自由と保障―ベーシック・インカム論争

この本は、二分構成になっていて、その構成の中に強力に著者の主張がこめられている。

  1. BIは、右も左も支持する(可能性がある)イデオロギー独立で広汎な有効性を持つ政策である
  2. BIと言っても、右が支持するBIと左が支持するBIは、理念も中身も全く違うものになる

一部では、1.の主張に従って、イデオロギー、思想的な要素を抜きに、BIの概要、基礎、基本的な長所、短所が述べられている。やや定量的な分析が欠けている印象もあるが、全くの初心者が読んでも理解できる、平易な記述である。

二部では逆に、特定の思想的な立場から見たBIについて述べる。とりあげられている立場は、急進右派、古い左派(穏健派と共産主義)、新しい左派(フェミニズムとエコロジスト)の5つである。後へ行くほど、そういう思想に慣れてないと読みにくい所が多くなる(私も後半二章はあまり理解できなかった)。

「無条件に全ての市民に一定額を給付する」という点では同じに見えるBIという政策が、「何を目的として」「誰に」「どれだけ」給付するか、ということについて、さまざまな立場があり得ることが、この構成によってよく理解できるようになっている。

著者は、基本的には新しい左派の立場に立っている人のようであるが、全体的に記述は公平な視点から行なわれている。特に、「急進右派」(と著者が呼ぶが私にとっては当然で一般的な立場に思える立場)から見たBIの章は、非常に参考になるものであった。

特に、私の「五人国家のベーシックインカム」という上のエントリの前提となっている、BI+フラットタックスの考え方が、「負の所得税」という政策に理念も方法も非常に近いものであり、この「負の所得税」政策は、ニクソン政権下のアメリカにおいて、フリードマンらの提言をきっかけに、具体的な政策課題となりかけたという話が印象的であった。

負の所得税」は、生活保護のような条件付き給付と違って、低所得者層の勤労意欲を制度的に奪うことがない。条件付き給付であると、雇用によって所得が発生した場合に、「仕事をしても所得が増えない」という状態になるので、手当を捨てて仕事につくという選択をしない人たちがいることが問題になる。それに対して、無条件に給付されるBIであれば、どの段階にいても稼げば稼いだだけ所得は上がるので、仕事への意欲を奪うことがないのが長所となる。(その代わり高所得者層に対する負担が大きい)

ただ、これに対して「結果の平等」を重視する左派の人が同調したことによって、提言者のフリードマンが離れて、政策自体も実質的につぶれたという経緯が、BIの難しさを物語っている。

BIには、幅広い目的を含めることができて、広い思想的立場から多くの支持を得ることが可能であるが、それだけに具体化する時点では、給付額のような技術的な詳細を決定することが、その理念や目的を左右することになる。市場の活力を失わないで福祉の目的を達成することを重視するフリードマンのような人にとっては、BIの額はできるだけ低めにおさえるべきと考えるが、左派の人はBIのみである程度のレベルの生活ができるような額を望み、その結果、別の立場からは政策目標に適しない所まで給付水準を上げてしまいがちである。

「誰にでも好かれる八方美人であるが、誰にとってもうかつに信用できない危険な政策」というBIの特色がよくあらわれたエピソードだと思う。

「自由と保障」は、構成面からも個々の記述からも、そういうBIの二面性がよく理解できるように工夫されていると思う。

それと、思想的立場を明確に堅持しながらも、学問としては客観的で公平な視点を保つという著者の姿勢の中に、ヨーロッパのアカデミズムの奥深さを感じた。(2ちゃんねる風に言えば、左巻き電波ゆんゆんの人が不思議としっかりした本を書いたという感じ)