アンカテ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-08-18

偽装請負合法化の先にある日本的経営は誰を幸せにするのか?

酔うぞさんと同じく、御手洗経団連会長の発言には非常に違和感を感じます。気にかかるので全文引用しておきます。

日本経団連の御手洗冨士夫会長(キヤノン会長)は13日、大分市内で記者会見し、製造業の現場で横行する「偽装請負」の解消を目指し、経団連で対策を検討する方針を明らかにした。違法な労働契約の状態を是正する一方、請負会社の従業員の能力を発注企業の指導なしで請け負える水準まで向上させる対策が必要との見方を示した。

 偽装請負はキヤノン本体やグループ各社で発覚し、労働局から指導を受けた。御手洗会長は「法律では請負労働者は派遣された企業で仕事をすべて請け負わないといけない。だが、現実には(発注企業が)何の心配もせず、(請負労働者が求められた)仕事をできることは難しい。だから(キヤノン側が)つい必要に迫られて教えたり、指導したりしてきた」と説明した。

 同社は今月、社長を委員長とする「外部要員管理適正化委員会」を設け、対策に乗り出した。御手洗会長は「非常に対応が遅れた。キヤノンはコンプライアンス(法令順守)を徹底的に厳しくやっており、当然、気付いたら直さないといけない」と述べた。そのうえで、他の企業についても「現状を見直す必要がある」との認識を示した。

 また、御手洗会長は「請負会社は中小企業が多く、どの企業の仕事でも、完全に請け負えるように社員を訓練することはなかなか難しい。何らかの方法で、中小企業である請負会社を強化する方策がいるのではないか」と述べた。

 偽装請負は、松下電器産業の子会社やトヨタ自動車系の部品メーカーなどでも発覚し、各社が請負労働者の正社員化など、対策に着手した。

 連合の高木剛会長は、朝日新聞の取材に労働組合側にも責任の一端があることを認めたうえで、月内に経団連に是正を求める意向を示している。経団連の御手洗会長が今回、対応に乗り出す意向を表明し、今後、労使双方で偽装請負解消へ向けた動きが広がりそうだ。

asahi.com: 経団連会長、偽装請負の解消策を検討へ - 就職・転職

なんとなく、「コンプライアンスは徹底するから、その見返りが欲しい」と言っているように感じます。「見返り」とは、偽装請負の合法化でしょう。つまり、コスト削減を下請け企業で働く人の負担にする仕組みを認めて欲しいと。

資本主義経済の原則論から言ったら、これはスキルとコストの問題です。

ビジネスプロセスの中である水準のスキルが必要ならば、それに見当ったコストを払うしかありません。現状で下請けにまかせられない作業があるなら、社員を増員して引き取るか、発注側が下請けを教育するか、下請けが自主的に従業員教育を行なうよう指導してそれによる労働コストの増大を発注側が負担するしかありません。

そのコスト増の為に製品の価格が上がって、市場での競争力を失なってしまうならば、ビジネスプロセスを見直して作業を単純化するか、黙って市場から退場するか。

社員には賃金以外の労働コストがかかり、派遣には労働者保護の為に法令上の規制がかかるということは、企業としては外部的な制限事項として受けいれるしかありません。そういう制限は、コスト増の要因ですが、同時にそれによって安定した質の高い労働力が確保できるのだから、それに見当ったビジネスに切り替えていくべき。

この原則論を押し通すと、日本の製造業は続けられないのかもしれません。「企業は株主だけのものではない、関係者全員の利益をバランス良く判断すべき」という議論もあります。目先の損益にこだわらず多少無理をしても企業が存続することが重要だという発想なのかもしれません。しかし、この場合、系列企業の従業員は偽装請負の合法化によってどのような利益を受けるのでしょうか?「ステークホルダー」には、自社の従業員までは入るけど、下請けの従業員は入らない?それが温かみのある日本的経営?

そもそも、法令違反で関係省庁から指導を受けるという事態は、企業の危機だと思います。よく言われるように危機はそのままチャンスでもあります。大企業が改革をするのは、外から見るよりずっと難しいことだと思いますが、危機感を全社で共有できるこういう時こそ改革のチャンスではないでしょうか?普段だったらできないような大きな改革が、こういうピンチの時だからこそできる、そういうことがあると思います。

危機をエネルギーに変えるようなビジョンを、こういう時にビシっと内外に提示できるリーダーシップこそが、経営者の仕事だと私は思います。

それなのに、ここで「何らかの方法で、中小企業である請負会社を強化する方策がいるのではないか」なんて呑気なことを言っていていいんでしょうか?

この「方策」が何であって誰に動いてほしいと思っているのか、私にはわかりません。でも、自分の会社は何もしなくていいというメッセージを感じます。だって、自分の会社がその「方策」の主体であるなら、社長さんなんだから部下にそう命じればいいだけでしょ。「いるのではないか」という以上、誰かよその人に動いてほしいんでしょうね。たとえ儲けがなくても、たとえ協力会社が悲惨なことになろうとも、とにかく今の仕事のやり方をそのまま維持していくことが重要である。その為に法令が障害になるなら、法令を変えるか、そこで発生するコストを誰かに負担してもらうしかない。そう言ってるとしか思えません。

だいたいこの状態って、過去の成功体験をそのまま引きずって、回らなくなってるものをズルズル先延ばしにした結果でしょう。海外の低賃金労働力との競争なんて、大昔から言われていること。たぶん、社員の人は血のにじむような努力を延々と続けて、追いつめられて仕方なく違法な形態になってしまったことだと思います。

そこで「現状を存続せよ」というメッセージが出てくるのは、本当に不思議。

それによって社員の雇用は守られるのかもしれないけど、守られた方の社員だって身を削るような不毛な努力が続くだけのことで、楽しい仕事になるとは思えないなあ。これでいったい誰が幸せになるの?

(8/19 追記)

jiangmin-altさんからコメントでいただいた、関連エントリ。(ありがとうございました)

ようするに日本型は自分達が変わるのではなく、Open Source を変えようとしているのです。アメリカ型はそうではなく、ビジネスモデルを変えています。

okkyの日記:OpenSource Software を書き換えるか、Business Model を書き換えるか

jiangmin-altjiangmin-alt 2006/08/19 02:00 http://slashdot.jp/~okky/journal/364707
なんかこれを想い出しました。

はてなユーザーのみコメントできます。はてなへログインもしくは新規登録をおこなってください。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/essa/20060818/p2