Hatena::ブログ(Diary)

Love Yourself

2017-03-27 第2387号〜第2396号(3/25、3/26の続き)

モラル・ハラスメントの加害者は何故欲を否定するのか。

親愛なるあなたへ

モラル・ハラスメントの加害者がそんなにたくさん日本に存在するのかとビックリする方もおられるでしょう。

まさか自分がそうではないと。

被害者ではないし、ましては加害者ではないと。

ものすごく簡単に確かめられるテストがあるのですね。

「この人の前では自分の望みを気持ちよく言えないな」というとき、相手は加害者の可能性があります。

そして、「イキイキとした相手の望みを聞いて何故か嫌な気持ちになる」とき、あなたは加害者の可能性があります。

何故モラル・ハラスメントの加害者は欲を否定するのか。

それは自分の自信のなさに気づかず、恐怖のため心の底では自らの人生に絶望しているからです。

だから相手が欲を持つのを許さない。

「欲」とは「希望」。

つまり相手の希望を見ることで自分の絶望を確認するのが恐ろしいのです。

例えば、ある娘さんが「資格を取りたい」とイキイキと言ったとする。

「でも資格だけで食べていけるとは思わない方がいいわよ」と言う親がいる。

何かでみんなから注目された息子さんがいるとする。

「あんまりいい気になると大変よ」と言う。

両方のケースとも本人は心の底から心配していると思い込んでいるけれど、実際は欲を否定している。

簡単に言うと嫉妬の感情、「くやしい」のです。

「欲の否定」は言語としてではなく、非・言語、つまり表情とか仕草とか態度として現れることも多い。

どちらかというとそのケースが大半である。

「私は何も言ってない」と言う人がいるが、それは非・言語メッセージで相手の欲を否定している。

「一見、協力的」な人もいる。

でも何故か気持ちは晴れない。

目標を「言わされている感」があるときは、自分の望むものでなく相手の望みであることが多い。

また本当に自分の望みであっても、それを利用して「自分の劣等感を晴らす」親や先生や上司も多い。

「自分が立派な子供を育てた」という勲章が欲しいのです。

ともかく正当な欲を否定されてる感があるときには、この見えない鎖の可能性を疑った方がいい。

大分前にも書きましたけれども、本当の愛情とは「この人の前だったら自然に振る舞える」と思えること。

自然に振る舞える、つまり「自分の欲を堂々と言えること」です。

もちろん欲がなく幸せにしている人もいっぱいいます。

でも、そういう人は相手の欲を決して否定しない。

「私は欲がなくて幸せ、あなたは欲があって幸せ」

「私、幸せなの」と言いながら相手の欲を否定する人間がいる。

そういう人は本当は人生に絶望していることに気づいていない。

「幸せなの」と言いながら、相手の欲と希望を言語、非・言語問わずに否定する。

「これが幸せだと周りから思い込まされていること」を実行してきて「幸せだと思いこんでいること」に気づかない。

「自分が本当に望むことではないこと」に気づかない。

そういう人間も必ず「幸せは心が決める」と言う。

「幸せは心が決める」という言葉は真実。

ところが幸せなはずの人間が「私はこうしたら幸せ」という相手の欲を聞かされて嫌な気持ちになる、否定したくなるのは何かが歪んでいる。

今の日本に元気がないのは、正当な欲を否定する人間がいっぱいいるから。

モラル・ハラスメントの浸食度合がどれだけ深刻か分かりますか。

by You

日本が復活するとき。

親愛なるあなたへ

私はモラル・ハラスメントの話をよくします。

記事にも書きます。

最近「モラハラ」として色んな記事が賑わっていますが、そんな簡単に説明できるようなものではなく、もっともっと分かりにくい、巧妙に隠されたもの。

人のことを思っているようで、心の底では自分本位と相手の支配を望む人がいる。

自分勝手に生きててバサバサ切るけど、本当は人のこと、全体のことを考えている人もいる。

目に見えない鎖が今の日本を縛っているだけ。

世の中をぐるっと見てきて、程度の差こそあれ多くの人が縛っているし、縛られている。

今の日本は正直暗い。

電車の中の空気が重い。

街行く人の表情が不自然だ。

大勢がそうだからそれが「普通だ」とみんな思っている。

この因果が断ち切れたとき、日本は復活すると思います。

p.s.

「モラル・ハラスメントの心理構造」(著:加藤諦三)

何度かご紹介させていただいています。

巧妙に隠されたモラル・ハラスメントを理論的にとても分かりやすく書いてある素晴らしい本だと思います。

by You

在庫整理。

親愛なるあなたへ

どんなに状況が悪くなってもどんなにピンチになっても、そしてどんなに辛くても諦めないのは、不思議と「希望」が湧いてくるからなのだと思います。

希望って地下水脈みたいなもので、腹を決め掘って掘ってちょっと出てくると、その湧いてきた希望を「希望に」掘るとさらに希望が出てくるという不思議な性質があるらしい。

神様は全員分大量発注かけてるのに、みんな掘らないから一度希望にあたるとものすごい勢いで噴き出してきてしまいます。

by You

「距離感の最大値を求めなさい」

親愛なるあなたへ

この辺りが塾の先生っぽくなってしまうのですけど、人の距離感は「人による」。

距離感をグッと縮めた方が力を発揮できる人もいるし、ある程度の距離感の方が力を発揮できる人もいるし、少し遠ざかってた方が力を発揮できる人もいる。

友達がいらない人もいる。

恋人がいらない人もいる。

でも逆に大勢と一緒にいたい人もいる。

その場ではすごくつながってるけど離れたらほぼ無関心の方がラクな人もいる。

人と人は心から通じ合った方がいいんだ、というのが「正しい答え」なのかもしれませんけれども、一番ラクで楽しいのは仕事でも恋愛でも友達関係でも「自分に合った距離感」を見つけてそれを保てる人なのだと思います。

by You

2017-03-26 第2387号〜第2396号(3/25の続き)

雰囲気のシャワー。

親愛なるあなたへ

私が今いるコンビニは駅の改札前にあって、店舗は広くないのですがお客さんが一日に1700人くらいいらっしゃいます。

朝の忙しときに殺気立つお客さんの列をなだめる方法があって、私は「雰囲気を作るワザ」を使っています。

プレゼンテーションが好きで評価されたことや、セールスプロモーションでの突出した可能性を指摘されたことがあったのも、もしかしたらこのやり方を自然にしていたからかもしれません。

雰囲気を作るには、「自分の望む気持ち」がシャワーのように上から降り注いでいるのをイメージすること。

「陽炎」というのがありますね。

空気がゆらゆら揺れている。

あれを穏やかにした感じのが上からみんなのところに降り注いでいる。

するとその場の雰囲気が作れるようになっているみたいです。

by You

マスクの効用。

親愛なるあなたへ

「人間のオーラは全身から出る」とか「目に真実がある」とか「チャクラの存在は全部で7つ」と色々あるようですが、経験上、口と鼻の周辺からも「気」が結構出ているみたいです。

「気」を消したいときはマスクをする。

理論的には「視覚的に表情や個性を特定しにくいから」なのですが、怪しい面から考えるとどうも「気」も抑えられるみたいです。

芸能界の人がお忍びでマスクをする理由が何となく分かる気がします。

by You

情熱の本質。

親愛なるあなたへ

「情熱を持って」と言うと、成功者は人のために、世間のために、苦労をして、ものすごい努力をして、究極のサービス精神で、というイメージかもしれませんが本当はそんな辛いことではないのですよ。

情熱の本質は「楽しいからついつい余分にしてあげたくなっちゃう」。

こんな余分にサービスしてくれるならみんなは当然応援してしまうでしょう。

結果としてどうしても成功してしまいますね。

でも本人はただ「ついやってしまった」が本当のところです。

by You

2017-03-25 第2387号〜第2396号(3/26、3/27へ続く)

お金のバリア。

親愛なるあなたへ

私はお金を全く失ってみて、それこそゼロにしてみて、お金には「物理的な価値以上の力」が働いていると感じるようになったのですね。

目に見えないのですけれども、不思議とそういうものがある。

もともと「あるだけ使う」タイプですからケチとはほど遠い存在なのですけれども、それでも全くゼロにしてみて「多少のケチ」は大切なのだなぁと思いました。

ちゃんと貯金する。

お金には、「お金のバリア」というのが存在するんですね。

貯金をすると、その貯金の中でしか困ったことが起こらない。

ところがお金がなくなるとバリアが働かずに困ったことがたくさん起きる。

「緩衝材」のようなものです。

だから、全くお金がないなら毎月ちょっとずつでもいいから貯める。

1万円でも、それがダメなら5000円でも1000円でもいいから貯める。

これでは大きな出費が来たときにとても対応できない、という貯金でも、少しずつバリアを厚くしていると不思議とそれに見合ったことしか外から来ない。

「貯金、貯金」では何のための貯金か分からなくなるときもあると思いますが、お金を貯めておくと目に見えないエネルギーシールドに守られるようになっているみたいです。

SFみたいでしょう?

by You

何者かを知る。

親愛なるあなたへ

私は、人生は「自分が何者なのかを知る」ということだと思うのですね。

多くの人は「自分ではない他の誰か」になろうとして苦しんでいるところが多いと思うのです。

デパートに買い物に来て本当は心から欲しいお目当てのものがあったのに、あまりに多くの商品があるととそっちに目移りしてしまう。

高価なものやオシャレなもの、どれもが「華やか」なんだけどイマイチしっくりとこない。

買い物が楽しくない。

「あれ、私何買いに来たんだっけ?」ということになってしまいます。

笑われるかもしれませんが、99%以上の人はそういう状態だと思うのですね。

自分では本当はやりたいことがあるのに、常識やら世間体やら周りへの配慮やら、あまりに多くの「正しいもの」に囲まれてると何買いに来たのか分からなくなってしまう。

あっちの世界から出てくるときに、人間には必ず「お目当てのもの」があるのです。

何でもいいから少しずつ楽しいことをしてみましょう。

ちょっとずつ、ちょっとずつ。

by You

遊びをすすめる理由。

親愛なるあなたへ

勉強と遊びなら、勉強なんかほっといて遊んだ方がいい時期というのが必ずあるものです。

一応先生ですから塾では大人しいのですけれども、「匿名のブログ」という強気の媒体では人間根拠のない元気が出るものです。

私は小さい頃テレビゲームが本当に好きで、おそらく制限されていた部分の反動もあったと思うのですが、「攻略本」を隅々まで読み込みどこに何が書いてあるか全て把握してしまったことがあります。

敵のデータなど、細かい数字まで覚え込んでしまった。

みなさんもきっと何かしら経験があると思うのですが、本気で遊ぶと人間はとんでもないことができるわけです。

周りの大人は「これが勉強に向いてくれれば」と言うのですが、私はいつまでたっても社会に反抗する新入社員ですから、もうすぐ30代後半戦に突入目前でも「遊べ遊べ」と連呼した結果うっかり親御さんの前で本性が出ないよう調整するのが最近の課題なのですけれども・・・。

塾では化学を教えていて、教科書や参考書を使うのですが、これがいつまで眺めていても飽きません。

高校時代勉強が大嫌いだった自分でもビックリするのですが、「攻略本」を読んでいる感覚に近いのですね。

どこに何が書いてあるか分かる。

すぐにそのページを出せる。

すごい努力したのかというと、長い時間取り組んでいますが全然疲れません。

多くの大人は「その遊びがなんの役に立つんだ」と言います。

たとえば、テレビゲームが好きでゲームの企画を考えたりプログラマーになったりする人はごく一部かもしれません。

私が遊びをすすめる理由は、「好きで没頭するとはこういう感覚なんだ」と知ってもらうためです。

仕事でも何でも、好きで没頭すればその人は幸せだし世間も評価してくれるから出世もするしと、人生何でもマルなわけですね。

by You

2017-03-17 第2384号〜第2386号

ビジネスとは事前投資である。

親愛なるあなたへ

私たちはビジネスと労働をほぼ同義語で使っていますが、本当のビジネスは「お金の入ってくる道をつくること」。

労働は自分が体を動かさなければお金が入ってきません。

ビジネスは自分が動かなくてもシステムが動いてくれる。

楽してお金を得るのではなく、「道をつくる」。

もちろん道を作った後はある程度楽かもしれません。

例えば本を書く人は本を書いてるときは全然お金が入ってこないけど、本が出来上がったら寝てる間に印税が入ってくる。

アプリを開発した人は開発してるときは全然お金が入ってこないけど、システムが完成したら寝てる間にお金が入ってくる。

マンションのオーナーは建物を持つときは全然お金が入ってこないけど、人が住み出したら寝てる間にお金が入ってくる。

お金持ちは楽してお金を稼いでいると言いますけれども、当たるかどうかも分からないのに、全てを賭けて事前投資できる勇気のある人が本当のビジネス向き、ということですね。

by You

場所と時間帯。

親愛なるあなたへ

地域性とは面白いもので、よく「この地域はどうだから」と言うのですが「ずっとそう」なのではありません。

地域性はその場所の人間が出している波動の集大成ですから、その波動が変われば地域性が変わるわけです。

あるベッドタウン

朝は、みんな仕事に出かけるから「バタバタイライラした」波動。

お昼、町に残ってる人はのんびりしてるから「穏やかな」波動。

夜は、みんな疲れとストレスと愚痴で帰ってくるから「どんより」波動。

そこに住んでるほとんどの人は朝出てって夜帰ってくるのですから「この辺り治安悪くて」と言うのですけれども、その軍団がスッカラカンに抜けた天気のいい日に来た人は「最高じゃないですか」。

もちろん「残り香」があるので全部とは言い切れないのですが・・・。

茨城の実家に始まり、両親が出身の石川と富山北海道千葉福岡発で宮崎以外の九州全県、そして現在の大阪では3回引っ越したりと、色々「在籍」してみてそういうのを感じます。

いい季節帯・時間帯に行ってあとは逃げてくれば「褒める人格者」になれそうです。

by You

接客のバリエーション。

親愛なるあなたへ

「いい接客とは」「おもてなしの心とは」と大そうな哲学を考え、偉そうにも過去に言いたい放題やりましたけど、ホテルにファミリーレストラン、隠れ家高級店にコンビニエンスストアと、種々見てきた結果、それぞれに合った接客があるようでした。

ホテルのマナーが最高のように思いますが、他のところでは固いと言われ、丁寧さが遅さと取られてお客さんにとっても「迷惑」になってしまう。

極端な話、たとえばコンビニでお客さんが求めているのはスピードです。

だから半分スピードを買うためにお店を利用する。

もちろん時間があるときにちょっとした会話をするのはいいのですが、見ず知らずの人にこの雰囲気で急に話しかけられても、ということがあります。

だから変な話、コンビニではある程度「よそよそしい」のがマナーだったりするという。

地域性にもよる。

お客さんのタイプにもよる。

結局はスマートだろうが雑だろうが、相手の求めているものを出すのが最高のサービス、ということですね。

この辺りまでは「そりゃそうだ」と思うかもしれませんが、変わった筆者はさらに一歩突っ込んで。

どんな接客も「相手の目を見なさい」と言います。

ところが相手の目を見ない方がいい人もいる。

「笑顔がいい」と言いますが、笑顔でなくて淡々としてる人もいる。

でもそのどちらもがお客さんに喜ばれてる場合がある。

もっと言うと「喜ぶ」のは気持ちが高ぶるからただ「爽やか」ならいい。

まあ爽やかさや喜ばれることを嫌う人もいるのですが・・・

人と人ですから、性別や年齢、地域性に相性と、要素は様々なのですけれども「これが最高の接客」というのがどうも存在しないような気がしてきました。

要は、なんでもいいからそのお客さんの「普通」に合わせ「ときどきそれをちょっと超える」のがその人にとっての最高のサービスなのでしょう。

p.s.

でも、お客さんが全てではないから「何か違う」と思えば自分に合うところを探せばいいわけです。

by You

2017-03-14 第2362号〜第2383号(3/5、3/6、3/9、3/12、3/13の続き)

1%の質の差。

親愛なるあなたへ

なぜ自分の好きなことをするのが大切なのかと言いますと、好きなことをしないとどうしても「質」が落ちてしまいます。

休日返上、残業残業でみんなすごい努力をしていますが、「質」はならすとみな平均的。

努力はすごいのに質は平均的、とは不公平に聞こえるかもしれません。

ところが「質」の方程式は「努力=質」ではないのです。

質の方程式は「努力×情熱=質」。

本当に情熱を持ってやるとその1%上を行く。

情熱がプラス1なら、みな100努力しているとすると「100×1=100」と「100×2=200」で全く違う「質」になる、という計算結果が出てしまうことになります。

by You

コズミックダイヤグラム。

親愛なるあなたへ

好きなこと、楽しいことの話が続いてますから、今回はその「タイミング」について。

どんなに好きなことや楽しいことでもタイミングがあります。

だからタイミングがその時ではないなら、好きなことや楽しいことでも「やる気が起きないように」なっている。

何故ならそのときでは上手くいくものも上手くいかなくなるから。

経験上「何でだろう」と思ったこともありましたけれど、全てが納得いって「ああ、なるほどな」と必ず腑に落ちるわけです。

神様は完璧なのですから、そのタイミングを100%信用して間違いないわけですね。

by You

千手観音様。

親愛なるあなたへ

この世には色んなパターンがあって、本当に多くの道があるのですから一つダメだったからといって落ち込む必要はないのですよ。

度々で申し訳ないのですが分かりやすく筆者の例でお話してみましょう。

例えば「化学が好き」。

普通に考えたら、化学が好きなんだから研究分野に進むか、そうでなくても開発とかあるいはそれに関する営業とか、何かそういう道に進むはずだ。

一番分かりやすいのは研究ですね。

だって「化学が好きなんでしょ?」

ところが私は大学・大学院と3年間化学合成の実験をやって(やってたのか?)これほど自分に向かない分野はないと思ったのですね。

じゃあ、開発部門か、と製薬会社の臨床開発という仕事をしてみましたけれどこれも違う。

「勉強してみたら」というのですが、大学ほど難しい理論は勉強したくない。

「本当に化学が好きなの?」ということで悩んでしまいます。

ところが、そこまで難しいことは分からないけど、高校くらいの知識だったら勉強すると面白い。

大学でやった知識も役立ち「ああ、そういうことなのか」と納得いく。

そして何故か教えることが好きだったらしい。

すると生徒さんにも喜ばれることがあります。

大学時代の「実体験」もあるから面白おかしく話すこともできる。

でももっと言うと、誰に評価されなくても高校化学の教科書や図表を見ているのが好き。

当時勉強はしなかったけど、受験の中で唯一記憶に残っていることかもしれません。

「高校時代の化学図録」を最初の会社を辞めた直後まで持っていたくらいですから。

化学が好き」でもこれだけ色んなことが。

いや、実際はもっともっと道は広がっていると思います。

千手観音菩薩様、という神さまがいます。

一つの問題に千の手がある。

一つ一つに必ず無数の可能性があるのだから色々やってみればいいのです。

まずは「楽しい」という心の声を是非大切にしてくださいね。

by You

感情を決定すること。

親愛なるあなたへ

「ワクワクすることをやると成功するよ」というのですが、多くの人は「何がワクワクするのか」ということすら社会の荒波で分からなくなってしまうものです。

ワクワクしても、それをやってみてちょっと抵抗があったり嫌なことがあったりすると「これではないのかな」と思ってしまう。

時には疲れることもあるかもしれません。

でも本当はそれが好き。

だから色々やってみて比べてみるしかないのですね。

個人的な例だと分かりやすくなるでしょうか。

たとえば私は今高校化学を教えているのですが、私は化学が「本当に好き」。

でもやってみると、15年以上前の知識でスッカラカンだし、当時は勉強も嫌いでしたから理論なんかさっぱり分からない。

だから勉強すると悩むし頭が痛くなるときもあります。

そもそもこの記事で学歴社会を切りにかかっている張本人。

ところが、小学生のときから化学式や反応の図を見るのが好きだったから、それを見てるとワクワクする。

これは果たして「化学を好きなのだろうか?」

そういう風に悩みます。

ところで数学も教えているのですが、数学は勉強してみると同じく頭が痛くなるのですが、これは「ワクワクしない」。

一方、化学は理論は悩むけど、一度理解できれば大学時代の経験もあって何故か楽しくなる。

問題もガンガン解く元気が湧いてくる。

数学はガンガン解く元気が湧いてこない。

ああ、だから「好きなんだな」。

15社経験し、事業も含め色々してきましたけど、とにかく好きかどうか、という感性に頼ってきました。

これだけ仕事を変えたのは「全部好きにはなれなかった」ということですね(笑)

もちろん楽しむ努力は必要なんですよ。

逆に「楽しもう」とするから、そこで「好きなつもり」との狭間で悩む時期もある。

もうとにかく色んなことを試してみましょう。

好きなことをすればいいんだな、ということなのですが、「何がワクワクするのか」という感情を決める地道な作業を続けていく覚悟も必要なのですね。

ただ、道しるべがあって、全身鏡を部屋に置いてその前に自分を映したとき、黒目が大きくなって目がキラキラしているかがヒントになると思います。

小さい鏡だとオーラが分かりにくいので、「全身鏡」がいいと思います。

by You

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