自分が死んだらGmailに溜まったメールはどうなるか

■秘密と相続

 GmailFacebookなどで、自分のプライベートなデータをネット企業に預けている人は多いだろう。セキュリティに気をつけていれば、際どい内容が含まれていても、その中身が外に漏れることはない。ただ、本人が死んでしまったら、そのデータはどうなるのだろうか。

 言うまでもないが、通信の秘密は国民に認められた権利であり、憲法電気通信事業法で保障されている。政府はもちろん、インターネットサービスプロバイダなどの電気通信事業者、さらに一般人も人の電子メールを勝手に見てはいけないことになっている。犯罪捜査で捜査機関がプロバイダに情報開示を迫ることはあるが、それも無制限ではない。インターネット上の法律問題に詳しい落合洋司弁護士は、次のように解説する。
「プロバイダが警察から捜査関係事項照会を受けて、ユーザーの名前や住所などの登録情報を本人の同意なく提供するケースはあります。ただ、メールの中身を明かすとなると、ハードルが一気に上がる。電気通信事業法に抵触する恐れがあるので、令状なしでは無理です」

 個人情報保護法は、「個人情報」を生存する個人に関する情報に限っているため、死者に関する情報は保護の対象ではない。しかし、電気通信事業法の「通信の秘密」の保護対象は、一般に生きている者に限定されていないと解釈されている。犯罪にかかわったなどの特殊なケースを除き、プロバイダが本人の許可なく第三者に明かすことはないと考えていい。

 一方、遺族の側から見ると、この状況は厄介だ。身内が亡くなると、「葬儀の通知を出したいが、故人の交友関係を知らない」「家業を継ぐが、亡父が取引先とどのような話をしていたのかわからない」「息子が自殺した原因を知りたい」などの理由で故人のメールを見るニーズが発生することがあるが、通信の秘密の高い壁が立ちふさがる。
 もし遺族がプロバイダに情報開示を要求したらどうなるか。落合弁護士は「過労死であることを証明するため、過労死した故人のメールを遺族に開示したという話は噂で聞いたことがある。一般的には、ケースバイケースで判断される」との見解だ。

 では少し視点を変えてみよう。電子データを「デジタル資産」などと呼ぶことがあるが、メールのデータを資産だと解釈し、遺族が「相続」することはできないのだろうか。
「データに資産的価値がある芸術的な写真や文章が含まれていれば、相続財産だという解釈も可能かもしれません。でも、事務的なメールだと、そのような解釈は難しいでしょう。人格権のように本人にくっついて離れない権利を『一身専属権』といいますが、メールアカウントは一身専属性が強く、相続財産とみなすのは難しいでしょう」(落合弁護士)

 Gmailの場合、故人の正式な代理人としてアカウントへアクセスしたい場合の手続きは、HPに掲載されている。まず、身分証明書、死亡診断書、故人のGmailアドレスから受信したメッセージのヘッダーと全文などの証明書類を提出。審査をパスすれば、米国の裁判所命令や追加書類の提出など、さらなる法的手続きへと進む。しかし、「開示へのハードルはかなり高いのではないか」(同)

 じつはGmailのようにユーザー死亡時の手順を明示しているITサービスは少数派。ほとんどのサービスはユーザーの死を想定すらしていない。落合弁護士は、あるべき姿をこう語る。
「あらかじめ利用規約で手当てしておくことが理想的ですが、通信の秘密や相続といったデリケートな問題が絡むだけに、いまの段階ではルール化しづらいのでしょう。誰にどこまでデータを引き継ぐかユーザー自身に生前登録させるなど、柔軟な仕組みづくりが求められます」