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いわば跡地

2006-12-28(Thu)

ニセ科学

最近、ニセ科学について言及するのが流行っているようだ。おそらく、水からの伝言についての反論が出たあたりからの話だろう。

個人的には、水からの伝言を学校教育で用いるのはやりすぎだろうけれども、大げさに否定する類のものではないと思う。理科時間にやらぬ限りにおいてはそれほど大きな問題とは思っていない。

ニセ科学否定派の強硬な反対意見に対し、宗教奇跡には反対せず、ニセ科学を否定するのはなぜだろうという疑問がある。

ニセ科学否定派は、科学らしさを装っているのが問題の本質だとしているように思えるが、果たしてそうなのか。

水からの伝言は、科学的に証明されていますと言っているのかというと、そうではない*1ゲルマニウムマイナスイオンについてもそうだ。

そうであるならば、そもそも問題ないのではないか。ニセ科学は科学的でないという批判も、当然のことを言っているだけに過ぎない。反証可能性がなければならぬというのも科学の価値観の中の話なわけで、世間の価値観とは異なる場合が多いということだ。

科学にニセ科学を持ち込むなという倫理は、科学の世界の話であるからあって当然であろう。

しかし、道徳教育にニセ科学を持ち込むなという倫理を科学側から押し付けるのはどうなのか。「持ち込まない方がいいと思うよ?」ぐらいの言葉遣いで提案するのが分をわきまえた大人の発言だろう。

人間的な論争は、言葉遣いをめぐる戦いを内容を対象として行う、極めてずれた行為である。このずれがコミュニケーションを継続する原動力であり、投機筋の富の源泉でもあるのだ。

どこまで行っても人間は分かり合えないし、市場も効率的になることはありえぬのだ。

*1:と、思う。というのは、全部調べたわけではないから

うまうま 2007/02/23 12:55 簡単なまとめを(老婆心ながら)書いておきます。私の主旨は
 
例えば、具体的には 
 
オノ・ヨーコからのクリスマス・メッセージ
http://www.dreampower-jp.com/peace/xmas_messege.html
 
については「科学にはなりようもないものを科学として紹介している」という点では明らかに批判されて然るべきでしょう。
しかし、必ずしも『考えることを放棄するように勧めている』と読める文章でなく、そのような批判は当たらないと私は強く思います。ですから、そこまで踏み込んで批判しているかのような印象を与える書き方は避けた方がいい、という主旨です。
 
つまり、『水伝について肯定的に書いていれば(…略…)である』と断定的に主張したり、考えたりすべきではないのではなかろうか、と私は思う訳です。豊富なご経験に基づいて「水伝について肯定的に書いていれば、(…略…)である場合が多い」という確率的な推察を否定するのものではありませんが…。

http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1171275645#CID1172140829

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>「ニセ科学」と呼ぶのは、文脈によっては「疑似科学」という言葉が褒め言葉になるからである。
>具体的にはSF小説やファンタジー小説の批評などで”よくできた疑似科学的説明”などという
>表現が使われる。「疑似」という言葉には価値判断が含まれないということであろう。「ニセ」と
>いう言葉は否定的な意味合いを強く含む

同じ非科学の中で、ニセ科学(真っ黒)と疑似科学(真っ白)の間には、
『グレーゾーン』が広がっている、ということも、もっと強調されていい
ように思っています

http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1137495527#CID1172144165

esperesper 2007/02/23 20:04 うお。コメントありがとうございます。
でももうなんか、ニセ科学蔓延しててもいいやって感じですね、経済が破綻しなければw

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