2012-02-22
■「私は許さない! ・・・世の中の矛盾と、暗闇を忘れたわけじゃない!!」
賢治や啄木・姫神・NSP・あんべ光俊・・・千昌夫と新沼健二?だけじゃないのよ〜。
昨日はいい思い出ばかり書いた。
今日はその反対。
懐かしさだけでは済まされぬ自然の厳しさがある。ほんのわずかの晴れ間の後に、雪は降り続く。
岩手県南の美しい田園と山々は福島原発の爆発事故で汚染されてしまった。遠く200キロも離れたこの地が何故に汚染されねばならぬのか。電源三法による莫大なお金も、原発立地の保証金もない。だって、岩手に原発は無いんだもの。利権とか裏金などまったく無関係の貧しいだけの村が、私の愛する故郷が、汚染されてしまった。俗に言うホットスポットである。
各家の雨どいからは高数値が検出された。例年ならば落ちるはずの葉っぱが落ちないなど不可思議なことが起きた。山の中、高齢者たちが多く、そして唯一のお金を作る「コメ」だけからはその放射線が検出されていない。こりゃおかしいでしょうと住職と話す。シイタケ、牧草からはたんまり出てしまった。所によっては針が振り切れてしまったという。
「東京電力は私の故郷を汚したのだ」
「原発は何を残したのか?少なくとも私の故郷ではなんら恩恵を受けることなく、人々はその放射能だけを押し付けられている」
ここのところ「小沢一郎」というか、デタラメな検察の醜態と腐ったマスコミの報道姿勢,世界に恥の歴史を残すだろう日本の検察審査会というその作られたデタラメ。ゆがめられた三権分立。司法に対する疑惑・・・揺らぐ信頼。
日本の闇の最高実力者ナベツネと「最高裁事務局」に関して書いていない。
日々忘れがちなんだけれども震災の被災地では一年経っても未だ5%の瓦礫しか処分されていない怒り。もちろん福島の被爆問題。原発再開問題。まったく責任を取っていない東電、マダラメ他の原子力安全委員。機能しない専門家たちのチェック機関。財界の思惑だけで輸出される原発。
進まぬ沖縄問題。TPP・増税・年金・大阪の橋本というファシズムの台頭・・・
私は忘れたわけじゃない。ただ・・・今書く気がしないだけ。
私の二つのブログの読者はたぶん二分する。
ひとつは政治問題。ずばり小沢問題。デタラメな国家権力を丸ごと使ってでも倒したい小沢冤罪事件を初めから書いてきた。この読者様は今ご不満でしょうね。
フットボールも、湘南ベルマーレも書かなくなって、リーガもプレミアもセリエもブンデスも書かなくってご不満でしょう。
クラシックもジャズも書かなくって呆れていることでしょうね。ホント看板に偽りあり・・・。すみません。
今、私は沼の底に沈殿しているヘドロのようなもの。ガイガーカウンターの針を振り切ってしまうくらいに汚染された泥沼にどっぷりと浸かってしまっている。
2012-02-21
■島原の乱と大篭(オーカゴ)切支丹虐殺事件との違い
クルス館前の鐘の響きは山中に木霊し、谷をかけ走る。澄んだ音色は人々の心を洗い清める。
殉教記念公園の入り口にある資料館。
そこからはるか丘の上にあるクルス館まではスキー競技のジャンプ台を下から溯るような急な斜面が続きます。そこは杉木立をちょうど掻き分けたジャンプ台の様でもあり、冬場の雪道では危険なので閉鎖されているのです。
私は誰もいないのをいいことに(だって地元の人間だもの)、野うさぎと同じようにそこを歩き回ったのです。
大篭には天草四郎も松倉勝家もいませんでした。島原は反乱で窮地を脱しようとしましたが、翌年起こった伊達藩の大篭ではそうではなかった。伊達藩はもともと支倉常長をヨーロッパに送ったりもしていたし、藩全体でキリスト教徒を迎えていたときもあるわけで、別に反乱を起こしたわけでもないから「転宗」転びなさいと言っただけ・処刑する気は無かったのです。ところが、大篭の民はそれを拒否しました。もちろんそれは打ち首を覚悟なわけなんだけれども親子皆そろってそれを受け入れた。踏み絵をするくらいなら、キリストを捨てるくらいならばすすんで身を任せましょうとしたのです。(ここが、今地元で町民劇団がやっているわけなんだけれども)
彼らは反乱を起こしたわけでもないし、お上に逆らったことも無い。ただ信教を通したのです。これに怒り狂った仙台から送り込まれた代官・・・というのが本当だと思います。結果的に小さな村の住人はほとんどが処刑されました。以後この地にはキリスト教徒はいなくなりました。
このように、島原のようなスペクタクルな事件でないために歴史の教科書には載せられませんでした。日本国民はほとんど知らないで育ったでしょう。
一説には最盛時3万人の信者がいたとバチカンに報告されているようですが、これは誰も信じないでしょう。だって島原でも1万人。3万人とすれば大篭周辺の村をすべて含めてもかなりの範囲になる。当事の神父さんたちはどうもバチカン本部に手柄を大げさに報告する習慣があったのではないかと言う学者もいます。ただ、現代の日本ではクリスマスは全国で祝いますね。その数たるや1億人以上?皆が信者じゃない。それと同じことで、信者ではないが切支丹のお祭りとか催し物に参加していた人々は多かったのではないかと思います。その数が3万人だとすればそれは納得のいく数字ではあります。
世界最大の秘密情報結社。何世紀にもわたって世界中からの情報が集積されてきたバチカン。ここはもちろん江戸時代、寛永年間の島原の乱も、大篭の大虐殺も知っていた。だから、大篭切支丹殉教記念館を作った町長までわざわざローマ法王が感謝の書簡を送ってくださったのです。
これは現在の大篭教会。伯母の家の隣にある。子供の頃遊んだ廃屋と見違える建物。今その伯母の家は誰も住んでいない。伯母はホームに閉じ込められている。
私は故郷を誇りに思っています。みちのくの本当に何も無い山の中だけれども、私はそこに生まれ、そこで育ちました。
桜が咲くころ、私はまた故郷に帰り、この地を訪ねたいと思います。大きくなった子供らと何時の日かここを再びたずねることが出来たなら、死んでもいいかなぁ?
今夜はちょっくらセンチやね・・・。
おはる
詳しく教えていただいて多謝です。
よく知らなかったのです、、、
写真も音楽も、その空気を運んでくれるので、私も神聖な気持ちです。
カノン、、すばらしい、、、美しい!
kappaさんの故郷ってすばらしいなぁ、、と思いました。
東北を知らないので、妄想しています。
ありがとうございました。
f-kafkappa
お春さん
コメントありがとう
いい面だけを切り取りました。
悲しい話しも書かねばなりません・・・。
2012-02-20
■田舎は滅茶苦茶寒かったね・・・「あんべ光俊」知っています?
相変わらずのあわただしい帰郷。実質田舎には30時間も居なかったけれども、フルに動き回って、充実した時間だった。
詳しくは後で書くんだけれども、田舎で動き回れたのは置きっぱなしの兄の車のおかげ。冬道、アイスバーンだけれどもちゃんとスタッドレスタイヤ履いていたので不自由しなかった。
その兄の車の中に入っていたCDが「あんべ光俊」、これ丸一日聞いてた。
イルカさんの番組に何度か出演したのは知っているがマイナーな存在だと思う。
でも・・・NSPと同じくらいに素敵な曲を歌っている。私はほとんど知らなかったのだけれどもファンになっちまったね。
♪・・嘘でもいいから「うん」と言ってね・・私が星になったならあなたは泣くかしら?
・・・ばかだな、星になったなら夜にしか君と会えないよ・・・
月がほんとにやせている時期だから、満天の星が輝いていました。
本当に降るような星空だった・・・。
想像以上に寒くって、酒飲んでも凍えるような夜でした。
夕方帰宅して、もう今夜は仕事だからブログ書いている時間が無い。だから詳しいことは明日以降書くとして・・・
- 近所に挨拶。
- 寺に挨拶と墓参り。
- 地元の町民劇団の定期公演前のリハーサルを見せてもらったこと。
- 東北の島原・・・と言われた大篭切支丹殉教記念館を訪れたこと。・・・ほか、充実した二日間でした。
気になる放射能のことも少し書かねばならないし・・・、今書きたいことは山ほどあるけれども、ともかく今夜の仕事のために寝ます。
私の思い出の地「大篭切支丹殉教記念館」
雪で閉館中。野ウサギの足跡しかない中で一人思い出に浸ってきました。
はるこ
お帰りなさ〜い!
寒くても充実した帰郷でしたね!
写真で解ります、、、
お兄様の性格やタイプの妄想出来る音楽ですね。
私この あんべ光俊 を知りませんでしたが、いいですね!
いい声だし、やさしくて、お兄様はきっとロマンティスト、、、!
ずっとそれを聞いていたあなたもきっとロマンティスト!
ローマ教皇の碑とか、クルス館って何ですか?
f-kafkappa
お春さんコメントありがとう。
ただいま〜・・・といいながら、実はこんなにたくさん写真を撮ってきたこと無いんです。強行軍で、しかも充実していて・・・今その反動でくたくたで寝不足で起きているのがやっと・・・。順次ブログに書いていこうと思っているのですがはかどらないのです。
だから疑問にだけお答えします。詳しくはブログに書きます。
キリスト教徒弾圧、島原の乱は天草四郎とか様々な物語で教科書に載っていることもあり国民は皆知っています。けれども、その翌年に、みちのくの伊達藩(今の岩手南部、宮城北部)の地でそれに勝るとも劣らないほどのキリスト教徒弾圧の事件がありました。私はその町に生まれました。様々な思い出があるのです。キリスト教最盛期にはその村に仏教の寺はありませんでした。現在もありません。私の叔母の家が誰も居ない廃屋となった協会の隣でした。子供の頃はそこで遊びました。史上まれなキリスト教徒弾圧によって私の住む町にはキリスト教徒は居なくなったのです。殺されたのです。
そんなみちのくの山間の寂れた町で、町のシンボルというか歴史を残そうとバブル期に殉教記念館を建てました。とても魅力的な建物です。これは早速ローマ法王にも伝えられました。すぐにヨハネパウロ2世から書簡が届きました。それが今レリーフとなって飾られています。
大篭切支丹殉教事件は島原の乱の翌年とその次の年に起こります。大篭は(オーカゴと読みます。これもアイヌの流れだと思います)伊達藩。仙台でも初めは処刑する気は無くて転宗(転んでくれればいい)と考えていたので殺す気は無かったといいます。ところが大篭の信者たちは絶対転ばない。信心を捨てないというのです。そこでやむを得ず処刑することになったのですが信者たちは進んでその身を差し出したと言われています。踏み絵を拒否し、小さな子供と妻と夫・・・みな神に運命を任せたのでしょう。それからだんだん過激になり仙台からの役人たちは狂気に走ります。小さな小さな山間の村の住人が301人殺されました。304人と言う説もあります。
クルス館までの急な急な坂道の階段は301段です。それはとても急なために、つづら折の道が脇に併設されています。
そこにはなくなる直前の遠藤周作さんも来ました。まさに「沈黙」の舞台です。
私はこの殉教記念公園に生前の父母と妻と子供たちを連れて、クルス館まで登りました。病み上がりの父と幼い長男。足取りの頼りない母と妻。一番元気な長女と私が皆の足取りを気にしながら丘の上まで登りました。晴天の初夏でした。
クルス館の鐘の音は山間の谷に響き渡り、それはそれは綺麗で美しく感動しました。
父はこの半年後に再び倒れ、数年の闘病の末に亡くなりました。
その後私は家族を無くしました。
その思い出の地に、雪の中誰も居ないところを尋ねたのです。
一面の雪には野うさぎの足跡だけが残っていました。
14番目の月
寒さのあまり
野うさぎちゃんと一緒に
かたまっちゃってないか心配で心配で・・・
無事のお帰りほんとうにお疲れ様でしたぁ〜♪
お家のお水問題は解決しましたか?
tk
なるほど、前エントリーの「サヨナラの鐘」「望郷」が、
これに繋がるんですね。
僕はディーリングルームの金儲け話より、
野うさぎの足跡の不連続性の不思議さについて、
より興味がありますね。
名古屋のお嬢さんのブログ、まったく更新されてなくて、
ちょっと心配です。
f-kafkappa
TK様
お久しぶりです。
アワビの件、たぶん本当に会社が忙しいのだと思います。彼女はこうと決めたら突っ走るタイプだからブログはしばらく書かないと決めたら絶対開きもしないんだと思います。他のブログも見ないんじゃないかなぁ?
ただ、気がかりなのはシャチの公式ホームページに彼女のブログ記事が載ったことありましたよね。Jリーガーの学校訪問記事。ということは会社の方もカノンを読んでいるということか?彼女は正体をばらして書いていますし、結構親会社の悪口、シャチの悪いところもばらして書いていたから・・・・どうなんだろうねぇ?と注意したことはあります。それが原因だとすればもう書かないのではないでしょうか?
それと体調がすぐれない事も聞きました。
たいやきさんとともにその後の体調を聞いてみたいと思います。
2012-02-16
■山崎ハコ・・・「さよならの鐘」
YOUYUBEが違法かどうかの議論はさておき、私はここが気に入っているし、自分のブログに載せたいと考えている。どれだけ載せてもそのうちに元が削除されてしまって、半年前のブログに載せたものなどほとんど見ることが出来なくなっていたりもするが、それでもいいと考えている。
今、私はこの歌のような気分であること。この歌を聴きたい心境であること。このような想いの中で、今、つたない文章を書いているのだ・・・という雰囲気を解って貰えればそれだけでいい。
どうせ、想いとは伝わらないものだと諦めている。
所詮、何を書いても、何をやっても独りよがりなのだと諦めている。
消される映像であろうが、削除される映像だろうが今の私の気持ちをストレートに伝えてくれるものがあればそれを使う。
YOUTUBEは偉大なり???
ぷるめりあ
こんばんは〜
お疲れ様です
ブログ教えて頂いたので早速読みにきました。
お仕事でお世話になるのも、あと一ヶ月ほどですが宜しくお願いしま〜す
f-kafkappa
あらま!!
今晩は、ぷるめりあ様!本当に読んでくれたんだ。ありがとう!
あと少しだから、、、つい教えてしまったんだけれども、やっぱり知っている人からのコメは照れるね、、、、、。
教えておいて勝手な話なんだけれどもさ、職場でこれ知っているのそこのおふたりさんだけだからさ、そこのところよろしく、、、、。
春になれば行くこともない、あといくらも会うことのない美女?なもんだからつい教えちゃったんだけれども細かいことは秘密のアッコちゃん?なのでヨロシク~!
ほんでもって、ハングルのブログからの閲覧多かったのはもうひとりの美女かねぇ?あれ読めないので詳しくは知らないけど、ホラーとか恐怖系、、、オラのブログはいたってノーマルなのに何であんな恐怖系に載ってるのかおせ~てチョ?たぶんホラー美女とは、会う機会がないんじゃないかなぁ?個人的にはあの嫌いな店長に逢わなくッテ済むから、オラは嬉しい、、、、これ話しちゃダメよー?
早く次の仕事見つけてね~。金持ちの若くていい男見つけて嫁にイってねぇー。
くれぐれも、、、、ここのことは秘め事でよろしく。。
f-kafkappa
そうそう、「経絡リンパドレナージュ」ってさ、気持ちよさそうだね。オーナーなんだ?知らんかったワイ。
女の子ばっかり揉んでないで、男も揉んでみる気ない〜??
ガハハ!
2012-02-15
■火中の栗を拾ったのではない。火中に最高の愛を見つけ、つかんだのです。
ちょっと足を滑らせて荷台から落っこちた。
これで腕を折ったりする事故が頻繁に起きるんだけれども、私の場合腕を突きながらも素早く回転して難を逃れた。というよりもドテッと落ちて腕、ひじ、肩、背中、頭の順番にコンクリートの床に接したわけで・・・まぁ、かる〜い打ち身とかすり傷で済んだわけ。ただね・・・肩といっても私は治りかけの五十肩が左にあって、その左肩をしたたか打ったものだから(そのおかげで頭は軽くて済んだのだけれども)けっこう困った状態。なんたって打ち身なら冷シップが効くし、家には亡くなったお袋が病院からもって帰った山のような在庫があるのでミイラの如く貼り付けたい位にあるのだけれども、反対に五十肩は温シップで暖めないといけない。今だって寝る時には首から肩にかけてぐるぐる巻いて寝ている。そういった温めなければいけないのと冷さなければいけないのと・・・・ああ、神様!冷やすべきか、冷やさざるべきか?それが問題だ〜!!
まぁそんなわけで、ブログ更新する気になれず・・・今日はラターシュさんの記事からコピーで・・・。
ch. BS11のアナウンサーをなさっていた新婦の石川香織さん。
サンデー毎日に、
先日の披露宴での圧巻のスピーチが掲載されておりましたので・・
ここでご紹介させて戴きます。
主人とこうして結婚するキッカケとなった一つに
以来、冤罪を訴えてきました。
ここ数年・・嫌なことばかりでした。
権力と言うものを前にして・・
どうすることも出来ないもんなんだな・・
と、絶望的な気持ちにもなりました。
それから暫くして
主人と出会いました。
それまで・・
父のことや
自分の体験を話したことはありませんでしたが
この人なら、苦労を分かち合える・・
と、自分から話を聞いてもらったのを覚えています。
意気投合したキッカケは・・
面会の話や、家宅捜索の話です。 (苦笑)
権力によって
人生をメチャクチャにされかけましたが
最終的には、あの体験の分はキチンと取り返してやった・・
そう思っています。
猫大好き母
こんばんは。
ACTA問題の事は全く知りませんでした。私たち99%は、いずれ体にチップを埋め込まれて、1%のために働かされる・・という話もまんざら空想の世界だけでもなくなってきそうですね。行く末が本当に恐ろしい。
知的財産の話では以前本かテレビで見たのですが、米国の多国籍企業がインドの地元に古くから伝わる香辛料の調合法を特許化して、そもそも”特許”なる概念もなかった地元民が気がついたときには後の祭りだった・・。 正確には思い出せないけど、先進国で勝手に作った概念を第3世界に持ち込んで早い者勝ちのこのやり方に暗澹たる気持ちになった事を覚えています。
ただ、誤解をしないで欲しいのは、カッパさんに「誰が写した写真か」を問いただすつもりなんかこれっぽちもなくて、わたしも雑草や山野草が好きでよく写真を撮るのですが、なかなかきれいには写せないのです(特別努力してるわけでもないのですが)。それでどうやっているのか、コツでもあるのかなって思っただけなのです。
黄色の木苺は、田舎では「くまいちご」って呼んでました。赤より一回り大きかったですよね。スグリを取るときはいつも手が傷だらけでした。よそ様の家の垣根から失敬したのがいつもばればれでした。(笑)
最後に、わたしも最近転んで足を怪我しました。
お互いに気をつけましょうね。 どうぞ、ご自愛ください。
f-kafkappa
猫大好き母様
コメントありがとう。
誤解はしていませんよ。素直に感じていました。
>黄色の木苺は、田舎では「くまいちご」って呼んでました。赤より一回り大きかったですよね。スグリを取るときはいつも手が傷だらけでした。よそ様の家の垣根から失敬したのがいつもばればれでした。(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・
う〜ん・・・猫好き母ちゃんはどこの生まれ育ちなのかなぁ?私とほとんど同じ感覚だから、他人のように思えないんですよね。まぁ・・・スグリは私の家にあったので好きなだけ食べましたけれども。
>わたしも最近転んで足を怪我しました。
お互いに気をつけましょうね。 どうぞ、ご自愛ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・
なんかさ、すごく歳とったなぁ・・・って感じ。オラ、まだまだ若いんだぞ〜と・・・気分だけはそのままだけれども身体が追いつかない???・・・ああ、なんか悲しい・・・・。
今度ね、どこか知りませんけれども異国の空の元で暮らすミケちゃん(猫大好き母・・・という名前が長くて面倒だから勝手にミケちゃんと名前を決めました)のところの花の写真でも貼り付けてくださいな。
2012-02-14
■ACTA問題
普段ほとんど見ないテレビ。夜中に起きてこれから仕事という前に少しだけ眺める程度。時計代わりにとでもいうのかな・・・。そんな中でたまたま少し早く起きてしまった時など一時間ほどテレビをつけっぱなし。中には面白いなぁと思わず最後まで見てしまうものもあるわけで、今夜のそれもそういった番組だった。
NHKBSの海外ドキュメンタリー
発掘アジアドキュメンタリー「ネットで売ります 私の人生〜北京〜」
北京に住む陳瀟(ちん・しょう)は、経営していた洋服店の閉店や恋人との別れを機に、25歳のときに、自分の時間をインターネット上で売りに出した。元モデルの陳には「一緒に海外旅行に行ってほしい」といった依頼もあるが、自らが関わる意義を見いだした仕事だけを引き受ける。やがて、友人のネットビジネスを手伝うことになり、さえない女性を磨き上げて人気者にする、という企画をプロデュースすることに。てん末は…。
中国のネット事情を知る。
中国の若者たちの動きを知る。
中国の熱気を知る。
中国の女の子たちは綺麗・・・?
いや〜、かの国のネット事情もすごいですね。国家の検閲は厳しいみたいだけれども、その中で出来る範囲でものすごい事になっている。
こういった番組、やっぱり日本じゃもう無理なのかなぁ?発展するアジアの熱気と若者たちの行動力。そういった人々を追いかけるドキュメンタリー。NHKは海外ドキュメンタリーを専門で流していればいいんじゃないの?ともかく面白かった。主人公の生き方に共感した日本の女性も多いのではないか???
といったネット関連の秀作ドキュメンタリーを見た後で、今世界中のネット世界が揺らいでいるACTA問題を「マスコミに載らない海外記事」http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/acta-1179.htmlさんから・・・
2012年2月10日 (金)
ACTA: 大企業によるインターネット簒奪
Nile Bowie
2012年1月27日、金曜日
SOPA、PIPA等、インターネット規制法規に反対する大衆の激しい抗議の影響が残る中、EU議員達は、昨日東京で、新たな遥かに威嚇的な法律に署名した。アメリカ合州国と日本の政府が陣頭指揮を執り、国民の認識がほとんど欠如した中で作り上げられた、模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)は、グローバル・インターネット支配のための初めての実質的訴訟手続きを導入し、現在の国際的な法的枠組みを劇的に変えるものだ。条約交渉は、民主的手続きを完璧に無視し、選挙で選ばれた議員達やマスコミ・メンバーを審議から排除し、もっぱら業界代表と政府幹部連中だけによって行われた。
知的財産権保護を口実にして、この条約は、民間企業が、インターネットのコンテンツを巡る全面的な中央権力を執行することを可能にする方策を導入するものだ。ACTAは、コンテンツの削除に係わる全ての法的管理を無効にし、現在は裁判所命令が必要な行為である、著作権所有者がインターネットから自分の作品を削除するようISPに強制することを可能にするものだ。ISPは、万一コンテンツを削除しないことにした場合は、法的責任と直面させられることになる。理論的に、許可なく企業のロゴを使ったり、あるいは単に著作権があるものにリンクしたりするだけで、個人ブログが削除されてしまい得るのだ。ユーザーは、刑事罰の対象とされ、インターネットへのアクセスを禁じられ、著作権で保護されているものをシェアしたかどで投獄さえされかねないのだ。究極的には、こうしたことから引き起こされるであろう結果は、自由な言論の手段としてのインターネットにとって極めて有害となろう。・・・・・・・・・・・
まぁ、私のような小さなブログはその対象になるかどうかは別としても、世間的に名の通ったブログや社会に影響力を持つところは厳しい監視の下に閉鎖に追い込まれる可能性がありますね。罰則も付くというわけだ。
つい先日、北アフリカ在住?の「ネコ大好き母」さまからこんなコメントを頂、返事を書いたばかり。
「この写真みなkappaさんが撮られたものですか?きれい・・・」
「いえ、ほとんどはネットからのものです・・・」
このコメントの中で、岩下俊三氏のことも少し書きました。彼は今はジャーナリスト。でももともとテレビマン。視聴率1%100万人の世界で生きていた。彼のブログをコピペさせていただいた時にその旨を伝えたら
「私は著作権というものに対して無頓着というか、一度表に出たものはすべて自分の所から離れたと思っているから、その権利という概念は無い・・・」
というようなニュアンスのコメントをいただきました。お金に執着しない彼らしいと言えば彼らしいわけなんだけれども、言わんとしている事はよく解る。知的財産は広く分け与えるべき・・・とう考えなんだと思う。もちろん私は著作権というものを無しにしろ!とは考えていない。むしろ大事なものだとは思う。ただ・・・それを悪用し、無断でそれを使って儲けようという様なけしからん場合は論外だけれども個人のブログで印象をより強く伝えたい場合とか、どうしてもそれを伝えたいという気持ちがある中でネットを探せばその素晴らしい写真があり、そういった気分をうまく伝えてくれる音楽がYOUTUBEには流れている。それらをダウンロードして売り、儲けるという事ではない。ほんの個人的な趣向に過ぎないのです。もちろん私自身、自分で撮った写真以外にもたくさんネットから転載しています。私の撮った写真とか、私が加工した写真が他のブログで使われようとなんとも思わない。使われて困るような写真は載せなければいいだけです。もちろん私自身は構わないが他の方の物を使う時にはそれなりに気は使う。
このブログもほんの少し読者が増えてきましたのでね、いつまでもこういった姿勢では拙い。写真も音楽も全部自分のものじゃなければ・・・著作権を考えなければ・・・YOUTUBEの利用も抑えなければ・・・などと考えてはいますけれども、そういうことになるとこのブログそのものがまったくつまらないものになってしまう。というか、書いていること自体中身が薄く色々寄せ集めた情報でもっている訳だから、それが無いのならこんなブログはやめちまったほうがいい。
ACTA問題!まぁ・・・ネット世界の規制は中国や共産圏だけの話じゃなくって世界中の為政者たちの共通の課題だから、こんな話になるのでしょう。中東から始まったジャスミン革命を支えたネットの力に今更ながら恐れおののき、その芽を完全に潰したいということでしょうかね。
今だってきっちりモニタリングして、監視の目を光らせているくせに、今度はそれを閉鎖させ、逮捕もできるという法律が世界中で決まるという。時代に逆行しているなぁ・・・。お〜怖〜。
2012-02-12
■震災から11ヶ月 「東北処分」という言葉 進まぬ瓦礫処理 放射能被害
震災の復興とは二つの面があり、ひとつは壊れた海岸線の街をどう建て直すのかということと、福島原発の被害をどう食い止めるか、福島の人々をどうやって助けるかということ。
こなごなに砕かれた街を再生するには、まず瓦礫処理をしなければ話にならない。この瓦礫の山は被害者住民にとっては重度の心的なプレッシャーとなってしまった。心理学者が言うには「瓦礫の山を見るたびに地震津波を思い起こし、亡くした家族、友人を思い出し、無くした家や学校、会社を思い出す。今立ち上がろうとする人ののど元にナイフを突きつけているようなものだ」と。
もちろん、物を建てるにはそこにスペースがなければならない。スペースが無い。瓦礫の山があるだけなのだ。
昨日のNHKラジオ「鎌田実 命の対話」の中でゲストの佐高信が面白かった。生放送でカット出来ないからという思惑で話していたんだと思うが、日本は絆とかいう言葉で誤魔化しているがそんなものはもう嘘だ。東日本と西日本・・・まるで感覚が違う。別の国のようだ。むかし、明治維新で官軍に逆らった会津藩他、東北諸藩は新政府に虐待され続けた。
これを「東北処分」という。私もこれに関して前に書いたことがあるけれども、関東以北、特に東北の財産は没収された。現在それを知るのが国有林。この山もあの山もみんな国のもの。あそこの山もここの山も国有林。この民のものを国が巻き上げる、勝った者たちが負けた者たちから奪い取るという図式は実にはっきりしている。西に国有林がどれほどあるかは知らないが、新政府が国民から巻き上げた財産は西の比ではない。時の政権徳川幕府に忠実だった、まじめに戦った国民が馬鹿を見たのである。だから心の中で私は今でも長州が嫌い。カンナオトも大嫌い。
明治政府は東北をことごとく無視してきた。開発が遅れた。貧しい民はますます貧しくなった。これを「東北処分」という。今回の震災以後、日本はこの「東北処分」であると言ったからすごいのです。関西も、九州も私は色々なところに行って見聞きしているが「大震災ってなに?もう終わった話じゃないの?義捐金も送ったわよ!」的な風潮が蔓延していると実感している。「絆」という言葉はなんだかねぇ、うそ臭い・・・。>>
佐高信が、この言葉をNHKの生放送でいった。正直驚いたね。もちろんこの番組はこれが最終回だという。「ラジオビタミン」とともに終わってしまうのだと聞いた。いい番組が無くなる。そういったことに対する嫌味かもしれないなぁと感じて聞いていた。
さてさて、ようやく1年にもなろうというこの時期に「復興庁」が出来た。
無いよりはまし。ただし遅すぎた。
そして、これは10年限定だから多くの職員はまたもとの省庁に戻るために各省の思惑が色濃く出てくる恐れがある。要は縦割りの権限を互いに譲らないので理想とはかけ離れたものになるだろう・・・というのが世間の見方。至極同意。
担当大臣の平野さんは岩手だから応援したいんだけれども、ピエロにならないことを願うばかりです。
同じゲストとして、東大教授カンサンジュン氏が話していた言葉が印象的。
「私の愛読書にエセーニンの本があって、彼はこう書いています。
ー天国は要らない。故郷が欲しいーと。国を愛する、故郷を愛する、地元を愛するということはこういうことではないのか」
最期に、2月10日放送された小沢一郎の映像をどうぞ。私が彼に影響された部分は大きいが、彼から聞いた話じゃないけれども日ごろ私が考えていることを随分語っていた。この国家の一大事にこの政治家を幽閉してきた損失はあまりに大きい。
2012-02-10
■畠山重篤さん、国連で「森の英雄賞」を受賞!!
なぜかこの曲が・・・
ああ〜栄冠は君に輝く〜
とても喜ばしいニュースが飛び込んできました。
http://news.so-net.ne.jp/article/detail/671956/?nv=r_cmn_movie
以下同ニュースからコピー
国連が森林の保護に取り組む人に贈る「森の英雄(フォレスト・ヒーローズ)」に、東日本大震災の被災地、宮城・気仙沼市で植林を続けている畠山重篤さん(68)が選ばれた。畠山さんは「(震災後)1カ月たったら、魚たちが戻ってきた。海に流れ込む川と背景の森林がしっかりしていたからです」と話した。畠山さんは、宮城・気仙沼市でカキの養殖業を営むかたわら、森の養分が海を豊かにすることに注目し、20年にわたり、植林活動を続けてきた。東日本大震災では、津波で母親を亡くし、養殖施設も失ったが、震災から数カ月で海が再生する姿を見て、2011年5月ごろから植林を再開した。こうした復興への取り組みも評価された。
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この畠山さんの「森は海の恋人」に関しては、このブログでも、その前のブログでも何度も取り上げてきた。彼の住む気仙沼は今回の津波で壊滅的にやられ、母上も津波に持っていかれた。何もかも失い絶望の日々だったけれども、やっぱり彼は立ち上がった。そして彼の今までの活動が評価され、フランスのルィ・ビトン社がスポンサー応援を申し出てくれて復活の第一歩を踏み出したのです。気仙沼湾には彼らの牡蠣の稚貝がすくすくと育っています。
気仙沼湾に流れ込む川の源流は岩手県の一関。室根山という山からすぐ隣の宮城県に流れていく。彼が植林活動をしている山は岩手のわたしの故郷。だからずいぶん前から知っていた。
この3枚の写真は1994年発行の「山と渓谷社」刊「ウッディライフ」という雑誌から。なぜかこの本今でも貧民屈に残っている。もうボロボロ・・・。当事彼は50歳。今とあまり風貌は変わらない。まだまだ無名だった。そんな彼の活動が評価されだしたのは随分後のこと。今では日本でも有名人。そんな彼が国連で表彰された。震災で船も筏もすべて持っていかれたのに素早く立ち上がれたのは今までの彼の活動が広く知れ渡っていたから。ルィビトン社のスポンサードもうれしい。
久しぶりにうれしいニュースでした。我が事のようにうれしい。
バンザ〜イ!!
内容(「BOOK」データベースより)
豊かな汽水域の恵みは森があってこそ生まれる―ダム開発と森林破壊で沿岸の海の荒廃が急速に進んだ1980年代、おいしい牡蛎を育てるために一人の漁民が山に木を植え始めた。漁師だからこそ見出し得た森と海の真のつながりとは!?「森は海の恋人」運動の火付け役となったみずみずしい一作がついに文庫化。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
畠山 重篤
1943年中国上海生まれ。「牡蛎の森を慕う会」代表。京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授。高校卒業後、牡蛎、帆立の養殖に従事する。家業のかたわら「森は海の恋人」を合い言葉に、気仙沼湾に注ぐ大川上流の室根山へ植樹運動を続ける。森は海の恋人運動は各方面で高く評価され、1994年朝日森林文化賞をはじめ、表彰多数。2004年には宮沢賢治イーハトーブ賞、河北文化賞を受賞した。主著に、『日本“汽水”紀行』(文藝春秋/日本エッセイスト・クラブ賞)、『漁師さんの森づくり』(講談社/産経児童出版文化賞JR賞・小学館児童出版文化賞)がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
それから「たいやきやいた」先生が無事退院されたと連絡ありました。これから何週間か自宅で養生なさるそうです。まずは「愛で鯛」メデタイ!!
あせらずにゆっくり治してくださいね〜!!!
あ〜今日は目出度い事が重なったなぁ!!
14番目の月
人も海や森の恋人でありたいですね・・・
たいやきく〜ん
退院おめでとうございま〜す
まだまだ寒いので風邪などひかぬよう
お家でいい子にネ♪
猫大好き母
カッパ様の子供時代の様子、目に浮かぶようですね。私も同じような子供時代でした。毎日野山を走り回っていました。アケビ、木苺、スグリ懐かしい・・・・。
私もこういう自然の中で育ったから、多少の心の屈折はあったけれど、ぐれることも出来なかったのかしらね。ww いいお話を有難うございました。そして懐かしい大好きな歌の数々ですね。 やっぱりここは中高年が集うところですね。
それにしてもこれらの山野草の写真、色鮮やかにきれいに
写ってますね。カッパさんが撮った写真ですか?
f-kafkappa
シンシア様
>人も海や森の恋人でありたいですね・・・
・・・・・・・・・
おらもシンシア様の恋人でありたい・・・がはは!
f-kafkappa
猫好き母様
>私も同じような子供時代でした。毎日野山を走り回っていました。アケビ、木苺、スグリ懐かしい・・・・。
・・・・・・・・・・
意外!!都会育ちのお嬢様かと思っていました。
ちなみに写真はネットからです。著作権に関わるようなものはなるべく使わないようにしていますが、話が下手なので写真と抱き合わせで理解してもらえることが多く、広くネットで一般公開されているものを探して載せています。私のブログは一日に何万件もヒットするようなものではないし、広告(アフィリ・)も載せていないので今のところどこからも抗議と削除を言われたことはありません。岩下さんは著作権という概念はないといっておられましたが、彼のような天才肌には自己の作品とかすべてを惜しみなく広く伝えたいという考え方でした。ただ写真家がそれで飯を食っている時に、それを無断で使うことはやはりダメだとは認識しています。
カメラを持ち込んで、田舎のあらゆる思い出を写しておきたいと考えるのですが、時間が無いのです。ゆとりも無い。
それにしても・・・スグリを知っているというのはうれしいです。木苺は黄色い実が多かったですよね?
2012-02-09
■子供の頃の夢は「考古学の博士になること」・・或る時は「昆虫博士」
私の生まれたところは岩手の山の中。歴史的にはアイヌであり、地名にもその名残がいくつか残っている。縄文文化とは随分範囲が広く、年代も様々らしいので詳しいことは解らないが私の生まれた土地は縄文時代の生活圏でもあったらしい。その気になればいくらでも縄文の遺物を拾い上げることがことが出来た。
夏休みは朝から晩まで近所の畑や土手をさまよいながら飽きもせず「やじり」と「土器片」を探していた時期がある。耕されたばかりの畑は土器片が地中からボコボコ出てきたもので、そのうちに縄文土器には目もくれず、姿形のいい「ヤジリ」集めに集中したものだった。ところがこれはめったに出てこなくて、兄が大きなものを拾ったとなると悔しくて日が暮れるまで探し続けたりもした。
その多くは黒曜石の黒光りがするものだったけれども、中には真っ赤なものもあったりして、これを見つけた時には胸が弾んだものだった。多くは矢印型だけれども、ごくたまにひし形の大型のものも出てきた。これはもう貴重でひと夏に一個見つけられるかというくらい珍しかった。
やじり
弓矢の先端につけられた矢じりです。ガラス質の黒曜石こくようせきのほか、チャートや鉄石英てつせきえいなどのうすい破片に細かな加工をして形を整えています。先端 のとがった三角形やハート型のものが多くみられます。
弓矢は敏捷びんしょうなシカやイノシシ、ウサギなどの小動物や鳥をつかまえるための大事 な狩りの道具でした。
黒曜石
黒曜石は、天然の火山ガラスで、大変切れ味が良く、矢じりやナイフ(肉などを切るもの)を作る材料として、縄文人は好んで利用しました。国内では約70か所の原産地が確認されています。
県内では魚津市大菅沼周辺で黒曜石が産出します。縄文時代には県内一円で石器の材料として使われていました。
北代遺跡をはじめ県内の縄文時代の遺跡では、主に長野県の霧が峰きりがみね産の黒曜石が使われました。次いで、霧が峰に近い和田峠わだとうげ産のものが多く確認されています。最近の分析では、高原山産の黒曜石が確認されました。
縄文時代以前の旧石器時代には、480キロも離れた青森県深浦産の黒曜石も使われていました。このように、黒曜石やヒスイなど、よく利用される石材は何百キロもの広い範囲で流通しました。縄文人の行動の広さは、現代の私たちが想像する以上だったようです。
一般的に言われているのは、ヤジリというか石器の原料となる黒曜石は日本列島でもごく一部にしかなかった。それが日本国中に広く分布しているのはそれなりに物々交換などの交流があったということらしい。
私の生家は山の入り口に位置していたから、もちろん海からは遠く貝塚などなかったから、狩猟の民が暮らしていたのだと思う。平成の今でもキツネ、タヌキ、雉、シカがいるそうだから、そりゃ縄文時代は食うには困らなかったと思う。腹減ったら裏山に行ってシカを射止めるという暮らしのはもってこいの地形だったのかもしれない。もちろん山からの清水はこんこんと湧き出ているし山菜も豊富な土地だからむしろ今よりもグルメな暮らしが出来ていたんじゃないかとすら思えるんだよね。ただ、やっぱり冬は寒かったんじゃなかろうかと・・・毛皮の取れるような大物の獣は少なかったろうから、これは黒曜石と同じように交易で手に入れていたのかなぁとも考えたりもする。
もう、キツネやタヌキは飽きたから気仙沼とか高田、大船渡の縄文人たちのところに行って木の実やきのこ、肉と交換でクジラやマグロやハマグリなどをもらってきたりもしたんじゃないか?などと考えたりもする。
う〜ん・・・実に文化的な食生活だ。今の私よりも絶対健康的だ!などと一人妄想にふけるのである。
私は子供の頃・・・考古学博士になりたかったのだ〜!(嘘嘘)
それから、朝早く蝉やクワガタを捕まえに野山を駆けずり回り、トンボを追いかけ、季節は様々だけれども木苺、山葡萄、スグリや、グミ、アケビや栗、クルミ・・桑の実など・・・ありとあらゆる野山のものを食べて遊んでいた。野生児と言うよりも原始人・・・縄文人とあまり変わらないような暮らしだったのかもしれない。当事の子供たちは皆そんな感じだった。
里山の雑木に絡まりついた太い蔓を根元で切り、樹木のてっぺんに絡まりついたそれは頑丈に固定されているわけで、その途中までその木から巻き戻せば、それは10メートル以上も高さのある天然のロープブランコになるのだ。これにぶら下がりながらターザンごっこをしたものだ。これをやったことがないという男の子はまずいないと思う。田舎育ちとはそういったことなのだ。冬になれば竹スキーを自分らで作り、急斜面にこぶを作ってジャンプ台としゃれてみたり、捕れもしないのにウサギの巣穴や通り道を狙って針金の罠を仕掛けたりもする。夏はカエルをくくりつけたウナギ針を小川の水面近くの穴に差し込んでウナギを捕まえたり・・・。
ともかく田舎の子供たちは貧乏だったけれども何でも自分たちで考えてやっていたし、親たちもそういったことには口も手も出さなかった。親達が子供の時にそうやっていたように子供らも同じように朝から晩まで一年中自然相手に遊んでいたわけだ。夏休みも冬休みも、自慢じゃないが勉強した記憶が無い。
そういえば田舎でも珍しかった「松ゼミ」というのをこの40年以上見た事が無い。こげ茶のアブラゼミ・緑のミンミンゼミよりも大きくてオレンジ色に近い茶色のセミ。他のセミと違って松林の高いところで鳴いているので捕まえるのが難しかった。これを捕まえるのは子供には至難の業でひと夏に一匹捕まえればいいほうだった。大きさ的にはクマゼミと似たようなものか?
トンボは種類が多くてやっぱりその中ではオニヤンマは頂点。よく捕まえては指をかじられて痛い痛いと遊んでいた。
私はちょっくら変わり者だからオニヤンマもだけれども、それより一回り小さいギンヤンマが好きだったが、これは数が少なく捕まえるのは難しかった。夏の夜蛍はよく見かけたが、捕まえて家の蚊帳の中に放ってもあまり飛ばないし、光らない。手にすると嫌な匂いがする。今でもあの匂いは忘れないから蛍に対して郷愁が湧くということはない。
今から40年以上昔の田舎の思い出である。思えば半世紀・・・・。私自身も変わったけれども、日本も世界もそりゃ変わってしまった。私達の時のよう一年中野山を駆けずり回っている子供などもはやいないだろう。いい悪いではなくて、それが時代というものなのかもしれない。
やまぶきの花
かたくりの花
へへへ、私は植物学者にもなりたかったのだ〜。
2012-02-08
■「いってらっしゃい」と言われたけれども・・・
被災地応援のブログパーツ「ハナサケニッポン」貼り付け出来る方よろしく〜
昨日の記事で「田舎の家」がとんでもないことになっているので帰郷しますと書いたら(それは実は18日からのことであってオフ会を延期するという内容だったのだけれども)、おふたりの熟女から「いってらっしゃい!元気でね〜」などと言われてしまい、今日ブログ書くのもなんとなく居心地が悪い。まだ先だっていうのにさ・・・・。
実際、家の様子を姉が電話でご近所さんに確認したところ・・・凄い事になっていたらしい。水道局から普段使用量0なのに今月は4トンも水が出ているがおかしいんじゃないの?との通報で近所の方が覗いたら・・・家の中は厚い氷で覆われていたそうな。破裂した湯沸かし器から吹き出た水しぶきがまるで蔵王の樹氷のように凍って、家中は水浸し、それが凍り厚さ数十センチの氷の館になってしまったようです。ご近所さんが壊れた温水器を止め、床の氷をはがしてくださった由・・・なんともご迷惑をかけたものです。映画の「ホームアローン」で家に一人取り残された子供が盗賊退治のために玄関や地下室の水道を流しっぱなしにして凍らせる場面があったような気がするけれども・・・もっと凄い事になってたんじゃないかと想像します。もともとボロヤだから仕様が無いんだけれども、もう住めないかもね・・きっと床は全部だめだよ。いつも開けっぱなしで風を入れたとしてもどうかねぇ?と、夕べの姉の言葉。バンコクの兄にはメールを入れたけれども返事はまだ無い。もう・・・笑うしかないって感じかな。
これは「しぶき氷」といわれるもの。湖や海岸での大きなものもありますが、山の中の小さな流れの側でも見られます。私は子供の頃、小学校までの近道で真っ白に霜枯れした小川のほとりをカサコソ鳴らしながら歩くのが好きでした。小川にはネコヤナギが自生していて、その枝に「しぶき氷」がついているんですね。キラキラ輝くんですよ。そうして・・・ネコヤナギが咲くころ、少しづつ春が近づいたと感じるのです。
三陸鉄道の再起は難しい。あんなにも素敵な景色を走る三陸鉄道を昔と同じように再開させられないものだろうか?
これネットから引っ張ってきたんだけれどもプロの写真家の方の作品のようです。無断借用ですので、問題あればすぐ削除いたします。一関の田園風景があまりに見事に切り取られていたので思わず載せてしまいました。すみません。
在りし日の陸前高田松原
どうせ帰郷するならば、もっと暖かい時にゆっくりと三陸を散策し、新鮮なホヤをつまみに飲んでみたり、一関の素晴らしい景色を写真にとってみたい、ジャズ喫茶「ベイシー」でゆっくりくつろぎたいと考えているんですが、思うようにはいかないのですね。
私の帰省はいつもあわただしいばかり・・・。
写真はネットから拾い上げたものがほとんどです。
著作権等の問題があれば即時削除いたします。
はるこ
「行ってらっしゃーい」と言ったからって
すぐ行かなくてもいいんですよ。
子供みたいなんですね!
この子役みたいな感じがしますよ、、
この映画、クリスマスによくドイツ語でテレビで流れます。
人気があるんですね。
この子役、もう大きくなって結婚してるそうですよ。
この粘膜が薄そうな赤い唇の少年に恋していた近所の少女も
もう大人になって警察で働いてます(笑)
お家に氷が、、、って!!
びっくりです。
溶けるのを待つしかないのね、、、
お空でお母様があわててらっしゃるような気がします、、、
大変ですね、、
頑張ってくださいね!
14番目の月
>子供みたいなんですね!
いいとこついてます
さすがはるこさん(笑)
素晴らしい景色の数々
美しさと厳しさは同義語
人間の力が及ばないからこそ輝く・・・
お家ますます心配です
状況が見えない分余計につらいですね
でもこんな時だからこそ
どうか兄弟のチカラを結集してください
おかあさんはどんな結果になっても
きっと怒らないと思う
f-kafkappa
ジュクジュク熟女のお二人様、
コメントどーも!!!
ええ、ええ
どうせ私は「とっちゃん坊や」と言われていますよ。
幼児性が抜けないまま53年も生きてきましたですよ。
心はいまだ10歳の純粋無垢な少年・・・
身体は・・・盛りを過ぎ、生殖機能も怪しいもので、容姿はもはや中年オヤジそのもの。
なんだかねぇ・・・・。
家のことはもともとボロかったので、姉も私も諦めてると言う感じ。帰れば別に寝るところもあるし何とかなると思う。ただただご近所さんに迷惑をかけたのが気になるんだよね。
私なんかは田舎を出てもう35年経つんだけれども、今でも帰れば昔とまったく同じように接してもらえる。みんなそれぞれ代替わりしているんだけれどもまったく変わらない。
私の心の拠り所。
ふるさとはいいなぁ・・・・。
あ、母はきっと天国でも気にしていないと思いますよ。あまり細かいこと気にしない人だから・・・。
スー
こんばんは〜
大変ですね...ご実家の状態もそうだけど、4トンの水の支払いが...
道中もお気をつけて。
f-kafkappa
ほいほい、ちょっくら若い?スー様
コメントどーも〜!!
う〜む・・・・・4トンの支払い・・・眩暈がしてきた・・。
小椋佳だな、こりゃ・・・♪水〜は〜私に〜眩暈だけを残していく〜・・・などといつかスー君のブログに書いたような???
兄が管理しているから事故として申請出すと思う。少しは考慮してもらえるんじゃないかなぁ?
>道中もお気をつけて。
・・・・・
だから今すぐ行くんじゃないっつうのに、まったくドイツもコイツもオランダも、ヤップもコップもスコップも・・・・。







































































http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/351750.html
【放射能】
東京、八王子産のブルーベリーもセシウム汚染。
ブルーベリーは、きわめてセシウムが蓄積されやすい食材として知られます。
いくつもの都道府県のブルーベリーから、続々とセシウムが検出されています。
今回、放射能測定をしたのは、「八王子市民放射能測定室 ハカルワカル広場」。
東京都八王子市産のブルーベリーの葉から、
1キロあたり45.3ベクレルのセシウムが検出された。
東京湾 流入の放射性物質調査
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120217/k10013102251000.html
土壌からセシウム2万ベクレル=葛飾区の都立公園で―共産党都議団調査
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120221-00000105-jij-pol
経済のためには原発を動かせと未だに吼えている右翼達もがいる。
家族揃って責任を取れないくせに吼えまくる右翼。