500ml缶ビールの価格は適正か

クルーグマンニューヨークタイムズのブログで、「住宅バブルとケチャップの価格」と題して、ミネアポリス連銀による2007年のファーマのインタビューをあげつらっている。

Ketchup and the housing bubble - Paul Krugman Blog - NYTimes.com
http://krugman.blogs.nytimes.com/2009/07/19/ketchup-and-the-housing-bubble/


彼の理屈を大雑把に要約すると、「ファイナンスの連中に言わせれば、2Lのケチャップが1Lのそれの倍の値段で売ってるからって市場は効率的だってことらしいが、そんなの馬鹿げてる」ってことだが、実際のところ、価格差は様々な事情を反映していて興味深い。酒のカクヤスのサイトを確認してみたが、僕がよく飲むサッポロ黒ラベルは、350ml缶が215円で、500ml缶が282円だ。


もちろん消費者は、発泡酒やら「飲まない」といった選択肢も含めて、缶ビール購入を検討するので、各種ビールと発泡酒とミネラルウォーターと水道水の価格を決める需給の構造は、決して単純でない。それは住宅市場だって同じことで、我々の周囲を見渡しても、購入と賃貸はどちらが有利とか、マンションと戸建はどちらが買い得とか、駅前か郊外かとか、間取りはどうするとか、最初の何年間は変動金利だとか、様々な議論はあちこちでエンドレスに続いている。何より住宅には、(ケチャップにもビールにもない)投資性もあるんだぜ?


どうも彼のコンプレックスっぽくも感じられるのだが、実際のところ、オリジナルのファーマのインタビューは、クルーグマンの小さな突っ込みに比べて圧倒的にエキサイティングだ。いくつか部分的に抜粋して紹介してみたい。

Interview with Eugene Fama - The Region - Publications & Papers | The Federal Reserve Bank of Minneapolis
http://www.minneapolisfed.org/publications_papers/pub_display.cfm?id=1134

(「根拠なき熱狂」について)
経済学者ってのは尊大な連中だぜ。ちょっと自分達が説明できないと思えば、すぐに「非合理的だ」などと言い出す。20世紀には二度の大クラッシュがあったろ?1929年のクラッシュは規模が小さすぎて、その後も下がり続けたし、1987年のクラッシュは規模が大きすぎて、すぐに反発した。効率的って、そういうことだと思うんだ。俺たちは、時に鈍すぎたり(underreaction)、時に過剰反応したりする(overreaction)。
「バブル」とかって単語を使う奴は、イカれてると思うね。「ネットバブル」のときには皆、「ネットはビジネスに革命を起こす」「だから一歩でも先を行く奴が成功する」って、本気で思ってたろ?
計算してみたんだ。さらに昔には「コンピュータ革命」ってのがあったけど、その代表選手だったマイクロソフトは大成功した。「ネットバブル」の価格を正当化するには、一体いくつのマイクロソフト級の成功が必要なのかってね。せいぜい1.4個分くらいだったよ。

(市場の効率性について)
毎年授業を始めるときに必ず言うんだ、「なぜこいつらを『モデル』って呼ぶかって、そりゃ100%ホントじゃないからだよ。もし100%ホントなら、そいつは最早『現実』だろ?それが単純化ってもんだ。」ってね。大事なことは、何を目的に、どんなふうに単純化するかってことなんだ。で、市場が効率的だって単純化は、割といろんな目的に便利な近似なんだよ。どんな腕利きだって、市場を負かすのは簡単じゃないって、皆よく知ってるさ。

(住宅市場の効率性について)
わかんねえよ。住宅市場は株式市場ほど流動的じゃないけど、人は家を買うときには慎重になって、色々と比較検討するだろ?人生で一番大きな買い物だろうからな。不動産てのはデカい資産だが、とはいえ実際のとこ、使えそうなデータはほとんどない。なのに、それが効率的かどうかなんて、一体誰がわかるっていうんだ?

格付け機関のクレジット評価能力について)
まずさ、格付けなんてものは、基本的に後付けなんだよ。例えば、株価は格付けよりずっと早く反応するだろ?信用リスクは、オプション価格から考える方がずっと信頼できると思うぜ。
債券市場は株式市場よりシンプルなんだ。クーポンは決して増えやしないんだから、倒産だけ考えてりゃいい。最近はいろいろと複雑になってきてるけど、それでも本質に変わりないさ。

ヘッジファンドと金融テクノロジーについて)
それがリスクを減らしてるか増やしてるかって?わかんねえよ。どっちもありそうだが、ちゃんとしたデータなんて10年分もないんだから、結論なんて出ようがないだろ。何が起こってるのかをちゃんと理解するには、下手すりゃあと半世紀かかるかもしれないぜ。リターンについて話せってんなら、間違いなくかかるな。
運用屋にはよく言うんだ。とにかく皆、やたら短い期間であれこれ決めつけたがるけど、そんなんで市場のプレミアムなんて観測できないぜってね。5%のリスクプレミアムが、ゼロを基準とした2標準偏差を超えるのには、35年かかるんだぜ?

(株式リスクプレミアムの謎について)
高過ぎるって?それ「消費に基づくCAPM」ってやつだろ?俺がその「消費」野郎共に言いたいのは、プレミアムは1%程度であるべきってお前、そんなんじゃ千年かかったってゼロとの違いを認識できないぜってこと。大体そんな1%ぽっちのプレミアムで誰が株を買うってんだよ、その「代表的な投資家」って誰だ?少なくとも俺はいやだね。何かが間違ってるんだろ。


つい調子にのって、べらんめえ調になってしまった。不快にさせた方、ごめんなさい。是非、オリジナルを覗いてみて下さい。何もかも潔くぶった切るので、英語も比較的わかりやすいと思う。

景気循環と均衡

何が驚いたって、この20年以上も前の、しかも誰も読まなさそうなコレを、WILEY社がハードカバーで秋に再販するというニュースですよ。内容が頭に入ってて、このタイミングで出そうって判断した(と思われる)編集者は、本当に凄いと思う。


Wiley::Business Cycles and Equilibrium, Updated Edition
http://as.wiley.com/WileyCDA/WileyTitle/productCd-0470499176.html

Business Cycles and Equilibrium

Business Cycles and Equilibrium


金融工学者フィッシャー・ブラック*1」を読まれた方には、当時ケインジアンにもマネタリストにも徹底的に無視された「貨幣の存在しない世界」から始まる彼のブッ飛びマクロを、ああこれかと気持ちよく堪能できるだろうと思う。論文集なので、あちこちに文脈がジャンプしながら、最終章を締めくくるのは「ノイズ」だ。繰り返すがコレ、80年代に書かれたんだぜ?


この本は、この後ゴールドマンへと去ってしまう彼の経済学への捨て台詞であり、また置き土産でもある。いまやRBC英エコノミスト誌にまでボロカスに言われる有様だが、「中央銀行は無力だ」から始まる彼のドライで普遍的な世界は、現在のFRBの苦しみを背景に眺めると、政府紙幣のような奇策を思い起こせば、鮮やかな説得力を持って浮かび上がってくる。


ケインズの世界で言うところの「流動性の罠」について、大恐慌時にアメリカが陥った状況について、彼は「貨幣の罠(currency trap)」と名づけ再定義し、本文中で何度も言及するのだが、その詳細については触れないでおこう。Blackwell社のペーパーバック版の裏には、"Should we believe him?"と偉い学者のコメントが書かれているが、僕は信じている。実際のところ、当ブログの突飛な理屈のネタ元の多くは、コレに由来している。

*1:

金融工学者フィッシャー・ブラック

金融工学者フィッシャー・ブラック