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2011-08-25 -(Thursday)-
■外れた予報

昨日は雨が降るという予報を朝見たので、傘を持って出掛けた。自転車には乗らなかった。洗濯物が溜まっているけれど洗濯しなかった。雨雲は南からにじり寄っていたが、こちらまでは到達しなかった。
「片づけの魔法」の書評記事がよく訪問されているようだ。
記事の中では触れなかったことで、改めて凄みがあるのは、買った服は即座に包み・値札を外せ、「ストック」を作るな、ということである。これは確かにものを減らす。私のような部屋でさえ、未使用の下着などが時々発掘された。この指摘は、良いところに焦点を絞っている。すべてのものを、一度、「暮らす−ときめく」という座標平面に上げる(もしくは落とす)。時間軸は今に絞る。これが物を減らす。
2011-08-21 -(Sunday)- 「誤解を恐れずに言えば」という表現

「誤解を恐れずに言えば」というのは「誤解されるかもしれないがそれでも言わなくてはいけないから誤解への恐怖に目をつぶって言うんだから反発する人間は一度自分が誤解していないかどうか再度自分の理解を吟味するようにしなさい」という注意喚起を短く表現したものである。
したがって、「誤解を恐れずに言えば」という文言を見て
本当は誤解が怖いんでしょww なら書かなきゃいいのにww
と揶揄するのは当を失している。
通りすがり
2011/11/03 22:20
やや卑怯なものいいだと思います。もちろん文脈によりけりですが「〜と誤解するかもしれないけど」というように、具体的にどういう誤解を恐れないと言っているのか示すべきではないでしょうか。「ある意味で」と似たいやらしさを感じます。
2011-07-11 -(Monday)- 読みごたえのある一般向け科学書の条件

ミラーニューロンの発見―「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: マルコイアコボーニ,Marco Iacoboni,塩原通緒
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/07/08
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- 作者: ローワンジェイコブセン,福岡伸一,Rowan Jacobsen,中里京子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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購入後、パラパラとめくってみましたが、これは後者、ハチの大量死の圧勝かもしれない。
前者は、いかにもアメリカノンフィクション的な、記述水増し感が漂っている。
ハチにせよ、先月の「ランド 世界を支配した研究所」にせよ、以前のゲーム理論にせよ……著者が「誰かの研究も含めて紹介している」のではなく「自ら問いを追究している」という点で、強い本になっていると思います。
- 作者: アレックスアベラ,Alex Abella,牧野洋
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/06/10
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- 作者: トムジーグフリード,Tom Siegfried,冨永星
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2010/09/03
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研究者自らが執筆しているからといって、その本自体が「自ら問いを追究している」ことにはならない。研究分野のいろいろなテーマをいろいろ拾って紹介するという本も多い。そういう本は、読んでもどうしても興奮を今ひとつ感じない。
著者が問いを追究しながら書いた本では、素材となる研究のひとつひとつに生命が吹き込まれ、興奮に満ちている。テーマに沿った話題を本を単に並べた本では、いかにその話題そのものが科学的に価値があろうが、どれだけキャッチーで専門をバックグラウンドにしないひとの目を引こうが、本としてはキラメキが落ちてしまう。読んでいてつまらない。
*1:専門知識を要求しない、ということ
2011-07-09 -(Saturday)- 『人生がときめく片づけの魔法』のほんとうにスゴい内容について

長年の友人が「成功者というのはこの人の事をいう」と評していた、近藤麻理恵『人生がときめく片づけの魔法』をiOSアプリ版で読みました。この本は面白い。ひとことで言うと
ガチ
2ch風にいうと、2レス目に思わず「マジキチ」って書かれるレベル(もちろん、いい意味で)。
読んでいるさなかから、記述が詰まっていることにおどろきました。膨大な片づけ指南経験の具体例にリアリティがある。ありきたりな叙述で流していく凡百の指南書ではない。たいていのハウツウ本にかぎらず、世に流通しているノンフィクションは一般に、通説を紹介しているうちにいつのまにか、びちゃびちゃの薄い記述になってしまうのに辟易していました(それでページ数は稼ぐので分厚くなる)。でもこの「片づけ」本は、ひと味違いました。
この中で紹介されている「靴下は巻いてはいけない、折り畳め」というくだりまで来て、物凄いコスモを感じました。こんなこだわりが……でもそれが実に的を射ている。そして、ところどころ、「トスッ」と主婦の心の臓を一突きするフレーズが混じっている。マイナスイオンとか。そういうのは私でも「クスッ」という冗談として流せるレベル。読者のフックに語りかけながら、引き込んでいく手腕が見事です。
実は以前から別のブログで、リバウンドしない片付けの手順として紹介されているのは知っていたし、そのまとめがとてもまとまっていたので、それでいいかな、本は読まなくていいかなと思っていたんだけど、iOSアプリが800円程度だったので、読んでみたら、面白いこと。TV番組で紹介されて社会現象になるのも頷けます。自分で見てみなければ、その真価を感じられなかっただろうなと思います。
「いざ本腰を入れて読み解いて紹介したい!」とまで思えるようになった理由というのは、この本を読み進めるにつれて、以前友人から教えていただいた齋藤孝『坐る力』に共通する突き抜けた感を覚えたからなのです。
その点は、買わなくても、書店で手にとって見てもらえれば理解してもらえるのではないかな、と思うのです。
私はそういうわけで一気に読み終わってしまいました。
「風呂場のシャンプーボトルは風呂から上がったら水滴を拭って風呂場の外の棚に保管して水垢がつかないようにする」というのを読んだあたりで爆笑しながら謎の感動を覚えました。
実はこれ、自分の価値基準を涵養しなさい、という本なのですね。価値感覚を自覚しながら鋭敏になっていくために、片付けという生活習慣が、効果も目に見えるし、やった方がいい度合いは高いし、日々のトレーニングとしても分量が十分ある。家の中のモノは、増えたり減ったりする。いちど大掃除をして片付けても、継続的に対処する必要がある。それは敢えて言えば「動的平衡」だから、常に意識的に対処する必要が出てくる。だから、継続的なトレーニングにもなる。
つまり、
a. 祭りとしての大片付け
=ブートキャンプ
b. 日々のメンテナンス
=定期トレーニング
ということで理にかなっている。
- 追記: ご飯を作り、お掃除をすることの英雄性 (内田樹の研究室) も読むと、家事の意義について理解が深まるだろうと思います。
この本、8割方は、著者による自他の圧倒的な片づけ経験に裏打ちされた合理性が支配しているのですが、あとの2割は、謎の宗教者的な、カルヴァンみたいな執念をビンビン感じる。
つまり、もしこの本を単に「スピリチュアル主婦に向けた、オカルト本(だからダメだ)」と(「理系人間」的に!)排除するなら、その人はこの本を何も読めていない。
私はけっして穿った見方も斜に構えた態度もとってはいません。そうではなく、第一にこの本が「第一に『乙女』のために書いてあって、私(のようなむくつけき下郎)のために書かれていない」(それでも読めるし役に立つ)という位相差から必要以上のことが読めてしまうんです。
表面的にはスピリチュアルな表現がしてあるかもしれない。ですが、1枚めくってみると、片づけとその周辺の行動、それ自体には合理性がちゃんとある!「価値観の涵養」ということも含めて、です。しかし、私はさらにその奥に「カルヴァニズム」とでも評すべき何かを嗅ぎとっている。
私の読みがきちんと中っているかどうかはともかく、それを表現してみるとすれば、……あまり誤解を招きたくない*1のでぼかして書きますが、とある列島に育ち、暮らしていくための方法論とは何か、それを持続可能に形成するためにはどうすればいいのか、先人たちはどういう方法をとっていたか、そこからどうまなぶのか……著者なりの答えなのだと思います。
この本の中でひとつの理想としてあげられている「神社」が象徴的です。神社は祭事の場として、つねに整頓されている。それだけであれば簡単ですが、もう一つ、神社といえば私のあたまには常に(伊勢)神宮のことがあります。伊勢神宮は式年遷宮という巧妙なビジネス戦略をとりつつ(ええ、ビジネスです)、まさに持続してきた(とされている「神話」を持つ)。伊勢神宮の「仕組み」は、「片づけの魔法」書とも通じるコンセプトをまさに持っています。
この列島にあって、決して強固で巨大な家を建造することは合理的な戦略ではなかった。このことはこの半年で誰しもわかるはずなのです。悲運な多数死さえ稀でない、高いリスクを孕みながらも、面倒な四季という寒暖の激しい気候を生き抜いて、常にゆたかなリターンのあがるこの列島にくらす歴史が、現実としてあったわけです。わたしたちはどうしたって春夏秋冬を同じ服を着て乗り切ることはできない。そうすると、それなりに多様な服をもって四季の移ろいを迎える必要がある。衣替えをする。その裏で収納の要請が急務となる。しかし家屋は広くない。ときどき災害で家が壊れるから堅固で巨大な家は合理的ではない。家具を置くと寒暖の差を乗りきれない。
こういう、「無理なんじゃないか」という制約を満たしながら、できるだけミニマルなシステムを構築するというのは、この列島に暮らす、ひとつの条件だった、われわれはあらためてそれを再評価する必要がある……ここまで来るとやや強引ではありますが、私はそのように「片づけの魔法」を読みました。*2
- 作者: 近藤麻理恵
- 出版社/メーカー: サンマーク出版
- 発売日: 2010/12/27
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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もしくは、iOSアプリはApple storeページ
追記:大掃除の季節柄、「UNIQLOの古着回収」 http://d.hatena.ne.jp/extinx0109y/20110306/1299413788 もよく読まれています。
2011-03-31 -(Thursday)-
■[book]読んでおかないといけない科学の本を、あらためて考えた

- 作者: ナシーム・ニコラス・タレブ,望月衛
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2008/02/01
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有名な『ブラック・スワン』の著者が『ブラック・スワン』以前に書いた本です。私自身が『ブラック・スワン』を読んでいないので紹介するのは避けました。表裏一体の本であると思いますが、『まぐれ』は一巻本ですので紹介しやすいと思いました。
人間が「予測する」ということの限界を、これでもかと突きつけてきます。希望はその風景の中で探していくしかないのです。
桜吹雪の前に黒鳥が舞った3月も終わります。この本から読んでみてください。
- 作者: ニック・レーン,斉藤隆央
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2007/12/22
- メディア: 単行本
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こちらは以前も紹介しました。
人間を含む多細胞生物に、なぜ死がビルトインされているのか?
なぜ我々は死ななくてはいけないのか?
ごまかしではない、根底的な考察が展開されています。
- 作者: ジャレドダイアモンド
- 出版社/メーカー: 草思社
- 発売日: 2010/12/10
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人間の文化や制度というものが、気候や風土に影響されてしまう。ニッポンという国土もまた、豊かな四季と、時に甚大な被害をもたらす災害を受けやすい自然地理的環境にあることも、『銃・病原菌・鉄』が切り開いた数万年単位の視座から捉え直さなくてはいけません。
- 作者: シュレーディンガー,Erwin Schr¨odinger,岡小天,鎮目恭夫
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2008/05/16
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シュレーディンガーの後50年間で、実際のDNAがどう働いているのかは非常に精細にわかってきました。それを『DVD&図解 見てわかるDNAのしくみ (ブルーバックス)』は模式的に美しく映像化しています。こちらも必見です。
ちなみに『生命とは何か』というような題の本は他にもありますが、今でいう非線形科学です。これには、特に学部生は、耳を傾けるべきではないでしょう。そこには新しい科学の萌芽などは(大抵の帯が喧伝するのに反して)ほとんどなく、ただ何十年間も使い回され手垢にまみれたトピックがまとまりもなく出ているばかりです。
シュレーディンガーのみがホンモノです。
- 作者: ユクスキュル,クリサート,Jakob von Uexk¨ull,日高敏隆,羽田節子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2005/06/16
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生物は種によって、知覚した像が全く違う。という当然のことを書いているにすぎないのでしょうが、しかし、そうした当然のことすらも、いったいそれがどういうことなのかは、人間としてただ20年生きていても想像することすら難しいのが実情です。たとえヒト同士であっても、他者と向き合い、議論しようとする態度をもちたいと決意する人がこの本を読まないということは、とてつもない怠慢です。
2011-03-08 -(Tuesday)- 学部の実習は大事!

私の卒業した生物学科では、平日の午後は実習だった。理学部や工学部等の多くの学科がそうだろう。
昼食後から夕方まで、学科の研究室が持ち回りで、それぞれに関連した分野・アプローチの作業を学部生に指導する。個別の作業もあるものの、数人のグループに分かれて作業することが大半だろう。内容は、良くてその研究室がおこなった発見の追試である。普通はもっと基礎的なDNA配列を決定したり、その辺の池*1の水をとってきて微生物を観察する等、学部生自身にとっては「三途の川に石を積む」ように思われる作業をして、レポートを書く。その反面、ある作業を完璧に一人でこなせるようになるには、作業量が圧倒的に少なすぎる。
学部生の時は、誰もが実習を楽しいものと考えているわけじゃない。嫌なものと考えている人はたくさんいる。好悪は保留したとしても、せいぜい必要だからと我慢している人だっている。量も質も拍子抜け、帯に短し襷に長し、という感覚を持つことも多いだろう。
理由は幾つもある。拘束時間が長い。にもかかわらず、論文として業績になるわけでもない。しかも、同じことを繰り返しやらされたりする。その上、グループの連中と反りが合わないと最悪だ。厭がられるのも尤もだ。
ただ、最近、学部時代の実習の意義を悟った。学生の身分も果てようとするこのごろになって、やっとわかった。
生物系の学部を経ていないと、基本がごっそり抜けている。それは当然だ。数年間のビハインドがある。一通り説明しても、凡ミスが多いらしい。なんというか、ミスを観察する視点みたいなもの自体が弱いようだ。あっ、自分が変なことをしたな、という感覚がないのかもしれない。
それでピンときたのは、実習の有無である。ひょっとすると、失敗というのは共有できるのではないか。グループで実習をこなすうちに、お互いの手技を観察しあう。失敗がなじられることもあるだろう。しかし「社会人」になった者の口によく上るように、学部生の失敗なんて失敗のうちに入らない。大学院生だって、数百万円単位の実験を失敗してブッ飛ばすことすらあるのだ……それに比べれば、学部生の実習で失敗するなんてのは、甘酸っぱい思い出だろう? 「当の本人たちの気持ちを……」? よく、知っているよ。
人類にとっての新たな知見の獲得は学部の実習の目的じゃない。その前に、学部生一人一人の手と眼に、この世界をわずかに操作し、他の人間と共有できる客観的な知識を得るための訓練を与えないといけない。グループで決まりきった作業をこなすことは、学部生がその後、大学院生となるにあたって必要なことだ。学部卒で実験を離れるときでさえ、学科としてはカリキュラムをこなす必要がある。いま言ったとおり、自分で、時には共同で、世界をわずかに操作するという感覚を植え付けることが学部に要請される水準だろう。
では、幸か不幸か、学部でそうした研修を積まなかった人にはどうすればいいのか? これは我々としても喫緊の問題だから研究室でも話題に上るのだけれど、できる限り研究室内の同年で半年ほどグループで作業するというのが近道だろう。それが叶わないとすれば、先輩の院生が付いて見ているしかないだろう。本当はそうした「経験者の視線」でないほうが、前述の「失敗する自分に対する視線」を養いやすいと思う。ほぼ同レベルの人間同士で失敗も成功も共有する。演劇のリハーサルと同じだ。世阿弥の「離見の見」だ。
だから、もしトップランナーになりたいとすれば実習はこなす。これは最低限だ。その上で、研究室によっては意欲のある学部生を受け入れて実験をさせてくれるかもしれない。門を叩いて話してみたという人のウワサはちょくちょく聞く。どういうシステムになっているのかは知らない。自分の責任でやってください。
「そんなのは聞きあきた、最先端の実験がしたい」だって?
*1:そう、心の字池であったりする。






















