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f-kafkappaの日記〜緑と青の風にのって〜

2012-02-21

島原の乱と大篭(オーカゴ)切支丹虐殺事件との違い 16:48

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クルス館前の鐘の響きは山中に木霊し、谷をかけ走る。澄んだ音色は人々の心を洗い清める。

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殉教記念公園の入り口にある資料館。

そこからはるか丘の上にあるクルス館まではスキー競技のジャンプ台を下から溯るような急な斜面が続きます。そこは杉木立をちょうど掻き分けたジャンプ台の様でもあり、冬場の雪道では危険なので閉鎖されているのです。

私は誰もいないのをいいことに(だって地元の人間だもの)、野うさぎと同じようにそこを歩き回ったのです。

資料館には、信者たちが隠れて信仰していた証・・・たとえば仏像の裏側を切り抜いて十字架が掘ってあるとか・・・など、生々しい遺品が展示されています。

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クルス館までの階段は301段。殉教者の数は301人といわれています。

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大篭には天草四郎松倉勝家もいませんでした。島原は反乱で窮地を脱しようとしましたが、翌年起こった伊達藩の大篭ではそうではなかった。伊達藩はもともと支倉常長ヨーロッパに送ったりもしていたし、藩全体でキリスト教徒を迎えていたときもあるわけで、別に反乱を起こしたわけでもないから「転宗」転びなさいと言っただけ・処刑する気は無かったのです。ところが、大篭の民はそれを拒否しました。もちろんそれは打ち首を覚悟なわけなんだけれども親子皆そろってそれを受け入れた。踏み絵をするくらいなら、キリストを捨てるくらいならばすすんで身を任せましょうとしたのです。(ここが、今地元で町民劇団がやっているわけなんだけれども)

彼らは反乱を起こしたわけでもないし、お上に逆らったことも無い。ただ信教を通したのです。これに怒り狂った仙台から送り込まれた代官・・・というのが本当だと思います。結果的に小さな村の住人はほとんどが処刑されました。以後この地にはキリスト教徒はいなくなりました。

このように、島原のようなスペクタクルな事件でないために歴史の教科書には載せられませんでした。日本国民はほとんど知らないで育ったでしょう。

一説には最盛時3万人の信者がいたとバチカンに報告されているようですが、これは誰も信じないでしょう。だって島原でも1万人。3万人とすれば大篭周辺の村をすべて含めてもかなりの範囲になる。当事の神父さんたちはどうもバチカン本部に手柄を大げさに報告する習慣があったのではないかと言う学者もいます。ただ、現代の日本ではクリスマスは全国で祝いますね。その数たるや1億人以上?皆が信者じゃない。それと同じことで、信者ではないが切支丹のお祭りとか催し物に参加していた人々は多かったのではないかと思います。その数が3万人だとすればそれは納得のいく数字ではあります。

世界最大の秘密情報結社。何世紀にもわたって世界中からの情報が集積されてきたバチカン。ここはもちろん江戸時代、寛永年間の島原の乱も、大篭の大虐殺も知っていた。だから、大篭切支丹殉教記念館を作った町長までわざわざローマ法王が感謝の書簡を送ってくださったのです。

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これは現在の大篭教会。伯母の家の隣にある。子供の頃遊んだ廃屋と見違える建物。今その伯母の家は誰も住んでいない。伯母はホームに閉じ込められている。

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私は故郷を誇りに思っています。みちのくの本当に何も無い山の中だけれども、私はそこに生まれ、そこで育ちました。

桜が咲くころ、私はまた故郷に帰り、この地を訪ねたいと思います。大きくなった子供らと何時の日かここを再びたずねることが出来たなら、死んでもいいかなぁ?

今夜はちょっくらセンチやね・・・。

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おはるおはる 2012/02/21 23:36 詳しく教えていただいて多謝です。
よく知らなかったのです、、、
写真も音楽も、その空気を運んでくれるので、私も神聖な気持ちです。
カノン、、すばらしい、、、美しい!
kappaさんの故郷ってすばらしいなぁ、、と思いました。
東北を知らないので、妄想しています。
ありがとうございました。

f-kafkappaf-kafkappa 2012/02/22 21:09 お春さん
コメントありがとう

いい面だけを切り取りました。

悲しい話しも書かねばなりません・・・。

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