これは足すの?引くの?掛けるの?割るの?」と質問する、意味をまったく考えずに四則演算にあてはめるだけで答えを出そうとする児童が増えたということでした。もちろん私も小学生でしたから時代を語れるほどの分別はありません。ただ、同級生にはこのタイプがたしかにいましたし、当時のニュースか何かで報じられていた記憶があるのです。
 ひょっとして、この手の「とりあえず掛けてみたら正解した」という解法を封じるために、掛け算の順序を規制する指導法が普及したのでしょうか?

らんでらんで 2010/12/21 20:17 とりあえず掛けてみたら正解したという解法を封じるためにってのが正解だと思いますね。

引き算でも「りんご2個を、りんご5個入っている袋の中からとります。袋には何個りんごが残っていますか」って問題で平気で「2−5」なんて式をつくる子どもが多いから。意味を考えさせるのは大切です。

上記の例の場合「大きな数から小さな数を引くように式をつくりなさい」という指導を行うこともできますが、これは邪道ですよね。中学校で「りんごa個を、りんごb個入っている袋の中からとります。袋には何個りんごが残っていますか」という問題が出された場合、数の大きさで式を考えていた子どもはとたんに挫折しますから。

やはり、意味をしっかりと考えさせるのが正道です。

大小じいじ大小じいじ 2011/05/16 10:42 3×5=15、5×3=15、両式とも右辺の15は等しいので、3×5=5×3 です。

ところが、小学生の孫の宿題に先生がつけたマルペケを見てびっくり。「1個5円の飴を3個買うときの代金は幾らですか」という問題の答の計算になると「5×3=15 は正しくてマル、3×5=15 は間違いでぺケ」のようです。少なくとも一部の子供は当然混乱します。混乱しても先生は「掛けられ数の単位が答えの単位になる順番に書け」という「今」の「日本」の「小学校」でしか通じない極めてローカルなルールを持ち出して小学生に強制しているようです。5×3=15 という数式には書いてない(表現されてない)ルールを強制している点、そして掛算の演算順序は入れ替えてもよいという掛算の基本ルールに反している点、この2点が不適切なのです。

たとえ文章を数式に書換えたものであっても、計算式 5×3=15 の 3 や 5 や 15 には単価や個数や金額という意味は無く、単なる数なのです。むしろ単価、個数、金額という生活量(経済量? 物理量?)の中から 3 や 5 や 15 という数値を抜き出してきて算数の掛算として数値部分を扱うという抽象化過程こそ大事というのが私の考えです。そして「1個5円の飴・・・」の問題に対する計算を 3×5=15 と書いた子供はその抽象化過程をマスターしているのかもしれません(各子供と話してみないと判らない)。

ところが、多くの子供は、マルを貰いたいから先生の言うとおりに丸暗記しなおして、先生の言うルールに従うでしょう。最も恐れるのはこのような教育を通して「自分で考える、自分自身が感じた疑問を調べ考える」という行為・習慣の芽を摘んでしまうことです。「ルールは場面場面で変わることがあり、それは上の立場の人が決める」と子供は感じるでしょう。そして先生の言うとおりにする、長いものに巻かれる、上司の言うとおりにする、役所のいうとおりにする 自分では考えない 感じた疑問は封じる という過剰に従順な国民を育ててしまい、新しい事態や変化には対処できない、ましてや新しい知識を生み出すことの出来ない国民を育てることになることになってゆくのです。

なお、文章を数式化するとき、「各数の意味」を正しく表す方法は、(生活量)=(数値)×(単位) であることを認識して、単位部分を文字式として正しく扱う方法が適切です。それは中学の数学で文字式を習うときになって始めて可能になります。この段階で「数の意味」を考えればいいということです。なお、このレベルに進むと小学校教育に関わる人が言う「数の意味」と云う判り難い言葉は、「数値に単位を掛けたもの」という具合に判りやすく表現できます。

この段階まで進むと、上の「1個5円の飴・・・」の問題の単位まで含めた計算は
(5円/個)×(3個)=(5×3)×[(円/個)×個]=15円
となり、単位まで正しく計算できます。勿論、「(スカラー量の)掛算では演算の順序を入れ替えても良い」という掛算の基本ルールを適用してよいことは、上の式で掛算の順番を入れ替えても、以下のように同じ答になるので明白です:
(3個)×(5円/個))=(3×5)×[個×(円/個)]=15円

以上、小学校の算数教育において、
(1)数値の計算においては、掛算の計算順を入れ替えても良いことを小学生は体得しています;
(2)文章題の数式化において、「掛算の演算順序を入れ替えてはならない」と強制しています
(1)と(2)は矛盾しているのです。この(2)のルールを強制するは間違った教育であり、止めるべきであると考えます。

数値の演算の順序に関する基本ルールは
足し算と掛算の各要素の演算順序は可換であり(順序を入れ替えても良い);
一方、引算と割り算の各要素の演算順序は非可換である(順序を入れ替えててはならない)。

小学校教育における「文章題の数式化においては、掛算の演算要素は非可換である」というルールはとんでもない間違いであり、教育として不適切なのです。私は1941年生まれですが、孫の宿題を見るまで、掛算の順番に“意味”があるなどという話しは聞いたことがありません(行列式や演算子の掛算が非可換であるというのは小学校教育では出てきません、念のため)。いつから、そして誰の主導でこんな間違った算数教育が始ったのでしょうかね?

大小じいじ大小じいじ 2011/05/16 10:53 前のコメント(大小じいじ 2011/05/16 10:42)への訂正です。
末尾パラグラフの中の「行列式」は間違った言葉で、「行列」が正しい言葉です。修正してお読み下さい。宜しく。

あくまでも自称理系。あくまでも自称理系。 2011/12/11 13:54 はじめまして。

子供がまだ、0歳の者です。
たまたま別のところでの文章を読んで
どうして逆では、駄目なのか、を
どう教えていいのだろう(自称理系なので逆との違いがわからなかった。)と
いろいろ検索したところ、ここにたどりつきました。

ここの内容を読んで
自分自身も納得できる教え方を
考え付きました。

学校ではルール、約束、決まりがある。
「1つ分の数」×「いくつ分」の順に書く約束というものだ。
君は、その約束を間違えている。

ってことでいいのかなぁ。

へたれ親へたれ親 2012/03/02 13:28 3*5=15 5*3=15 数式だけ見れば同じ事ですし間違いではありません。
しかし、物事を教える手順って大切かと思います。
なぜ、「5*3で考える事に意味があるのか」。

大小じじいさんへ、
世の中いろんな公式や単位があります。
例えば、身近なところでトルクの単位なら、N・m(kgf・m)です。
この単位は掛け算(積)です。
なぜ、逆順でm・N(m・kgf)って書かないのでしょうかね?

つまりは、5*3で考える事の意味がここにあるのです。
基本あっての応用です。
基本をないがしろにして先に進むと応用しにくくなります。

ですが、もちろんのこと、最初にも書いた「3*5=15 5*3=15 数式だけ見れば同じ事」
これも大切です。
「=」は同じという意味です。
「=」とする以上同じでないととんでもない事になります。
同じであることを数式で証明できなくなってしまいます。

現役教師現役教師 2012/03/02 23:05 割合の求め方について考えてみてください。
比べる量÷元にする量=割合ですね。
○は△の何倍かを求めているわけです。
では、これをもとにして考えると、
元にする量×割合=比べる量となります。
△を何倍かする○になるということになります。
算数は考え方を式という言葉を使って表す勉強をしています。
筋道を立てて考える練習をしなければ応用ができなくなってしまいます。ただ結果を求めるのではない理由はここにあると思って欲しいです。

clamshellclamshell 2012/03/03 10:53 >>へたれ親さん

単位をどう併記するかは慣習の世界の話。
単位がN・m(kgf・m)だが、だからといって、計算式上必ずニュートンを先頭に持ってこなければならないという制約はない。
例としては不適当。

>>現役教師さん

例えばりんごと皿の例で言えば、「△を何倍かする○」の○が皿に乗っているりんごの数でも、皿の枚数でも、どちらでも説明することは可能。
それとも教師の思惑に載っていない説明は筋道が通っていないとでも?

うーんうーん 2012/03/03 18:35 >>現役教師さん

Clamshellさんと同意見になると思うのですが、
説明の意味が私には全くわかりません。

比べる量÷元にする量=割合
って部分は正しいとして、それを基にして、
元にする量X割合=比べる量
としか変形できない理由はどこにあるのですか?
両辺に右から元にする量を掛ければ、
比べる量=割合x元にする量、ですけど。。

もっと簡単に言えば、仮にBの価格(比べる量)がAの価格(元にする量)の50%(割合)だった場合、
50%XAの価格=Bの価格
は間違いですか?考え方を正しく式に表わしていますよね?

1つの考え方しか正しいと認めない、というやり方の方がよっぽど応用力を失わせるのではないかと思います。

そもそも、考え方をそこまで気にするのであれば、
3個/皿X5皿=15個もしくは5皿X3個/皿=15個
と単位まで含めて回答させるようにすれば良いだけでしょう。逆にそこまで子供が理解できていないのであれば、順序だけ合わせるように教育してもあまり意味がないかと感じますが。

数学科の学生数学科の学生 2012/03/28 04:22 数学的な観点から言えば,完全におかしい話ですね.
本当にそうだと信じてる人は教師失格ですね.
でも,すがりさんが書いているように結局は教えるときの段階の問題でしょう.この段階の児童は算数的,数学的に納得しているかよりも先生の授業をきちんと聞いているか?ということが優先です.通常先生は素の状態でそこら辺の飲んだくれよりも理屈の通じない相手を三十人以上も一度に相手しなければいけない状態です.おまけに途中から学年を引き継がなければならない先生たちにとってできうる最善の方法がこれだったのでしょう.教師の人的リソースから言っても,個別に生徒の考えを聞き,正解かどうかを正しく指導することはかなりの負担です.また両親から指摘された子供が訊いたときにその考えを受け付けないのも,自分の言うことに従わなくなる可能性が高まるからです.塾で教えていた経験から私はこう推測しています.別に教えられなかったからと言っても,大多数は後で気づきます.応用力が付かない云々という考えも納得はできますが,算数以前に言われたことに従わない児童に授業を展開するためには,ある程度押し付け的な態度で臨まないといけないと思います.それが嫌なのであれば,学校に行かせずに専門の人間に教えてもらうか,個人で教えて海外の大学に行かせればいいだけの話だと思います.僕自身そうしようと思いますし.

ヘポリーマンヘポリーマン 2012/07/23 02:21 この話は足し算も同じなのでしょうか。
例えば、3個りんごがあったところに5個買ってきました。
りんごはいくつになったでしょうか。
 3+5=8 → ○
 5+3=8 → ×
となったりするのでしょうか。
(いきなり話をそらしましたがまず気になったので)


話を戻しまして、この議論は大きく「掛け算の定義」と「教育論」の2つが大元にあると思います。

そこで、まず「掛け算の定義」ですが、色々と議論が上でありましたが「掛け算の順序は数学的にはどちらでも正解」で、順序がある派は「教えたとおりでないから間違い(決まりごと?指導要綱?)」ということだと思っています。

ここで、教育論としてはルールが大事なのは分かりますが、そのために正しくないこと(掛け算の定義にない掛け算の順序)でルールを教えることは違っていると思います。もっと他にも教える機会があると思います。

教育は教え育むことだと思います。自分は子供にはできるだけ肯定(正解)をして否定(間違い)はしたくないと思っています。

考え方としては「あっているから○」というより「間違っていないから○」にしたいぐらいです。

最後に先生が大変なのは理解しているとは言えませんが認識はしております。が、少なくともこれを○にすることで誰が困るのか正直分かりません。

結果的にこの件は、正しいことを大人の都合で×としていると教えているだけに見えます。それこそ小学生2年では早いと思います。。。

nomisukenomisuke 2013/12/27 08:39 掛け算の順番などどちらでも良いと主張すること=掛け算の意味を理解していない

倒錯じゃなくてこのとおりじゃないか。

他所に書いたから見つけたら読んどくれ。

nomisukenomisuke 2013/12/27 09:16 >結果的にこの件は、正しいことを大人の都合で×としていると教えているだけに見えます。

ちがいますね。

饅頭3個が5皿でいくつかを問題とするとき
3×5
とするかけ算は順序を指定して定義されるものです。

もちろん
5×3
としてもよい。(フランス式)

どちらにするにせよ、その意味ではどっちでもいいのですが、
饅頭3個が5皿でいくつかを
3×5
としたら、答えが同じ「値」になっても
5×3
はまちがいなのですよ。

どっちでも同じだからどちらも◯と考えることこそ、「このこと(かけ算に順序がある)を理解できていない」大人の都合ですわ。

nanasinanasi 2014/09/26 20:34 まずは「かける」と「バツ」をちがうフォントにしましょうよ

m2mmm2mm 2016/04/10 11:43 *で×に変換できるから気にしない気にしないw

どちらでもいいって人には、なんか大雑把感しか無いね。
足し算はいいよ。同じ単位しかありえないから。
問題文に沿って足すべきだとは思うけど。
でも、かけ算はダメよ。極論から言えば行列なんだけど、
ヒジョーにおバカな人になると、割り算や引き算すら交換してしまう。
そういうことをしてる人を過去に何度も見てる。
どれだけ危険だと思ってる?
交換を当たり前と語ってるキミらは、小学生じゃあないでしょ。

m2mmm2mm 2016/04/10 11:44 *で×に変換できるから気にしない気にしないw

どちらでもいいって人には、なんか大雑把感しか無いね。
足し算はいいよ。同じ単位しかありえないから。
問題文に沿って足すべきだとは思うけど。
でも、かけ算はダメよ。極論から言えば行列なんだけど、
ヒジョーにおバカな人になると、割り算や引き算すら交換してしまう。
そういうことをしてる人を過去に何度も見てる。
どれだけ危険だと思ってる?
交換を当たり前と語ってるキミらは、小学生じゃあないでしょ。

りぼーりぼー 2016/11/26 02:33 うーん、日本ってつまらない所にこだわるのが相変わらず大好きなんだな…としか思えません。

「掛け算の意味」なんて、子供自身が繰り返し色々な場面で掛け算に出会い、感じ取り、理解するものであって、その理解のプロセスは個々の子供の個性によって違いがあって当たり前。
きちんと算数・数学と向き合っていれば、理解に至りますよ。
この「理解の仕方の個性」はとても大切で、それを無理に一つに統一しようとするのは、多くの子供の個性を無視し、場合によっては大小さまざまな才能を潰す事に繋がります。

うさぎの耳のたとえ話とか、子供が算数の教わり方次第でうさぎの耳が5本あると勘違いする様になるんですか?そんな訳はない。うさぎの耳を想像しながら掛け算を学ぶ事で、「単位の問題」等の感覚はきちんと身につく。

…それを非常に融通の利かないルールを押し付ける事で「理解させた」と自己満足に浸るオトナ…と言う構図に見えます。この事でむしろ理解から遠ざかる(算数って何て難しいんだ!)子供が増えている事は想像できます。

可愛そうな子供たち。

りぼーりぼー 2016/11/26 02:33 うーん、日本ってつまらない所にこだわるのが相変わらず大好きなんだな…としか思えません。

「掛け算の意味」なんて、子供自身が繰り返し色々な場面で掛け算に出会い、感じ取り、理解するものであって、その理解のプロセスは個々の子供の個性によって違いがあって当たり前。
きちんと算数・数学と向き合っていれば、理解に至りますよ。
この「理解の仕方の個性」はとても大切で、それを無理に一つに統一しようとするのは、多くの子供の個性を無視し、場合によっては大小さまざまな才能を潰す事に繋がります。

うさぎの耳のたとえ話とか、子供が算数の教わり方次第でうさぎの耳が5本あると勘違いする様になるんですか?そんな訳はない。うさぎの耳を想像しながら掛け算を学ぶ事で、「単位の問題」等の感覚はきちんと身につく。

…それを非常に融通の利かないルールを押し付ける事で「理解させた」と自己満足に浸るオトナ…と言う構図に見えます。この事でむしろ理解から遠ざかる(算数って何て難しいんだ!)子供が増えている事は想像できます。

可愛そうな子供たち。

りぼーりぼー 2016/11/26 02:48 重ねて、今の子供はかわいそう。
どんだけ難しく算数を教わっているんでしょう。

自分だったら、教わり方(日本の小学校だけで通用する「お約束」)が難しすぎて脱落したかも知れない。

大学で数学を教えている人大学で数学を教えている人 2016/11/29 21:45 ・かけ算の順序が大切という例として割り算を持ち出している人は,除算には交換則が成り立たないことを無視しているので例として不適切です.
・かけ算の順序が大切という例として行列・ベクトルを持ち出している人は,かけ算の交換則が成り立つスカラー(実数とか)と,かけ算の交換則が成り立たない行列・ベクトルを同列に扱っているので例として不適切です.ここでの問題は,かけ算の交換則が成り立つ実数に対してかけ算の順序に意味があるかどうかです.
・かけ算は新しい次元(単位)を作る演算なので,かける数とかけられる数の片方が右辺の数の単位と同じであることを前提とするのは誤りです.

りぼーりぼー 2016/12/03 03:45 大学で数学を教えている人、さんのコメント、納得です。。

>・かけ算の順序が大切という例として割り算を持ち出している人は,除算には交換則が成り立たないことを無視しているので例として不適切です.

納得です。いわずもがなです。
それらを混同する事を心配するのは、サッカーと野球を混同する事を心配する事に等しい。(えっ?例えが不適切かも)

・かけ算の順序が大切という例として行列・ベクトルを持ち出している人は,かけ算の交換則が成り立つスカラー(実数とか)と,かけ算の交換則が成り立たない行列・ベクトルを同列に扱っているので例として不適切です.ここでの問題は,かけ算の交換則が成り立つ実数に対してかけ算の順序に意味があるかどうかです.

納得です。前提を共有したいところです。

・かけ算は新しい次元(単位)を作る演算なので,かける数とかけられる数の片方が右辺の数の単位と同じであることを前提とするのは誤りです.

これは本当に納得です。
これを理解しないまま、議論をしている「大人」は、算数はいずれ数学そして応用である理学・工学につながる道筋である事を無視して議論しているに過ぎません。
みかんと皿の数を掛けても、みかんの山のイメージにしかなりませんが、「力」と「距離」を掛ける事で「エネルギー」の単位になる等の世界もあるのです。
”掛ける数”と”掛けられる数”(その表現自体がナンセンスに感じますが)…が、同じ単位である…と教えられた小学生は、いずれ成長した後で「また大人にウソを教えられていたんだな」と気付く場面があるでしょう。
恥ずかしい話です。

納得しかねます納得しかねます 2017/01/05 22:44 私が例示したのではないので横レスになりますけど。
行列ベクトルはともかくとして、割り算の例を出すのは不適当とは思えません。
なぜなら、かけ算の段階で、交換法則が成り立つかを明示することもなく、いきなり「どんな順番でもOKなんだ!」と思い込んだ子供は、割り算の順番で混乱する可能性があるからです。
小学生って、文章題の中の数字を拾って計算すればいい、というところに陥りやすいものです。

私はかけ算の順序を強制された覚えはないのですが、
おかげで、「割り算はとにかく大きい方の数字を小さい方の数字で割ればいい」と思っており、
結果として割合で大きくつまずきました。

だから、
「3個のおまんじゅう5皿」を、
おまんじゅうの載った皿を5つ思い浮かべて3×5と立式しても、
5つの皿におまんじゅうを3つずつ載せるところを想像して5×3と立式してもいいと思いますが、要はそれを理解しているかどうかなんじゃないですか?
「よくわかんないけどどっち先でもいいんでしょ」がまずい。
今つまずかず、将来つまずく原因になるから。

そういう、教育と発達段階の方面から考える必要もあるんじゃないですかね?

θλθλ 2017/08/03 17:47 >納得しかねますさん
あなたは「どんな順番でもOKなんだ!」じゃなくて「割り算は大きい方が先なんだ!」と思い込んだのですよね。
それは物を分配する行為のイメージや整数の割り算での経験に起因することで、かけ算の順序は関係無いと思います。

ジョージョー 2017/08/12 19:06 世界陸上を見ています。
いま
4x100mリレーをやっています。

ジョージョー 2017/08/12 20:17 陸上競技では、

4x100m
4x400m

と記載します。
これだと、
4mを100人
4mを400人

ですが。

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