10.光

「……」
「……」
「……暑いんですが」
「そう。夏だもんねぇ」
汗が、頬から首につたって枕に落ちる。
そう、確かに今は夏だ。汗のせいで多少朝の寝起きの気分がわるいのは致し方ない。
多少寝巻きがべったり肌に張り付いていようと。
多少、朝の日差しが、眩しすぎようと。
「って! どう考えたって暑すぎるんだよ!」
「やあ、おはよう!」
飛び起きた徹の目の前で、右手を挙げて笑う凛。
その左手には、化粧箱にでもついていそうな長方形の鏡が一枚。
見渡すまでも無い。肌に感じるのは全部で三つ。
本来ならば、窓から差し込んでそのまま向かい側の壁に照りつけるはずの夏の日差しが、凛の持つ鏡と、ご丁寧に壁に下げられた鏡のおかげで全部徹のベッドめがけて降り注いでいた。
「なんなんだよ朝から……って言ってる傍から、眩しいからやめてっ」
ペカーと正面からてりつける日光が寝起きかつ暑さで霞んだ意識を強制的に覚醒させる。
徹としては非常に困ったことに、凛はやはり昔の巴に似てきている。しかも性質が悪いのは、最近、意図的にそれをしている節さえあるということ。ことによると、巴に昔実践した徹にとっては迷惑極まりない、遊びの数々を聞き出しているのではないかとさえ思ってしまう。ちなみに、今回のこの朝から昼の街中のような日差しと暑さに迎えられるのは既に一度、中学最初の夏休みで経験している。もう随分と懐かしい記憶ではあるが。
「……怒った?」
ああそれでも、一番ずるいのはこれだ。この目線。
高校の三年間で大分背の伸びた徹と比べて凛は基本的に外見で変わった事が無いのだ。あれから、ずっと、……意図的に。
その体格差を自分であえて維持しているだけでも十分ずるいのに、それをこんなときにまた最大限活用するなど。生まれの経緯上平均より凛の見た目が良いのはもちろん確かなことだが、これはもう、なんというか、それ以前の問題で。寝起きの頭には、犯罪的だ。
「まあ、昔の誰かみたいに起き上がったところにちょうど落ちてくるようにクッションの山が用意されて無いだけましだわな」
いいながら気だるい体で起き上がる。
……とりあえず布団一式選択は確定。
「片付けはしておけよ〜」
「わかった!」
また笑顔になって答える凛の横を通り抜ける。
布団のことは巴に頼んでおこう。凛にこれを教えた張本人なんだから、それ位はしてくれてもいいはずだ。
欠伸交じりにそんなことを考えながら部屋を出ようとしたら、
「っぶぉ……!」
天井からかぶさるようにして、しまってあるはずの掛け布団に襲われた。
……これは、そろそろ……。
ちゃんと言い聞かせるか、生贄を見つける必要があるかもしれない。