真犯人の自白から初公判での否認、初公判での否認っていうのが15年前の冤罪事件と同じだ!っていうところがよかった。服役していた人物の母親が序盤にちらっと出てきておいて、あとで活きてくるところもよかった。
冤罪を起こした当時の警察と検察、その贖罪っていう題材のために、主要人物に過去の瑕疵があったという設定をくっつけてきた。人は誰でも嘘をつく。正義のために嘘をつく。
さらに真犯人が死なず、法の裁きを受けませんでした。殺人そのものよりもその周辺の罪深い行いをテーマに持ってきているわけです。殺人が起こっているのに殺人を話の中心にしない刑事ドラマってすごい。
さらにすごいのは、その悪いやつらの決着を見届けずにエンディングを迎えるところ。悪が懲らしめられたのかわからない。カタルシスがないんです。でもカタルシスないところが今回のテーマにぴったりなんですね。
カタルシスを求める欲求が冤罪を生んじゃうんだよー、っていう。もう刑事ドラマという形式自体を否定。傑作だと思いました。
話がおもしろかったことに加えて、新シーズンの第1話に要求されるポイントも、かなり詰め込まれていました。
『相棒』はふつうの刑事ドラマではやらないようなことを題材にすることも人気の秘密のひとつなのですが、それはそれとして、「キャラクターもの」として好評を博していたところもあったと思うし、そういう人気の取り方を計画して制作もしていたと思う。
それで映画版の第2作も、テレビシリーズを見てない人を捨ててる感じがして、それって正直どうなんだろうと個人的には感じたわけです。
ところが今シーズンでは第1回目にして、登場人物の行動を変えてきた。捜査一課の3人が特命係に嫌味を言わない、刑事部長(だっけ)が今までと異なるような考え方になった、神保が優しくて不気味、などといった描かれ方があった。これはこれで初見の視聴者を置いてけぼりにしているわけですが、映画版とは意味が違うように見えます。
従来のシリーズの視聴者に対しての気持ちいい裏切りと考えると「キャラクターもの」の手法のひとつとして、心憎くもありますが、第1話でそれをするというのはどういうことか。
「キャラクターもの」として楽しまれているような作品なのに、唐突に人物の多面性を見せられると、我々視聴者は、なんだか作品の世界の風呂敷を閉じにかかっているのではないかと勘ぐってしまう。
小料理屋が閉められた点にも同様の予感をおぼえる。シーズンの最初に小料理屋が閉まるということは、今後、離婚エピソードが詳しく明かされるとしか思えない。ということは、右京の身辺が整理されるということでもあり、やはり視聴者にクライマックスを感じさせるための工夫と見てとれるわけです。
今回のゲスト、おそらく1回こっきりしか出演しないであろう役者さんたちも豪華だったし。
私は読んでないんですが、週刊誌には最終シーズンか?というようなことが書かれた由。そのこともあいまって、今シーズン通しての期待をさせる戦略は見事だと思いました。ひょっとしたら週刊誌の記事すら作戦のうちなのではないかとすら疑わずにはおれません。