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f-kafkappaの日記〜緑と青の風にのって〜

2012-01-23

核は危険なんです。今日本の原発推進者たちは危険な核だから、核武装したいから原発を続行させるんです。 15:38

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チェルノブイリ・・内部映像。「象の足」と呼ばれるもの。高熱で溶け落ちたコンクリート圧力釜?の姿。おそらく福島もこれに似たようなことが起きているのでしょう。

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1〜4までこの映像はあるんだけれども、特に4に関しては子供の異常を取り上げている。普通の1.8倍の割合で奇形児が生まれているが、まだこれがチェルノブイリ事故と直接因果関係があるとは解っていない・・・と、この当時はふざけたコメントを抜かしていた。事故後10年のドキュメンタリー番組。このころ日本では原発作り放題だったから、こういったコメントでもつけなければならなかったのか???

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こういった環境で、ウクライナの歌手ナターシャ・グジーは育ったわけですね。だから彼女の言葉には説得力があるんです。

このナターシャグジーのYoutube映像は、カウンターを見ればまだ70万回程度しか見られていない。

正直に言うと悔しい。日本全国民に見てもらいたい、聞いてもらいたいと考えるんです。一人でも多くの方に見て欲しい、聞いて欲しいから再びアップします。

チェルノブイリ被爆した「ナターシャ・グジー」が語る原発の恐怖。

日本が過去、広島長崎で落とされた原爆の恐怖。

人類にとって「核」は必要なものでしょうか?

核の暴走を許した結果、人類には何が残るのか?

チェルノブイリ被爆した彼女の語る意味は大きい。

もう一度聞いて欲しい。

なんどでも聞いて欲しい。

これは「フクシマダイイチ原発事故の2年半前の映像」なのだということをかみ締めて欲しい。 D

今尚続く奇形・・こういった画像は日本では公開されない。

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覚 和歌子作詞 「いつもなんどでも」

 呼んでいる 胸のどこか奥で

 いつも心躍る 夢を見たい

 かなしみは 数えきれないけれど

 その向こうできっと あなたに会える

 繰り返すあやまちの そのたび ひとは

 ただ青い空の 青さを知る

 果てしなく 道は続いて見えるけれど

 この両手は 光を抱ける

 さよならのときの 静かな胸

 ゼロになるからだが 耳をすませる

 生きている不思議 死んでいく不思議

 花も風も街も みんなおなじ

 ララランランラランラーーーランランララン

 ララララランランララランラララランラララララ

 ホホホホホホホホルンルンルンルフフフフフ

 ルルルルルンルルルーンルルルー


 呼んでいる 胸のどこか奥で

 いつも何度でも 夢を描こう

 かなしみの数を 言い尽くすより

 同じくちびるで そっとうたおう

 閉じていく思い出の そのなかにいつも

 忘れたくない ささやきを聞く

 こなごなに砕かれた 鏡の上にも

 新しい景色が 映される

 はじまりの朝の 静かな窓

 ゼロになるからだ 充たされてゆけ

 海の彼方には もう探さない

 輝くものは いつもここに

 わたしのなかに

 見つけられたから

 ララランランラランラーーーランランララン

 ララララランランララランラララランラララララ

 ホホホホホホホホルンルンルンルフフフフフ

 ルルルルルンルルルーンルルルー 

これらの写真は、恐怖を押し付けるために載せたのではない。

チェルノブイリで現実に起きていること。今尚続いていることの記録なのです。

そして・・・この恐怖が現在、日本の福島で、いや、あえて言えば日本全国の原発で起こりえる現在進行形の恐怖なのです。

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さて・・・この日本。東日本災害福島原発事故から10ヶ月が過ぎ、もう原発を再開しようなどとふざけた話が進行している。何が何でも原発を再開させるのだという政府の意思が感じられる。普通の人間の感覚ではない。

福島原発事故による被爆の恐怖はまだ目に見えない。チェルノブイリのような悲惨な写真を目にするだろう時期は数年後。そうなったら、さすがに呑気な日本国民だって黙っちゃいないだろうから、今この被害の実態が現れる前になんとしても原発を再稼動させるしか日本で原発の生き残る道は無い。日本が核を持っているという実績を消したくないんです。核兵器100個ぐらいはいつでも作れますという体制を崩したくないんです。それを国防というのだそうです。国を守るためにといった原発の核は、今回の福島の事故では国民を襲いました。逆の話です。

使用済み核燃料の行き先は決まっていません。溜まればそれを原発施設に山済みするんです。今もって危険な原発が、その危険度を数十倍に高めるんです。いざことが起きれば、200キロ圏内は人間が永久的に住めなくなるというくらい危険な原発が日本のあちこちにあって、それを止めるどころか再稼動を急ぐ。誰のどんな思惑なんでしょうね。

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以下の写真はカレイドスコープさんのブログから、フクシマダイイチ4号機の最新画像(12月中旬)です。

このように崩れかけた建屋の中には、2012・1・23日現在も1500本を越す使用済み核燃料が残されている。これが暴れだしたら東日本は全滅でしょう。ノダブー総理の原発事故終焉宣言が呆れると言うよりも頭の中身を疑うのだ。

また、国民はもう原発報道に飽きてきてちょっとしたニュースには見向きもしなくなっているが、現実は何も改善されていないことを知るべきだ。今この崩れかけた建屋の中には広島長崎の数千倍の核が放置されているのに、もうどこかの原発は再開だとほざいている。IAEAあたりのお墨付きをもらえば安全だと抜かす。いったいストレステストをやったのはどこか聞きたい。原子力安全委員会保安院か知らぬが、原発事故の当事者で、その能力が疑われているからもうすぐ別組織に変わるところでしょうが。ストレステストで合格すれば、核のウンチは出ないのか?あいも変わらずウンチ垂れ流しで、便所の無い原発を再開するというのか?f:id:f-kafkappa:20120123153732j:image:w360

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「木の芽」のこころ。「木の芽」は考える。「木の芽」を考える。   スー君、ごめんなさい。カッパは反省しています 11:29

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大方斐紗子 74歳 俳優・シャンソン歌手 

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一年に一〜ニ回・「エディット・ピアフを歌う」コンサートを続けている

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ラジオ深夜便

シャンソン歌手エディット・ピアフの心と向き合う」女優…大方斐紗子 というのを聞いた。いつもながら感動的な話が多く、ためになる時間を過ごす。

彼女の言葉の中で特に印象に残った言葉

「私は歌う時に、もし今自殺しようとしている方がこの歌を聞いてくださったならば、もう一度生きてみたい、やり直しが出来るかもしれない・・・そんな生きる勇気を与えてあげたいと願いながら歌います」

「私は常に自分の心の中に’木の芽’の心を持ちたい。今世の中で起きている事柄や目の前のさまざまな事象に対して’木の芽’だったらどういう風に見るのだろうか?どういう風に考えるのだろう?と考えるようにしています。心の中にたくさんの’木の芽’のようなものを持ち、それでいっぱいに埋め尽くしたい」

そうか!!私の好きな人、お気に入りのブログ・・・そこにある共通点は、この大方さんが言う「木の芽」の視点があるからなんだなぁと今更ながらに気がついた。

ドイツ在住のハルコさんのブログに惹かれるのは、この’木の芽’の視点なのだ。

ヤップのスー女史のブログに惹かれるのは、この’木の芽’の視点なのだ。

アワビやシンシアさんに惹かれるのは、彼女たちのこういった’木の芽’の視点だったんだ・・・と、今更ながらに気がついたわけで・・・・。

ヤップのスーさんのブログは海の生物たちの視点がある。

ドイツのハルコさんの視点には猫の空太君もあれば公園の木々の視点もある。

アワビブログは自分を常に外において、弱者の目線から書いている。

シンシアさんのコメントに見られるやさしさとか、安心感も同じ発想なのだろう。

心の中に’木の芽’の心を持ちたい。

さまざまな日常に対して’木の芽’は何を考えるだろうか?木の芽はどうして欲しいと願うだろうか?

猫はどう考えているのか?この花はどう考えているのだろうか?

マンタは何を思っているのだろう。ウミウシサンゴになって考えてみる。

貧困・弱者の気持ちを心から代弁できるのか?



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削除されちゃいましたね。だからまた「ガオレンジャー」のカバーで・・・。

この人が歌った「自己嫌悪」も良かったですよね。

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実は随分勝手な話なんだけれどもヤップのスー女史のブログに酔っ払いコメントを送り、痛烈なコメント返しを食らった。それに対して更に酔っ払ってコメントを送り・・・・二日後「削除願い」を出して消していただいた。

 内容で言えば、このところ私のブログがちょっとばかり調子が良かったわけで、浮かれてその気になって思い上がっていた。そこに対する彼女のコメントが鋭くって・・・

「所詮ブログなんて頭脳の排泄物。好きなように力んで出せばいい。・・・他人のウンチをあ〜でもない、こうでもないと引っ掻き回す変態はばっさりと切ればよい」

勝手に削除してもらいながら、この場に書き起こすのは卑怯。ごめんなさい。でも、あまりに名言であってしかも的を突いたものだからこのスー女史の言葉は残さねば!と考えたため。

同じようなことはアワビブログでも何度かある。酔っ払いのせいにするけれども、そんな弱い自分を押し付けられたら迷惑もいいところだろうに・・・まったくサルでも出来る反省がないのである。

スースー 2012/01/23 21:23 おばんですー(笑)
木の芽…おいしいですよね^^
いま日本はおでんが美味しそうだなあ、えーっと酢味噌に木の芽をちょこっと乗せて…あっ、「ぬた」か。

ここんとこ忙しかったので、指示通り消しました。あんま頭使って考えてないから、気にしないでね。
ふんでばまた。

f-kafkappaf-kafkappa 2012/01/24 08:39 こら~!食べるな~!と、木の芽が申しております。
オラではありません。

そうねぇ、いなかじゃタラの芽ーもちろん自生しているやつをとって天ぷらで食べたっけ!山菜の宝庫、、といえば聞こえが良いが単なる山奥と言うことかな!私は今となっては気に入っている。天然のわさびも、、、。

すまなかったねぇ。申すわけながす~。

あ、ウミウシは食えねぇの?ナマコみたいでポン酢でいけそうなんだがねぇ。
ウミウシにしかられちゃうね、
こら~食うなぁ!って

はるこはるこ 2012/01/24 14:13 木の芽、、、山椒の事をこう呼んでいました。
山椒のないヨーロッパで長い間 聞かなかった言葉です。
なつかしい いい香りがよみがえります。

それとは別の 『木の芽』
初々しい言葉ですね〜
空太くんも木の芽にゃのね。

いろんな歌手の方をご存知なのね。
kappaさんの心の中にもいっぱい木の芽が見えますよ!!

f-kafkappaf-kafkappa 2012/01/26 08:53 わーい!お春しゃんに褒められた~!