Hatena::ブログ(Diary)

Love Yourself

2017-02-20 第2335号〜第2361号(2/6、2/12、2/14、2/16、2/17の続き)

幼児性からの脱却。

親愛なるあなたへ

私たちが素敵な人と恋に落ち、温かい家庭を作り、子供の健やかな成長を見守る。

どれも素晴らしいことです。

その幸せをかみしめながら、是非もう一つ。

人が恋に落ちたり、結婚したり、子供を産んだりするのは全て「幼児性」を克服する訓練です。

幼児性とは「相手を支配したい」という無意識に潜む感情。

そこからの脱却は、「愛する人の自立を心から喜ぶ」ということです。

by You

プレゼントのワナ。

親愛なるあなたへ

ワナ、ワナ、と連呼するとこれまた多くの誤解を生むのは承知なのですが、それでも世の中の人が気づいていない「アンチテーゼ」に光を当てる役割があるのかもしれません。

プレゼントは素晴らしいことですね。

物質的、金銭的援助は素晴らしいものです。

ところが、モラル・ハラスメントの加害者も物質的・金銭的援助をすることがある。

そのときは愛情や良心ではなく、「精神的に獲物を縛るため」です。

過激な言葉になってしまいましたが本当にその通り。

しかもやっている側は本気で「愛情」だと思っています。

逃げない程度、つながりを留めておく程度の援助をする。

だから、莫大は援助は決してしない。

何故かというと精神的につなぎとめておくため。

モラル・ハラスメントの加害者は被害者が精神的に独立することを許しません。

社会的に独立させておいて精神的に縛る。

だから世間には分かりにくい。

世間では「甘ったれた子供だ」「親が可哀そう」と、加害者と被害者の評価が逆転する。

「あんなにいい旦那さんなのに」「自分勝手な嫁だ」と評価が逆転する。

プレゼントは素晴らしいものです。

援助も素晴らしい。

それ以外に「世の中にはそういうこともあるのか」と覚えておくと何か困ったときに役に立つかな、と思います。

by You

成長する人。

親愛なるあなたへ

人間が成長する、魂が成長すると言うと「精神がより高度になる」と多くの人が思うかもしれません。

でも本当の成長とは、「マトモな状態をいかに保ち続けるか」ということです。

by You

「人間関係」のワナ。

親愛なるあなたへ

恐らくこれは多くの人が悩まれてることかもしれませんが、組織の中では人として正しいことが「人間関係」という名目で潰され、また間違ったことが「人間関係」という名目でまかり通っています。

当たり前のことを貫き、人の道の誤りを指摘するのに「人間関係が苦手」という評価が下るところは世界が歪んでいる、と考えて基本的に間違いありません。

もちろんそれを実行に移すか、というのは私が数々の会社とケンカしてきてハードルが高いかなぁとは思うのですが、まずは原因をつきとめること。

人間は環境に支配される動物ですから、特に多くのサラリーマンは自分のいる世界が「正しい」と思ってしまいます。

「『人間関係』をやたらと持ち出すところはワナである」という一つの仕組みを知っておけば、まずは混乱から脱出できる足がかりとなるでしょう。

by You

お店の波動関数。

親愛なるあなたへ

学問としての波動関数は分からなかったのですが、自分自身で体感したものなら私でも少しは語ることができるかもしれません。

「そんなことがありえるのか」という現実論を一つ。

それは、素晴らしいサービスや爽やかさ、笑顔、明るさが全ての人を喜ばせるのではない、ということ。

たとえば、お店にはお店の波動に合ったお客さんが来ます。

もし、素晴らしい気遣いや明るさを持ったスタッフさんがいても、他のスタッフやお客さんに嫌がられる、という現象が起きることがあります。

もともと来るお客さんはそのお店の波動と同じですから、他のスタッフに「ありがとう」と言ったり笑い合ったりしています。

本当は素敵で爽やかなそのスタッフさんがみんなを幸せにするはずなのに、なぜか全てから孤立して迷惑がられる、という不思議なことが起きるわけです。

波動の引き合わせで、その素敵なスタッフさんに引かれてたまに「いいお客さん」がやってくることもあります。

するとそのスタッフさんとお客さんのやりとりは「波動が高い」ですから素敵な空間が出来上がり、周りのスタッフとお客さんはというと「気分が悪くなる」。

そのスタッフさんが頑張り切れればいいのですが、何かの拍子に組織的な気を使ってしまって周りの波動と合わせると、そのいいお客さんも「変な感じ」がし、本当は素敵なはずのスタッフさんに「嫌悪感」を感じてしまう。

すると、その素敵なスタッフさんは自分のやっていることが全て間違っているのだと思って潰れていってしまうのです。

見抜ける人間がおらず、救いようのない泥沼に落ちてしまうケースが現実にはある、ということ。

私みたいに怪しく波動を見る人間なら分析して「フムフム」で終わりなのですが・・。

何かがおかしいと感じたら、「ここの波動がおかしいんだ」と思うと結構いいですよ。

by You

ありがとうが通じないとき。

親愛なるあなたへ

「ありがとう」と言われると人は嬉しいと言います。

多くの精神論者が語っています。

ところが私は現実主義者ですから、自分の見てきたことを信じるし人にも話します。

みんながある程度幸せなら、そういうことかもしれません。

ところが一つ覚えておくといいのは「ありがとう」と言われるのが嫌なくらい不幸な人も残念ながら存在するということです。

私は郵便ポストに「ありがとうシール」なるものを貼っています。

自分がチラシ配りの仕事をしていたときに偶然見かけ、嬉しくなって真似し始めたものです。

ところが、驚いたことにそのシールが何度か破られていたことがありました。

何故破ってしまうのか。

以前も書きましたが、本当に不幸な人は満たされている人に親切にされるのが嫌なのです。

「どうしてお前は満たされているのだ」という感情。

心からのありがとうでイライラする人を救ってあげようと思わないこと。

不幸で学ぶ方が魂の成長が早い人もいる、ということです。

by You

効率化はいいことだ。

親愛なるあなたへ

人間の嫉妬の一つに「効率化」があります。

みなさん「効率がいいに越したことはない」と思っていますね。

ところが、自分が考えもつかなかった効率化を他人がやると「悪く」見える。

何故かずるく見える。

たとえば、最も分かりやすい例が「効率よくお金を稼ぐこと」。

そんなに肉体労働をしていないのに稼いでいる人が「悪く」見える。

恋愛でも彼女がいるのに他の女性と要領よく遊んでいる人も「悪く」見えるかもしれません。

自分は「真面目に」仕事をし、「真面目に」付き合っているからですね。

そんな「手抜き」では人や社会がダメになると。

他の人にしわ寄せがいくと。

みなさんそう思っています。

今はSNSやテレビチャットで瞬時にメッセージを交換したりどんなに遠くでも相手と対面できる時代になりましたけど、昔電話のない時代がありました。

こんな話があるのですね。

電話が登場した当時。

「面と向かわずに話をするなんて人とのつながりが薄くなる」「経済が落ち込む」「こんなものは社会悪だ」

冗談みたいですがそういう世論と社会現象があったのです。

人間関係とコミュニケーションと経済について多くの人が「真面目に」考えていた。

では、実際電話が登場してどうなったかというと、お互い予定を合わせやすくなったから、逆に人と人が会う機会がそれまでよりずっと多くなり経済効果は何と上がってしまったのですね。

それは手紙をやりとりしたり、電報を打ったりしてやきもきする時間が短縮された。

すると相手の予定が分かればより濃厚なスケジュールがたてられるから「みんなハッピー」なわけです。

効率化はいいことです。

効率のいい人は、ハッピーなアイディアを世間に提供しているようなもの。

効率化を考える人は全員がものすごい社会貢献をしています。

「しわ寄せがいく」と思っているのは自分たちが考えないからですね。

全ての効率化は素晴らしいことです。

by You

2017-02-17 第2335号〜第2361号(2/6、2/12、2/14、2/16の続き)

勘違いする浮遊霊。

親愛なるあなたへ

浮遊霊につかれたらどうしよう、と怖がる必要はないみたいです。

浮遊霊がついたら「今日もツイてる」と言ってみましょう。

「憑かれる」も「ツイてる」も文字数は同じですから。

浮遊霊には「積極的な悪意」というのがないみたいで、自分と同じ波動に引き寄せられるだけだそう。

科学的でいいですね。

だから、「ツイてるなぁ、ツイてるなぁ」と言ってると浮遊霊は「あ、そうか。自分はツイてる人に憑いてるんだから、ツイてることをしなくては」と勘違いして成仏しながら守護霊さんみたいに守ってくださるようです。

科学的でいいですね。

by You

いるから出てくる理論。

親愛なるあなたへ

不思議な話が続くついでにいわゆる「霊」について一言。

科学では、霊の存在をプラズマ現象や化学反応で説明します。

それは霊を「いないもの」として説明しようとする理論。

もちろんそれでもいいのですが、その理論が完璧でないことは現実に起こっている不思議な現象を全ては説明できない、という事実にあります。

そこでもう一つ。

それは「いるから出てくるんだろうね」という、しょうがない的な理論。

まあ霊がいてもいなくてもどちらでも構わないのですが、難しい計算式がいらないこちらの方がシンプルで個人的には結構好きですね。

by You

大したことのない宇宙。

親愛なるあなたへ

神様を語る人間が「宇宙は大したことない」などと叫ぶと非常によろしくないと恐れ慄いてはいるのですが、科学的に事実であることを書いてみましょう。

皆さん折り紙を折ったことがあるでしょう。

紙を半分に折り、さらに半分に折り・・・

紙の厚さに幅はありますが、コピー用紙で約0.1mm。

現在分かっている宇宙の果てに行くには、1秒間に地球を7周半もする「光の速さ」で「137億年」かかります。

ところが計算上、紙を100回折るとその厚みが宇宙の大きさを超えます。

これを「神がかっている」と言います。

広大な宇宙もそのオチも、大したものではありません。

by You

実践的な数字。

親愛なるあなたへ

不思議で現実的でおトクな数字。

それが、3と5と8。

「3」「5」「8」にはものすごいパワーがあるようです。

是非使ってみてはいかがでしょう。

徳川将軍で知られているのは初代家康と最後の慶喜以外で、「3代」家光、「5代」綱吉、「8代」吉宗

7代とか12代とかはあまり知られていませんね。

玄奘三蔵が西域に経典を求めて旅立った際にお供したのが、沙悟浄で「3」、悟空で「5」、八戒で「8」。

釈迦様が菩提樹の下で悟りを開いたのが、35歳のときの12月8日と言われています。

釈迦様のお誕生日は4月8日ですから、悟りを開くまでの年月が35年と8ヶ月で「3」「5」「8」。

ここまできたら使うしかないでしょう。

p.s.

ちなみに筆者の住所は郵便番号から部屋番まで含め3・5・8全部入りで、8については二つ、5に至っては贅沢になんと三つも。

マイナンバーは8で始まって真ん中に5があり8で終わる。

飛び出してからのサプライズが、方向性の見えた「3年目」と会社を作った「5年目」とそして今度は「8年目」かムフフ・・などとあらゆるところに「偶然」をこじつけているので、これからは自分で決められるところはお世話になろうと密かに野心を燃やしているわけです。

by You

神の秘め事。

親愛なるあなたへ

理論大好き・科学大好きの筆者が語る「神様論」。

至極簡単で、すべての偶然を「ああ、私のためなんだ」と勘違いしてみましょう、ということなのです。

この偶然を「神の秘め事」と呼ぶそうですが、神様は文字や数字、形や色に表現することが多いみたいです。

「インスピレーション」もあるとは思うのですが、それよりもまず、この三次元の世界で分かりやすい形でお知らせをくれる。

いつか記事にも書きましたが、私が生まれた日はスペースシャトルが初めて打ち上げられた日で、そのちょうど20年前の同じ日にガガーリンという人が人類で最初に宇宙を飛びました。

そしてこの記事を書き始めた日のちょうど33年前、太陽系を離れ、現在「最も遠くに存在する人工物」であるボイジャー1号が打ち上げられたという歴史も。

全部「偶然」ですが、宇宙について話しなさいということなのかなぁ、と思うとすごく腑に落ちるのですね。

科学的には無意味なことであっても、こういうのを面白がれる人に神様はもっと「秘め事」をしてくださるみたいです。

神様は私たちのことを全て分かっているのですから、いきなり霊力を求めるのではなく、「目で見える」現実的なところに偶然を観察してみてはいかがでしょう。

私も飛び出してからそれなりにインスピレーションを磨いてきたので色んなことが分かるようになりましたが、最初は数字や現象を「目で見て」きたように思います。

それができるようになったなら、必ず神様は次の方法でお知らせをくれます。

p.s.

先日、ベランダから空を見上げていたら「ハート形の雲の切れ目」が見えてご満悦の筆者でした。

by You

2017-02-16 第2335号〜第2361号(2/6、2/12、2/14の続き)

心の余裕。

親愛なるあなたへ

自分にとって「楽しい作業」をしないと、やらなくちゃいけないという強迫観念が「押し付け」になりお互いに苦しくなってしまうのだと思います。

楽しいことをしようという「心の余裕」をどこかに持つ、とでも言いますでしょうか。

by You

ふさわしいところ。

親愛なるあなたへ

みなさん目標ができたら、もしくは目標がなくても、「反骨精神」は是非忘れないようにしていただければと思うのです。

どんなに立派なことを世間が、そして有名な精神論者が言っても、もちろん私も立派なことを書いてしまいますが、ともかく幸せになるためにはまず「反骨精神」が必要なのです。

それを超えたところに許しや感謝があるのであって、まずは「ふざけんな」という「下地」のようなものが人間には必要なのである。

例えば今私はお金がありませんし、アルバイトしていますから「組織のしがらみ」を少なからず体験して、周りの人も「ごく普通の人」なのですが、「自分はここにいるべき人間ではない」と常々そう思っているのです。

だからどこか別の国にでも遊びにきたような感覚で。

例えば、竪穴式住居に住んで矢じりに石をくっつけ、野生のシカをおっかけ回す生活を強要されたら、恐らく多くの人は「自分にはふさわしくない」と思うでしょう。

スマホがあるのが当たり前だし、コンビニでお金を払えば弁当が買える。

それが「普通だ」と思っているから今みなさんそういう生活ができているのですね。

「自分にはふさわしくない」

面白い人生を生きる合言葉のようなものです。

by You

学歴に劣等感がない理由。

親愛なるあなたへ

私は学校の勉強が大の苦手で、高校時代の成績も大変なことになっていましたから、ともすると心に大きな傷を負っていたのかもしれません。

「赤点」というのがあって、学校によって定義は違うようなのですが「平均点の半分」を意味しておりました。

「平均点以下」でもみなさんヘコむところを、赤点なんて取ろうものなら、という感じですね。

でも私のすごいところはその戦いから身を引いたこと。

赤点の半分に「青点」というのがあって、これは本当にそう呼ぶのかは都市伝説の域を出ないのですが、その青点前後で自らの美意識を確立していきました。

ところが、こんな状況でも個人的に学歴に対しては何故か劣等感を持たなかったのですね。

自分でも不思議に思うのですが、たとえば私の周りはみんな頭のいい人でしたから、普通なら嫉妬してしまうところを「すげーなぁ」と素直に受け入れてしまう。

普通、劣等感を持ってもおかしくない状況で比較的影響が少なかった。

私が大学院を出ているからだ、と思う人もいるかもしれませんが、世間の人が一つ勘違いしていることがあります。

いい高校や大学を出ると自尊心が満たされると思っているかもしれませんが、私が周りの人を見てきた経験では、いい高校、いい大学を出た人は「もっといいところ」と比べられるので決して自尊心は満たされないのです。

私の出た大学は世間的にはそこそこのところなのかもしれませんが、学生時代の周りの話を思い出してみると「どうせオレたち○○大生だし」と言ってる人が少なからずいたので、世間が思っているのと内情はかなり違うものなのです。

東大生なら日本ナンバーワンだからそんなことはないだろう、と思うかもしれませんが、東大の中にも学部でランクがあるらしく、そこでの比べ合いが始まる。

東大ナンバーワンでも、今度は世界のハーバードが引き合いに出されたりする。

どこまで行っても終わらないのです。

何故私が学歴に劣等感を持っていないのか。

それは、昔から「物事は楽しい方がいい」と知っていたからかもしれません。

私の実家は非常に「真面目な家系」でもちろん影響を受けてきたのですが、その中でも昔から「笑い」や「楽しいこと」を優先的に選ぼうとしていたように思います。

母親を笑わせるのが好きでふざけた動画を見せていたように思います。

今、塾で化学数学を教えていて、私より優秀な先生はもちろんたくさんいらっしゃいますし、ともすると私より教えている生徒さんの方ができたりすると普通悔しく思うかもしれませんが、私は「相手が理解してできるようになること」が「楽しい」のでそういうのを感じません。

勉強も「好きな科目」だから出来・不出来が気になりません。

「楽しいことを優先すれば心の傷はなかったも同然」という真理を一つ覚えておくと少しラクになると思います。

by You

2017-02-14 第2335号〜第2361号(2/6、2/12の続き)

愛情と損得勘定。

親愛なるあなたへ

愛情とは「本当に相手のためを想う」ということです。

子供への愛情。

それは、「その子にとって最善の道を想う」ということ。

「その子にとって一番トクになる道を想う」ということ。

私が世の中をぐるっと見てきて、多くの人は「その子のため」と言っても、実は自分の希望を優先している場合が多い。

分かりやすく学歴の話をしましょう。

私は学歴社会で育ってきた後それを捨てた生き方を始め、両方を経験しているのでそれぞれのメリットとデメリットを知っています。

たとえば、お子さんに夢や目標があっていい大学に入れてあげたいという「愛情」がある。

でも、勉強しないお子さんに腹を立てたり、塾にかけたお金をもったいなく思う人、やる気の出ないお子さんに裏切られた被害者意識を持つ人がいたとします。

「自分は子供のためにこんなにやっているのに」

でも、愛情とは「本当に相手のことを想う」ということ。

お子さんはもしかしたら目標が変わったのかもしれない。

行きたいけど勉強が嫌いなのかもしれない。

何か他に悩みがあるのかもしれない。

本当の愛情であればその意に必ず添えます。

もし添えないのなら愛情ではなく「自分の希望」なのでしょう。

逆に、勉強だけの人間に育てたくない、という人。

学歴アタマのデメリットをよくご存じで、その子に「本当の実力」をつけてほしいと思っているのかもしれません。

でも、その子が目標があって大学に行きたい、というのなら。

「勉強勉強の人間に育ってほしくない」というのは、もしからしたら学歴に対する劣等感を埋めようとする「自分の希望」なのかもしれません。

その子にとって一番トクになるような道を本気で考えるなら、あらゆることを受け入れられるでしょう。

愛情とは、「究極の損得勘定を使って相手の全てを受け入れること」です。

by You

「現実」。

親愛なるあなたへ

多くの人は「現実」という言葉が大好きです。

現実を受け入れ夢を捨てます。

ところが夢を追っている側からすると不思議な光景が見えてくる。

それは、夢を追ってる人が現実を見てて、現実を連呼する人は夢を見てるということ。

「ああ、ほとんどの人は勘違いしている」

分かりやすく言えば、現実を連呼する人は心の底で「誰かが何とかしてくれる」と思っています。

だから「現実を見てる」と思っても必ずどこかに「期待」がある。

例えば、景気の話を取りましょう。

みなさん政府が何とかしてくれると思っているかもしれません。

政府に対する悪口も「期待の裏返し」なのであって。

でも、夢を追う人は「自分を助けられるのは自分だけだ」と分かるので期待などしません。

本当の現実を見つめ始めます。

生々しい現実を見つめながらそこに「希望」を見出す。

「期待」ではなく「希望」。

希望は「現実論から逆算した計画性」を意味します。

少し難しい話になってしまいましたが、夢を追う人は全員「超現実主義者」ということですね。

by You

すぐやる人が必ず有利な理由。

親愛なるあなたへ

世の中は何でもスピードなのですが、どうしてスピードを上げた方が有利なのか。

よく考えて行動した方が「無駄な手間が省けそう」。

何も考えずにすぐ手をつけると、無駄な行動をしてしまうかもしれない。

「非効率だ」というわけです。

ところが現実は違うのですね。

よく考えてやる人は効率的なやり方を見つけて始めます。

でもいくら効率的でもその人は初めてやることだから、「慣れていない」。

すぐに始めた人は「慣れて」ますから、効率的なやり方を見つけると一気に飛躍するのです。

「効率的なやり方を見つけてから慣れる」より「非効率で始めて効率的なやり方を見つける」方が必ず効率的。

何だかよく分からなくなりましたけど、要は早く始めた方が必ず効率的、ということですね。

by You

無視して解決。

親愛なるあなたへ

世の中には色んな問題がありますけれども、多くの人は「問題を解決しよう」とします。

もちろんその通りなのですが、解決の仕方が過去に視点を置いて「あれをどうしよう」「これをどうしよう」としています。

私が企業を見たり、人を見たりして多くのケースはこれで苦しんでいるのだなぁと思います。

恐らく今の日本政府もそうかもしれません。

ところが、建設的な人は未来に目を置く。

問題を解決するのではなく、「これからどうするか」を考える。

ある意味今の問題を放っておきます。

すると問題は放っておかれるから、しぼんでなくなってしまう。

「問題だ問題だ」という「餌」を与えないから、問題は「餓死」してしまう。

その間に「これからどうするか」を考えます。

「これからどうするか」を考えて実行している頃には何故かその問題もなくなってしまう。

例えて言うとこんな感じになるのでしょう。

日本の国民食である「梅干し」。

今でこそ当たり前の食材ですが、以前梅はすっぱくて食べられたものではなかった、というのは有名な話です。

ある人が、この梅の木がいっぱい生えてる土地を開拓して新しい農業を始めようとしました。

梅の木を一本一本伐採していきます。

「問題」を解決していきます。

「ふぅ、全部終わった・・・と思ったらまたここにも梅の木が!」

「またここにも木が!」

新しく土地を開拓するのに次々に問題が。

それをまた伐採して「解決」していきます。

ところが、もう一人の人は違いました。

こんなに梅があるんなら、植える手間も育てる手間も省けるから何か作れないだろうか。

「これからどうするか」

分かりますか?

by You

2017-02-12 第2335号〜第2361号(2/6の続き)

コンビニでのメリット。

親愛なるあなたへ

私は2007年春に社会に出ましたのでもうすぐ社会人まる10年。

なんだかあっという間だなぁ、というのはみなさん思っていることかもしれませんが、「ああこういうことなのか」と実感する日々。

その間15社見てきて、本当に色んな人がいるなぁと痛感しています。

みんな自分の職場が世の中の常識だと思っているかもしれませんけどそんなことはありませんよ(笑)

これからの時代を読むには世の中の人を見るのが一番。

今はコンビニで「いらっしゃいませ〜」してますが、あの一瞬でも人に触れるというのが大切なこと。

常に人に触れていないと世の中が見えてきません。

「勘」が鈍ってしまうのです。

世の中って「人の集まり」ですから、自分の頭で考える前に人を観察してから考えると「勘」が働いていいアイディアが出るようになっているみたいです。

by You

イジメの根源。

親愛なるあなたへ

人をいじめる・いじめたくなるという原因は、心理上一つの理由しかありません。

それはいじめる人には独立心がない。

以前も書きましたが、いじめの本質は「逃がさないでつつきまわすこと」。

明らかにわかるイジメもそうだし、毒親などに見られる世間には理解しづらいモラル・ハラスメントもそう。

だから、相手が独立したり自分から離れるといじめている側は急に気分が悪くなり、そして恐ろしくなる。

何故なら自分には独立心がないから「いじめる人に依存」しているのです。

これは目から鱗のような情報かもしれませんが、いじめられる側が弱いのではなく、本当は「いじめてる側が心理的に弱い」のです。

だから、いじめてる人に「別にあんたと私関係ないし」という態度を取ると急に怒り出すか、じゃあ、いざそれを実行して縁を切ろうとすると相手は急に怖くなる。

何故なら「いじめてる相手に依存」しているから、その相手がいなくなると「精神的に放り出される」。

これに耐えられないのです。

ちなみにそこで優しい人は元に戻ってしまいますが、バッサリいかないといけません。

そうしないと今度はあなたが次の人に同じことをしてしまいます。

愛情や正論という名のもと人をいじめるようになります。

不幸だと人をいじめたくなる、ということですが、要は精神的に独立していない人は幸せにはなれないのだということですね。

社会に出さえすればいいのかと言うととんでもない。

家族を持てばいいのかと言うととんでもない。

今の世の中は精神的に子供のような大人が山ほどいます。

ではどうしたら独立した心を持てますか、というと人のことはいいからまずは自分が幸せになる、楽しいことをする、ということですね。

言葉じりをとらえれば冷酷に見えますが、これが本当の幸せ論です。

by You

リスクのうまみ。

親愛なるあなたへ

厳しい話かもしれませんが、リスクを冒すことができない人は人生で何も成し遂げることはできないと思うのですね。

世の中は極端にリスクを恐れますが、リスクって、やってみれば分かりますけれども大したことではないのです。

何故リスクが大したことではないのか。

人間の脳は90%以上が眠っています。

生物学的にはフル活用されているかもしれませんが、意識レベルで言えば確かなこと。

これは私の経験上の話です。

リスクを冒すと眠っている脳が働き始めます。

リスクを取らないと脳が眠ったままで今の現実。

でも、リスクを取ると脳が「マズい」と思うから無理そうなことでも何故か解決して新しい現実。

要は、リスクには「うまみがある」ということですね。

by You

副産物。

親愛なるあなたへ

何かしら価値を生もうと思うなら、その副産物を考えなければいけません。

世の中に「完璧に良いこと」というのはないのですね。

所詮人間の作る物ですから。

だからそれは一方から見たら「悪」かもしれない。

「光」が当たると一方に「影」ができるのは三次元の摂理と言えましょう。

でも信念があるなら副産物の存在を認識するだけで、大切なのは「それを超えていくこと」だと思うのです。

接点が見つかるなら対応する。

でも見つけられなくても気にしない。

極端な話、反対の影響を受ける人をいちいち気にかけることはない、ということになります。

戦争やテロで自らの正しさを主張して人を殺すのはおかしいと思うけれども、石を投げれば「波紋」が広がるものなのです。

その波紋を恐れる必要はない。

究極の「命」を例に出しましたけれども、その命でさえ、たとえば私は製薬会社で「臨床開発」という仕事をしていたこともあるのですが、薬を作るには「人の命」がかかることもあります。

簡単な話、薬は有効性があるから国に承認される。

有効性は効いた人と効かなかった人との「差」。

つまり「差」を作らないといけないのです。

「効かない人も集める」ということですね。

それ以上は何ともいえないのですが、データ操作している、効かない薬で儲けるというわけではないのですけれども、色んな複雑な内部事情がある中で「差」を集めてくる、ということ。

いいとか悪いではなく、これが現実。

その薬が世に出れば多くの人が助かるという現実。

それからでしょうか私のグレーゾーンが広がったのは。

この記事を読むと白黒はっきりしている内容が多いので意外かもしれませんけれども。

世の中の人は色んなことでいいとか悪いとかで揉めてますが、そういう世界を見てきた私への相談に対する答えは一言だけで「別にいいんじゃない」。

グレーゾーンを広く持って、副産物を認めるだけの信念をまずは持つ、ということですね。

by You

ページビュー
1125