同窓会後〜九日

同窓会お開きの後、店の前で何しようか考えながらダベる。
とりあえず移動することになって、待ち合わせ場所であったアルタ前広場に再び戻る。
このへんの記憶がちょっと曖昧なんですがw、池袋行ってビリヤードという流れに決定。
移動中のことをほとんど覚えてないんだが、なんとかロサボールに到着。
もっともオレと神は金を払わず侵入して、マイルCの話をしてたのがほとんどだったけどw
で、たまに玉突きつつ、日付が変わる前にはビリ終了。
例によってちょこさん宅に泊めてもらうことにw
最近行き過ぎ(´∀`)
宿泊客はオレ、神、チャンプ、オミツ、キャミー(こいつネット上でなんて呼べばいいんだw)の五人。大所帯でお邪魔します。
ちょこさんちでは特に何かすることもなく、途中ちょっと寝て、朝までダラダラ。
あー、この日の「明日のG」は最高だった。
東信二元騎手ことシンジマンが、前週天皇賞を勝った横山典騎手にインタビュー。


シ「先週はおめでとう」
典「ありがとうございます」
シ「今週もこのまま行っちゃう?」
典「どこへですか?


朝になって本当ならこのまま運動会を見に行ったりしたいところだったが、弟の勉強見なきゃいけないので帰宅。
給料でてるのでサボるわけにはいかないのだ。
8時半ごろ家に着いて、風呂入って、弟が問題解く横からあーだこーだ言ってみる。
その後競馬。
相性良いマイルCで気合も入るが、結局単勝だけ。馬単一点のみとか馬鹿ですかオレは。
競馬終了と同時に急いで母校へ運動会を見に行く。
去年もそうだったが、競馬がある限り最後のほうしか見られないんだよなー。
到着すると、ちょうど高三の棒倒し。これも去年と一緒。
適当に見て、楽しんで、リレー後に帰宅。
また来年も来ようかな。

バレー

ロシアに完敗。
気持ちが切れてた。
サーブレシーブダメだと何も出来ません。
監督も言ってたようにいい勉強になったんじゃないでしょうか。
大山をもう少し早く入れて欲しかったなあ。
まあ過ぎたことは忘れて、アテネでも期待してますよ。
どうか怪我だけはしないよう。

メジロブライト

5月16日の朝方、ビッグレッドファーム明和で心臓発作のため亡くなったそうです。
享年10歳。本当に早すぎます。種付けの後だったらしいので、仕事頑張りすぎちゃったんだろうか…。


訃報を聞いて、自分でも驚くくらいショックだった。
そういえばグラスの次に好きになったのがこの馬だったことを思い出した。
ファンになったのは97年のステイヤーズS。
そのレースの前から、クラシックで人気になるも勝ちきれない父そっくりな馬、という話は耳に入っていて、興味のある馬ではあったことを覚えている。
なんかこう、父の面影をダブらせて走る馬だなんて面白いなあ、と。
でもこのレースでそんな気持ちは全部吹き飛んだ。
それまで手綱を握っていた松永幹夫から、河内洋に乗り替わったこのレース。
ブライトは、今までの善戦マンっぷりがウソのような圧勝劇を見せ付けてくれた。
私が競馬を真面目に見始めてから約一ヵ月半、初めてお目にかかった「大差」という電光掲示板の文字は、私をこの馬の虜にした。
この圧勝をきっかけに、重賞4連勝で翌年の春の天皇賞を制した。
天皇賞の前哨戦、阪神大賞典で見せたシルクジャスティスとの一騎討ちは、ブライアンとトップガンのそれと比べても引けを取らない、鬼気迫るいいレースだった。
天皇賞を勝ち勇躍臨んだ宝塚記念でゲート内で暴れて惨敗したこと、その年の有馬記念でグラスの2着に入り結構な配当を頂戴したこと、二度目の春天スペシャルウイークの後塵を喫したあと脚部不安で秋まで休んだこと、復帰後の京都大賞典で二年連続二着したこと、いろいろ思い出される。懐かしいなあ。


この馬がいなかったら、この馬のステヤーズSを見なかったら、ここまで競馬にのめり込んだかどうか。
競馬の楽しさを教えてもらった存在として、今の自分の基礎を気付いた存在として、心に湧き上がるのは深い感謝の念。
どうもありがとうございました。どうか安らかに。
そしてあなたの産駒が活躍するよう、心から願っております。