Hatena::ブログ(Diary)

Love Yourself

2017-08-19 第2516号〜

天命と自己重要感。

親愛なるあなたへ

私は記事に色々書いてますけれども、本題はただ一つ「自分を好きになること」なのです。

自分を愛して、尊重する。

自分を好きになるとは「自分には価値がある」と思うこと。

「自己重要感がある」ということです。

勉強でも恋愛でも仕事でも他の何でも、あらゆる物事は何かしらの形で「認められたい」という心理のもとに成り立っています。

それは、自分にはその価値がある、と思いたいから。

人間には「天命」がある。

みなに天命がある。

楽しい天命がある。

今まで何かで自信を持ってても、それが崩れてしまったとしたら、神様が本当の天命を示してくれる合図なのかもしれません。

その天命に出会えさえすれば。

それを探し出すことができれば。

探さなければ出会いもないから、探す努力はもちろんいるのですけれども。

記事の書き始めにも「自信を持つコツはまず何かを好きになること」とお伝えしました。

天命に出会う。

その天命に従って、楽しみながらやる。

自らの天命に従い、楽しみながら実行することが自分を好きになれる究極の方法のように思います。

by You

取り組む時間。

親愛なるあなたへ

「情熱があれば上手くいく」とは、あくまで行動が伴っていないければ。

情熱があれば他の人が5時で終える仕事を8時までやっていられる。

10時で終えるところを、日をまたぐまでやっていられる。

情熱とは、本来そういうものであろうと思います。

情熱もなくただ時間をかけるだけでは劇的な成果は見込めないけれども、情熱を心だけにとどめ「普通にやる」のではこれもまた同じではないかと。

何事も心に湧き起こる熱意があればこそ。

けれどもそこに「怠け」が出てくれば成果は望めない。

情熱は、行動ありきで。

by You

終わりのない不思議。

親愛なるあなたへ

仕事というのは不思議なものです。

仕事には終わりがない。

どこまでも深く、どこまでも広い。

どのようにも考えられるし、どのようにもやり方が生まれてくる。

考え尽くされたかに思われる洋服のデザインが、今日なお行き詰まっていない。

本来、すべての仕事に当てはまることだと思うのです。

それも熱意があればこそ。

熱意から終わりのない不思議さを体験すれば、常に希望を持って進めるでしょう。

by You

2017-08-17 第2516号〜

健全な心。

親愛なるあなたへ

不思議に聞こえるかもしれませんが、健全な心というのは、「いつでも逃げ出す準備ができていること」だと思うのです。

鬱や自殺に追い込まれてしまう人は、組織や周りの大人、特に影響力のある親や育てた人から「逃げてはいけない」と無意識に教え込まれているのです。

逃げよう、逃げよう、でも一方でつながっておこう。

この微妙な心の機敏が安定した精神をもたらします。

いつでも逃げ出す、というと非常に弱々しい姿を想像しますけれども、実はこれが相手にも負担を与えず人間関係も良好になるという。

世の中で人が怖くなく、鬱にもならず、人間関係自殺もしない人は必ずみな無意識的にこれを実行しています。

心の距離感が分からなくなってしまうのは、切るか、入り込むか、の二者択一になってしまうから。

単純に、それは「いつでも逃げていい」という心の空間を誰も教えてくれなかった。

そういう空間があると今分かったのですから、もう大丈夫でしょう。

by You

理屈以上の正確さ。

親愛なるあなたへ

私は飛び出してからひたすら直感を大切にしてきた人間です。

「カン」というのは非科学的であいまいのように思われるけれども、そこには理屈以上の正確さが存在する。

たとえば、バトミントンの大会では、みなシャトルを見ていません。

塾で教えてるバド部の生徒さんにどうやって打つのか聞くと、「体が勝手に動きます」。

相手が左を向いてるけれど恐らくフェイントだから右下でキョリはどのくらいだな、などと計算している時間はありません。

一瞬にして、体全体にビリビリと伝わるカンで目にもとまらぬ次の瞬間「見ることができない」シャトルを見事打ち返す。

ものすごい正確なコンピュータを用いてこれを再現しろと言われても非常に難しい。

理屈、理論は素晴らしいものだけれども、それを遥かに超えた正確性と的確性が我々の中にひそんでいるのです。

世に出る「科学」と呼ばれるものは、故人の「カン」が原理化され体系化されて出来上がったものです。

つまり科学もカンも本来は一体のものであると。

直感の習得。

そのために修練を積む。

修練に修練を重ねて獲得するその直感こそ偉大なものだと、私はそう思うのです。

by You

分け入れば。

親愛なるあなたへ

分け入れば思わぬ道がある。

野や山を分け入ると思わぬ開けた道と絶景がある。

自分がそっちじゃないと思っても、もし何故か上手く流れるようなら一度好きになってみるのもよろしいのではないか。

もちろんいつでも方向転換してもいい。

そんな風に思う今日この頃なのです。

by You

童心に戻る。

親愛なるあなたへ

私は、一度我慢をやめてみるのはありなんじゃないかなぁと思います。

童心に戻る。

我慢をやめてわめいてみる。

すると自分の言いたいことも言えるようになるし、やりたいこともできるようになる。

嫌いな人とも付き合わなくなる。

何よりも「自分は何を好むのか」が分かるようになります。

多くの大人は自分が何を好んでいるのかを忘れてしまっているところがあるのだと思います。

童心に戻ってリミッターを切る。

それこそが「人生を変える原点」であると。

リミッターを切った生活をしていると自分を抑えられなくなるところがあるかもしれないけれども、それは何度か繰り返して学べばいいわけで恐れることはないのです。

「言えないから言わない」のと「言えるのに言わない」のでは全く違います。

前者は鬱憤がたまって人で解消しようとするけど、後者には愛情がある。

童心に戻ってわめいてみるのは、きっと幸せへの入り口だと思います。

by You

お手本を見る。

親愛なるあなたへ

世知辛い世の中、という表現は好きではないのですが、みんな色んなしがらみで疲れていることがあると思います。

すさんだ気持ちで「相手に優しく」「笑顔で」は難しいかもしれません。

「心のエネルギー」が足りないときに無理矢理周りに尽くしても何故か幸せになれないことも。

そういうとき、是非「素敵な関係」をお手本にしてみてください。

その関係を「目で見る」だけで心の豊かさが全く違うものになります。

近くにお手本がなければ、好きなドラマの中の関係でも、本でも映画でも、何でも構いません。

「この二人、素敵だな」「このグループ、素敵だな」

すると自分の波動が変わります。

その波動が後で返ってくる。

この妄想癖は普通の人は「現実逃避」と嫌うかもしれませんが、怪しい話を知ってる私としてはかなり使えると思うのです。

by You

2017-08-16 第2516号〜

私がスマホとパソコンを使う理由。

親愛なるあなたへ

世の中はどんどん便利になっています。

その便利なものを使う。

「あんなもの使ってたら人間の心をなくす」と言う人がいるかもしれません。

昔は正確なもの、時間をかけて作ったものが「真心がこもって」いました。

でも今はスピードの時代です。

その時代に「時間をかけて、正確に、真心をこめて」では通らないかもしれません。

パソコンを使いなさい、スマホを使いなさい、ということではありません。

全くの自由です。

ただどんなに自分の都合を並べても、相応の結果が出る、ということになるでしょう。

それを活用しない弊害が山ほどあっても、それは仕方がありません。

快適に生きる秘訣は、いつでも「その時代を受け入れる」ということだと思うのですね。

受け入れることができれば、きっとよくなるでしょう。

by You

計画を悟られない。

親愛なるあなたへ

題だけ見るとなんだか企業秘密的な、保身第一的な感じがしますが、もう一つそこに「思いやり」のようなものが見てとれるときがあるのです。

綿密な計画を立てたがゆえに逆に相手の人が「操作されている」と感じてしまうことがあります。

これは人の不思議な心理なのですが、ハチャメチャも嫌だけど、ある程度自由は欲しい。

自由に流れ流れで過ぎて満足した結果、実はそれが「計画されたもの」であって欲しい。

そこにきっとサービスの醍醐味があるのでしょう。

誰かにプレゼントするのも、社内コンパを開くときも、デートのときも、イベントを企画するときも、あるいはビジネスであっても。

綿密な計画を立てるけど、その気持ちを外に出さない。

完璧な戦略を常に心の水面下に置いておく。

すると上手くいくような気がします。

by You

おおむね60%。

親愛なるあなたへ

人間完全な見通しは立たないもの。

もちろんあやふや計画ではなく、練りに練った綿密さは極めるのですけれども、それでも100%というものはない。

自分は100%のつもりでもよくよく考えたら色んなリスクがある。

人間は神様ではないのだから、それはそれでよしとして残りは実行あるのみだと思うのですね。

おおむね60%。

おおむね60%見通しがついたらあとは勇気を持ってやるのみです。

私も自らの経験から「100%の計画を目指して行動しなかった過去」そして「1%にも満たない計画でも行動する生まれ変わり」、それらを通してやはり最後は「行動すること」に尽きると思うのです。

合言葉のように心で唱えるといいと思います。

見通しは60%、おおむね、60%で大丈夫です。

by You

病からの自立。

親愛なるあなたへ

先日読んだ本の中に面白いことが書いてありました。

私達は風邪をひいて病院に行くと抗生物質を処方されることがあると思います。

ところが、この抗生物質が効くのは細菌性の肺炎や気管支炎扁桃炎に対してなのだそうですね。

風邪には抗生物質が効かない。

なのにお医者さんは抗生物質を処方する。

どういうことかというと、風邪と見られる症状が「細菌性でない」と完全に言い切れないからなのだそうです。

もし抗生物質を処方せずに診断が間違っていた場合、患者さんに訴えらえる可能性がある。

でも、抗生物質を処方しておけば、たとえ風邪であったとしても副作用は腸内の善玉菌がダメージを受けて免疫力が落ちるくらい。

風邪が長引くことはあっても死ぬことはない。

だから保険のために「とりあえず出しとけばいいや」。

ということで、今の日本は世界の抗生物質の7割を消費しているとんでもない国になってしまったということです。

この話をすると多くの人は「ひどい医者がいるもんだ」と思うかもしれませんが、そうではありません。

お医者さんが保険をかけるのは訴える人がいるからですね。

訴えることがなければお医者さんもわざわざ風邪の症状を長引かせるような治療はしないでしょう。

どうも私たちはお医者さんに甘えているようなのです。

自分で病気になったにも関わらず「お前に任せた」「任せたのだから責任をとれ」。

筋は通っていますが、そういうのを「甘えてる」、とおそらく表現するのだと思います。

我々日本人が病気に対してもっと大人に、責任を持てる大人になれるなら世界の抗生物質の7割を消費、なんてことにはならないのでしょう。

by You

つきまとう。

親愛なるあなたへ

子供が親につきまとう。

どこまでもつきまとう。

うるさいほどにつきまとうけれども、それでもつきまとわれればやっぱりかわいい。

人間、時には相手に閉口されるくらいの執念があってもいいと思うのですね。

商売であれば閉口されるくらいお客さんに「具合はいかがですか」「何か不都合はありませんか」と聞く。

社内改革であれば周りから煙たがれるくらい同じことを繰り返す。

恋愛でも、これはひとくくりには言えませんけれども、何度でも想いを伝える。

相手は閉口するけれども、やっぱり「嬉しい」のもあると思うのです。

改革だって「メスを入れる」わけですから周りは必ず嫌な顔をしますけれども、「自分が思っても言えないこと、できないこと」を実行するのだから心のどこかで「爽快感」のような嬉しさがあると思うのです。

それだけの真剣さがある。

熱意がある。

たとえ閉口されても。

閉口されてもつきまとう執念を忘れないようにしたいものです。

by You

2017-07-30 第2516号〜

都会人と田舎っぺ。

親愛なるあなたへ

よく「田舎っぺはバカにされるから嫌だ」、と言いますが、田舎から出てきた人が田舎っぺなのではありません。

田舎から出てきても都会人はいるし、都会生まれの都会育ちでも田舎っぺは山ほどいます。

田舎っぺは「外の世界を知ろうとしない人」のこと、都会人は「知ろうとしている人」のことです。

by You

港湾の仕事。

親愛なるあなたへ

港は不思議なところですね。

世の中がどれだけ広いのか、というのを分からせてくれる。

港湾のお仕事はすごいものです。

何がすごいかと言うと、スケールがすごい。

ビルよりも大きいクレーンがビルよりも大きい船から積み荷を降ろしている。

実際に見てみると分かると思いますが、ちょっと怖くなるほどデカイのですよ。

私達が当たり前に使う石油や鉄が、海外から、深い海底から、遥か山の奥地からやってくる。

私は何一つ関わっていないのに、それが全てエネルギーに転換されてクーラーがつき、パソコンがつき、お風呂が沸く。

遥かに開けた海を背に、その仕事ぶりを見ていると自分の存在がものすごく小さく感じられます。

謙虚にならざるを得ないとき、人は幸せになれるのかもれません。

スケールが桁違いのものを見てみる。

きっと色んなことが救われるでしょう。

by You

2017-07-24 第2515号

慢心。

親愛なるあなたへ

なんだか世間は「傲慢・慢心」を勘違いしているところがあって。

心から楽しんでいるのが慢心ではない。

頑張った自分を褒めるのが慢心ではない。

「これだけやった」と自信を持つのが慢心ではない。

慢心とは大事なことを「こんなもんでいいだろう」と済ますことです。

そこには「自分は優れている」「自分が一番だ」という隠れた意図があります。

by You

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