2014年4月ブログ書評まとめ

 

 4月のブログ書評は10作。うち小説が6作で、再読作品が1作である。
 

 もっとも印象に残ったのは『カクレキリシタンの実像』だ。禁教令により指導者を失った民衆が迫害に耐えながら信じたキリシタン信仰は、キリスト教とは別物の民俗宗教となったことが実例とともに紹介されている。
 ただし、仏教だって元来は先祖崇拝という信仰はないのに、今の日本仏教は先祖崇拝のみを重視しているように、民衆の信仰とはえてしてそういうものであるかもしれない。カクレキリシタン信仰の興味深い点は、日本の風俗というよりも、知識人階級不在のまま保たれた地方文化にあるといえるだろうか。
 キリスト教と同じく「来世信仰」主体なのは、実は日本で最大宗派であるはずの浄土真宗である。この、民衆と宗教指導者との考えの違いについては、先月に紹介した『教誨師』にも書かれている。死刑囚と対話を続けた浄土真宗僧侶の告白録であるので興味ある方はご一読を。
 

 筒井康隆『創作の極意と掟』も読みごたえがある一冊だった。正直いって、真面目に小説を書いたことのない人には、よくわからない内容だろう。何しろ、三番目の項目が「揺蕩」である。実に不体系的で非論理的なのだが不思議と説得力がある。小説を書き続ける宿命にある人が読むべき本。
 

 小説では、伊藤計劃『虐殺器官』が印象に残った。序盤のミリタリーくささと、日本語で書かれた日本人思考の小説なのに登場人物に日本人が出てこないことには閉口したが「虐殺に至る狂気は言葉で引き出せるか?」という仮説は、SF小説の枠組みを超えて読まれるべき小説であろう。生前の作者を知らなかったことが、つくづく悔やまれる。同作者の『ハーモニー』も5月中に読みたい。
 

 あと、昔、読んだつもりになっていたガルシア・マルケス『百年の孤独』を再読した。「無人島に持っていくのに最適の一冊」だが、そのためには一度最後まで読み通す必要があるだろう。百年の長きにわたって数世代の一族の物語が書かれているが、どこにも中だるみがないし、読むのに疲れるところがない。常々、小説とは人間の頭脳を相手にしたエンターテイメントだと考えているが、その理想形が本書にはある。読書好きなら必読の一冊であろう。
 

 以下、それぞれの書評を、商品購入のリンクも添えて紹介する。
 

 

 

厳しい弾圧のなか、民俗宗教に変容した「キリシタン」信仰とは?
現地調査に基づく、カクレ信仰の具体例を知る最良かつ最後の一冊。
 

450年続いた日本独自の民俗宗教 ― 宮崎賢太郎『カクレキリシタンの実像』(評価・A) - esu-kei_text
 

 

ドーナツを穴だけ残して食べる方法 越境する学問―穴からのぞく大学講義

ドーナツを穴だけ残して食べる方法 越境する学問―穴からのぞく大学講義

 

答えのない奇問に、大阪大学の教員が真面目に答えたらどうなるか?
ドーナツの穴を通じて見える、それぞれの学者の思考経路を楽しむ一冊。
 

『ドーナツの穴だけ残して食べる方法』大阪大学ショセキカプロジェクト(評価・B) - esu-kei_text
 

 

 

約1000年間生きて、好物のマカロンを自作しなかった少女の物語と、
男女間の友情を成立させた奇跡の男子高校生の物語。
 

『マカロン大好きな女の子がどうにかこうにか千年生き続けるお話。』(評価・C) - esu-kei_text
 

 

 

住民への避難は、国よりも県よりも市町村が先に指示を出した。
原発避難の実例から、基礎自治体(市町村)のあり方を問う。
 

被災地で叫ばれる「二重住民登録」の可能性 ― 今井照『自治体再建』(評価・B) - esu-kei_text
 

 

民王 (文春文庫)

民王 (文春文庫)

 

半沢直樹」シリーズの作者が「政治」を描くとこうなる。
政治小説としての鋭さが欠けるのは「選挙」を書かなかったからか?
 

「痛快」だが「痛切」ではない政治エンタメ小説 ― 池井戸潤『民王』(評価・B) - esu-kei_text
 

 

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

 

人間には虐殺へと駆り立てる器官が存在する?
序盤のミリタリー小説臭さを抜きにすれば、現代SFの傑作!
 

狂気は言葉で引き出すことができるのか? ― 伊藤計劃『虐殺器官』(評価・A+) - esu-kei_text
 

 

 

スッキリしすぎて読み返す気にはなれない安定した面白さ
シリーズ三巻目でも崩れない雰囲気の良さを楽しむ一冊
 

三巻目も波乱なし ― 三上延『ビブリア古書堂の事件手帖3』(評価・B) - esu-kei_text
 

 

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

 

死の予感をもたらす「死神」の現実化に成功した表題作と、
様々なジャンルに挑戦した習作5編を含む「死神」視点の連作集。
 

「死神」を主人公にした異色連作 ― 伊坂幸太郎『死神の精度』(評価・B) - esu-kei_text
 

 

創作の極意と掟

創作の極意と掟

 

小説に欠かせぬものと、やってはならないことはなにか?
古今東西の作品を引き合いに、筒井康隆がマジメに創作を語った一冊!
 

小説に欠かせぬ3つの要素とは? ― 筒井康隆『創作の極意と掟』(評価・A) - esu-kei_text