2010-01-21
■[音楽]「私とフジファブリック」
2010年になる前から、この話題をちゃんと書くまでは何も日記は書けんぞと思っていたので、ようやくその日を迎えました。フジファブリックのはなしです。
私とフジファブリックが出会ったのは約7年前の2003年の3月25日。新星堂が定期的に出していた「D★SELDOM」というコンピ盤に収録されていた「環状七号線」という曲に凄く惹かれて、6月21日に出た「アラモード」を舞さんに借りてすっかり魅了されて、毎月毎月ライブに行くようになりました。
2003.08.07 『フジファブリック セカンドミニアルバム 「アラモード」 発売記念ライブ』 (残像カフェ、メレンゲ、フジファブリック) / 新宿LOFT
その次がこれ。
09.17 『〜ゴッホ魂 vol.2〜《doorknob!!live factory.272ch》』 (Hermann H.&The Pacemakers、BURGER NUDS、curve509、フジファブリック、GOMA、Lucky13、リトルハンセン) / 新宿LOFT
09.27 『once again』 (フジファブリック、BANK$、advantage Lucy サカノボルト) / 渋谷egg-site
11.20 『NEW POWER GENERATION〜supported by ELVIS〜』 (ザ・ガールハント、アナログフィッシュ、The Jerry、フジファブリック、サンボマスター、椿屋四重奏) / 新宿LOFT
もっともっと行ってる気がしたのはダブルオー・テレサと同時期だったからかな。04年になるとこう。
02.21 『FACTORY 収録ライブ』 (古明地洋哉、フジファブリック、FUZZY CONTROL、sports、ストレイテナー、The ピーズ、ZAZEN BOYS) / フジテレビ
02.25 『サザンハリケーン 2ndミニアルバム「天才ノスゝメ」 レコ発企画第2弾!”天才駅伝 復路”』 (髭(HiGE)、フジファブリック、サザンハリケーン) / 下北沢 CLUB Que
03.13 タワーレコード新宿店 インストアライブ (フジファブリック)
03.21 『フジファブリック 「アラモルト」発売記念ライブ』 (フジファブリック、アナログフィッシュ、キャプテンストライダム) / 新宿LOFT
05.13 『倶楽部AKANEIRO』 (フジファブリック、Great3) / 下北沢 CLUB Que
12.05 『TOKYO MIDNIGHT』 (フジファブリック) / CLUB QUATTRO
05年。
02.23 『DOPING-FUJI-SCHOOL』 (フジファブリック、DOPING PANDA、ART-SCHOOL、&シュノーケル) / SHIBUYA O-EAST
04.01 『倶楽部AKANEIRO』 (アナログフィッシュ、MO’SOME TONEBENDER、フジファブリック) / 渋谷CLUB QUATTRO
06.25 『JAPAN CIRCUIT -vol.25-「ROCK IN JAPAN FES.2005前夜祭」』 (THE BACK HORN、フジファブリック、つばき、ストレイテナー) / SHIBUYA-AX
だんだん回数は減ってきているけど、愛で方が変わっただけでフジファブが私の溺愛しているバンドな事に変わりはなくて、いつも音源で私を元気付けてくれていた。
志村さんは魔法のような人だった。魔法使いだった。バンドメンバーが変わっても演奏を毎回ミスっても高い声が出なくても音程を間違えても(結構派手に間違えまくったバンドだった)(メジャーになるのに大丈夫かとハラハラしたりした)、それでも私に常に魔法をかけてくれた。夢中にさせたし笑顔をくれた。どうしてこんなへんてこりんな曲が作れるのかも謎だったし、どんなにミスりまくってても揺ぎ無く存在してるのも謎だったし、色々謎だらけなのだけど、そんな謎めいたバンドと出会えたことは、もしかして凄い自慢なんじゃないかと思う。誇りかもしれない。フジファブリックと出会えて、ライブを見れて、好きでいれたことは、私の自慢です。大切な自慢です。
今日は志村さんのお別れ会である「志村曾」が中野サンプラザで行われました。中野に着いたらすれ違う人みんな花束を抱えていて、桜の花束だったり、夕日のような色だったり、みんな思い思いの花を抱えて歩いていて、すごく感慨深かった。みんな志村さんが好きなんだ。しかもちょっとどころではなく相当。そういう存在になっているんだ、フジファブリックは。ライブで客が多いね〜と思うのとはまた別の感慨深さがあった。この人は凄く愛されている。そんな人を好きで居られてよかった。
夜の部が始まる30分程前に会場に着いたのですが、既に大行列になっていて、少しずつ会場内へ入れて座席へと誘導されて着席しました。入場時に渡されたメッセージカードに思いのたけを書き記し、凝れなかった友人の名前も記し、すすり泣く声が聞こえる中、ステージ上にうず高く詰まれた昼の部で献花された花束とか、使用されてたギター数本とか、花で表現されたギターとか、同じく花で表現された富士山の、そのてっぺんに掲げられたやたらかっけー志村の写真を見た時は、さすがにぐっときた。夜の部が始まってふと後ろを振り向けば、既に一階席が埋まっており、平日のこの時間にこれだけの人が集まっているその事実にただ凄いと思う。志村、愛されてるよ、と思った。
フジファブは私の青春のようなもので、曲を聴けば色んな過去の記憶に結びついて、甘酸っぱい気持ちになるようなこととか、消しちゃいたいようなこととか、思い出してはにやにやするようなこととか、その青春のほぼ全てと結びついている。そして逆に、これから生きていく中で、ありとあらゆる物がフジファブリックと結びついていくと思う。茜色の夕日を見れば志村を思い出し、桜の季節になれば思い出し、夏に陽炎が起きていれば思い出し、秋に金木犀を見かけりゃ思い出し、夜の星空を見上げれば思い出すだろう。花火を見ても思い出すしサボテンでも思い出すな。こうやって書いてる間にも目に入った物がフジファブリックと繋がっていって、私はいつも泣きそうである。
そうやって私はいつも志村さんの事を思い出すと思う。そんで泣きたくなるけども、それくらいはいいねたぶん。みんなそうだと思うし、そうなった度に何度もありがとうって語りかけて生きていこう。そうするより他はない。志村さんがいなくなっても、この音源たちは私に魔法をかけてくれるし、その魔法はいつまでも途絶えることなく私にかかっていくのだと思います。7年間本当にありがとう。そしてこれからもよろしく。






