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2010-06-08

昨年3月の「組立」展で配布したフリーペーパーに掲載の、永瀬によるtxt『言語の爆発的失敗 東浩紀から吉本隆明「マス・イメージ論」への遡行』の全文を転載します。「ユリイカ5月号に掲載された佐藤雄一氏のtxt「QF小論」中にある「床屋談義」に当たるものとお考えください。佐藤氏のtxtの水準の高さは素晴らしいもので、私自身は何も言う事がないのですが、いわば素材として、改めて流通させ直すことにしました(タイミングが遅いのですが、単なる怠惰です)。はてなダイアリー記法を利用した他は、ほぼ原文のままです。

言語の爆発的失敗 東浩紀から吉本隆明「マス・イメージ論」への遡行

一  「マス・イメージ論」というクレーター

読む事が出来ない本がある。なぜこんなにも読めないのか。

一九八四年に福武書店より出版された吉本隆明「マス・イメージ論」に対する批判は、柄谷行人「モダニティの骨格」(一九八五年「批評とポストモダン」収録・これも福武書店)において既になされている。


吉本隆明の文章は、独特の用語と体系のなかで意味をもっている。どんな文章についても同じことがいえるとしても、『マス・イメージ論』のような書物に関して、とりわけそのことが注意されねばならない。むろんそれは本書をよりよく理解するための注意書きではない。本当は、私は本書をまったく理解できないのだ。本書を了解するためには吉本氏の『体系』を受け入れなければならないが、その気がまるでないからである(柄谷行人「モダニティの骨格」)。


さらに即物的な批判として、一九九一年に、これまた福武書店から出た「近代日本の批評・昭和編(下)」における、蓮實重彦による以下の発言がある。


ところが吉本さんにはイメージに対する批判能力が皆無なんです。


『カルチャーとサブカルチャーの領域のさまざまな制作品を、それぞれの個性ある作者の想像力の表出としてより、「現在」という巨きな作者のマス・イメージが産みだしたものとみたら、「現在」という作者ははたして何者なのか、その産みだした制作品は何を語っているのか(マス・イメージ論 単行本あとがき)』。山岸涼子大友克洋らの漫画やCM現代詩、ポピュラーソングの歌詞、中上健次大江健三郎、ポオらの小説等を同列に論じた「マス・イメージ論」は、しかし、最初の「変成論」から“独特の用語と体系”によって読むのが難しい。そして、「語相論」の、漫画を台詞の活字とコマ配置だけで再現するという無茶な分析手法で、その破綻は一目瞭然となってしまう。伊藤 剛「テヅカ・イズ・デッド」では、単に対象となる漫画作品をスキャンしてページをそのまま載せる、という当然の手法だけでなく、必要に応じてプロの漫画家に、オリジナル漫画例まで描かせる。このような現在の、充実した漫画研究の水準からしたら信じられないような、「マス・イメージ論」という書物は、ここまで見れば、単なる失敗作として放置すれば済む。しかし、例えば、私たちは、吉本の問題設定の反映を、意外な場所で目にする。


自然主義的な読解は、作家がある主題を表現するためにある物語を制作し、そしてその効果は作品内で完結していると考える。しかし、環境分析的な読解は、作家がその物語に意図的にこめた主題とは別の水準で、物語がある環境におかれ、あるかたちで流通するというその作品外的な事実そのものが、別の主題を作品に呼びこんでくると考える(東浩紀「ゲーム的リアリズムの誕生」二〇〇七年 講談社現代新書)。


ここでの東の「環境」という語彙は、吉本の言う「現在」という語ととても似ている。簡単にいえば、作品を内在的に考えるのではなく「現在」/「環境」の介在の結果の現れとして読み解こうとするものだ。だが東は吉本とは異なり成功している。東の「ゲーム的リアリズムの誕生」とそれに先立つ「動物化するポストモダン」(二〇〇一年 講談社現代新書)は幅広い波及効果を産みだした。サブカルチャーとメインカルチャーのヒエラルキーが曖昧な日本において、いわば知的批評がメインカルチャーを扱う言葉と同じ文体でサブカルチャーを語るという欲望はおそらくマグマのように存在していたし、部分的には鶴見俊輔による「限界芸術論」のような先駆け等も存在した。しかし、その全面開花は東を、つまりデリダとオタクを完全に等価に扱う存在を待つ必要があったと思われる。


社会分析論的な「動物化するポストモダン」の続編で、事実上の文芸批評の書である「ゲーム的リアリズムの誕生」は、吉本の考えた「重層的な非決定」、つまり“『資本論』と『窓ぎわのトットちゃん』とをおなじ水準で、まったくおなじ文体と言語で論”じたもの(東の場合は村上春樹―後に東は中上健次の晩年の作もそこに加える―とライトノベル、さかのぼって言えばデリダとアニメとをおなじ水準で、まったくおなじ文体と言語で論じた)のリターンマッチとなっている。が、東の出現は、日本の文化状況から考えれば、明らかに遅すぎた。一九八四年の「マス・イメージ論」と二〇〇七年の「ゲーム的リアリズムの誕生」の二三年間というブランクこそは、「マス・イメージ論」という爆発的失敗のあけたクレーターなのではないか?もちろん、この二十三年の間に、大塚英志によるエポックメイキングな(そして東の直接のステップになる)仕事等は存在した。しかし、後に書くように、吉本の「マス・イメージ論」と東の「ゲーム的リアリズムの誕生」の間には、構造的な反復といいたくなる関係性が見えて来る。


 東の吉本への言及は少ない(インターネット上の掲示板2ちゃんねる」に“降臨”した東によって、自分たちの世代にとっては影響力がなかった旨の発言が確認されている)。「ゲーム的リアリズムの誕生」では、さりげなく「ポップ文学」という語の由来として吉本の名前があるが、そこでも重視されているのは仲俣暁生「ポスト・ムラカミの日本文学」(二〇〇二年 朝日出版社)である。だが事実上、東の「ゲーム的リアリズムの誕生」が成功した「マス・イメージ論」として存在しているのは、影響関係の有無というよりはその〈視点〉故だ。批評空間という東の出自を踏まえて、その文脈は“ラカンヒッチコックを語る”ジジェクである、という見方は難しい。東は日本的な特殊性を帯びた文芸批評家であり、小林秀雄以降、江藤淳や吉本、そして柄谷という流れの中にいるのであって、国内でジジェクの文脈を持つのは二〇〇〇年に「戦闘美少女の精神分析」(太田出版)を出した斎藤環と見るのが一般的だろう。東が今、東京工業大学という、吉本/江藤と深い関連をもった場所にいることは日本の文芸批評史上偶然ではない。


いずれにせよ、吉本と東の現実的関係性を実証することにこのテキストは興味を持たない。というよりは、東の「ゲーム的リアリズムの誕生」から遡行して吉本の「マス・イメージ論」を見た時、そこに現在の文芸批評の前線と通じる源泉が見いだされるということ、かつそれが失敗し、意外な空白を産んでいることを確認したいのだ。


二 「変成論」

「マス・イメージ論」の最初の文章、「変成論」は、カフカの小説「変身」についての記述から始まる。この出だしは吉本本来の、文芸批評家としての基礎的な実力が展開されていて比較的読みやすい。一家の働き手である主人公がある朝昆虫に「変身」していたことから始まる物語を追いながら、虫になった兄への近親相姦感情を一気に反転させる妹と、そこで生じる事態、およびそれがなぜ「変身」の中核的な魅力になっているかをさばいてゆく吉本はまっとうだ。だが、この虫/主人公の有り様が読者にあたえるであろう感覚について書き始めるとき、吉本は独自の手法を露呈させてゆく。


さてもう一度言い直そう。カフカの『変身』に変成の現在性があるとすれば、この変成が分裂病的であり、しかもそれ以外では、ほんの微かにずれても駄目だということになる。

変成のイメージの分裂病的な特性。これはいったい何なのだろう。これをカフカの文学の理念に還元するのではなくて、ここでは現在のイメージの一般性の方に転換させてしまいたいのだ(「マス・イメージ論」収録「変成論」)。


ここで吉本は、「変身」という作品から、「現在のイメージの一般性」というものに論点を切り替えている。言い換えれば、作品から外に出ている。


時代が閉塞し、ゆき詰まっているため、人間が虫のようにしか行動できないとか、虫のようにみじめだというのではない。また人間はあたかも、現代の社会のなかで地を這う虫、そのものだというのでもない。虫の身体をもって、それを離れられない人間の心、判断をもった存在、どこまでもそういう存在としておかれる状態を意味している。この変成の内部では喋言ったつもりでも、音声が奇異にかすれていて、自由にコミュニケートすることができない。誰も意図の所在をほんとうには伝達できないのだ(前掲書)。


ここでの吉本のカフカの読解は、既に反転後のものだ。「変身」が「時代が閉塞し、ゆき詰まっているため、人間が虫のようにしか行動できない」「虫のようにみじめだ」「人間はあたかも、現代の社会のなかで地を這う虫、そのものだ」というならば、いわばそれは従来の読みとなる。しかし「というのでもない」のなら、そこに見えるのは何なのか。それこそが“「現在」という巨きな作者のマス・イメージが産みだしたもの”なのだ。この転倒は、東の「環境分析的な読解」と類似する。一九八四年に吉本が発した問い“「現在」という作者ははたして何者なのか”は、二〇〇七年に反復されている。それを吉本が言う時「現在というマス・イメージ」となり、東が言う時「想像力の環境」となる。直接吉本の影響を表明している仲俣暁生の、ライトノベルに新しい自然主義文学を見る見方より、いわば原理的レベルで東の方が吉本に着想としては近いとは言えないだろうか。


カフカ読解において、当初の目的を果たしたかに見える吉本は、続いて筒井康隆脱走と追跡のサンバ」の分析も無難に終える。ところが糸井重里/村上春樹による「夢で会いましょう」の読解、「チャネルを切り替えることで、またこの種のべつの掌編がつぎつぎに繰り出される」ような作品の記述において、吉本の文章は急速に読めなくなってゆく。


わたしのかんがえでは、これ以上深層にはいり、これ以上一ヶ所にとどまって倫理の普遍性を捉えようとすれば、現在のイメージの変成の様式的な世界はすぐに、露骨さに耐えず崩壊するにちがいない(前掲書)。


いきなり「考え」がひらがなになってしまった、この文言の意味が一読して了解できる読者はどのくらいいるのだろうか。翻訳すれば「吉本の考えでは、糸井/村上が書いた掌編をこれ以上長くし、意味ある内容を付加すれば“現在の変成のイメージ”は捉えられなくなる」というほどの内容だろう。異論も出るだろうがここではこのくらい曖昧な記述になっていることが確認できればいい。古典的な文学作品である「変身」あるいは意外なまでにこれまた古典的文学者である筒井の作品を論じる時、吉本はスムーズに言葉を書く。ところが、「テレビ的」感受性が入り込んだ作品になったとたん、吉本の言葉は空転し始める。吉本はテレビ的ビジュアル感覚、その「イメージ」を適切に言語化することに失敗しているのだ。この後、漫画と現代詩をバックボーンとする高橋源一郎の「さようなら、ギャングたち」の読解になると、「吉本節」はほとんど自動的に繰り出される。


言語がひと齣にむかって集約されてゆくさまがよくわかる。そしてここに漂っている情念の処理の仕方、シニズムと気取りの雰囲気が、どうしても現在のイメージの変成の過程で出てこざるをえない必然だということが示されている。図柄の荒唐無稽さをおおうための〈意味〉の衣装として、どうしてもこのシニズムと気取りが様式的なパターンとしてあるということなのだ。劇画的な描写のつぎに映像的な変成の仕方をふんだんにみることができる(前掲書)。


「齣」はなぜ「コマ」ではないのか。〈意味〉の衣装、とは何か。そもそも、「現在のイメージの変成の過程」という吉本独自の語は、いつの間にか強調も何も無く地の文にとけ込まして良いことになったのか。「本書を了解するためには吉本氏の『体系』を受け入れなければならない」とはこういう事だ。だが、それでも吉本がやろうとしていることはかろうじて理解できる。


スイッチとチャネルによって一瞬に中心に到達できる映像の世界、また一瞬のうちにべつの系列の映像に転換し、また恣意的にスイッチを切って消滅させることができる映像の世界、〈世界〉〈転換〉〈消滅〉がす早くおこなわれるというイメージ様式は〈意味〉の比重を極端に軽くすることではじめて衝撃に耐えられる世界である(前掲書)。


ここで吉本が感じているのは、「夢で会いましょう」という作品は作家も読者も前提にしているテレビ的社会=環境、すなわち「現在」によって作品の形式と内容を規定されているし(テレビのような小説)、またそのこと自体に読者/作家相互が意識的視点を持っているということだ。「夢で会いましょう」という題は同名の過去の有名なテレビ番組から取られている。作者も読者も、「夢で会いましょう」という小説を目にした瞬間に「夢で会いましょう」というテレビを想起し、「夢で会いましょう」というテレビを見るように、テレビ的に書かれた「夢で会いましょう」という小説を読む。しかもそれがすべて自覚的に遂行される。


繰り返しになるが、東の提示する「想像力の環境」が「マス・イメージ」の翻案だとは思われない。吉本の「マス・イメージ」とは理論というよりは半ば暗喩だ。対して東の方法は十分分析的でなおかつ対象となる作品との関係も緊密といえる(ほとんど対象作品と共作しているかのようですらある)。根本的な差は、その文体にある。東の文体は形式的にクリアであるばかりでなく、前提としてゲームやライトノベルに関心が無い人間にも理解できるように、噛んで含めるように記述していて「詩的」な表現は皆無だ。だが、東の「環境分析」による〈(サブカルチャーなどの)特殊性に宿る普遍的な問題〉の探求の萌芽が、一九八四年に吉本隆明によって芽吹こうとしていたとは言える。


だが吉本の「マス・イメージ論」は失敗し続ける。基本的に、吉本は文芸批評家としての能力で把握できる「文学」作品から出発しながら、風俗的に新しい主題に挑もうとして、そこにある「視覚的」イメージの記述につまづく。反核アピールを出した文学者を「現在」から後退していると批判しながら、素材のすべてが「文学」だった「停滞論」は、この書物の中でもっとも読みすすめるのが容易だ。しかし吉本の手法は、多分に「現在」的視覚性を持った素材、例えば漫画作品においてあからさまに反動する。萩尾望都の作品をそのまま載せず、コマ(齣?)の配置とその台詞だけを抜粋する吉本は、ようは画像+言葉で構成されている漫画の画像を消去してしまい、自らの専門である「詩」にほとんど改変してしまってから論じる。ページ上に配置された「言葉」は、例えば入沢康夫「わが出雲」(一九六八年 思潮社)の平面的語句配置、あるいは宮沢賢治春と修羅」のような語句の視覚的表現の地点にまで漫画を引き戻している。吉本は、徹頭徹尾詩人であって、蓮實の言う通りイメージに対する批判能力は皆無だった。ただ一点、「言葉」ではなく視覚的イメージが何かしら、未知の、しかし決定的に重要だという予感だけで論を無理矢理進行させてゆく。もしこの「読めない」本に異様な迫力が宿るとしたら、この、自分には絶対理解できない領域が決定的に重要だと判断した時、自分は溺れることがわかっていても飛び込んでみせるという、その「姿勢」が感受できた時だろう。その迫力こそ柄谷行人が吉本の「言語にとって美とは何か」に対して感じた“不健全さ”(「建築への意志」・差異としての場所に収録)かもしれないが。


三 美術批評の蒸発

少なくとも、サブカルチャーの「イメージに対する批判能力」において吉本を上回っていた東によって、「マス・イメージ論」が開けた空白が埋まったとして、吉本の失敗の痕は全て消えたのか。もちろん私はまだある、と言いたいのだ。それこそが八十年代から九十年代、さらに二〇〇〇年代中盤以降の長きにわたって見事な空白地帯と化した美術批評、あるいは美術をめぐる「言葉」だと思える。一般に、この時代を埋めていたとされる美術批評家に椹木野衣がいる。が、先行する七十年以前の美術批評、針生一郎中原佑介藤枝晃雄他を「殺した」のは、実は椹木ではなかった。自らの理論的展開によって先行する美術批評を直接「父殺し」していない、という事実は、椹木の美術批評家としての裏付けを解消してしまう。椹木は単に最初から何も無い焼け野原(爆心地?)に不時着した地衣類にすぎず、そこから芽吹いた緑は枯れてしまった。先行世代の美術批評が花田清輝の影響下にあったことは今から見れば自明だが、この花田を論破したことになっている吉本隆明こそ、事実上七十年代までの美術批評を殺した当人となっている。


有名な花田―吉本論争の吉本の勝利が成り立たない事、およびそのような吉本の論理がなぜヘゲモニーを握ったのかという分析は既にスガ秀実によってなされているが(「花田清輝」 講談社 一九八二年/「吉本隆明の時代」作品社 二〇〇八年)、事実として、吉本による知識人批判の影響によって根こそぎにされたものこそ美術批評だった。その後、「マス・イメージ論」の失敗によってクレーターと化した区画の一部だった美術の言葉の領域は、実は柄谷行人「日本近代文学の起源」への応答であった椹木野衣「日本・現代・美術」をのぞいて空白のままだった。批評とは、常に他の批評に対して批評である。空白となった「悪い場所」にぽつんと単独で立った椹木は、その単独性故に批評の「批評性」を維持できずアート市場のアリバイ工作としてしか機能しなくなった。端的に言えば、吉本にとって仮想敵ですらなかった美術批評が、いわば勝手に倒れたのだとすれば、その原因は美術批評それ自体に内在した。ならば、逆説的にではあるがその空白にこそ、現在、そしてこれから美術に対して言葉を紡ごうとする時の契機が見てとれるのではないか。


このような空白を過度に強調することは不当だという視点は、まず私自身が持っている。私のブログ「paint/note」では二〇〇四年に「ボードレールから藤枝晃雄・椹木野衣・岡崎乾二郎まで」というエントリを数回にわたってアップした。空白に見える八十年代以降の美術批評に、一定の流れがあること、すなわちボードレールからグリーンバーグに至る正当な美術批評を日本において表象しようとしていた藤枝に対し、「外部」から「日本・現代・美術」を露呈させた椹木、そしてその「外部」が即アメリカであることに対抗するように出された岡崎の「経験の条件」という水脈を浮かび上がらせたのが当該エントリだが、しかし、逆を言えばそのような「流れ」は不可視だったのも事実だろう。こういった流れがともすれば伏流しがちであることに対して、東浩紀以降の〈成功したマス・イメージ論〉の流れが、美術と接点をどのように持つかは注意してよい。


 日本の美術批評は、常に文芸批評の周りに衛星としてしか存在してこなかった。最も著名な「近代絵画」論が小林秀雄のものであり、花田清輝の影響下に七十年代までの美術批評があり、柄谷の影響下に椹木野衣と岡崎乾二郎がいた。美術批評の自立、などという反動を今更言う必要はなくとも、よって立つ基盤は認識すべきだろう。そのような意味合いからも、吉本の「マス・イメージ論」という失敗の「爆風のゆくえ」は確認しておいてよいと思える。