Hatena::ブログ(Diary)

クライン孝子の日記

2014-12-18

慰安婦問題の記事に関わった元朝日記者が、NYタイムズの取材に応じた
http://news.livedoor.com/article/detail/9541236/
政治家は「われわれをいじめて黙らせようとしている」 
慰安婦記事書いた元朝日記者の言い分に「被害者ぶるな」の声
http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-3409.html
日本を大批判するNYタイムズの東京支社は朝日新聞本社だ
http://www.bllackz.com/2014/12/blog-post_5.html

慰安婦“捏造工場”の倒産…植村ファミリーに実刑下る
http://dogma.at.webry.info/201403/article_2.html

2014-12-17

■野村かつよし氏より、「植村元記者さん、22年、何故今まで、『反論』しなかったのですか。」

盟友野村かつよし氏の貴重な論文をここに掲載させて
いただきます。

<<2014年年12月13日
言論への暴力、言論の暴力(五)
言論はどこで「暴力」になるのか

(12月16日、主旨は同じですが文章を整頓しました)


月刊「文藝春秋」2015年1月号掲載、元朝日新聞記者・植村隆氏の手記
慰安婦問題「捏造記者」と呼ばれて』
を読みました。

植村元記者の本件についての国内での反論は、初めてのことと思います。
遅れ馳せが過ぎるにしても、沈黙を通すよりは良かったと思います。

少し不思議な編集で、
植村氏の本文が始まる前に“本誌編集部”の、
「我々はなぜこの手記を掲載したのか」という“解説”があります。
掲載に至るいきさつの説明ならよくあることですが、
その内容が、植村氏の本文に対する、基本的な批判になっています。
本文末尾に編集部としての見解を述べることは、
批判である場合を含めて、普通にあることでしょう。
しかし読者が内容を読む前にこのような見解を編集者が置くことは、
読者に“予断”を与える意味において、私はフェアでないように感じます。
植村氏が承知した上でのことかも知れませんが。

以下、植村氏の文章を、「植村反論」とします
上の画像は小さくて見えませんが、
植村氏ご自身の言葉か、編集部のものか、「売国報道に反論する」
と謳われているからです。

私には、事実関係に基づいて、
系統的に、「植村反論」を論評することが出来ません。
それはいずれ、秦いくひこ氏、西岡力氏、阿比留瑠比記者あたりから
出て来るでしょうし、既に出尽くしているとも言えます。
その意味で今回の「植村反論」は、「反論」になっていません
。攻撃に対してちゃんとした反撃をしていません。

以下、私の勝手な論理による、
「植村反論」を読んだ上での感想を記します。
私の「言論」への見解は、要約して下の二点です。
これについては、拙文(一)〜(四)を、ご参照下さい。

1.言論は「武器よりも強い」武器である。
料理包丁が凶器になり得ると同じく凶器になり得ること

2.言論人のモラルとは、何よりも、それを自覚するところにあること

今回の「慰安婦問題」は
私は、「轢き逃げ」「食害」「薬害」と、同じ論理で考えれば良いと
思います。
朝日新聞朝日新聞支援する勢力、
そして植村隆朝日新聞記者が、分かっていないのは、
(おそらく、分かっていて分からぬフリをしているのは)、
そのことです。

例え悪意でなくとも、人を“轢く”ことはあるでしょう。
あるいは、「轢いた」ことそれ自体を、
気付かない場合もあるでしょう。
「過失」は誰にもあり得ることです。
しかし気付いて、もしくは人に注意されて、なお知らんぷりをすれば
過失」でなく「傷害」になります
事の「質」が変わるのです。
その時点から過失でなく、意志ある行為になります。
意味で「植村反論」の核心は、次の言葉と思います。

私は本文では、この女性が「だまされて慰安婦にされた」と書いた。
暴力的に拉致する類の強制連行ではないと認識していた。(p.459)

しかし、私は一度も金学順さんについて、
強制連行」とは書いていない。(p.475)

そして植村氏は、他紙は、「強制連行」もしくは同意の言葉を使った、
と記し、
読売1991.12.06夕刊、日経同日夕刊、毎日1991.12.13朝刊、毎日1997.12.16
金学順さん訃報記事、等を挙げています)、

不思議なことに「強制連行」と書いていない私が
強制連行があったように書いたとされ、「強制徴用(強制連行)」
と明記した読売新聞などがバッシングする側に回っている。
これはきわめて異常な事態だ。(p.475)

つまり植村氏は、1991年8月11日朝日新聞大阪本社版、
同氏署名記事執筆時点で、
慰安婦”が、「暴力的に拉致する類の強制連行ではないと認識していた」
のであり
私は一度も金学順さんについて、“強制連行”とは書いていない」。
どうして自分は責められるのか、異常な事態ではないか、というのです。

しかし、これが責められるのです。
というよりも、正にこの一点が、「慰安婦問題」の本質であり、
批判者が朝日新聞並びに植村隆氏を責めている急所なのです。

植村氏はこのようにも書いています。

私の慰安婦報道をめぐる一部メディアの非難は
「文藝春秋」1992年4月号から始まった。
それは、いつの間にか「捏造」とまでエスカレートした。
だからこそ、反証のための手記をまず「文藝春秋」に寄せるべきだと考えた。
私は「捏造記者」ではない。
不当なバッシングに屈する訳にはいかない。(p.482)

植村氏執筆記事は1991年8月11日に発表され、
それに対する批判は1992年文藝春秋誌4月号
(おそらく、西岡力氏『「慰安婦問題」とは何だったのか』を
指していると思います)を嚆矢として始まったのです。
“不当なバッシング”は、植村記事発信の7〜8ヶ月後、
現在までの22年を考えればほとんど直後といえる時期に、
始まっているのです。
強制連行」の言葉を使わず、「強制連行ではない」と
思っていた植村氏が、故なき批判の対象にされた。
上記西岡論文は植村氏を「強制連行」と結びつけていませんが、
その後(過程の詳細を私が知ることを出来ません)
報道陣”によって、自分が「強制連行」捏造の発信源のようにまで
祭り上げられていく。
22年。何故今まで、「反論」しなかったのですか。
、「自分は“強制連行”があったとは認識していない、
強制連行”の言葉を使ったこともない」と言わなかったのですか。

早い時点であなたがそれを言っていれば、
事態はまったく違った推移をしたでしょう。
言わなかったことが「罪」なのです。
繰り返しますが、それが問題の核心なのです。
批判者は、“バッシング”しているのではありません。
濡れ衣を晴らそうとしているのです。
被害者は濡れ衣を着せられた日本人で、あなた方ではありません。
分かりますか?

あなたにも朝日新聞にも、世間の“誤解”を修正する気がなかった。
黙認以上に追認したのです。
今のあなたに、それを「反論」に使う権利はないのです。
使うべき時期に、使う義務のある時期に、
あなたにはそれを使う気がなかった。
批判者たちはそれを責めています。
「反論」であれ何であれ、
今回あなたが語らなければならなかったのは、その部分です。
自分の言葉が意図した理解を人に与えないことはあるでしょう。
自分の記事に不備があれば、検証の上それを正さなければならない。
記事に不備なく読む側の誤解なら、再度説明しなければならない。
それが報道に携わる者の良心であり、責務でしょう。
22年間、何故そ知らぬフリをしたのか。
それは、誤解され続けることが、
実は朝日新聞やあなたの目的だったのではないか。
そこを批判者は追及しているのです
暴力的に拉致する類の強制連行ではないと認識していた」
という今回のあなたの発言は、重大な「白状」です。

今回の朝日新聞の「お詫び」によって、
慰安婦問題における「強制連行」の架空性がより明らかになりました。
今回の「慰安婦問題」は、「慰安婦」の問題でなく、
「戦場における慰安婦」の問題でもありません
そこに、国家権力による「強制連行」が存在したか否か、
ということです。国家権力による「強制連行」が、
制度としてあったか否かということです。

慰安婦の問題」「戦争と慰安婦の問題」、それが問題でない
というのではありません。
それも問題であります。
が、全くの「別問題」です。朝日新聞並びにその同調者は、
故意にそれを混合させようとしています
範囲を広げることによって焦点をぼかす逃避手段です。
ざっと見て、
月刊誌「世界」や、「しんぶん赤旗」に、
その傾向が見られます。

朝日新聞報道を中核として広がった「慰安婦問題」は、
日韓双方にとって良いことは何もなく、
両国々民を完璧に引き裂いたと思います。
修復には数十年を必要とするでしょう。
日韓の離反を喜ぶ勢力にとっては、完璧な効果を上げました。

言論は凶器である故に、振り回したら人を斬ります。
その積りは無くとも斬る。意図なく斬る。
認識なく、斬る。そんなことは言っていないと言っても、
包丁人には、与えた影響に対しては責任があるのです。

植村元朝日新聞記者を批判している者(多くの日本人)は
自らの無実を証明せんと力を注いでいるのです。
思いっきりバッシングされ、今も世界から叩かれ続けているのは、
私たちの方です。

[註]
朝日、産経は、自ら使った言葉について否定していません。
どう対応したかも書いています。
読売新聞:]2014.08.06“朝日新聞慰安婦報道」釈明文 検証”
産經新聞:2014.08.08“朝日新聞慰安婦問題を考える」を検証する”

文藝春秋1992年4月号「西岡力論文は、現在、以下で読むことが出来ます。
週刊文春臨時増刊:「朝日新聞」は日本に必用か
文春新書:「従軍慰安婦朝日新聞VS文藝春秋 

植村隆朝日新聞記者の“反撃” 盟友野村かつよし氏より
http://d.hatena.ne.jp/eschborn/20141216/1418791160 >>

2014-12-16

■植村隆元朝日新聞記者の“反撃” 盟友野村かつよし氏より

◆盟友野村かつよし氏より貴重な論文
反自民意志の強い者、現状を替えたい者が棄権する?
◆さて、朝日の慰安婦問題です。
◆長文になりますので、拙文を紹介頂けるなら嬉しいです。
http://www.nomusan.com/jiji/index.html
◆それは、植村隆氏が文藝春秋一月号に、「反撃」文を発表したから
◆植村元朝日新聞記者の発言
◆私は「捏造記者」ではない。不当なバッシングに屈する訳にはいかない。
「文藝春秋」植村バッシングの嚆矢は、1992年4月号から始まった?!
◆その言葉の張本人のようにバッシングされて、何故22年間も黙っていた?、
===================
◆盟友野村かつよし氏より貴重な論文をお送りいただきました。
野村さん、心からお礼申し上げます。ありがとうございます。
<<横浜野村でございます。
衆議院選挙も終わりました。
投票率の低さをもって自民党の勝利に水を差す論調も
ありますが、ごく自然に考えて、
反自民意志の強い者は、現状を替えたい者は
棄権するでしょうか?
毎日や中日社説は、オモシロイです。
本来朝日はもっとオモシロカッタのですが、
全体的につまらなくなっているように感じます。

◆さて、朝日の慰安婦問題です。
慰安婦問題」を報じた元朝日新聞記者二人が、
それぞれ非常勤講師、教授を務める
勤務先へ脅迫状が届いたというニュースをきっかけに、
「言論への暴力、言論の暴力」ということを考えて来ました。
「言論」もまた最高度の暴力装置であるというのが私の結論です。

◆長文になりますので、拙文を紹介頂けるなら嬉しいです。
http://www.nomusan.com/jiji/index.html

13日にこのテーマの締め括り(五)をアップしました。
◆それは、元朝日新聞記者・植村隆氏が
文藝春秋一月号に、「反撃」文を発表したからです。
やはり当事者の発言は重要な内容を含んでいます。
詳細は、
http://www.nomusan.com/jiji/141213.html
をお読み頂けるとありがたいですが、要点のみを記させて頂きます。

◆植村元朝日新聞記者の発言
1)私は本文では、この女性が「だまされて慰安婦にされた」と書いた。
暴力的に拉致する類の強制連行ではないと認識していた。(p.459)
2)私は一度も金学順さんについて、「強制連行」とは書いていない。(p.475)
3)不思議なことに「強制連行」と書いていない私が、
強制連行があったように書いたとされ、「強制徴用(強制連行)」
と明記した読売新聞などがバッシングする側に回っている。
これはきわめて異常な事態だ。(p.475)
4)私の慰安婦報道をめぐる一部メディアの非難は
「文藝春秋」1992年4月号から始まった。
それは、いつの間にか「捏造」とまでエスカレートした。
だからこそ、反証のための手記をまず「文藝春秋」に寄せるべきだと考えた。
◆私は「捏造記者」ではない。
不当なバッシングに屈する訳にはいかない。(p.482)

つまり、標的とされている
1991年8月11日朝日新聞大阪版植村氏署名記事について、
「暴力的に拉致する類の強制連行ではないと認識していた。」
のであり、「強制連行」とは書いていない、というのです。
その自分が、なぜバッシングされるのか。

◆植村バッシングの嚆矢は、
「文藝春秋」1992年4月号から始まった”とご本人も認
識しています。

1991年8月11日から月刊誌の1992年4月号迄は、7〜8ヶ月です。
今迄の22年間に比較すれば、直後と言えます。

強制連行」と認識もせず(思っていなく)、
強制連行」の言葉も使っていない自分が、
◆その言葉の張本人のようにバッシングされて、
何故22年間も黙っていたのか、
それが問題の本質であります。
そのことについて、植村氏は(朝日新聞も)
納得のいく説明をしなければならないの
です。

野村かつよし=>>
=====================
◆◆◆[表現者] 58号連載予告 
ー情報戦略「あまりにも大きな日独間の隔たり」ー
櫻井よしこ氏の目に余る「媚態という醜態」=
(参照:その1)■日本はゴーストライター+盗用オンパレード。
著名ジャーナリストや評論家に要注意!
http://d.hatena.ne.jp/eschborn/20140907/1410106483
その2)■言いたい放談】朝日とテロ国連との戦い
櫻井よしこ氏の不可解な言動
http://d.hatena.ne.jp/eschborn/20140921/1411324219 
その3)■櫻井よしこ氏の歴史観ですが・・・・・
http://d.hatena.ne.jp/eschborn/20141016/1413505279 )

◆◆◆西部ゼミクライン孝子」の過去全出演記録(ビデオ)も
お手すきの折
クリックしてご覧下さると嬉しいです。
http://s.mxtv.jp/nishibe/archive.php?keyword=%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E5%AD%9D%E5%AD%90
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◆◆『言志』第二号
*目次公開中(クリックで大きな写真が見れます)
http://www.genshi-net.com/
の拙稿ですが、最後の部分、一部抜けていました。
正しくは
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7人の子沢山である女性家庭相ウルズラ・フォン・デア・ライエン
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(第一号は売りきれて増刷!)

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_21世紀を迎えた今世界は混沌としています。日本もその渦て
政治経済ともに、国際的視点に立脚し欧州からの情報収集が不可欠に
なってきています。欧州の国際情勢を日記風にまとめドイツ滞在歴
40余年の経験を生かし、現地よりレポートします。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_

・ 上記につきクライン孝子名抜きのメルマガの転載・発言は固く
 お断りいたします。
(なお「クライン孝子」および「クライン孝子の日記」
と明記されていれば、転載・発言は大いに結構! 歓迎いたします)
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メルマガ発行者: クライン孝子 (フランクフルト在住 )
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2014-12-15

2014-12-13

■フランクフルト日本総領事館主催天皇陛下お誕生祝典に参加して

フランクフルト日本総領事館主催天皇陛下お誕生祝典に参加して
編集
◆昨日12月12日、恒例の天皇陛下お誕生日祝典式が
◆この日12日は、偶然、皇后陛下ベルギーにて
皇后さま、ベルギーへ出発…元国王妃国葬参列
http://www.yomiuri.co.jp/national/20141211-OYT1T50114.html
◆今年もとてもすばらしい天皇陛下お誕生日祝典でした。
◆オックスフオードをも凌駕する研究機関がドイツの大学にも
◆さても今年は『ベルリンの壁』崩壊から25年目に当たり、
◆15 年前の『ベルリンの壁』撤廃10周年目における拙文
◆<<weekly business SAPIO 99/11/18号デジタル時代の「情報参謀」 
◆『ベルリンの1壁』崩壊10周年へのドイツと日本のそれぞれの視点
◆今年はちょうど10周年に当たり、新首都ベルリンで盛大な式典開催
◆その式典だが、結論を先にいうと、20世紀の最後を飾るにふさわしく
◆まずベルリンでは新装なったベルリンの帝国議事堂=ライヒスタークにて
◆その一方で暗い話もある。
◆壁を越えて西へ逃げようとした東ドイツ人約300人近くが射殺されたこと。
◆ 残念ながら、こうした「ベルリンの壁」にまつわる悲劇は、
◆ウラをとらないまま記事にしてしまうところがいかにも朝日の新聞記者らしい。
天皇皇后陛下在位10年を祝う政府記念式典が12日に開かれるにあたって、
◆「即位以来の外国訪問で最も印象深い思い出」のお答えとして、天皇陛下
◆「今朝はちょうどベルリンの壁が壊されてから10年に当たり・・・・」
皇后さまも『壁』崩壊後のベルリン訪問は、とりわけ深い印象と共に
◆その両陛下ドイツ人への心やさしい思いがドイツ人にも届いたのであろうか。
=====================
◆1昨日12月12日、恒例の天皇陛下お誕生日祝典式が
市内のホテルで開催され、出席させていただきました。
◆この日12日は、偶然、皇后陛下ベルギーに手、国葬に参列された日でした。
〈参照:皇后さま、ベルギーへ出発…元国王妃国葬参列
http://www.yomiuri.co.jp/national/20141211-OYT1T50114.html )

◆それはさておき、今年もとてもすばらしい天皇陛下お誕生日祝典でした。
日本とドイツ国家斉唱のあと、坂本総領事による両国緊密友好関係や
ヘッセン州の偉い方のお挨拶があり、割れるような拍手が起こりました。
その上、今回は素敵なドイツ男性+日本女性のカップルと知り合いになり
ました。
ご主人の話ですと、日独両国関係おいて文化や教育はもちろんのこと
サイエンスにも力が入れられ、ケンブリッジ
◆オックスフオードをも凌駕するレベルの研究機関がドイツの大学にもあり、
整備されているとのこと。彼はそこの中枢人物であると聞き、
感動し、拍手喝采しました。
ご夫人は日本では自然科学分野のジャーナリストとして活躍され、
英文記事も書いておられたらしい。
いろいろとお聞きしたいことがあったのですが、次の機会での再会を約束してお別れ
しました。
そうそうザールブルッケンのポイガート夫妻とも再会し、
久しぶりに歓談することが出来ました。
元気そうで何より! ほっとしました、

◆さても今年は『ベルリンの壁』崩壊から25年目に当たり、
ベルリンを含め
各地で、厳粛な記念式が執り行われました。
そこで天皇陛下のお誕生日を記念し、今回、今から
◆15 年前の『ベルリンの壁』撤廃10周年目における拙文
をこの機会に再現させていただくことにしました。

理由はといいますと、
実は15年前フランクフルトにおける
天皇陛下お誕生日祝典も、偶然12月12日に行われたと同時に、。
日本では、当日、両陛下共に、『ベルリンの壁』崩壊10周年に当たって、
とても温かいお言葉をドイツ人にお贈りになられたからです。

◆<<weekly business SAPIO 99/11/18号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 
■weekly business SAPIO
□■□■□■□
クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                         ◆『ベルリンの1壁』崩壊10周年へのドイツと日本のそれぞれの視点

1961年より28年間にわたって、
冷戦及び東西ドイツ分断の象徴として東西ベルリン東西ドイツ
横たわっていた「ベルリンの壁」が撤廃されたのは
1989年11月9日のこと。
◆今年はちょうど10周年に当たり、新首都ベルリンで盛大な式典が開催された。
このような記念すべき日、本来ならベルリンにいる私だが、
実はこの日私は日本にいたのだ。
 そのため、日本のテレビニュースでこの様子は取り上げられると聞いて、
一体どうゆう取り上げ方をするのか参考にしようと見るつもりでいた
ところが残念なことに見損なってしまったのだ。
 最後の仕上げとでもいうか、ようやく2週間にわたる仕事を
サピオ」のインタビューで締めくくり、
ホッとして部屋に戻った途端、気がゆるんだらしく、
一気に疲れがでてそのままベットに倒れ込むように眠り込んでしまったからである。
 というわけでこの式典の様子は、ドイツへ帰ってから知ることとなった。

◆その式典だが、結論を先にいうと、
この式典は20世紀の最後を飾るにふさわしい、
しかもベルリンを世界に知らしめる絶好のイベント事業とあって、
スポンサーも事足り、
ドイツの出版王「アクゼル・シュプリンガー」社やコカコーラ社がつき、
ドイツ統一達成に貢献したコール元首相が中心となって、
当時統一に力を貸し功績のあったソ連書記長ゴルバチョフ
米元大統領ブッシュを呼び込むことに成功した。
 その様子を記述してみるとこうだ。

 ◆まずベルリンでは
新装なったベルリンの帝国議事堂=ライヒスタークに彼らを招聘して、
連邦議員が見守るなか盛大な記念式典が挙行された。
その後ベルリン市でも市主催の祝典を開催し、
そこでは、「ベルリンの壁」崩壊とドイツ統一
とく に貢献のあった米ブッシュ大統領名誉市民として迎えいれた。
 ◆その一方で暗い話もある。
なぜならこの日を「待っていました」といわんばかりに、
連邦最高裁判所では、
当時東ドイツ最後の首長だったエゴン・クレンツをはじめ他の2名に対し、
ベルリンの壁」構築の責任を問うとして、
エゴン・クレンツには懲役刑6年半、
他の2人にはそれぞれ3年の最終判決を言い渡したからである。
これを不服とするクレンツは、即刻欧州裁判所に上告するとの意向を
明しているものの、これにはこの判決を妥当とするグループと、
明らかに見せしめで政治的判断が加味されているとするグループ
両派に分かれている。
 とくにここで前者の言い分を取り上げると、
この「ベルリンの壁」では

◆1. 壁を越えて西へ逃げようとした東ドイツ人約300人近くが
東の国境警備隊によって射殺されたこと。
2. 事前に発覚され投獄された者は10万人近くに上ること。
うち数万人を東ドイツ政府は、外貨不足でのどから手のでるように
ほしがった外貨と引き換えに、まるで牛や馬のように西側
売り渡してきたこと。
◆3. 中には運良く、西への逃亡に成功した東ドイツ人もいるが、
その行為は命がけだったこと。例を幾つか挙げよう。
イ) 1人は西ベルリンへ出稼ぎに出ている最中に「壁」が
構築されてしまい家族と生き別れになった。
身体障害のこどもを抱えていた妻を案じたその男性は、
家族を東から連れ出したい一心で、壁の下にトンネルを掘り、
家族救出に乗りだした。
そのトンネル作りが危うく東の国境警備隊に発覚されそうになったときは、
警備隊員を殺害して救出している。
彼はその心境を「打たれて死ぬか、打って助かるかという瀬戸際にあって、
自分と家族が無事に西へ逃げるには相手を打つ手段しか残されていなかった」
と告白している。
ロ) 2人目は、1度も乗ったことのない小型飛行機を作って、
西への逃亡に成功した
彼は「西へ逃げると決心してから夢中で飛行機を作った。
2度失敗したが、3度目に西へ向けて飛んだら、
あっというまに『壁』を越えていた」とその喜びを語って見せる。
ハ) 3人目は18歳の少年で、
真夜中チェコの国境にたどりつき、
チェコ国境警備隊を失神するまで殴ったうえ、
その制服に着替えてまんまと国境警備隊になりすまし、
オーストリアの国境にたどりついた。
このような話は当時枚挙にいとまがなかった。

 その法の番人であり責任者に重罪は当然だというのである。
◆ 残念ながら、こうした「ベルリンの壁」にまつわる悲劇は、
朝日新聞特派員には理解できないらしい。
例えば11月14日付朝刊に目を通すと
「壁崩れて10年のベルリン 旧東への冷遇、祝典に影」
という見出しで
「ボンに首都を置いた西独への吸収合併に過ぎなかった。
夢はしぼみ、東西の経済格差など厳しい現実が横たわる。
首都移転を完了した『ベルリン共和国』の重い課題になる」
という記事を掲載している。
確かに記者のいうように東ドイツでは旧共産党の勢力が
今も衰えていないことは事実だ。
しかしその理由を即冷戦中のイデオロギーと結びつけ、
◆ウラをとらないまま記事にしてしまうところがいかにも朝日の新聞記者らしい。
 ではその真相とは何か。
答えは簡単である。
彼らはただやみくもに西側にたてつくことで、
少しでも西側から有利な条件を引き出そうとしているのだ
どうやらイデオロギーに凝り固まった記者の目には、
その辺の微妙な旧東ドイツ人の「壁」崩
壊前と崩壊後10年の心境は見通せないらしい。

 ◆それはさておき、日本では、天皇皇后陛下在位10年を祝う
政府の記念式典が12日に開かれるにあたって、記者会見が行なわれたという。
その席上、記者団の質問
◆「即位以来の外国訪問で最も印象深い思い出」のお答えとして、
 
 ◆天皇陛下
「今朝はちょうどベルリンの壁が壊されてから10年に当たりますが、
壁が壊されて4年後、私はドイツを訪問し、
時のワイツゼッカー大統領、デイープゲン・ベルリン市長両ご夫妻とともに、
皇后と西ベルリンから東ベルリンへ、
壁のないブランデンブルク門を通って歩き、
そこでベートーベンの『歓びの歌』の合唱を聞いたことは、
忘れ得ない思い出となっています」
 
 ◆皇后さまは
「それぞれの旅に思い出があり、その中から最も印象深い1つを選ぶことは
難しいのですが、
いま陛下もお触れになりましたように、
も『壁』崩壊後のベルリン訪問は、とりわけ深い印象と共に思い出します。
今から10年前のちょうど今ごろ、
テレビのニュースで朝の光をいっぱいに受けたブランデンブルク門
群がる人々の笑顔を見、その明るい光景に強く心を打たれてから4年後、
陛下のおともをしてベルリンを訪れ、
ワイツゼッカー大統領ご夫妻とベルリンのデイープゲン市長ご夫妻とともに
ブランデンブルク門を通りました。
その後、壁の周辺を歩き、そこで亡くなった幾人かの方々のお墓を見、
この壁とともにあった30年近くに及ぶ世界の歴史とその壁のために
命を失った人々と、また運命を違えた多くの人々のうえに
いをいたしました。忘れることのできない旅の1日でした」
 と語られたとある。

 ◆その両陛下ドイツ人への心やさしい思いが
ドイツ人にも届いたのであろうか。
ドイツの主要紙の1つ「デイ・ウエルト」紙13日付朝刊の第1面は
陛下即位10周年記念式典をカラー写真入りで掲載し、
日本国民がその式典を心からお祝いしたと報じていたことを
付け加えておきたい。>>

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その2)■言いたい放談】朝日とテロ国連との戦い
櫻井よしこ氏の不可解な言動
http://d.hatena.ne.jp/eschborn/20140921/1411324219 
その3)■櫻井よしこ氏の歴史観ですが・・・・・
http://d.hatena.ne.jp/eschborn/20141016/1413505279 )

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_21世紀を迎えた今世界は混沌としています。日本もその渦て
政治経済ともに、国際的視点に立脚し欧州からの情報収集が不可欠に
なってきています。欧州の国際情勢を日記風にまとめドイツ滞在歴
40余年の経験を生かし、現地よりレポートします。
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