2010-04-20
■ 河合隼雄がタクシーに乗ると運転手が身の上話を語り出す
河合隼雄さんと茂木健一郎さんの対談集であるこの本にこんな話が出てきます。
- 河合: ときどき起きるのは、僕の乗ったタクシーの運転手さんなんかが、むちゃくちゃに身の上話なんか始めるんですよ。
- 茂木: エーッ!そりゃおもしろい話ですね(笑)
- 河合: タクシーに乗るでしょう。すると「私は、本当は別の仕事をしていたんですよ」とか話しだすんです。それで僕が「へえ〜」とかいうとね、ブワーッと話が続いてきてね。それで、曲がり忘れたりね(笑)。まるっきり違うとこに行ってたりするんです。そこでメーターを倒して、「ここからタダで行きますから」とかいって(笑)。そのあいだ、もうずっと、身の上話。
- 茂木: 河合先生ってわかってのことですか。
- 河合: いやいや、全然知らんのですよ。
- 茂木: わからないで、なぜか身の上話をするんですか。
- 河合: うん、しゃべりたくなってくる。だからこのごろタクシーに乗る時は、こわい顔して乗ってるんですよ(笑)(P127)
河合さんのカウンセリングは、カウンセラーがクライアントにアドバイスするのではなく、聞くことに始まり、聞くことで終わる、こんな感じです。
- 河合: 苦しんでる人がこられたら、苦しみをとるんじゃなくて、苦しみを正面から受け止めるようにしているのが僕らの仕事やと思っています。
- 茂木: 逃げちゃいけないということですか。
- 河合: 逃げない。まっすぐに受ける。だいたいまっすぐに受けてない人が多いんです。たとえば「うちの家内が」とかいって奥さんの悪口ばっかりいってくる人を、ふつうの人はまっすぐ受けないんです。(中略)それを僕らのように正面からグーっと聞いていたら、「いや、もしかしたら私も悪かったかな」とかいうことになってきて(中略)
- 茂木: そのようなときは、どうやってうまく向き合わせるんですか
- 河合: 向き合わせないんですよ。(中略)僕らはその奥さんの悪口を完璧にまっすぐ聞くわけです。まっすぐに感心して「はあ〜」と聞いていると、その人の視線がまっすぐになってくる。(中略)
分析やアドバイスが無用だと言っているわけではなくて、それで解決する問題もたくさんある。しかし、どうしてもそれだけでは終わらないケースがあって、本来は、そこからがカウンセラーの出番だということです。
その技の達人である河合さんが、タクシーで「へえ〜」とひとこと相槌を打つと、運転手さんの何かを刺激して話が止まらなくなってしまう。話に夢中で道を間違えてしまうということは、脳の中の普段と違う所が活性化しているのだと思います。
しかし、上には上がいるというか、そういう達人でもなかなかうまくいかない人もいて、河合さんはこんなことも言っています。
文化庁長官となった今でもカウンセリングをしているのですか?という茂木さんの質問に、河合さんは、時間の合間を縫って少しはやってますと答えて、その意味について次のように語ります。
- 河合: 臨床をやっていると、いかに自分が無力かということがよくわかりますから。やめるとね、なんかなんでもできそうな気がして、威張れるんですけれど、(笑)。なかなか人間というものは変わらんですよ。そりゃ、大酒よく飲む人に、酒やめてらうのでも大変ですよ(笑)。いや、本当にむずかしい人は本当に大変ですよ。(P58)
で、どういう人が「むずかしい人」なのかと言うと
- 河合: 僕がよくいうのは、話の内容と、こっちの疲れの度合いの乖離がひどい場合は、相手の病状は深い、というんです。たとえば、こられた人が「人を殺したい。自分も死にたい」とかそんな話をしたら、しんどくなるのは当たり前でしょう。そうではなくて、わりとふつうの話をして帰っていったのに、気がついたらものすごく疲れている場合があるんです。その場合はもう、その人の病状は深い。
- 茂木: ほ〜、なるほど〜。
- 河合: それはやっぱり、こちら側が相手と関係をもつために、ものすごく苦労してる証拠ですね。話のコンテンツ(内容)は簡単なんですよ。それではないところで、ものすごい苦労してるわけ。
- 茂木: 河合先生の言葉、宝石のようです。(P71)
この「自分で気がつかないところで、ものすごい苦労してる」ことに自分で気がつく、っていう感覚はとても大事なことだと思います。
それを明日からすぐ仕事に使おうということではなくて、「自分は自分の気がつかないレベルでたくさんの情報を集めている」という認識を持つことです。
すぐに「ああ、それだ」と思うのは、それはほとんど気がついているわけで、本当にその情報を使う為には少しタメが必要です。その情報が使える時は、だいたい人生の緊急事態なんで、それを忘れたまま一生終わればその方がいい。でも、結構、毎日緊急事態だと思うんです、みんな。
つまり、河合隼雄さんにとっての「臨床の現場」に相当することに直面している人が、カウンセラーでなくてもたくさんいると私は思います。そういう人は、どうしても「威張れない」。「威張れない」のに無理をして空威張りになってしまう。
だけど、「威張る」ことより「聞く」ことの方がだんだん重要になっています。
この本に限らず河合さんの言葉は面白いものが多いので、たぶん、今Twitterで、河合隼雄のbotを作れば、followerをたくさん集めることができるような気がします。でも、名言を「威張る」だけのbotは、河合隼雄ではありません。もし仮に河合隼雄botを名乗るなら、発言を吸い寄せるような機能を持ったbotでないと嘘でしょう。もちろんそれはbotには無理なことですけど。
河合隼雄さんという人は、最後まで無理して「臨床の現場」にこだわり続けた人だったのだと思います。
「威張る」というのは、整理された知識や根拠のあるノウハウを自信満々で提供できる、というようなことだと思うのですが、そういう意味の「威張る」ことは簡単になってコモディティ化していきます。これからは「威張る」より、どうやっても威張れない「臨床の現場」にいることを、逆に強みとして生かしていく方が実際的だと私は思います。
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