Hatena::ブログ(Diary)

Love Yourself

2018-08-06 第2893号

小学生と会話する。

親愛なるあなたへ

幼稚園とか小学生のとき、人は実に純粋なもので何でも素直に表現する。

「子供は正直だ」というのは「自分自身」にも当てはまるもので、小学校の、たとえば卒業アルバムに書いたことは「本当の自分の姿」に近い。

なるべく小さいときのがいいと思います。

大きくなると周りの大人の意見が反映されてしまう。

中でも、「もしもこうだったら」なんていう非現実的な希望の中に本当の自分が隠されていることが多い。

こういうものは非現実的だから、たとえものすごい厳しく育てられたとしても親に咎められる可能性が少ない。

「もし魔法が使えたら何をする?」「もし100万円手に入れたら何をする?」「もしも学校がなかったら何をする?」

卒業アルバムや卒業文集を見返してみては。

きっと光が見つかることでしょう。

by You

2018-08-05 第2867号〜第2892号(7/28、8/3、8/4の続き)

あきらめない基準。

親愛なるあなたへ

物事を成すには最後まであきらめないことだ」というので「ああ、そうか」と思います。

頭では分かっているけれども、それでも現実には難しいですよね。

「あきらめない」

その基準が分かればもしかしたら元気が出るかも、ということで。

筆者は記事を書き始めた8年前に人生変えて、そこから年収200万円台を続けながら15社以上転職し、本当にもう色んなことがあり過ぎて絶体絶命も何度もあったのですけど、それでも全然あきらめてないんですよ。

ここまで来るとですね、成功というか、経済的自由というか、そういうのは時間の問題だなと不思議に思えるようになるのですね。

この苦労の仕方は成功者の道だな・・・と。

苦労に種類があって、成功者の苦労ってのがある。

あきらめないのに気合いがいるのは最初だけ。

そこからだんだんだんだん「時間の問題だ」と思えるようになってきます。

みなさんも是非あきらめないでくださいね。

by You

人間関係の優先順位。

親愛なるあなたへ

人間の性質として「類は友を呼ぶ」という言葉は真実でして、同じようなグループを作りたがる傾向にある、と。

そして、その作ったグループの中で意識を共有して、その信念を強め合う、と。

だから自分が好む、好まざるによらず、この宇宙の法則の中で動いていると。

「大人の好き嫌い」に関してずっと推奨しているのですが、自分で好き嫌いを判断しないとどんなに自分の意志が強くても宇宙には勝てないものですから。

人間関係の優先順位として、波長の合う友達がいるなら一番よいが、そうではないなら次の優先順位は友達が一人もいないことである、ということです。

by You

脇役として。

親愛なるあなたへ

自分の中の「楽しさ」と相談して、それが少しでもあれば続けるとよいかと思います。

上手くいかなくても楽しいなら続けてみる。

途中でめんどくさくなっても、これだというものをポッと感ずるなら続けてみる。

もちろん風向きがおかしいなら引いてもいい。

攻め際と引き際を見るのは大切なこと。

例えば自分がどんなに楽しくても世間に受け入れられないのなら、それでは上手くいかない。

そしたら、その続きは脇役としておいといて、別のをメインにしてみる。

攻めるか引くか、という中で、グレーゾーンとして「脇役としておいておく」という選択肢がある。

もしかしたらそれが「名脇役」として外せない存在になるかもしれない。

そうすると続けられるんじゃないかなぁと思うんですね。

by You

なかなか死ねない。

親愛なるあなたへ

人間というのは実にしぶとい生き物で、なかなか死ねないのですよ。

みんなああなったらどうしようとかこうなったらどうしようとか、いろんな思いはあると思うんですけれども、やってみれば分かりますけどなかなか死ねない。

本能が「死ぬわけにはいかない」とささやくのでしょうね。

だから何としてでも乗り越えようとする。

自殺についても、私もお気持ちはよくわかるのですが、それでもやっぱりすぐ実行に移さない。

そういう死ぬことに意識を向けることで疲れてしまうのなら、いっそのこと死んでしまえ!の勢いでやってみた方が色々悟れると思うのですよ。

苦しい中でもね。

行動するエネルギーが出ないこともあると思うのです。

ただ、これも経験上、「荒療治」というのがあって不思議に治ってしまうという。

すご腕経営者稲盛和夫さんも同様のことを本で書かれています。

言葉の不思議ですが、どうせ死なないのなら死ぬ気でやってみた方が楽になると、それが一つの真実のような気がするんですね。

by You

肉眼と心眼。

親愛なるあなたへ

どちらの眼で見るか、という話なのですが、まずは我々、俗世の人間ですから肉眼で物を見るのがよいかと思うんです。

精神性を高めたい、より徳を積みたいと心眼から始めるのもよいかもしれませんけれども、なかなか難しい部分もある。

肉眼で見る前に心眼では難しい。

釈迦さまも、皇太子として豊かな生活をしていた中、門で人が死んでいるのを見て死への恐怖から悟りを開くために山にこもった。

どんな豊かな人間でも最後は死ぬということを知った。

豊かな生活や人間の死を「肉眼で見て」そのギャップからそういう悩みを抱えていたわけですね。

釈迦様は大天才ですから、それに遥か及ばない我々なのですから、いきなり心眼は難しいと、これは誰もが認めるところではないでしょうか。

まず肉眼から入る。

ただ肉眼だけでは具合悪いから心眼までもっていくという、順序を踏んだ方がよさそうなのです。

by You

田舎に帰ること。

親愛なるあなたへ

都会に出ることを書きましたが、今度はずっと都会にいると見えなくなるものがある。

だから私もときどき自然に触れにいくのですが、結局どちらに偏ってもいけないのですね。

簡単に言うと、都市部では肉眼を鍛える。自然では心眼を鍛える。

都市部で暮らしているとよく分かるのですが、気をつけていないとすごく視野が狭くなる。

田舎にいるときは「肉眼の視野」が狭くなるのですが、都会だけだと「心の眼」が閉じてくる。

両方のバランスを取りながら進んでいくのが最善である。

その鍛え方によって都市部でも心眼が使え、田舎でも肉眼が使えれば、それこそ知恵の泉の中にいるようなものです。

by You

都市に出ること。

親愛なるあなたへ

やっぱり、都会に出ることだと思います。

私も田舎出身の人間ですから田舎にいるとその価値観が全てになる。

外の価値観を見ないようになる。

田舎や地方でも上手くいってる人は、何かしら都会とコンタクトをとるという道があるようです。

自分から都会に出ていくか、都会に知人がいてコンタクトをとるか。

ともかくも何か事を成そうと思うなら、一度都会に出てみることです。

いきなり東京!とかでなくてもかまいませんから、自分が行けるところから、それこそ地元の大きなデパートに行ってみたり。

そういう「外からの風」に当たるとアイディアはひらめくもんじゃないかと思うんです。

by You

捨てにかかるといい。

親愛なるあなたへ

行動を起こすとき人が二の足を踏む理由の一つが「効率を考えること」にありますね。

余計な苦労はしたくない、と。

失敗を恐れるのも一つですが、「そんなことやって何になる」「もう歳だし」というのは、自分の時間をそんな辛いことに使いたくない、今より生活がよくなる、もっと自分らしい人生を歩めるのなら、もっと簡単に、もっと効率よく叶えたい。

でも効率を考えていたのではなかなか難しい。

捨てにかかると上手くいきますね。

by You

2018-08-04 第2867号〜第2892号(7/28、8/3の続き)

子供への見栄。

親愛なるあなたへ

子育てについて。

子育ては偉いことではありません。

筆者は経験者ではないのでその大変さを語ることはできません。

でも偉いことではない。

子育ては、子供に対して見栄を張らない訓練。

自分より弱い人間に対して見栄を張らない訓練。

子供に嫉妬する親の話を書きました。

子供さんに対する愛情は間違いないと思います。

でも、子供に対して見栄を張る自分に気づかないことが多い。

嫉妬している自分に気づかないことが多い。

気づかない理由は「自分がこんなに大変な子育てをしている」という自負があるから。

「育ててあげているんだ」という見栄があるから。

それが分かると、「ああ」とパッと心眼が開けると思うんです。

by You

指摘されることについて。

親愛なるあなたへ

「先生にとって怖い生徒とかいないんですか?」

「例えば?」

「何か指摘されたりとかあるじゃないですか」

「別に怖くないけど・・・」

「なんで?」

「隠さないからじゃない?」

先日教室の中でこんな会話がありました。

個人的にはそういうことに関して恐怖は感じないのですね。(もちろんヤバそうな感じで怖いというのはありますけれども・・・)

自分の知ってることは教えるけど、知らないことは知らないと言う。

常識とは違う、自分が本当に思っていることを話す。

指摘されれば謝る。

先生や大人でも「あの子は何考えてるのか分からなくて怖い」「こちらのことを見透かされている感じで怖い」という人がいるのです。

それは、正直ではないからのように思います。

子供たちに対して正直でない。

自分に対して正直でない。

間違ったら間違ったで謝ればいいし、知らないことは知らないと教えてもらえばいい。

私も世間に対しては、大人に対しては見栄を張ります。

それは世間にはいろんな力学が働いているから。

でも、子供たちは本当に純粋な存在ですから謝るときちんと許してくれます。

知らないことはちゃんと教えてくれます。

それなのに我々は見栄を張る

先生というのは偉い職業ではなく、生徒さんに対する見栄を克服する訓練生なのだと、そう思うんです。

by You

新しい自分と本当の自分。

親愛なるあなたへ

本当の自分を見つけるには、一度今までの自分とお別れすることも必要なんですね。

今の自分のほとんどは「周りの人が望んだ姿」であることが多い。

例えば、「あなたは人の話をよく聞いてくれるから」と言われてきても、本当は自分の意見を言いたかったのかもしれない。

「大人しくて陰で支えるタイプ」と言われてきても、本当は自らグイグイ引っ張っていくのが好きなのかもしれない。

反対に、「人前で華やかに振る舞う人」と言われてきても、本当は対人関係や外界より少し離れて一人こもって何かに熱中するのが好きなのかもしれない。

本当の自分って、意外なほど違っていたりすることもあります。

幸せというのは本当の自分でいられるということ。

そのためには、新しく見つけてしまった自分を受け入れる試練がいる。

そういう勇気がいるんですよ。

by You

芸術の時代なんです。

親愛なるあなたへ

今は芸術の時代。

自分なりの芸術を持つ時代。

その芸術性と創造力を発揮する仕事をすれば人生が成功する。

心からの充実感を得られる。

芸術と言うと絵とか彫刻を思い浮かべるけれども、もっともっと広い。

営業の芸術家もいる。

プログラム芸術家もいる。

料理の芸術家もいる。

講師の芸術家もいる。

運転芸術家もいる。

色んな芸術を自分から見つける時代。

自らの情熱と芸術性を重ねあわせる時代。

自分の芸術とかけ離れたことは辛いですね。

だから色んなことして自分の芸術を見つけるんです。

色々やらないと本当に分からないから。

by You

2018-08-03 第2867号〜第2892号(7/28の続き)

自由人。

親愛なるあなたへ

私はとにかく自由愛する人間なので、それはもう何でもありなのです。

夢を追うことを正義とするような記事が多いですが、追わない人生も大変結構。

あらゆる人生があって、それで人は魂の故郷に帰ってゆくのでしょう。

自由

我々は自由です。

私達が普段思っているよりもずっと自由です。

人は育ってきた環境の違いで驚くほど自由についての認識に「幅」があります。

自由になってはいけないという目に見えない罪悪感に苦しんだ方もいるでしょうし、経済的に苦労した方もおられるでしょう。

しかし人間は自由な存在です。

それを否定する人間がいるとすれば、それはあなたから自由を奪う強盗である。

友達だろうが家族だろうが、それがどんなに近しいものであれ関係がありません。

自由の認識は人によっと驚くほど違う。

あらゆる幅がある。

ただ一点。

我々は、自由です。

今日も空を見てみてください。

自由な太陽が輝き、自由な雲が行き交い、自由な雷鳴と雨が優しく大地を包み込んでいることでしょう。

by You

積極的な選択。

親愛なるあなたへ

惰性で毎日が過ぎるのはその生活が「正しい」と思っているからでしょう。

でも、その生活が間違っていたとしたらどうでしょう?

もし間違っていて、その生活を送ったら後悔して死んでしまうとしたら。

周りの圧力で「これが正しい」と思って生活しているけれども、それがもし間違っていたらどうしますか?

死ぬ間際に「間違ってた」と悟っても、誰も助けてくれない。

自分がその間違った選択を後悔して死んでいく。

積極的な選択ではなく、消極的選択だからです。

それとは反対に、世間とは真逆だけど、「それ間違ってるよ」と言われても、自らの積極的な選択で新しい世界に飛び出していくとしたら。

死ぬ間際に積極的な選択をしてよかった、と思って死んでいくでしょう。

人が死ぬ間際にする後悔は、どういう選択をしてきたかということではありません。

実は誰のせいにもできないことを悟る瞬間なのです。

だから積極的な選択をすればどのような選択でも後悔することはないんですね。

by You

作品への愛情。

親愛なるあなたへ

仕事って真剣にやると愛情がわくと思うのです。

一番いいのは自分の好きな仕事を真剣にやること。

すると、愛情が作品に入るのが分かる。

商品に入るのが分かる。

理屈じゃないのですけど、情熱と愛情が入ってるのが自分でも分かる。

逆に入っていないのも分かる。

見た目はいいけど愛情を感じない。

情熱を感じない。

自分でやって「ああ、これはあまりよろしくないな」とピンと分かる。

すると、お客さんやそれを使う人、見る人、利用する人みんなが感じる。

愛情が入っている作品・商品は不思議と上手くいくんです。

by You

分かち合うために生まれてきました。

親愛なるあなたへ

私は夢を追うことを暑苦しいくらいに訴えています。

好きなことをしよう、楽しいことをしよう。

分からないなら覚悟を決めて見つかるまで探し続けよう。

自分が好きで、思ってもみなかった才能との接点が必ずある。

誰にでも必ずある。

本当に不思議なのだけれどもうこれは絶対に。

私たちは、自分の持っている才能を世間と分かち合うために生まれてきた。

だから夢を追うと神様が「マル」のご褒美をくださるんです。

by You

ボランティア的経営。

親愛なるあなたへ

昨日、路上パフォーマンスをしていた芸人さんに指名され、手相を見られつつ手品の助手を務めたのですが、そのときに「経営者に向いていますね」というご指摘をいただきました。(手品すごかったです)

自分ながらになんとなく感じていたのも含め、これまでも社長さんに経営者のセンスを認められたことなどから、より確信できたことがあります。

それが、ボランティア経営というのはよろしくない、ということ。

「世のために人のために」は素晴らしいのですが、どうしても「お金をたくさん儲けることがいけないことである」と思っている自営業の方も多いように思います。

私の身近にもいるので自分の中との相違がより浮き彫りになったのでしょう。

社会貢献第一に考え自社の利益よりも社会の利益を優先させる人がいる。

自社の利益を喜ばず「必要悪」とみなしている人がいる。

これは、行き過ぎてしまうと自社が「負債」という形で倒産してしまう可能性があります。

もっと利益を出せばその分お金回りもよくなり税金もたくさん払えるから社会への還元率も高いのに、それを否定する結果にもなってしまいます。

ここまで来ると果たして社会貢献とは言えるのでしょうか。

自分の中の小さな道徳観で逆に社会に負担をかけてはいまいか。

生き方や心の問題についてはみんなよく話し合う。

でも、経済、お金についてはそれよりもさらに真剣に考える必要性があると思うんです。

by You

恋と革命を。

親愛なるあなたへ

96歳にしていまだ現役として活躍しつづける作家、瀬戸内寂聴さん。

すごいなーと思います。

年齢を全く感じさせないそのパワフルさに感服してしまいます。

https://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/hobby_cooking_life/p583d012def301d244147529f335a9414

我々も負けていられませんね。

その瀬戸内さんの法話の中で「若いうちは情熱がいっぱい。若いうちにやることは恋と革命です」という言葉に感動してしまいました。

本当にそうだなーと。

失恋でも本気の恋愛をした人が革命を起こす。

失敗しても革命を起こそうとする人は本当の恋愛をする。

不思議だけどこんなにスーッと入ってくる関係性があるんですね。

p.s.

瀬戸内さんから出てくる言葉は経験した人間から出てくる生の言葉なんだなと思います。

by You

2018-07-28 第2867号〜第2892号(8/3、8/4、8/5へ続く)

保険料について。

親愛なるあなたへ

健康保険料

毎月「引かれてるな〜」とガッカリするかもしれませんけれども、健康保険料払って健康でいられるのなら、自分が使わず他の人へ恵むという行為につながるからそれだけでものすごい徳だと思うのです。

私も独立して自分で払うようになってからの納税意識なので大きなことは言えませんけれども・・・。

反対に使ったら感謝すればいい。

トクした、でもいいから感謝すればいい。

すると病気も治りがきっとはやくなることでしょう。

by You

ただの運か?

親愛なるあなたへ

ただの運って私はないと思っています。

そこには必ず行動が伴う。

何にもないなら「運がいい」と口に出すのも一つの行動。

ともかくも全ての力を傾けて色んなことを行動することが運を呼ぶ。

運の多くは「分析」に近いところがあると思います。

分析の究極の形が運ではないかと。

例えば魚について研究し尽くし、的確な時期に的確な場所に網を投げて大漁を持ちかえるプロの漁師をただ「運がいい」と言うだろうか。

もちろん、その年は海水温やプランクトンの影響でいつもより多く、またいい身のしまった魚がとれるかもしれません。

それこそが運でしょう。

でも、その前には魚のことを研究し、漁に関するあらゆることを実践し、失敗を乗り越え、という行動がある。

運は動より生ず、「運動」とは本当にその通りだなと思います。

「運が良かったんです」という成功者を見て、「ああ運が良かったんだな」と思う内はまだまだなんですよ。

by You

直感と分析の相性。

親愛なるあなたへ

よく感性が上か理論が上か、という話がありますけれども、どちらも必要だと思うのです。

ただ、最終的な結論は直感、感性で決める、と。

しかしこれが行き過ぎて全てを直感で判断するのを良しとしている人もいます。

私も感性を鍛えている間はその過ちを冒してきましたが(それでも感性を鍛えるとてもいい勉強になりました)、やはり元来お得意の「分析」というのも非常に重要な部分だと改めて認識するのですね。

「分析後の直感」が怖ければ、「直感後の分析」をしてみてはいかがでしょう。

まずは自分の気持ちや気分を大切にする。

それを他の要因とからめて、何故自分がそう判断したのかを分析する。

多くの人は分析は分析で終わりにし、自分の気持ちは気持ちで終わりにしてしまう。

その分析に対して自分はどう感じるか、逆に自分がそう感じた理由は何故なのかという作業をやらない。

だから「分析してから直感で決定を下す」のが怖ければ「直感を大切にして分析する」と。

是非違う世界を体験してみてください。

p.s.

人間の脳は自分の考えを肯定しようとする生き物ですから、「自らの直感が間違っている」という前提のもとで分析するとそれを証明する情報を引っ張ってきてしまいます。

まずは「自分の直感は正しいんだ」という思い込みで構いません。

「そんなことしたら、それを肯定する情報だけを引っ張ってきて盲目で危険なのではないですか」という鋭いご意見もあると思いますが、まずは何故かそれで大丈夫です。

そのうち自分の直感の間違いを分析が「正しく」修正してくれるようになります。

by You

好きで得意だと思っていたこと。

親愛なるあなたへ

物事はなんでも、とにかくやってみるしかない。

予備校の先生をしていて質問がある生徒さんに私はまずペンを持たせます。

とにかく書いてみようと。

これって根性論なんじゃないか、と思うかもしれないけれども、講師はお医者さんと一緒で、できるだけ負担のないような道しるべを示してあげることはできる。

でも、それ以上も以下でもない。

私は学校の勉強など全く役に立たないし嫌ならしなくていいと思っている人間ですから、それが生徒さんにも伝わるのか、無理矢理ペン握らされているにも関わらず、素直にやってくれます。

世の中のすべてのものがそう。

とにかくやってみるしかない。

好きや得意だと思っていることでもやってみるしかない。

それでも違うということもある。

「見つけた!」と思ってもしばらくして「何か違う」ということもある。

そういう厳しい現実もある。

でも、「こうじゃないか」と思うことを全て実践していく覚悟があれば、思わぬところにそれはあるんです。

by You

逃げることを学ぶ。

親愛なるあなたへ

先進国の中でも日本が自殺者が突出して多いという事実が変わらない今日。

色んな組織や機関が懸命になって対策を進めていますがなかなか効果が現れないのも今日。

自殺が多い理由。

それは、日本が「逃がさない国」だからです。

島国で村社会という歴史もあるかもしれませんが、とにかく「逃がさない」。

強引に捕まえるのではなく、相手の中に逃げることに対する罪悪感を起こさせて、自ら足を止めるようにする。

それを愛情や正義と勘違いしている人が本当に多い国だと思います。

わたしたち日本人は自殺について話し合う前に、まず逃げる勉強をする。

逃げるのが卑怯で罪悪であるという意識を叩き潰す。

逃げるのが何故正しいのかというと、日本が抱え続けているこの問題を自分は次の世代にしなくなるから。

逃げるのを罪悪だと思い続けた人が同じことを次の世代に無意識にしてしまう。

だから逃げるというこの難しい概念を学ばなければならないのです。

by You

マーケティングの極意。

親愛なるあなたへ

私はマーケティングの理論を学んだこともなく、仕事で専門にしたこともないのですけれども、なんとなく分かったことを書いてみたいと思います。

いろんな難しい内容はあるのかもしれないけれど、マーケティングは本来は簡単なことなのではないか。

世間の声を聞く、ということですから。

ということは世間の声を聞けばいい。

日常生活で色んな人の会話を聞けばいい。

行動を、表情を、雰囲気を観察すればいい。

自分の興味があることであれば、少しの会話や行動から色んなことが読み取れると思います。

不思議ですけれども、今まで何ともなかった会話から、そこに焦点をあてて、自らの情熱を持って接すると実に色んな情報が得られるのです。

マーケティングは理論を学ばなくてもいい。

自分の一番好きなこと、情熱を捧げることを優先すれば、マーケティングの本質がもれなくついてきます。

by You

選択という勉強。

親愛なるあなたへ

人の心は不思議なもので、自分が嫌いな人にほど気を遣ってしまうでしょう?

特に組織で働いているとそれが当たり前になってしまう。

日本人の多くはサラリーマンだから、少なからずこういう経験があると思います。

本来はおかしいことです。

嫌いな人に気を遣う。

おかしいでしょう?

でも人はやってしまうのです。

何故か。

それは選択という勉強を我々がしなければならないからです。

社内の立場や生活や、色んなことが懸かっている中で勉強しなければならない。

望んでいるわけではないけれども、現在の教育でそのまま社会に放り込まれると自然と「待ち」の姿勢の人間が多数できてしまいます。

それを根本から解決するには時間がかかることでしょう。

それよりも、自から選択する勉強をする。

人間は本当に習慣の動物だから。

その悪習慣を断ち切る。

選択する勇気を学ぶ。

そうすれば必ず次の道が開けてきます。

by You

成功者の毎日。

親愛なるあなたへ

成功する人は遠くを見ています。

いつも遠くを見ています。

すると、過去や未来ばかりを見ている人は幸せではない、という意見がある。

でも、成功者は「現在」に生きています。

現在に生きて明るい未来を見る。

それが成功者の日常生活なんですね。

by You

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