2010-06-06
iPadで打ち合わせ。
打ち合わせで使うのにとても便利です。
- オリエンテーション
- クライアントのWEBサイト、クライアントがイメージしているWEBサイトをiPadのSafariで確認。
- デザイン案
- iPadのPDF Viewerで確認。必要に応じて指で部分を拡大。
- アイディエーション
- アイデアを出しつつ、SafariでWEBサイトを提示してイメージを共有。
- 疑問点
- すぐに検索して確認。
以下は、今後やりたいこと。
- メモは、PENULTIMATE for iPadに直接記入(要、スタイラスペン)。
- ※しかし、ノート代わりに使用する場合は、上記のようにsafariを使ったり、PDFを見たりすることが同時にはできない…。PulseのようなデジタルペンでEvernoteに転送されるようなことができたらよいのかも。
…って、これはまだiPadならではの使い方をしていませんね。Zeptopadなどを利用するとよいのかも。
「苦しいときこそ笑顔でいよう、と。」
「とにかく私が笑顔でいなくては、と思いました。苦しいときこそ笑顔でいよう、と。だって、私が落ち込んでいたら、まわりは『やっぱりあきらめるしかないのか』と思ってしまうでしょ?」
via. 『500人の町で生まれた世界企業 義肢装具メーカー「中村ブレイス」の仕事』, P.151-152
読了:『500人の町で生まれた世界企業 義肢装具メーカー「中村ブレイス」の仕事』
先般開催されたホスピタリティビジネス企業認定式において、8番目の認定企業として選出された中村ブレイス株式会社。その式典ならびに会議に同席していた私は、社長の中村俊郎社長のお話に深い感銘を覚えました。
「夢は快い願望だが、志は厳しい決意。」
「"夢"は漠然とした個々人の願望だが、個人的願望を超えて、多くの人々の夢、多くの人々の願望を叶えてやろうという気概を"志"と言う。夢は快い願望だが、志は厳しい決意。"志"を高くもて」
via. 『GOETHE (ゲーテ) 2010年 06月号』, P.94
2010-06-03
聴講:伊丹敬之「イノベーションを起す」- 夕学五十講:慶應丸の内シティキャンパス定例講演会
全体のお話の中で、下記3点に共感。
- 「イノベーションは人間力学。人々が感動してこそ、生活や産業のあり方が変わるほどの需要が生まれる。」
- 「偉大なイノベーターは、人々の心に火をつける。」
- 本田宗一郎の言葉:「やってみもせんで、何がわかる。」
とくに、「人々の心に火をつける」という観点は、イノベーターだけでなくリーダーにとっても重要なことです。それさえあれば、メンバーは自走する。
"デザイナーは、あらゆる分野をデザインしなければならないのです。"
「デザイナーは何も特別な存在ではありません。他社と同じように、社会に対する義務を背負う一市民なのです。我々の役割は、技術や科学的実証など一般の人には何回な内容を、詩のように美しく、誰もが理解できる形式にかみ砕き、デザインとして端的に表現することです。だから、デザインに境界があるなどという考えは、それ自体がナンセンス。デザイナーは、あらゆる分野をデザインしなければならないのです」
via. 『Pen 2010年 6/15号』, P.80
"現代は戦争や貧困、環境の危機に直面しているというのに、それらに緊急に対応するためのベストな道具をデザインが生み出しているとは、私には思えない。"
「(デザイナーを辞めるという)発言の真意が、報道によって歪曲されてしまったようですね。私は、いまのデザインが明確な役割を果たしておらず、使い物になっていないと言ったのです。ある時代、ある瞬間において必要とされる道具があり、それが発展して文明が誕生します。デザインは、そのために効果的に働き、生み出されていかなければならないのです。しかし、現代は戦争や貧困、環境の危機に直面しているというのに、それらに緊急に対応するためのベストな道具をデザインが生み出しているとは、私には思えない」
via. 『Pen 2010年 6/15号』, P.80
"常に心がけていたのは、アートの哲学を教えるということ。"
「1980年代以降、渡しは教育者として、ミラノのドムス・アカデミーやミラノ工科大学で多くの学生を育ててきた。その間、常に心がけていたのは、デザインの技術ではなく、アートの哲学を教えるということ。大切なのは、人として独立することと、デザインの核となる創造力を磨くこと、そして人間性を養うことだからです」
via. 『Pen 2010年 6/15号』, P.76
読了:『Pen 2010年 6/15号 - Q&Aで学ぶデザインの教科書』
いわゆるデザインの特集。それもそれで多くのデザイナーが登場していて面白い。一方でイン神山の事例が紹介されていたのが興味深い。
プロダクトからプロジェクトへ。そして、プロジェクトの中のプロダクトと再編集されていくのがこれからのデザインかもしれない。全ての創作物には全体の世界観や思想=プロジェクション(projection)のストーリーの中から生まれてくるもの。そこには、ソリューションよりもまずはイマジネーションが求められる。
"デザインに求められる質の高い創造。"
「個人がそういうことを認識して、いろんな分野で動き出している気配は強く感じています。小さな動きでも、結局それが世の中の歪みを矯正していくのではないでしょうか。デザインは広告で紹介されるものでも、買ってくるものでもなくて、人が毎日の生活をいかに大切に慈しむか、そういう土壌の上に育って、花を開かせるものだから、繊細で新鮮な目で毎日の生活を観察し、覚醒し、まずは自らの生活文化をきちんと耕すこと。そこから始まるような気がします。
『精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる』というサン=テグジュペリの言葉(『人間の土地』内藤濯訳)があります。生活哲学という精神の風を、人に、素材に、技術に、吹き込むことで、私たちは、初めて、『粘土の魂』や『技術の魂』を超えるものを、創ることができるのではないでしょうか。それによって、『モノ』は、便利でお得なだけではない、息遣いが聞こえるような生活の要素になるのではないかと。これからは、そういう質の高い創造が、デザインに求められる時代になるのではないかと、そんなふうに感じています。」
via. 『なぜデザインなのか。』, P264
"『感覚の平和』"
「イギリスのグラフィックデザイナーで、昨年亡くなったアラン・フレッチャーが書こうとして未完に終わった著書のタイトルは『感覚の平和』だったそうです。どんな内容かは残念ながらもうわからないけれども、この書名には大いに触発されるものがあります。その言葉を使うなら、『感覚の平和を目指して世界を調停していく力をデザインと呼ぶ』と。」
via. 『なぜデザインなのか。』, P251
"自分の人生ぐらい。"
「家での教育は、私にとっては普通でしたけれど、外から見たらきっと筋金入りのリベラルですね。自分の人生ぐらい自分で決めて、自分で責任を取るものだ。自分の判断能力を持たぬことほど生きていくのに危険なことはない、と、そういう哲学を持った、昭和一桁世代の良心に育てられましたから。」
via. 『なぜデザインなのか。』, P178
"「オレたちは子どものころからミケランジェロを見て育っているんだ。」- エンツォ・マーリ"
「ドイツは知識と技術で、イタリアは本能でデザインしている、という感じかしら。イタリアはつくづく天才の国だなと思う。突出した才能に対する敬意の払い方が尋常ではありません。一所懸命よくがんばったなんていうのは、イタリアでは評価の対象にもならない。天才が神業でゴールを決めるところに、もう手放しで涙を流して酔うんです。それに対してドイツは秀才の国ですね。知識と技術を身につけ、論理を確立して、訓練された優秀な人が多い。平均すると点数が同じぐらいになるんでしょうけれど。
でも、エンツォ・マーリのその言葉(「オレたちは子どものころからミケランジェロを見て育っているんだ。」)は重たいですね。ミケランジェロを見て育つということは、目が超えるということ。にせものでは満足できなくなることです。イタリアは『美しい bello』という言葉を、ナポリの貧民街にいる子どもでも使います。機能するだけじゃ満足しないんです、美しくないと。人の美醜にもうるさいし、数学であろうと、外科の手術であろうと、本能を満足させる芸術的な美しい解答を求める。技術だけではだめで、芸術点も高くないと人が満足しない。こういう本物を見て育っている人たちの国では、デザインはいやおうなしに鍛えられますね。」
via. 『なぜデザインなのか。』, P175
"ジオ・ポンティのような明快なヴィジョンを持つ者。"
「ジオ・ポンティのような、イタリアの手工業に対する明快なヴィジョンを持ったいい建築家がいて、弱小の家具産業を自立させるためのロードマップづくりをしっかりやった。手だけ動かしていただけのところはいま、滅びつつありますが、イタリアは未来のヴィジョンを持ってやっていたから、こんな時代になっても強い。」
via. 『なぜデザインなのか。』, P172
"イタリア人の手、日本人の手。"
「イタリア人の手というのは、頼まれた以上のものをつくる。だからすごい。それは日本人の手も同じです。いい職人の手はおしなべてそういうものなのかもしれませんが、手の中に脳みそが入っている。こうした方がもっとよくなるだろうというものを生み出すことに快感を感じている職人さんが、イタリアにはたくさんいる。もちろん戦争のあと、残ったものでなんとかしなきゃということで発揮された部分も大きいと思いますが。」
via. 『なぜデザインなのか。』, P171-172
"何人もでシェアをすることが原点。"
「ええ。いま私がベルリンで住んでいる築五〇年の集合住宅には、各建物に共同の洗濯場がついています。同じ時期に郊外につくられた、ル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオンもそうです。そこに洗濯機も乾燥機もあるから、家の中に洗濯機を持たなくていい。毎日使うものはともかくとして、そうでないものは共有することで、自分の家の中にすべて持ち込まなくてもすむ。あのころの建築家というのは、一応はみんな社会派ですから、都会に人が集まって気持ちよく暮らすためのルールをきちんとわかっていて、それが、建物の中にデザインしてあるんですね。
一家に一台、一人一台っていうのは、かつては大量生産、大量販売の目標だったかもしれないけれど、これからは一人一台の安物を買わせるのではなくて、値段は高くても、質のいいもの、長持ちするものを、何人もでシェアをすることが、本当に高級なものをつくる、あるいは所有できる原点になるのかな、と思っています。本当に質のいいものは、そう安くは作れないからね。」
via. 『なぜデザインなのか。』, P135-136
"空気の量。"
「出窓が二つある狭いワンルームだったんですけれども、天井が三メートル半くらいはあったのかな。あそこに住んだ時に、心地よさと豊かさっていうのは、ある意味、空気の量だなと思いました。同じ広さでも、天井が低いと、たぶんもっと圧迫感があるはずです。いまはなんでも平米で換算するでしょう。だけど体積で生活空間を換算するようになると、豊かな空間ってずいぶん増えてくると思いますね。」
via. 『なぜデザインなのか。』, P135
"日本は文化で世界に貢献するべきだと痛切に思った。"
「たしかに、受け入れるだけではなく発信するというのは、いまの日本にとって、本当に大切なことですね。柳宗悦さんが、昭和五年に、ハーバード大学で『日本における美の標準』という講義をしたのちに、日本は文化で世界に貢献するべきだと痛切に思った、ということを書いておられますが、それから八〇年近くもたったいま、孫、ひ孫のような世代の私たちが、いまだに手土産持って、教えていただきにあがるばかりだとしたら、恥ずかしいことだと思います。」
via. 『なぜデザインなのか。』, P84
2010-06-02
大人の英語講座 KMD流
- 大人の英語講座 KMD流 Lesson1
- 大人の英語講座 KMD流 Lesson2
- 大人の英語講座 KMD流 Lesson2 緊急特別ワークショップ
- 大人の英語講座 KMD流 Lesson3
- 大人の英語講座 KMD流 Lesson4
- 大人の英語講座 KMD流 Lesson5
- 大人の英語講座 KMD流 Lesson6
- 大人の英語講座 番外編 第二言語習得論
読了:『COURRiER Japon - vol.068 特集-アップルが世界を変える。』
iPad発売に合わせた特集。iPad&Apple礼賛だけでなく、タブレット型PCのライバルやAppleのユーザー囲い込み戦略についても触れています。
iPadを日本発売日から利用していますが、賛否両論を様々なところで見聞きしていろいろと感じることがあります。一つ言えることは、この領域(=携帯でもPCでもない××)において、手が届くもっともわかりやすい最初のデバイスだと思いました。
個人的な関心としては、ここから何が変化し、推移していくのかということに興味をもっています。
以下、iPadに関するTweetsです。
2010-06-01
VISIONARY INSTITUTE - 2010 Seminar:第3回 - 意識のイノベーション 未来を予見するアート:伊藤俊治先生(東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授)
申込受付が開始されました。
- 日時:2010年06月21日 (月) 19:00〜20:30
- 受講料(税込):5,000円
- 定員:200名
- 詳細:http://www.academyhills.com/school/detail/visionary100621.html

































