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2012-08-19

いじめがなくても学校からもう逃げ出した方がいい

「サラリーマンになる」ということは、これまで一番平凡で無難な夢でした。しかし、これからは、才能に恵まれて野心的で相当な努力も苦にしない、ごく例外的な人だけがめざす道になるでしょう。

これまでは、「平凡な人は人並みになることを目指し、人並みであることで仕事をつかめ」「非凡な何かを持つ人は、人と違う独自の道を追求してもよい」と言われてきました。

これからは逆になるでしょう。つまり「非凡な才能に恵まれた人は、人と同じ道を歩むことを目指して努力してみるのもいいだろう」「平凡な人は人と違う自分だけのもので勝負しろ」

これは、とんでもなく冷酷な厳しいメッセージに感じる人が多いでしょう。それは、人と同じ道を歩むのは簡単で、人と違う道を行くのは困難なことだと思うからです。それはある意味では当たっていますが、実は大きな勘違いです。

どういうことかと言うと、「人と同じ道を歩む」ことは学校で教えてくれるから簡単に見えるのです。小中高12年間、学校で教えられることの多くがこれです。そして「君はここが人と違っている、ここがはみだしている」ということは、一人一人懇切丁寧に教えてくれます。だからほとんどの人が、それをマスターしているのです。

もし、「あなたはここがユニークだ」ということを、毎日毎日12年間、熱心な先生方がいれかわりたちかわり教えてくれたとしたら、やはり大半の人がそれをマスターするでしょう。

人と違う道を歩むことには確かにリスクがあります。それは、義務教育9年間+高校3年間のハンデがあるからです。12年間実地教育で身につけた基礎がある人と、学校を出た後にゼロから独力で何かを身につけた人では、随分、差が開くのも当然でしょう。

では、なぜ学校ではそんなに熱心に「人並みになること」を教えているのでしょうか?

それは、学校というシステムができた時には、それが仕事を得るために一番簡単な道だったからです。学校は、工場でたくさんの人手が必要になった時期に今のような「教室で大勢の生徒が集まり一人の先生の授業を受ける」という形になりました。

毎朝同じ時間に来る、時間割に添って何かをする、一時間同じ所で黙ってじっとしている、リーダの指示や決め事に従って集団で一つのことをする、12:00に昼食を食べて午後の開始時刻までに食べ終える、そういうこと一つ一つが工場で働くための準備です。学校に行ってないと、こういう生活をするのは難しく安定した生活を得られません。

社会が進み、工場だけでなくオフィスでも人がたくさん必要とされる時代になっても、この根本は変わりませんでした。人と同じでいることが、安定した職業を得るために有効な方法だったのです。

社会のニーズと学校の基本方針が一致している時には、教師という仕事はさぞかしやりがいのある仕事だったと思います。また、生徒を叱る時にも、先生には「これが子供たちのためになる、子供たちを幸せにする道だ」という明確な信念があったでしょう。子供たちも肌でそれを感じますから、先生を見る目も自然と違ってたと思います。

そして、「地域の子供がほとんど全員、毎日そこに行く」という状況ができたので、学校にはそれ以外にも役割が増えていきます。しかし、それは「仕事について安定した一生を送るサポートをする」という幹があるので、枝をそこにつけるのが一番簡単であるということです。

一番重要な役割と、そこから派生的に生じたその他のたくさんの目的を区別しておくことが重要だと思います。

なぜかと言うと、「雇用に向けて人を送り出す」という主要な目的は、今では完全に無効になってしまっているからです。

学校に意味が無いとは思わないし、今学校を廃止したら大混乱だと思います。学校は今もたくさんの重要な役割を果たしています。しかし、そもそも学校ができた時の目的だった一番おおもとの役割は、今の形の学校には果たせなくなっています。

だから、先生方には非常に多くの負担がかかって、目も回るほど忙しい思いをされていると思いますが、「たくさんある仕事の中で何を優先していいのか」について深い混乱があるのです。いじめ問題が騒がれていますが、いじめを解決できないのは、いじめ解決がどれくらい重要で、他のどの役割よりそれを優先すべきか、誰にも確たることが言えないからです。

これは、学校に限らず、役割を終えたのに形だけ残っている組織にはよくあることです。

組織の中心にあるのは、そもそも何をすべきか、自分たちの役割は何かというミッションです。ミッションが中心にあれば優先順位がつけられるので全てのことが回り出します。明確なミッションがないと、人やシステムが残っていても、組織というものはどんどん混乱して迷走していきます。

ミッションがはっきりしていれば、よほどダメな人でない限り役割を果たせます。逆にミッションが不明確だと、超人的な熱意と体力のある人しか、役割を果たせなくなります。

いじめという問題は、ミッションの不在という学校という組織の根本に関わる問題なので、子供にも先生にも解決しようがない、とても難しい問題だと私は思います。だから、加害者であれ被害者であれ傍観者であれ、もしこれに子供が関わるようなことがあれば、子供は学校に行かせない方がいいと私は思います。

そもそも、教室に同じ年齢の子供たちを集めて教育するという学校というシステムそのものに無理が来ていると思うのです。

そして、これが突飛な考えや、無意味で非現実的な考察に見えるのは、私たちは、社会の基本的な形は自分が生きている間は変わらないという前提を、盲目的に受け入れているからです。

私たちは、歴史についての知識は大なり小なりあって、昔の人が自分たちとは随分違う生き方や考え方をしていたことを知っていますが、それは宇宙についての知識と同じように、自分の生活とはかけ離れた抽象的なこととしてとらえています。それとは関係なく自分の生きている社会には変化が無いと思いこんでいるのです。

これまでも、社会は変化してきたし、その変化はどんどん速くなっていて、そのことはほとんどの人が意識していると思います。しかし、その変化が自分の一生の中で目に見えるようになってきたのは、人間の歴史の中で今が初めてだと思います。

時代が変化していることは、誰でも感じていることですが、これまでは変化とは、テレビのボリュームを上げるような変化でした。つまり、既になんらかのツマミが存在していて、時代がそのツマミを回しているというイメージです。

たとえば、少し前まで「未来のテレビ」と言えば、画素数とチャンネル数というツマミを目いっぱい回したテレビでした。しかし、実際に登場した未来のテレビは、YouTubeやニコニコ動画やUstreamです。ツマミを回すことでは出しようのないものが現実の未来としてそこにあります。

そもそも学校に自分の子供を行かせることがいいことなのか悪いことなのか?という疑問を、ほとんどの親は持ちません。そうではなく、どこの学校に行かせたらいいのか?つまり「ツマミをどれだけ回せばよいのか」という形で悩んでしまいます。

でも、身の回りをよく見てゆっくり考えれば、いろいろなことにツマミを回す以上の変化が起きていることは、誰でも実感できると思います。それを、抽象的な知識でなく、自分や子供が生きるための切実なノウハウにつなげることが必要なのです。

そして、そのためには、高度なことや誰も知らないことを考え出す必要はありません。必要なのは、自分の身の回りにあることを、ていねいに、根本から考え直すことです。

そして、その中心となるのは「子供に人と同じであることを今でも学校が教えている意味」だと私は考えます。

人と同じ道を行こうとすれば、海外との競争、機械との競争、スーパーエリートとの競争に巻き込まれます。そして、それは「誰が一番ツマミを回せるのか」という直線的でガマン比べのような競争です。

人と違う道を行っても競争はあるでしょう。しかし、それは借り物競争のような競争です。つまり、みんなが違う品物を持ってくる競争です。一番を決めるための徒競走のような競争ではなくて観客が楽しむための競争です。勝者がいるとしたら、一番変なクジを引いて一番最後まで苦労して品物を探し回って喝采をあびた人でしょう。

そういう経済の中で子供たちはこれから生きるのです。

だから、私は早めにガマン比べからはドロップアウトして、自分だけの道を追求した方がいいと思います。もう、確実で安全な答はどこにも無いのですが、それは個人でなく社会全体で解決すべき問題です。個人としては、そこはスルーしてより確率が高い道を模索すべきです。

それと、今、一見安定しているように見える職業の多くは、ミッションを失なって迷走している組織の中にあります。実際には、ミッションを失なってからも給料が出る仕事は多いので、徒競走で頑張るのも悪くないように見えます。しかし、それは少なくとも「安定した職業」とは言えないでしょう。いじめ問題で保身を計る学校や教育委員会に対する世間からのバッシングはかなりのものですが、これは、ミッションを失なって表面的に継続している組織への風当たりは強い、世間はそこをちゃんと見ている、ということだと思えます。人から憎まれる仕事は安定しているとは言えません。未来ある子供がこれから目指すにはあまりにもリスキーな道だと思います。

学校には、多くの副次的な役割があって有用なものもたくさんあります。トラブルが無ければそれをできるだけ活用するのもいいと思いますが、いじめのような問題が特殊なことではないことは意識しておくべきでしょう。そして、そういうことがちょっとでもカスったら、すぐに一目散に逃げ出すべきです。



一日一チベットリンク中国横断してきたけど質問ある?:キニ速

arerugenarerugen 2012/08/20 13:24 通りすがりで失礼します。

近代的学校教育が時代に合っていないというのは納得できます。でもいじめは学校や職場にかぎらず人が集まればどこでも起きます。「村八分」という言葉があることから分かるように、物理的に逃げることができない世界で生きるしか方法がない場合、いじめは死と直結します。自分の特徴を生かした生き方もいいですが、それだと生きていける世界もせまくなります。自分が得意な世界で村八分になったらどうなるでしょう。学校ではじかれることより深刻な問題となります。

いじめ問題と教育問題は同じ学校で起きているというだけで、全く別の問題だと思います。学校やめれば解決できるという話ではないと思います。逃げればいいというのは、問題があるのに向き合おうとしない無責任な考えだと思います。そんな大人が多いから日本は太平洋戦争に突入したし、デフレが続いているのに公共事業批判ばかりするマスコミに同調して税収を減らし国債をすりまくって増税などというおまぬけな結果を招くのです。

涅槃涅槃 2012/08/20 16:38 まともな教育を受けていない中学生が書いたような文章ですね。
非論理的な印象論ならバカでも書けるので、こんなものはブログにアップロードするべきではありません。
即刻、退場して頂きたい。

うんこうんこ 2012/08/20 16:50 >>学校やめれば解決できるという話ではないと思います。逃げればいいというのは、問題があるのに向き合おうとしない無責任な考えだと思います。そんな大人が多いから日本は太平洋戦争に突入したし、

わろた。

あと涅槃てw

essaessa 2012/08/20 17:04 実社会でのいじめは、上司に相談したり労働争議としたり警察に訴えたりカウンセリングをしたり2chで告発したりといった、いろいろな解決方法があります。現代社会は複雑な社会なので、複数の枠組みと調停者があるのは自然で、学校がそういうさまざまな解決手段の存在と選択をしかたを学べる場になれば一番いいと思います。
しかし、学校というものは先生が一元的な価値観で全ての問題を裁定、解決しようとする場であり、それが簡単には変えられないことのように私には思えます。だから、学校の中でいじめと戦うのは、実社会の中でのいじめに対応するよりずっと難しい問題で、全く性質の違う問題になっている気がします。

ttrttr 2012/08/21 22:30 今の学生にこの文章を読んでもらい、それでもなお、学校に行きたい理由を持って通ってもらいたい。きっとその理由は人それぞれだから教えにくいんだろうけど。

maplemaple 2013/06/13 05:10 ホームスクールをやっている母です。

海外の日本人学校で子供がいじめに会い、問題を行動を起こしていた担任のことを親同士で調査していたら、校長に脅され、退学をさせました。

それから、学校という組織についていろいろ調べました。
あなたが書かれているとおり、学校というものは洗脳のためにもともと作られたもので、ナチの強制集団教育、シュクールという名称が元になっています。

NY州のすばらしい先生一位に数度選ばれた方、John Taylor Gattoが「子供達を駄目にする学校」という本を出し、先生をやめ、今はいろいろな情報拡散運動に参加されています。彼も熱心に子供達に教育をしていたからこそ、学校のおかしさ、異常性がわかってきたということです。

学校には利権が発生し、それは政府、銀行、会社などのトップ達と深い関係があります。自分達に都合のよいことだけを教え込み、大衆の考えを操作し、利益を上げ、自分達だけが生き残るように道が作られています。
Thriveという映画でもそれは確認できます。

また、いじめは子供が悪いのではなく、もともと周りの大人や親がそのような行動を取ることを真似ているので、そこをやめさせなければ何も変わりません。いじめをする子は必ずどこかで心のゆがみを感じさせる環境におかれ、その発散をしているだけです。彼らも被害者です。
結局は全ては大人の責任です。責任を取れない大人がそれだけ増えたので、いじめも急増しているのでしょう。ただ、ただ、残念です。

学校に不足するカウンセリングなど当てにしないほうがよいでしょう。家も相談しましたが、学校と対立してまで、救ってくれるカウンセラーはいません。正直言って無視されました。

私も大学まで行った人間ですが、学校で教えられたことに嘘が多すぎて時間の無駄をさせられ、後悔をしています。昔の寺子屋のように、自分に必要なことを学び、即、仕事と生かしてゆくほうが懸命です。勉強は一生続きます。今では無料の教材がありふれているので、知識はいくらでも増やせます。やる気さえあれば、その辺の大学教授より賢くなれることも可能です。大切なのは心。競争の環境は何も生みません。

UNのIBスクールやAgenda21, global warmingなども全て、洗脳の為に世界のエリートが莫大な予算を使って行っている悪行です。英語で検索すればいくらでも出てきます。

ちなみに日本の法律では学校に行くことは強制されていません。そう、思わされている人が多いだけです。勘違いです。
日本では、子供に親が教育を与えることのみが重要で、どこで与えるかは関係ないのです。ですからホームスクールをいつ始めても問題はありません。何も知らない学校側がうるさいようであれば、日本国憲法のその部分を切り取って送ってやったらよいでしょう。

早く多くの方がその事実を理解し、子供達に本当の教育を与えることを願います。子供達を救ってあげてください。

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