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2011-06-14

BOOWY再結成の可能性 ―氷室と布袋のチャリティー・コンサート

 

 今年の震災が起こる前、すでに氷室と布袋は、それぞれのやり方で、BOOWY時代の代表曲を披露していた。

 

 氷室は馴染みのバンドメンバーと入念なリハーサルを重ねて、聴衆が過去の伝説から幻滅しないライブパフォーマンスを見せた。

 

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・氷室京介 - ONLY YOU

 

 一方の布袋は豪華なゲストメンバーによる共演で、過去の代表曲を新しいコンセプトで表現していた。

 

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・布袋寅泰 - BAD FEELING

with 中村達也(BLANKY JET CITY)、TAKUYA(JUDY AND MARY)、森岡賢(SOFT BALLET)、スティーヴ エトウ

 

 よく、氷室と布袋は仲が悪いと言われるが、人間関係というよりも、それぞれのミュージシャンとしての美学が異なることが、BOOWY再結成の最大の障害となっていたのだ。

 

 震災のあと、氷室は、6月11日に行われる予定だった自身のアニバーサリー・コンサートを、急きょ、全曲BOOWY時代の楽曲によるチャリティー・コンサートに変更した。

 

 そのことは「あまりメンバー(特に布袋)の気持ちを考えたものではなかった」と、彼自身、TV番組のインタビューで打ち明けている。

 

 

http://www.nicovideo.jp/watch/sm14392412

 

 

 氷室からすれば、3月11日の震災からの三ヶ月間で、BOOWYの再結成ができるとは到底思えなかったはずだ。

 かつて同じバンドだった布袋とは、その表現の方向性は大きく異なっている。そして、氷室は自身が主導権を握るからこそ、聴衆を酔わせることができると考えるミュージシャンだった。

 BOOWYの偉大さを彼は知っている。それに勝るパフォーマンスをするためには、付け焼刃では幻滅させるだけだと、彼は思っていたのだ。

 

 それぞれ、四人で演奏する限界を知ったからこそ、解散に踏み切ったものであり、自身の音楽性を追求することが、氷室にとって、布袋にとって、バンドメンバーへの返答だった。

 その時計の針を戻すことは、氷室にとっては不自然なものであり、ミュージシャンとして許されざる姿勢と思っていたのではないか。

 

 こうして、氷室のチャリティー・コンサートが発表されて、布袋は複雑なコメントを自身のTwitterで発表する。氷室はそれを読んで、少し迷ったかもしれない。ただ、聴衆を満足させるパフォーマンスのためには、自身が主導権をにぎり、なじみのバンドメンバーでなければ難しいとも、彼は考えていたはずだ。

 そして、おそらく、布袋もそういう氷室のアーティストとしての信念は理解していたはずだ。

 

 ところが、こんな二人の間に、新たな人物があらわれる。

 吉川晃司である。

 

 BOOWY解散後、布袋は「GUITARHYTHM」という意欲的なアルバムを発表した。

 四人の固定メンバーから解き放たれた彼は、デジタル志向をより高め、ポップとロックの同居した優れたソロアルバムを発表した。

 何しろ、この「GUITARHYTHM」は、全曲映像化されたビデオが発売されたぐらいなのだ。

 そんな布袋の自信作は、しかし、ファンには素直に受けとめられなかった。「やはり、ボーカルが布袋では……」「氷室に比べると……」という感想が多を占め、そのアルバムの魅力自体が評価されることはなかったのだ。

 

 実は、吉川とCOMPLEXというユニットを結成したあと、布袋はソロ時代の曲を吉川に歌わせている。

 

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・COMPLEX - GLORIOUS DAYS

 

 COMPLEXは二年ほどの短期間のユニットだが、初期の頃は、このような試みをしていたのだ。

 まあ、あまり良い出来だとはいえない。存在感はあるが、決して、吉川は器用なボーカリストではないからだ。

 

 その吉川とのユニットCOMPLEXは失敗だったと布袋はよく語っていたが、それは一つの諦めを意味していた。

「氷室や吉川以上のボーカルなんていない。だから、自分でやるしかない」

 その頃、布袋は吉川に対して批判的なコメントを出すこともあったが、そのタレント性を否定することはなかった。

 

 改めてCOMPLEXのライブを見てみると、吉川のパフォーマーとしての器の大きさを知ることができる。

 

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・Complex - PROPAGANDA

 

 しかし、吉川晃司という人は、ミュージシャンである以上に、そのタレント性を愛されている。暴行事件を起こしたときだって、その理由が「尾崎豊の形見のギターを汚された」というものである。人間味あふれる男で、ゆえに、氷室や布袋とも仲のいい友人だったのだ。

 そんな吉川からすれば「布袋がかわいそうだ」と思ったのだろう。氷室のように「付け焼刃で過去の自分には打ち勝てない」と計算することなく、「じゃあ、俺たちもやればいいじゃん!」と即座に考えたに違いない。こういうところが、吉川のたまらない魅力なのである。

(なので、吉川の言ってることは、あまり鵜呑みにしてはならない。とにかく、自分の友達を立てるヤツなのだ)

 

 こうして、COMPLEXが再結成したことを、氷室は驚いたに違いない。

 

 さて、6月11日12日の氷室のチャリティー・コンサートは成功に終わった。

 そこで、彼は改めて、50歳という自分の年齢を感じ取ったと思う。

 決して、それは老いの自覚だけではない。50歳になっても、BOOWYの曲を演奏することで、若返っていく自分を、彼は知ったはずなのだ。

 そして、そういうことがいつまでも続けられないことも。

 

 COMPLEXのコンサートのあと、僕はBOOWY再結成があるんじゃないかと思う。

 氷室と布袋の音楽志向のへだたりは大きいし、氷室はほとんどの曲を自分で歌詞を書かないようになっている。二人が新たな曲を共作することは難しいかもしれない。

 ただ、氷室のチャリティー・コンサート発表から、COMPLEX再結成に至るまでの動き、そして、氷室のパフォーマンスを見るにつけ、このチャンスを二人が逃すはずがないと思うのだ。

 おそらく、松井や高橋は、そんな二人が呼びかけたら、それについてくるはずだ。

 

 できれば、僕は21世紀のBOOWYの新曲を聴いてみたい。

 氷室と布袋という、ソロミュージシャンとしても成功してきた二人が、どんな曲を作り出すのか、ぜひとも見てみたい。

 そうすりゃ、我々も「BOOWYをリアルタイムで知ってるぜ」なんてのたまうオッサンたちを見返すことができるわけだし。