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2016-06-26

「上級国民」の失敗としてのEU離脱

専門知識と利害の反するプレイヤーが無数に絡みあった大きな決断を、たくさんの人を巻き込んで行なうということの、一番の成功がスマフォで、一番の失敗がイギリスのEU離脱だと思う。

「政治とビジネスをこんなふうにごっちゃに論じてはいかん」と言う人もいるだろうが、「EU離脱」は本当に政治的なテーマなのだろうか?特に、経済や治安は「一同でこういうことに決めましたから後はヨロシク」と簡単に言えるもんではなくて、「ヨロシク」と言った後にややこしい話がいっぱいある。少なくとも政治と別の何かがからみあった問題だ。

そして、スマフォをこうするという決断は、ビジネスや技術であると同時に政治でもある。みんなもう忘れかけていることだが、携帯電話は今のような一枚のガラス板ではなかった。ボタンやランプやスイッチでごちゃごちゃしていて、携帯電話のフォルムは千差万別だった。

小型のインターネット端末には、多くの可能性と同時に、さまざまな技術的困難があった。今もある。それを乗り越えるためには、プラットフォームを集約して、各分野での努力がうまく噛み合う場があることがどうしても必要だったと思う。

これをツルツルのガラス板にして、その板全部をストアからダウンロードしたアプリが好きに使う、そしてそのアプリストアは、キャリアではなくキャリア独立のプラットフォーマが管理する。

これは自然にそうなったわけではなくて、ジョブズが明確な意思を持って決断したやり方で、多くの人がこれに賛同の意を表して、Android陣営もこのやり方にほぼ全面的に合意した。

この決断には多くの利害関係者がいた。キャリア、デバイスメーカ、部品メーカ、ソフトハウス、そして音楽レーベル。誰にとってもWin-Winな解はなかった。

たぶん、従来の携帯の延長線上にあったのは、Win*2 + Lose*10 の解で、それを ジョブズが Win*10 * Lose*2 に方向転換したのだ。Win*10 のアイディアを創造するのは技術やビジネスの領域で、アメとムチを使いわけて Lose となるプレイヤーをむりやり巻き込んだのは政治力で、その両者がからんだ複雑な裏付けのある決断を、ジョブズは、大衆にもわかるガラス板の形にして、国民投票にかけたのだ。

私には、キャメロンは、これと構造的にとても似たことをやろうとして失敗したように見える。

本来、イギリスは、こういうことがうまい国だったはずだ。階級分化のはっきりした国だということは、大衆が最後の最後ではエリートを信頼して問題を預ける気分があった国だということだと思う。

キャメロンの失敗は、信任が得られなかったことそのものではなくて、それを予見できなかったことだ。キャメロンだけではなく多くのエリートが、今まで最後の最後で暗黙に得てきた最終的な信頼ということを期待していて、それが見事に裏切られた。

Sushi,Kawaii,Karoshiの次に日本が輸出すべき言葉は、Jokyu ではないだろうか。イギリスにもアメリカにも他の国にも、この「上級国民」という言葉にこめられた呪詛のような気分を理解し同調する人がたくさんいるようだ。

世の中が複雑になって、「上級」の人たちがうまくその複雑性をさばけなくなっている。大衆は、それぞれが独自の「上のやつら」というものを敵視している。私はそれは誤解だと思うのだが、誤解の気分はみんな共通しているのに、誤解の形はみんな違っていて、それぞれが違う「上級国民」に怒っているので、論理的な説得ができないのだ。みんな違う相手に怒っているけど、怒る気分は共通していてシンクロするので、その破壊力が強力なのだ。

「上のやつらはうまくやってやがる」というのは必ずしも的外れではないのだが、それが世の中がうまくいかない根本原因だ、と思うのが誤解で、複雑にからみあったものごとはある限界を越えると、関係者一同最善を尽しても前に進まなくなる。スマフォにもそういう泥沼にはまる可能性は多いにあった。

政治とビジネスは、似たような困難に直面していて、私たちは、一番大きな失敗と一番大きな成功を目撃したのだと思う。これからなるべく多くのジャンルをビジネスにまかせるべきだと思うが、全部はまかせられないわけで、政治の立て直しは急務だ。それにはまず、「上級国民」という言葉に象徴されているものをしっかり受け止めることが必要だと思う。


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2016-05-09

「おま国」問題に切り込むためにデジカを作った -- Degica CEO Jack Momose インタビュー

はじめに

今回は、DegicaのCEO ジャック・モモセ氏のロングインタビューをお届けします。キーワードはズバリ、「おま国」問題。


「おま国」問題とは「これは世界のどこでも売れるけど、おまえの国だけは売れない」という、なぜか日本だけに見られる不思議な販売制限や価格差のことです。

この言葉をモモセ氏が直接口にしたわけではありませんが、この言葉の背景にある日本のユーザの鬱積した不満に通じる違和感を、彼は日本に来てまもなく感じ始めたみたいです。売る側の立場で感じていたその違和感がだんだん膨らんで、デジカという会社を創業するに至ったようです。

もともと、このインタビューは、弊社の技術ブログの中の企画として行ないました。

デジカは、どちらかというと、プロダクトアウトの会社ではなくて、マーケットインだと思うのですが、そういう会社でシステム開発をすると、普通は、開発が営業に振り回されることになると思うのです。デジカでも個別の例外処理が多かったり、予定が色々変わったりはしますが、その割には開発チームが今、何をどういう優先順位でやるべきか、自然にわかっているように感じます。

私は、担当がインフラなので、デジカのアプリケーション開発は横から見てる立場なのですが、すぐ横で見てて感じるのは、開発チームのメンバーに迷いがないことです。

そのキーマンは、CEOのジャック・モモセ氏だと思って、長年、その秘密に迫りたいと思ってました。つまり、この人が非常に優秀な Product Owner だから、デジカの開発はうまく回っているんじゃないかと。

デジカでは、Scrum を実践しているわけではないのですが、Product Owner という言葉は、ジャックさん(ここではそう呼ばせていただきます)にピッタリで、過不足なくその役割をこなしている。

そして、聞いてみると、これは単なる社内のソフトウエア開発というレベルにおさまる話ではなくて、デジカという会社は、最初にビジョンありきで始まった会社で、そのビジョンが、今の言葉で言えば、「おま国」問題ではないかと、そう思って、これを中心のテーマとしてこのブログの記事にしてみた、というわけです。

さらに言えば、そのビジョンは、ジャック・モモセという人の人生全体に通底しているテーマでもあります。

インタビュー

f:id:essa:20160508211409p:image

子供時代
  • Q: 「ジャックさんはどんな子供だったんですか?」
  • A: 「いつも外で遊んでて、ひどいこといっぱいやった」
  • 「カナダのLadysmithという小さな田舎町で育ったんだけど、とにかく外でよく遊んだ。ある日、弟と、弟は1歳下なんだけどいつも私についてきていて、一緒に湖に行ったの。そしたら、カエルの卵がいっぱいあった。ペットボトルに入れて持って帰って、お風呂にカエルの水族館作って、毎日、観察した。おたまじゃくしがいっぱい出てきて、見てたら肺がないのがわかった。上に上がってきて、空気を吸ってまた戻る」
  • 「どんどん大きくなって、後ろから足が出てきた。どこまでいくんだろうと思ってたら、ある日帰って見たら、全部お風呂から出てた。100匹くらい。お母さんにすごく怒られて、また全部ペットボトルに入れて持って帰ったよ(笑)」
  • A: 「あと、バイトもたくさんした。ものを売る仕事。靴屋さんの店員とか、ハンバーガーショップとか、フリーマーケットでサングラスを売るお手伝いをしたり」
  • Q: 「それはいくつくらいですか?」
  • A: 「最初は12か13から、父親の仕事でアメリカに行った時だけど、本当は16までできないんだけどね、でもあれは面白かった」
  • 「その時できたアメリカ人の友達が、ビッグマックの正しい食べ方を教えてくれた。知ってる?」
  • Q:「いや知りません」
  • 「逆にして食べるの、upside down すれば shape は keep できる」
  • 「ある夏は、掃除機の訪問販売をした。人にものを売るのはどういうことか基本的な考え方をその時に身につけたと思う。ものを売るのは簡単なことじゃない。勉強になったね」
  • Q: 「勉強になったとは、セールストークとかですか?」
  • A: 「う〜ん。セールストークはどうかな。僕はセールストークはそんなに重要じゃないと思う」
  • 「大事なのは、まず売るモノがしっかりしていることが大前提だけど、大事なのは、物とニーズを合わせること。ニーズがなければ、安くても売れない。あれば高くても売れる。セールストークで調子良く話をすることは関係ないね」
  • Q: 「ニーズを見抜くこと?」
  • A: 「見抜くというか、教えてもらう。何軒か訪問しているうちに、だいたいお客さんはここら辺が困ってるんだろうってわかってくる。お客さんの気持ちがわかってくる。セールスは最終的にそうなの。それを訪問販売の仕事で勉強した」
青年時代
  • 「日本には、21歳の時、ワーキングホリデーで最初に来た。ホームステイして英会話のNOVAでバイトした。21歳だしどう見ても先生に見えない先生だったけどね。楽しかった」
  • Q: 「日本には早くから興味があったんですか?」
  • A: 「きっかけは、父親に買ってもらった零戦の本。もともと戦史モノに興味があったんだけど、ある日、お父さんが、外国に行った時にカナダでは買えない零戦の本を買ってきてくれた、英語で書かれた図鑑のようなもの。それを見たとき、すごいなあ、ああ、いつかここに行きたいと思ったよ」
  • 「そのワーキングホリデーのビザが切れて、カナダに帰って、大学行きながら、航空会社のスタッフになった」
  • ウエストジェット航空という、今はもうカナダで第2位の航空会社だけど、僕が入ったのは創業直後、まだ所有する飛行機はゼロで、僕は16人目の社員だった」
  • Q: 「16人目!?すごいですね。どんな仕事をしてたんですか?」
  • A: 「空港スタッフ、チェックインとかフライトの準備とかお客さんの対応とか全てやりました。でも、航空会社は、現場のスタッフとマネジメントのギャップが大きすぎて、ここでは僕は続かないと思った。本当はパイロットになりたかったけど、そういうルートはなかったし」
  • 「それで大学卒業してモントリオール銀行に入った。ここは、カナダという国が出来る前にあった古い銀行」
  • Q: 「エスタブリッシュの名門銀行とは、なんか、ジャックさんのイメージに合わないですね」
  • A: 「カナダの銀行は日本の銀行とはちょっと違うの。個人のお客さんでも担当がついて、ちょうど、かかりつけのお医者さんと同じように、そのお客さんのお金に関する相談に全部のる」
  • 「だから、セールスと似たところがある。ただ、銀行の商品を売るのは最後で、例えば、あなたが結婚して3年後に家を買いたいと思っていたとするでしょ。そうすると、最初は貯金をしてもらって、3年後にいくらたまって、そして、最後にそのローンを出せるような計画を立てる。そういうプロセス全体に長く関わる中で、銀行の商品を売っていく」
  • Q:「日本だと、信用金庫とか地方のローカルな銀行はそういう感じかもしれません」
  • 「そうなの?僕が知ってる範囲だと、個人事業主じゃないと銀行にそういう担当はつかないと思ったけど」
  • 「カナダの銀行はお客さん一人一人に担当がいて、その人のニーズも歴史も理解しているから、お客さんは「買わされた」と思わないで、買う意味を理解して買ってくれる」
  • 「そこで店長になった。店は一つのビジネス、PLもあるし、キャッシュフローもあるし、お金が在庫だから、貯金とローンのバランスも全部見る。いい勉強になった」
  • 「あと、銀行強盗にもあった。三回あって、三回目は店長の時」
  • Q: 「銀行強盗!ホールアップされたんですか?」
  • A: 「そう、ドキドキしたけど面白かった。カナダの強盗は銃をバンバン打つことはない。すぐ入ってすぐ出てく」
  • 「それで、店長の上は本社になるんだけど、本社の仕事は、自分と関係ない大きなお金を動かすだけの仕事で、これはやりたくなかった。そういう自分が当事者ではないような仕事はしたくなかった」
  • Q: 「当事者!、その言葉、ジャックさんが仕事の中でよく使うような気がしますけど、その頃からそういう視点を持ってたんですか?」
  • A: 「何をするにも、当事者になることが大事なことだと思う。作った人と使う人のつながりを全部 one set で提供できれば当事者になる。レイヤーの中の一つでは当事者ではない」
  • Q: 「なるほど、それで銀行も航空会社も本社の中枢部に行くことは避けたんですね」
  • A: 「銀行の次は、カナダのソフトウエア会社に入って、ここの商品を日本に来てセールスした。扱っていた商品は、画像管理ソフトだったけど、これをデジカメのメーカに売り込んで、バンドルソフトにした。いいソフトで写真の管理が簡単になるので、お客さんにもメリットがあるし、デジカメのメーカにもメリットがある。そういう提案をできれば当事者になれる」
  • Q: 「なるほど
  • A: 「その頃は、デジカメがブームでよく売れてたけど、ひどい写真管理ソフトをバンドルしているデジカメも多かった。写真が全然探せないようなの」
  • Q: 「当時、海外にはいい写真管理ソフトが出回っていたんですか?」
  • A: 「いくつもあったし、日本でいいソフトを開発している人もいたかもしれない。でもなぜか、使いづらいソフトがバンドルされてしまう。そうなってしまうことが変だと思った」
  • 「カナダのソフトを日本で販売してそういう障害を何度も感じた。そして、これに困っているのは自分だけではないと思って、これを解決できれば当事者になれる、そう考えて2005年にデジカを始めました」
デジカ創業
  • Q: 「創業時から、デジカにははっきりとした理念というかヴィジョンがあったんですね」
  • A: 「海外のいいソフトを日本の消費者に届けることが自分の使命だと思った。海外から見ると日本はフワフワで全部あいまい。日本では商品の良さではなくて、誰それと仲がいいとかそういうことで何を売るか決める。そういう透明性がないことに困っている人がたくさんいた」
  • 「逆に日本のソフトを海外に売る時も同じだと思う。海外で勝負するためのチャンネルがないからチャレンジする所までいけない。消費者の評価より、間にいる人の言うことを聞くようになってしまう。その人がお客さんだと作る人が考えるようになってしまう。本当は使う人がお客さんでその人の方を見てないといけないと思う」
  • 「その両方向で、作る人と使う人の距離を短かくすることが大事だと思った」
  • Q: 「始めてみて、どうでした?」
  • A: 「お客さんはすぐにたくさん見つかったけど、最初はキャシュフローが大変だった。どんな会社も、最初はスタッフの人月をそのまま売るところからスタートしますね。デザイン一枚3万円とか。毎月いくらでコンサルレポート書いてとか。これは当事者じゃない。ただの下請。決定権もあまりない。1日24時間だから、これでは売り上げにリミットがある」
  • 「ここから、次の段階へ行けないで終わってしまう会社も多いと思います。売り上げにならない投資としての作業が必要だけど、失敗すると両方ダメになる。デジカでは、2009年に最初のEコマースシステムがスタートして、これの売り上げで人件費を含む経費を払えるようになって、そこでやっと一息つけた。朝起きると、夜の間に売り上げが立ってる」
  • Q: 「その時はホッとしましたか?」
  • A: 「ホッとしたではないね。OK、予想通り、ここまでの道は間違えてなかった。よし次行こうという感じ」
  • 「でも、たくさん失敗もした。無理して自社ブランドのソフトを売り出してみたけど、これはひどい失敗だったね。でも、これでブランドとは何かということがよくわかった。お客さんと関係なしで、自分のロゴをつけてもそれはブランドにならない」
  • Q: 「ああそうですね。ロゴが付いているだけではブランドにならないし、すぐ忘れられてしまいますね」
  • A: 「そう、大事なのは、お客さんにうちが何を提供できるか、それをお客さんが知っていて信頼されていること。それで初めてブランドと言える。自分の商品やサービスで売り上げが立つようになったら、その次の段階がこれだと思う。デジカは今これを目指している」
  • 「ビジネスは飛行機と同じで、一度飛びたったら止まれない。飛んだままで方向を確認して間違っていれば、方向を変える。デジカは飛び続けながら、次のステージに向けて正しい方向に向けることができた」
「おま国」問題へのジャックさんの視点
  • Q: 「Eコマースシステムは、その後、Railsベースに書き換えられて、どんどん拡張されて順調に育っていますね。その中で大きかったことは何かありますか?」
  • A: 「Komoju は重要な進化です。海外のベンダーが日本でソフトを売ろうとするときに、支払い方法がたくさんあって、Komoju以前は、いろいろなサービスを個別に使う必要があった。それをワンストップで提供できるのが Komoju」
  • 「何をいつ売るか、それを本当に自分で決めて自分でコントロールするには、決済の機能を持っていることが大事。デジカは最初からそこに力を入れていたね。できあいのパッケージも検討したけど、いろいろなビジネスモデルに対応したかったから自分で開発した」
  • 「それから Valve のパートナーになれたことも大きい。最初は、単にうちで扱うゲームを Steam にだしていただけだけど、これを日本に持ってくることを提案して、何年もかけて議論して、信頼してもらえるようになった。Steamは絶対日本に持ってくるべきだと思ったね」
  • Q: 「なぜ、それが日本にとって重要だと思ったのですか?」
  • A: 「steam を使えば、作る人と使う人の関係がダイレクトになる。距離が短くなるからです」
  • Q: 「流通なんていらない?」
  • A: 「いや、流通は大事で重要な役割もある。たとえば広告ですね。出す側が、手数料を広告費用と見て、見合っているかどうかを評価すればいい。日本が他の国と違うのは、そういうところに透明性がなくて、間にいる人がどういう役割でどういう費用を取っているのか、なぜその会社を通さないといけないのか、そういうことが外側から見えにくい」
  • 「最初の頃にデジカがお付き合いした会社の中には、そういうところもありました。自分の商品がどういう風にユーザに受け入れられているか全然気にしないで、ただ売り上げ、お金のことだけ気にしている。あるいは、リスクを一方的にこちらに押し付けてくる。ユーザと開発者の間のコミュニケーションを考えずに、自分の直接の取引相手だけ見てる。そういう流通はダメですけどね」
  • Q: 「意味がないレイヤーがたくさんあって、そこと仲良くしないと、ユーザとの接点を持てるスタート地点まで行けないということですか?」
  • A: 「そう。それと日本には無駄な競合も多い。電気屋さんに行って電池売り場を見るとわかる。たくさんのブランドがあるけど、全部同じ。アメリカでは、電池の高級ブランドは二つに集約されていて、あとは安いマイナーなブランド」
  • 「僕もそんなに広く全部を見ているわけではないけど、日本にはいい開発者や小さいスタジオでチャンスを与えられないところがたくさんあると思う。Steamは海外の開発者が日本でゲームを得る場でもあるし、同時に、日本の開発者が海外に売るチャンスにもなる。少しづつでも業界を変えて、チャンスを広げていきたい」
  • Q: 「透明性が大事なんですね」
  • A: 「そう、開発者はユーザの声にきちんと向き合って責任を持ってほしいし、ユーザも真面目に評価してほしいと思う。日本の市場でそういう活発なコミュニケーションが行き交うような状況を作れるのがデジカだと僕は思っている」
  • Q: 「そういう所は日本だけが特殊なんですか?」
  • A: 「ネットが広まる以前は、どこもそうだった。カナダもそうだしアメリカもそう。前はみんなそうだったけど、ネットが普及して変わった。The world is flat という言葉があるでしょう。あれが他の国にいると実感だね。使う人と作る人の距離が縮まった」
  • 「日本のシステムの中にいたら外が見えないし、これでいいじゃん、しかたないと思ってしまうのかもしれない」
  • 「日本人は、日本人からお金を取れるのは日本の会社だけ、と思っているみたいだけど、それは違うと思う。それではユーザが本当にいいもの、本当に使いたいものを使えない」
  • 「日本の流通を透明性のあるものにする、ゲームでそれを確立できれば、その方法論を持って、デジカは他の業種にも入っていける。デジカは10年20年の会社ではなくて、100年の会社になれると思う」
VR と Vive について
  • Q: 「だいぶわかってきました。では、今デジカが力を入れているVive や VR についても一言お願いします」
  • A: 「あれをつけた人はみんな、体が自然に動くし叫び声が出る。これはその人の頭脳が、提示されたものを現実だと認識しているということです。VR (Virtual Reality)とは、人間の頭脳にとっては現実そのものなんです」

D

  • 「VRで宇宙に行ける、遠いところにいる友達に会える、ゾンビに襲われゾンビを倒す。そういう別の現実を人間の頭脳にとっては現実そのものとして体験しているということ。こういうことができるようになったのは、人類の歴史上初めてのことで、本当にすごいことです」
  • 「だから、VRはインターネットと同じくらい、いや、それ以上の大きな革命になる。ちょうど、インターネットで言えば25年前くらいのフェーズで、誰もそれがここまで大きな革命になることを予想していなかった。今この段階で参入することが大事」
  • 「一方で、VRはホットであるだけに、みんな色々想像であれもできるこれもできると色々なことを言う。その中で何が現実的にできるか、今できることは何かそれも考えなくてはいけない」
  • 「問題は色々あるけど、デジカは、それが解決するのを待つことはしない。先に参入して問題を解決する当事者になります。まず、多くのユーザにヘッドセットを届けること。それから、開発者がそれを手にして、自分がこれで何をできるか理解すること。その手助けをしていきたい。先日のニコニコ超会議でもブースを出したし、今後もみなさんが体験できる機会を提供していきます」
  • 「それと、今の事業と全く関係ないことはしない。それではビジネスではなくてチャリティに成ってしまう。今の事業との関連でできることをする。それも大事なポイントです」
終わりに

ジャックさんは、完全にセールス畑の人でしゃべりもソフトなんですが、よく話を聞いていくと話の内容はロジカルでトップダウンなんですね。そして、繰り返し出てくるのは「当事者」と「透明性」という二つの単語。実際はもっと出てて、これでもだいぶまとめています。

「透明性のある流通を作り、そこに当事者として関わる」という理念を強烈に感じました。

それと、デジカ創業以前のことは初めて聞いたのですが、まるでジャックさんの前半生がデジカという会社の起業に向けてのトレーニング期間のようにも感じました。

これは、以前、井口尊仁さんのインタビューをした時 にも感じたことですが、起業をする人は人生のテーマを持っていて、そこに重なる所で会社を興すような気がします。いや、起業に関係なく、キャリアを考える上ではそういう視点が欠かせないのかもしれません。

最後に、利害の開示として明記しておきますが、インタビュアーの私、essaは現在、 Degicaの社員です。

あと、インタビュー内で言及されている、"The World is Flat" については、発売時に書評を書いています。

この本の原題は、"The World *IS* Flat" であるのに、邦題は「フラット化*する*世界」である。意地悪く言えば、「これからフラット化するかもしれないけどまだフラット化してない昔通りのこの世界」である。「あなたが住んでいるこの世界は今現在既にフラットである」と直訳したら、日本では意味不明であるか無駄な反発を買って売れないのかもしれない。

The World *IS* Flat - アンカテ

私も、ちょうど同じ2006年頃に、同じようなことを感じていたみたいです。

2016-04-13

「盗聴」という言葉が死語になる日

あまり話題になっていないが、これはすごく大きなことだと思う。

end-to-end encryption というのは、それほど目新しいことではないし、メッセージングでこれをサポートしたのも、WhatsAppが最初ではない。技術的に見て画期的なこととは言えない。

しかし、facebook傘下で、10億人のアクティブユーザを抱えるベンダーが、原則として全てのユーザに対してデフォルトでこれをサポートすることの意味は大きい。

今までは、暗号化ソフトは沢山あっても、普通の人はそういうものを使わなかった。わざわざそういう面倒くさいものを使うのは、犯罪者かテロリストだけだ、は言い過ぎだけど、たとえば、普通の捜査で確度の低い情報からある容疑者を探し出したとする。そいつが暗号化ソフトで通信してたら、怪しさは2倍くらいになったかもしれない。

でも、その容疑者がWhatsAppを使っていても、それは彼の容疑を補強する間接的な証拠にはならないだろう。WhatsAppを使っているユーザはたくさんいて、暗号化以外にもそれを使う理由はたくさんある。

それに、WhatsAppに追随するベンダーも多いと思う。

これは、ユーザを守るというよりベンダーを守る技術だ。

これを使っていれば、FBIがやってきて「こいつを盗聴しろ」とか言った時に、「できません」と答えるだけで済む。

盗聴ができてしまうと、できるものを断るという判断が必要になって、断るか受け入れるかは難しい政治的判断となる。これは賛否両論あって、どっちを選んでも真剣に怒る人がいる。

会社のポリシーである程度決まるとしても、捜査が正当なものでなかったり冤罪だったりしたら、盗聴を許したベンダーも責められて炎上するだろう。また、アメリカ以外の司法当局からの要請にどう対応するのか。国ごとに方針が違ってもいいのか。

技術的にできないと言えれば、そういう頭の痛い問題からきれいに逃げることができる。

ユーザを第三者からの盗聴から守るだけなら、つまりたとえば公衆LANで隣のテーブルの人に盗聴されないようにする、みたいな話なら、End to End でなくて、ユーザとベンダーの間の通信だけ暗号化すればいい。

End to Endで暗号化するのは、通信を中継するベンダーに盗聴させないためだ。その「通信を中継するベンダー」とは自分のことであるが、FBIに脅されている自分だろう。ユーザをベンダーの盗聴から守ることによって、FBIの圧力からベンダーを守るのが、end-to-end encryption の目的ではないかと私は思う。

もちろん、「ウチの通信は安全です」というアピールもできるので、他のベンダーも同じ機能をサポートするのではないかと思う。

競合以外にも、ベンダーにとってこれを導入する価値はあって、しかも、WhatsAppがサポートしたことで既成事実と技術的標準ができている。急速に広まるのではないか。

もし、そうなったとすると、事実上、盗聴ということはほとんど不可能になってしまうので、司法当局以外からも、それでいいのか!という声は上がるだろう。

そうなったら、Hashicorp Vaultで使われているShamir’s Secret Sharingのような技術が使われるだろう。

これを使うと、鍵を5つに分割して、5人の人にそれぞれひとつづつ預けることができる。そして、5人のうち3人が鍵の開示に同意すれば、鍵を開けることができる。

全てのチャットの暗号化キーをこれを使って5つに分割して、5つの国のサーバにひとつづつ送りつけておくのだ。そして、それを開示するかしないかは、5つの国で相談して決めてくれ、と言う。問題がテロリストのような明らかな脅威だったら、開示に同意する国が3つ以上あるから、それを盗聴することができる。恣意的な捜査や強権乱用であったら、同意する国がないので、開示されない。

まあ、これもこれで、鍵をいくつに分割して、どことどこに預けるのかは頭の痛い問題だけど、これは最初に一回だけ考えれば済む。大いに悩んでゆっくり考える価値はある。それを決めれば、あとはシステムが全部自動的に処理してくれる。

暗号化の仕組みは、このように、何をどれくらい隠して、どういう条件でどれくらい見せるのか、自由にデザインできる。実際には、性能の問題が絡むので、もうちょっと難しくて、多少、数学的な発明が必要なこともあるだろうが、ちょっとがんばれば、だいたい自由にデザインできる。

おそらく、そういう安全弁を持たせた、Perfect Forward Security が普通に使われるようになるだろう。

そして、裏口を仕込むのも難しくなる。

昔は、電話局に勤めるエンジニアは、電話回線のないところでは仕事ができなかった。設備を企業の側が持っているので、企業の側をFBIに握られてしまうと、エンジニアが個人としてそれに逆らうことは難しかった。それに、設備は企業の構内になるので、万が一告発されても証拠隠滅は可能だ。

アプリの開発者を脅迫して、裏口を仕込ませるのは、それよりずっと危険が高い。アプリの開発者に必要な設備はパソコン一台とネット接続だけなので、クビになっても他で働ける。その分だけ、正義感で行動する人も多いだろう。変なことを強要して、告発されたら大変だ。アプリが各ユーザの手元にあるので、証拠が残ってしまう。

権力の終焉

権力の終焉

この本に書かれているように、権力の中の人にとっては受難の時代で、考え直さなくてはいけないことがたくさんあるのだと思う。

これはありそうな話だと私には思えるが、技術が組織のクッション無しにダイレクトに社会を支配するということは、個人がヘマをした時の影響範囲がとめどもなく大きいということだ。

金があるなら、ちゃんとした技術者を雇えばいいと思うのだが、単価が高くてちゃんとして見える技術者でもこういう基本的なことをきちんとできない人も多いので、事故も増えるだろう。

昔だったら、あちこちに組織のクッションが入るので、個人のミスは大事になる前にどこかでカバーされたのだろう。

だから、盗聴はできなくなって秘密は漏れるもので、お金や権力があってもそういうことの例外ではなくなっていく。

これが社会に与える影響は、おそらく普通に考えるよりずっと大きくて、必ずしもいいことばかりとも言えないので、それについて少しづつ考え始め方がいいような気がする

2016-03-11

ディープラーニングがもたらす横方向の格差拡大

グーグルのAlphaGOという囲碁ソフトがトッププロに2連勝したことで、衝撃が走っている。

私は、囲碁については何も知らないし、ディープラーニングなどのAIの技術についても野次馬的に見ているだけだが、いくつか思うことがあるので書いてみる。

AIは人間を上回るのか?

私は、AIについては単なる野次馬だが、年季が入った野次馬である。80年代から結構その手の本は読んできた。今となっては、書いてあったことはほとんど覚えていないが、ひとつだけ印象に残っているのは、昔の研究者がやたら強気だったことだ。

2001年宇宙の旅」には、HAL9000というAIだけではなくて、iPadのようなものも出てくる。あれは本当にiPadによく似ていて、年代はずれてしまったが未来予測としてはよくできていると思う。それなのになぜAIだけやたら先走っていて、実際よりずっと賢いものになってしまったのかといえば、おそらく取材した当時の研究者があれくらいのものが楽にできると大言壮語していたからだろう。

私が読んだ本にもそういうことがいっぱい書いてあった。

今から思えば笑い話で、ハードはファミコン以下だし、ソフトも単純な文字列や論理計算がようやくできた時代で、なんでそこまで強気だったのかが謎。

私が思うのは、人工知能の研究者は、人工知能やコンピュータには詳しいが、人間のことがわかってなかった。人間の頭が論理処理で動いているのは、ごく一部の例外的な状況だけなのだが、それに気がついてなかった。専門家に「あなたがやっていることをルールとして記述してください」というと、「いいよ、簡単なことだ、まず普通はそれがAかBに注目する。そして、Aならこうする、Bの時はちょっとややこしくて、CとDを比較して違いがなければEにも目をつける」みたいに、一見論理的なことを言う。実際、本人も自分がその論理で動いていると思っている。

でも本当は、そこでAとかBとか言っていることが定義や境界が曖昧で、簡単にコンピュータには理解させられない概念であることがほとんどだ。それに、こういうルールにはものすごくたくさんの例外があって、その例外をルールとして記述しようとすると、その例外ルール同士が矛盾している。だから、優先順位を定義しなくてはならないのだが、その優先順位の定義が、本題に負けないくらい複雑で難解な問題になってくる。

こういうことは実際にやってみないとわからないので、実際にやってない70年代のAI研究者はやたら強気で、その後の90年代以降の研究者は、そういう失敗をたくさん見てきたので、いっぺんで弱気になった。

ディープラーニングは、当時のAIの弱点を克服していることは間違いないと思う。昔のAIはAとかBを定義するのはプログラマにまかせていてそこがネックになっていたが、ディープラーニングは、何がAであるかBであるかを自分で学習する。

しかも、AlphaGOの対局の感想を見ていると、人間の語彙にない概念を使って盤面を評価しているようで、コンピュータの打つ手が人間のトッププロにもなかなか説明できないようだ。人間がこれまで気が付かなかった「Fの時は」とか「Gの場合は」という思考をコンピュータがしているように見える。

だが、再び強気に戻りつつある研究者は同じ間違いをしていると私は思う。

ディープラーニングが人間の頭の中で起こることのある側面をうまくシミュレートしていることは間違いないが、それが人間の知的活動の中でどれくらいの割合になるのかはやってみなければわからない。

むしろ、数値計算と論理計算とディープラーニングができるようになることで、「人間の中にそれ以外のものがあった」ということが発見されるのではないかと予想する。もちろん「それ以外」は文系的な概念としては山ほどあるのだが、もうちょっと明確な理系的な概念として何か大きな発見につながるのではないだろうか。

だから、「ディープラーニングはちまたで言われているほど大したものではない」というのが第一に言いたいこと。

AIは社会を変えるのか?

ただ、大言壮語した昔のAIが意味なかったのかといえば、そんなことはなくて、それどころ、今自分のしている商売は、ほとんどそのひとたちのおかげだと思っている。

今自分のしていることは、ネット上でのサービスの開発、運用だが、今使われている言語や技術は、大雑把にいえば、Lispの子孫だ。つまり、70年代のヘボAIのために作られたプログラミング言語やコンピュータの技術は、AIでなくWebの中で使われている。

人間の言語でなくて、プログラミング言語で書かれたプログラムをASTとして処理するなんていうことが普通に行われていて、これは昔の人が「この技術を使えば、5年でHAL9000ができるよ」言っていた技術だ。

こういうことは、数値計算のためにコンピュータを使っているだけではなかなか思いつかない。

そして、70年代の予想でもう一つずれていたことは、「相当賢いAIを作らなけらば、コンピュータが一般の人も含めた社会全体へのインパクトを持つことはない」ということで、実際には、パケット通信網という地味な技術が世の中を変えた。

昔の漫画のコンピュータは、たいてい巨大なビルの奥に鎮座した筐体になっている。しかし、実際に世の中を変えたコンピュータは我々のポケットの中に入るスマホだ。

問題は、賢いか賢くないかではなくて、スケールするかしないかだ。

ディープラーニングは、言われているほど賢いものは作れないが、スケールするものは作れる。

スケールとするとは、ここでは「急激に安くなって最終的には電卓並の値段で百均で売られる」くらいに思っておいてください。

ディープラーニングは、学習させる時には、膨大なコンピュータパワーを消費するが、その学習結果を適用する時には、そこまではいかない。だから、将来の囲碁ソフトは、電卓のようになって、クラウドから学習結果をダウンロードして動くだろう。

ディープラーニングはHAL9000やスカイネットではなく、スマホが進化したものとして想像しなければならない。それが世の中を変えるだろう。

AIの開発競争はどこで起こる?

私は、ディープラーニングをちょっとかじってみてムズカシすぎてすぐに諦めたが、じきに私にも手が届く簡単に使えるライブラリやサービスになると思っている。

そうなったら、猛烈な開発競争が起こるだろう。

AlphaGoの成果でもう一つ印象的なことは、進化の速度だ。去年最初にプロと対戦したバージョンは、今よりはるかに弱くて、300位だかのプロにようやっと勝つレベルだったそうだ。

これは結構本質的なことで、ディープラーニングは、詳しいことを教えなくても勝手に自分で勉強してやり方を覚えるというが、その学習のための環境を人間がお膳立てする必要がある。その段階に行くまでが難しい。

コンピュータが自分で学習できるようになれば、あとはマシンを回していくだけでどんどん賢くなるが、その前の段階が難しい。

たとえば、コンピュータに野球の監督をやらせることを考えると、選手のデータを学習させることは簡単で、「打率」とか「防御率」のような概念で今まで人間が使ってない概念で勝敗に関連するものを勝手に見つけて活用するようなことまではすぐやるだろう。しかし、選手の今日のコンディションをどうやって入力したらいいのか、脈拍や血圧を測定するか顔色を画像として読み込ませるか、何か会話してその声色で判断するか。あるいは、選手の出身地や血液型や星座を入力するかしないかいっそのことDNAをぶちこんでみるか、それから観客の様子を画像や音声で入力するか天気予報と連動させるかどうか。

そういうたくさんの選択肢がある中で、難しいのは、ダメな監督だったのが辛抱強く使っているとある日突然野村さんをはるかに凌駕する名監督になることだ。

コンピュータを野村監督にするための入力データや設定が見つかってしまえば、あとは、マシンの計算パワーだけの勝負になるのだが、その前の判断が難しいところに開発競争が起こるだろう。

そして、コンピュータが結果を出すまでは、野球に詳しい人にもAIに詳しい人にもこれがうまくいくのか行かないのかなかなかわからない。

AlphaGoの場合は、モンテカルロ法+ディープラーニングと言われているが、重要なのはモンテカルロ法のチューニングやプログラミング技術の細かい所にあると思う。これがうまくできていたから自己対戦による学習が効果的に作用して、急速に強くなった。

問題は、その一番重要なモンテカルロ法のチューニングに成功した段階では、そのソフトはまだ相当弱いということだ。結果から見ると、そのソフトは、世界レベルのトッププロに勝つ将来が約束されていて、障害はほとんどないのだが、それは事前にはわからない。

これから、「自分の作ったディープラーニングは、囲碁で言えば、2015年前半のAlphaGOの段階まで達している」と主張する詐欺師がたくさん出てくる。いや詐欺師ではなくて本人もそう信じているのだが、その中の誰に投資したらいいのか、誰にもわからない。

ディープラーニングで水曜日のカンパネラは作れるか?

最近、これにはまっている。

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それで、ディープラーニングのことを考えるとどういうわけか、どうしてもこれがAIで作れるかを考えてしまう。

音楽のトラックはケンモチヒデフミという人が全部やっているそうだが、これが全部過去に聞いたことのある音の組み合わせのようでいて、どれも非常に質が高い。全部マックで作っているようだし、こういう音楽はいかにもAIが得意な分野のように思えるが、順列組み合わせだけでできているようで、細かいところに非常に神経が使ってある音楽のようにも感じる。

歌詞は、いかにもデタラメなようで、実は、「民話の桃太郎+ゲームおたく」とか「ジャンヌダルク+バスガイド」のような異質の概念を二つ組み合わせて、あとは連想ゲームとリズムと押韻だけでできているようで、これはディープラーニングを使うまでもなくコンピュータでできそうな気もする。

おそらく、ケンモチヒデフミさん本人がチューニングしたディープラーニングなら、同じレベルのものを作れるだろう。

しかし、ケンモチヒデフミ必須では、ディープラーニングを使う意味がないじゃないかと言うと、そうではなくて、コンピュータ化できれば今と同じレベルのものを即興で作れる。

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打ち込みの音楽に即興の要素をプラスすることができるとしたら、いつどこで何をするのか予想できないコムアイのこういう個性がもっと生きるだろう。

それで、結論としては、RPGツクールのような「水曜日のカンパネラツクール」はできるだろうが、彼らが同じものを(もうちょっとだけ金かけて)使えば、彼らはそれよりずっと先を行くだろう、ということだ。

結論

それで、結論としては、ディープラーニングによってスカイネットではなく水曜日のカンパネラのような未来がやってくるという話。これからいろんなところで多くの革命が起こるのだが、それがいつどこでどのように起こるのか予想するのは難しい。その困難さが勃興期だからではなくて当分続く本質的なものであること。

つまり、心配すべきなのは、コンピュータによる専制ではなくて、格差拡大だ。ただし、格差は縦方向ではなく横方向に拡大するということ。「横方向の格差拡大」とは何か、自分でもハッキリとはわかってないのだが、潜在的にコムアイのような人が全員自分によく合ったプロデューサーに出会えるようになってそのプロデュース業がディープラーニングによって効率化されているというふうに考えたら、少しイメージできた。

2015-11-05

Degica に入社しました

11/2付けで 株式会社デジカに入社しました。

2013年秋から2年間、フリーランスのプログラマをやって、うち後半の1年間はデジカで契約社員として仕事していましたが、この度、社員としてデジカに join することになりました。ご挨拶を兼ねてちょっとこの会社の宣伝をしてみようと思います。

契約社員として外から見ていて、次のようなところで、私はデジカに魅力を感じました。

  • リモート勤務を積極的に進めている
  • 意思決定がシンプルでスピーディ
  • 地に足がついたアジャイル
  • 普通に毎日の仕事をしていることがそのまま勉強になる

リモート勤務を積極的に進めている

私は家庭の事情で10年以上前からリモート主体の勤務をしてきましたが、他の人が face to face で仕事をしている中で自分だけがリモートで仕事をするという形態に限界を感じてきました。

もちろん、リモートで仕事をして給料をもらえるというのは、それだけでも十分ありがたいことなのですが、自分が関わっている仕事そのものが face to face で動いていると、リモートでは仕事の流れが見えなかったり、担当できる仕事内容が限られてきてしまいます。

デジカでは、仕事そのものが github や slack などのツールの上で動いているので、リモートで仕事をしていてもそういうギャップを感じることがあまりありません。

他のメンバーも週一回はリモートで作業をしているし、語学研修制度を利用してスペインやカナダで仕事してる人がいたりします。

リモート勤務を認められれても、仕事がそれで回る基盤がなければ、結局、自分だけが「浮いた」存在になってしまい、チームの一員としての仕事はできません。一時はそれを考えて、ずっとフリーランスでやっていこうとも考えたのですが、こういう会社であれば、十分チームとしての仕事をしていけると思って、今回、join することにしました。

意思決定がシンプルでスピーディ

これは、デジカの特色というより、日本の会社と外資系の違いかもしれませんが、余計な神経を使わないで仕事が進められるので楽です。

デジカでは、誰が何を決めているか、何かを聞いたり頼んだりする時誰に言えばいいか、そういうことがわかりやすい。会議に関係ない人は来ないし、自分がなぜ呼ばれたのかわからない会議に呼ばれることもありません。最初は、逆にそれがちょっとカルチャーショックで戸惑いました。

別にすごいことではないし、当たり前のことなんですが、私の過去のキャリアではその当たり前があまりなくて、仕事を進める時に「関係ないけど口を出してくる人」って普通にいるもんだと私は思っていました。だから、自分が直接話をしている担当者に理解してもらうのは最初のステップで、大抵は、その人と一緒に別の人を説得する方法を考えたりそのための資料を作って、ようやく仕事が始まる、という感じです。

仕事の障害がないのではなくて、仕事の障害をクリアした時の徒労感がないという言い方がいいのかもしれません。誰かを説得する必要があるとしたら、必ず明解な理由があって何故その人なのかもよくわかる、だから、説得するための努力が無駄に感じられないし、仮にこちらの意向通りにならなくても納得できます。

感覚的にしか説明できませんが、「誰もいいとは思ってないけど、そうなって変えられないルールがあって、それを変えるコストよりそのルールを回避するためのコストの方が低くて、そのために神経や頭を使う」というようなことですね。そういうことがあるのが当然と思っていたけど、そうでない会社があって、そこでは大事なことだけに神経や頭や体力を投入できる、私にとってデジカはそういう会社に思えました。

地に足がついたアジャイル

デジカでは決済ゲートウェイサービスやecシステムをRailsベースで開発し、自社運用しています。普通にアジャイルです。

特別なプロセスやプラクティスがあるわけではないんですが、開発のスピードが速く、ついていくのはなかなか大変です。

契約社員として働いている間に、私は、Blue Green Deployment のシステムを構築したのですが ( これについては後日、デジカの技術ブログで紹介します)、これもすぐに活用して、さらに deploy のスピードが上がっているように感じます。

普通に毎日の仕事をしていることがそのまま勉強になる

あと、デジカでは開発のコミュニケーションは、Slackやgithubの上で、英語で行っています。

「普通にアジャイル」で「普通に英語」の会社で仕事をしていると、あまり無理しなくても、自分のエンジニアとしてのスキルが日々向上している感覚があります。

これも過去の経験ではあまりなかったことです。今までは、自分が身につけるべきスキルはわかっていても、それを仕事とリンクさせるのが大変だったのですが、今の環境では、目の前の仕事をこなしていくことが自然にスキルアップにつながっている感じがします。

まとめ:力を入れずにそのままでそこそこいい会社

まとめると、私にとってのデジカの魅力は「自然体で(そこそこ)いい会社であり(そこそこ)いい仕事の環境である」ということですね。

無理をしてない、全力疾走ではないということは重要で、振り返り改善していく余地はそこから生まれます。背伸びをしてたり誰か一人のスーパーマンが引っ張っている会社では、つまずいた時の反動が怖いですが、自然体であれば、おそらく少しづつですがさらに良くなっていくと思います。

興味を持たれた方は、下記のページをみてください。