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2007-04-17 「もうちょっとだけ続くんじゃね?www」「なんという亀仙人・・」

パーマリンクしか読まないよ問題2

あるいは、またしてもはてなグループへの愛情の吐露。


日付順にソートされるのなら何度も同じこと書きゃいいじゃないすか

パーマリンクしか読まないよ問題 - そこに意味をお与えにならなかったので

どうせブックマークされたエントリしか読まれないのならば、何度でも同じことを書こうではありませんか! ひとつの記事の中に、過去の考えがまとめて整理してあれば、あちこちリンクで飛ばさないで済むので、読者に対して親切ともいえる。ハイパーリンク好きですから、必ずしもそうしませんけど。自分の意見でも、時間が経って変わってるかもしれないから、見返したほうがいいこともある。その際は古い記事を消したり修正したりするのではなく、新しい記事で変化したことを書いておくのがベタートラックバックしとけば向こうをいじらずにこっちへ飛べるし。冷蔵庫デスクの引き出しの整理に似てるかな。おれ片付け苦手なんですけどね。

ブログが時系列で並ぶものである以上は、このしくみの利用法として、ある程度正解に近いんじゃないかと今は思ってるんです。日付順に並ぶからには、そうしたほうがいいかもねー、という。

並行してメモ日記 g:recentmemory も使っているのですが、メモは自分にわかる最小限の表現でいいやと思って書いてます。バランスをとるためなのか、このダイアリーのほうは、わかりやすさを重視しようと思って、自然と説明が多くなっていたりします。記事が長くなりがちなだけに、修正を加えたくなることもしばしばなのです。

簡単にいうと「自分や身近な人間を相手にするならローコンテクストでもジャーゴンを多用しようとも構わないけど、初対面の相手にはハイコンテクストで対応するのがいいよね」という、すっげえ当たり前のことでした。でも過去の記事をまとめたり直したり面倒だよ! リンクするのですら面倒なのに!

グループキーワード使えばいいんじゃないすか

しばしば修正したくなっちゃブログエントリですが、修正したところで更新時ほどの周知には至らず、誰も来なくて「あれー」ってことになることも多い。せっかく書き直しても。

どうしてパーマリンクしか読まれないのか、しかも投稿時(ブクマされたときとかね)にしか読まれないのかというと、ブログが時系列に並んでるからいかんのですよね。これを改善するためには遺跡を掘るブックマーカーを称揚するべきだよなあと思ったりもします。

別の方法として、修正が入った文書が一番上にフロートするのはどうなんだろう。パーマリンクだけしか読まれないとしても全然問題ないんじゃないかしら。ブックマークされてようがリンクされてようが構わず、同じ話題、同じテーマの文章を追記してけばいいじゃない。そして「ぼくらにははてなグループキーワードがあるじゃない」と思いました。モチオさんが執筆のときに使ったっていうし。

いくつかつながってる話題でブログエントリを書いたら、たぶんまたそこ周辺で書くことになると思うのですね。そういう話題は日記たるブログでなくて、グループキーワードみたいな時系列で表示されないものに整理していくのはどうかなあと思ったわけです。こうすることで、過去記事に関連した話題を探してリンクしたり抜粋する面倒からおさらばになるのです。

そうしたらあとからその話題に入っていく人にとって便利。シーンというか、界隈の活性化にもつながると思うのです。

そんなわけで

パーマリンクしか読まれなくても全然構わないので、個人利用目的はてなグループをひとつ取得して、キーワードに文章をいろいろ書き連ねていきたい。キーワードの項目ひとつひとつが「何々を書くための予定地」みたいな。

どうせいつまでも未完成なものなので、あきらめてベータで出してしまおうという、発想の転換とも言えます。箇条書きがだんだん長くなっていく様子とかのイメージhttp://death.g.hatena.ne.jp/keywordlist でなんとなくわかりますでしょうか。ファック文芸部の部長のひとりグループですけど。

と、ここまで書いておいてアレですけど

もしや断片部(または断片部派生グループ)に入ってキーワード使えばいいんじゃねえの?(断片部日記キーワードストックフローとして使う趣旨なのです)

よそのグループに入るのがいいのか、自前でグループ作るのがいいのか、これから考えてみます(今のところ、個人でグループ作ったほうが、読むほうにとって便利なんじゃないかなーとか思って)。

はてなグループ使ってない方に、グループキーワードの魅力がちょっとでも伝わったでしょうかしら。グループキーワードには、時系列に並ばないという魅力があるのです。

みなさんが「グループ日記のためではなく」「キーワード利用のために」個人グループをお使いにならんことを。そして、はてなグループ全体の発展をお祈り申し上げます。そしてはてな社の愛が、もうすこしだけ、はてなグループに向かいますように。

先週見聞きしたことがいろいろつながってたよ日記

このエントリでは身の周りの話に出た「創作の変革」っぽいことをまとめます

ゲーム的リアリズムの誕生動物化するポストモダン2』(以下『動ポモ2』とします*1)で言及されていたような現象について、そういう書籍ビデオゲームコンテンツ存在することは見聞きしていたし知っていたはずなのですが、そういう現象が確実に進行しているらしいことを映像業界の人から直接聞いたら、予想以上に感慨深かったので、ここに記録しておきたいと思います。後述する、いくつかの書籍映画で言わんとしていることが、全部つながってるように思えるんですよねえ、眠いからかな。

どっちかというと筒井氏の話のほうが理解しやすくて、つながっているとはいえ、自分の理解は、そっちに重心が偏ってるかもしれない。『動ポモ2』はパラパラ見返しても細かいところ覚えてなかったりした。言葉が難しかったりするので。だからこれは、理解を深めるために書いたエントリでもあります。

詳しい人にとっては、今さら何を言ってんだってことかもしれません。反対に、興味がニアピンしない人を置いてっちゃうかもしれません。間口の狭いブログです。


ちかごろ起こった出来事

ここ一週間で、べつべつの事柄がつながる体験をしました。

動ポモ2』がどんな本だったかというと

理解が正しいのか、または他の人と同じ解釈なのかわかりませんが、自分はこの本がどんな本だったか問われたとき、「虚構であることに自覚的な創作について書いてあるよ」「レースゲームで視点の変更できるでしょう、コクピット視点と後方視点。創作物にはそういう視点の位置が重要だったりするよね」といった回答でお茶を濁してます*3。説明になってませんが、これでもなお気になった人は、読んだら何かしらの参考になるのじゃないかと思います。

映画時をかける少女』のメタフィクションなところ

アニメ版の『時をかける少女』は、画面、スクリーンフレームをことさら意識した映像だったという印象を受けました。おそらく、客席からスクリーンに向かって左側が、主人公にとっての未来。右側が過去を表してます。観客から見えているフレームの中が現在主人公未来人を画面左側へ追い出すカットや、後輩の返球する様子を過去の自分をみる気持ちで右側を向いて眺めるカットで、そんなふうに感じました。これを意識して観賞するかどうかで、総毛立つ度合いが違う。時間の流れを描くために、映画の制約を利用して、スクリーン存在を観客に気付かせるというのが、メタフィクション的だなあと感心するのです。ここまで考えると、あと秒間24コマのフィルムの1コマだけが現在じゃないかとか、いろいろ思いを馳せられる。すごい。

また、小説の中で時間を扱うことがメタフィクションの試みだっていう記述も、『小説のゆくえ』内にあります。作者が小説時をかける少女』にどれだけその思いを込めたかはわかりませんが、創作物の中に時間の流れを意識させることの意義が、ちょっとだけわかった気がする。

映画パプリカ』のメタフィクションなところ

まあ夢が現実を侵蝕する、無意識が意識にのぼってくるというストーリーはもちろんなのですが、映画内で映画制作について思いを馳せることが、メタフィクションな気がします。映画スクリーンを破って中に入るカットに、映画の演出としての重要性があったように見受けられます。「イマジナリーラインを超えた」っていう夢の中のセリフは非常に示唆に富んでいた。

小説パプリカ』は既読ですが手元にないので触れません。

id:setofuumi さんとチャットした内容の抜粋(若干の追記と脚色)

映像業界の人と会話した内容の抜粋

こっちから振ったわけじゃないのに自然にこんな話題になりました。問題にはなってるみたい。

  • ここでの用語「全体」と「断片」
    • 映画の全体を使って1本の話を盛り上げる手法を「全体」
    • 全体として盛り上がりを持ったひとつの話じゃない「断片」の手法
      • 予告編をみたときの印象と本編をみたときの印象がさほど変わらない
      • 部分を積み重ねて全体を作るのだが途中で便所に行っても話が進んでなかったりする
      • データベース」って使い方合ってるかな
  • 若い世代が「断片」の手法を用いてる印象は正解
    • 若い映画監督にはそういう傾向がある
    • 若い人でも昔ながらの映画を指向する人は少なくない一方、若いのに気づかない人、意図的に無視する人、とりあう価値はないと考えている人がいる
    • 大御所でも「断片」を意識して制作している人もいる
      • 「全体」と「断片」の両方の観賞に耐えうるコンテンツが可能じゃないかという希望
    • 連作短編ですら手法としてはズルですよ
      • まあそういう手法は昔からあったにせよ
  • そもそも「断片」は明治以降の日本文学自然主義私小説の潮流と相反するところがある
    • しかし古典文学は視点がクルクル変わったりするし「青い髪の人はこういう人格」みたいなパーツを流用して創作する手法は、違う舞台で同じ能面を流用するようなところと似ているのじゃないかなーとか思ったりもする
      • ひょっとすると明治から今までの状況が特殊だった可能性もある
  • 原因
    • なぜ断片化が起こっているのかの、ひとつの理由としては、若い世代ほど集中力、読解力が減退していること
      • 従来のコンテンツ映画の90分なり120分なり全体を通して盛り上がっていく構成
      • 反対に、若い世代にとっては映画が主要な娯楽でないのでテレビコマーシャルが15分ごとに入るフォーマットの影響を受けている
      • ブログも断片化の原因のひとつか?
      • Youtube だって10分も見続けるのはつらいよね
      • 集中力と読解力は減退しているが、どうやら若い世代には想像力はあるようだ
        • 明示されない「断片」から「全体」をイメージする力は養われている
  • 漫画について

これからしたいこと

境界を越える話を思い浮かべると、本当に心が踊ります。好きなのだなあと思う。世の中を見渡すと、けっこうたくさんの境界線があって、面白いです。イマジナリーラインも境界だったし、現在を挟んで過去未来は境界だった。

もっともわかりやすいところではあの世とこの世は黄泉比良坂を挟んで隣り合った異世界なのですが、これを重機で地ならしして水平にしたいとか考えています*4スピリチュアルカウンセラーの人と俺の間には、双方の主観において、第三者の視点において、複数の境界線があったりして、興味深い。

個人的には、まだ読んでないメタフィクションの作品がたくさんあることに気付いたので、ダメだなあ自分とか絶望したんだけど、でもこれから読むものが多くてよかったじゃんって安堵した。先週1週間で書きたいこと増えた。忘れないうちに書き留めたいことがいっぱいあります。

思ったこと

そうねえ。

自分は断片派なんです。連作短編が好き。想像できるから。ってことは「データベース消費」には馴染まないくせに「大きな物語」は欲してるってことになるなのかな? でもまだ『動ポモ2』で挙げられたような作品の中で、「これだ!」っていうのに出会ってない気がしています。ゲームとかやってないので、その中にあるかもしんないけど。

どうしてかなーと理由を考えると、新しい手法、メディアフォーマットユーザーの持つ準拠枠などに対して、十分なテストがなされていないからなんじゃないかなと。

ちょっとズレるかもしんないですけど、個人的には、たとえばケータイ小説とか、あんまおもしろいと感じない。でもそれはフォーマットについて本気で考えてるプロの数がまだ少なかったからだと思うのですね。少なくとも去年あたりは、文壇は視界に入らないフリしてた。まだケータイ小説を汚らわしいものとみなしているような話も聞きました。今は可能性を考えている人が増えたと思います。そう信じますけれども。

フォーマットに乗ったコンテンツダメダメだっていうのは簡単なんだけど、じゃあそのフォーマットを使って何ができるのか、何を表現するのに向いているのかを考えないでいるのは、怠慢ですよね*5

ケータイ小説に限って言えば、出版社は売れ線のジャンルに拘泥しているところがあったし、書こうと思う人がその要素を入れることが当然と思っていたりするような感じもあった*6。負のスパイラルになってるなーと思った。

新しい状況になりつつあるという観測を信じるならば、ここがチャンスでもあるわけです。

既存のシステムに乗って金儲けをしようと考えると、既得権を持ってる人の価値観に合わせなくちゃいけないケースが出てくると思うんですよ。学ぶべきことは多いですが、すべての習慣を真似することないですよね。だから媚びないほうが楽しいと思う。それは金儲けにつながりにくい道かもしれませんが、今のまま滅亡するよりマシって考えることもできる。

ぼくはすべての創作者がすきです

どんなくだらないといわれるようなものでも、それだけで、作ってないやつより偉い。創作日記も地続きですので、日記を書く人も好きです。みんなで嘘をつきましょう。嘘をついて、インターネットを便利に使おうとか思ってる人を困らせてあげましょう。ニート野郎どもは、どうせ暇なら、ぜひ創作してみるといいと思うよ*7

上に出てきた本と映画はてなが儲かります)

ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)

ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)

着想の技術 (新潮文庫)

着想の技術 (新潮文庫)

小説のゆくえ (中公文庫)

小説のゆくえ (中公文庫)

時をかける少女 通常版 [DVD]

時をかける少女 通常版 [DVD]

パプリカ [DVD]

パプリカ [DVD]

*1:もしくは『ゲリ誕』

*2http://yozemi.exblog.jp/

*3:「虚構性を強調した虚構」という言葉は『小説のゆくえ』に出てきます。レースゲーム云々は、放送部 g:broadcastingid:GonbeNanashino さん id:setofuumi さんとチャットしたときに例として挙げられたものです。チャットログg:broadcasting:id:extramegane:20070416:1176725593

*4スピリチュアルカウンセラーの人をロードローラーでアレして土木工事人柱にするよ

*5満場一致結論が出ていて、それをぼくが知らないっつんならごめんなさい。そして教えてください。勉強します

*6ケータイ小説における「売春」「レイプ」「妊娠」「HIV」「ドラッグ」など物語のパーツを踏襲しようっていう手法は『動ポモ1』の「データベース」「萌え要素」「萌え属性」と似てるようにも見える

*7:横から目線

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