2006-10-31 (火)
パンが並べられていくのを見ていた
これはなんですか。はい、これはパンです。
というわけで、今回は、筑波大の旧・体芸棟事務区で、10月2日〜6日まで公開制作されていた「ひたすらパンをちぎり並べる」という作品についての報告です。
(このレポートはid:f_iryo1が書いています。作品の制作者はイノウエみゆきさんで、筆者の知人です。)
「ひたすらパンをちぎり並べる」。
この作品は、ただ、食パンの白い部分をちぎって、耳の部分を並べていくという作業を繰り返しただけのものです。とにかく、ひたすらパンをちぎり並べていく。1枚1枚、丁寧に、中をくりぬき、並べる。その繰り返しです。
最初は何もなかったところに、少しずつパンが並べられていきます。
この写真では5段くらい積まれているようです。この時点で食パンは100枚くらいでしょうか。
これで700枚くらいかな。隙間から光が差し込んできて、きれいです。陽に当たる側と当たらない側で、パンの乾燥する具合が異なるため、だんだん山の形が変わってきます。崩れると大変なので、このあたりでパンの並べ方が変わります。
部屋の反対側に、横に並べ始めました。写真は、ちぎったパンを後ろに放り投げている瞬間です。(ちなみに、黒い服を着ているのは、パンの白い部分が映えるようにという理由だそう)
この、パンを投げる様子は、見ていて楽しかったです。作者に聞いてみると、放り投げるのも楽しいけどパンをちぎるのが気持ちいいのだとか。
ちょっと体験してみたかったのですが、帰って来れなくなるような気がして、やめておきました。観賞する分にはいいけど、実際にパンをちぎったり投げたりしてしまったら、もうパンを食べられなくなってしまう気がしたのです。
5日間、朝から夕方まで、ひたすらちぎり並べ続け、完成したものが、こちら。
山を後ろから見た様子。
使った食パンは合計3786枚だそうです。圧巻。
さきほど完成という言葉を使いましたが、作者にはあまり「完成」という感覚はないでしょう。時間がきたから、そこで終了したという感じだと思います。
最終日の翌日から、筑波大は学園祭でした。学園祭に訪れた人たちがこの作品を見ていたら、どんな反応をしたでしょうね。
制作の様子の動画。2分5秒あたりからは、パンが1段ずつ増えるごとに撮影した写真をつなげたもの。
制作終了後の作品は、近くの林*1に並べて、土に返すんだそうです。まだ並べるんですね…。
タイル張りの床に並んでいたときよりも、土の上に並んでいるときの方が、よりシュールな感じ。
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子どものころ、『食べ物で遊んではいけない』と言われたことはありますか?
『世界には、飢えに苦しんでいる子供たちが…』という言葉を聞いたことはありますか?
この作品に触れて、そういった言葉を思い出しましたか?
このレポートでは、ひとまず、そういう面倒な話はしないことにしましょう*2。作者は、問題提起をしたくてパンを並べていたわけではないでしょうから。
並んだパンを見て考えたこと
ちゃんと論文っぽい感じに書こうと思ったんですが、面倒になってきたので、ちゃかちゃかと書きます。
◆幼稚園とか小学校とかだと、牛乳パックとかトイレットペーパの芯とかスチロールのトレィとかで工作をさせる。あれは、捨てるはずのものを材料にしているからお金がかからないよ、ってことなんだと思う。もし、工作のために画用紙やスチロールやアクリル板なんかを買わなきゃならないんだったら、面倒だし、お金がかかる。
でも、私の実家では、例えばトイレットペーパは芯がないものを使っていたから、いくら工作で使うからといわれても、幼稚園にもって行くことはできなかったりした。そのためにわざわざ芯のあるトイレットペーパを買うのは、面倒だし、お金がかかりますね。
◆食パン3700枚って、いくらくらいかかったんだろう。6枚で100円としても、6万円以上。仲良くなったパン屋のおばちゃんに譲ってもらったりもしたらしいけど、ほとんどは量販店で購入したらしい。うーん。
でも、大きな油絵なんかだったら、描くのには相当量の絵の具を使うわけで。もちろん時間もかかるし。塑像なんかは、さらにお金かかりそうだ。ひとつの作品に何十万もかかってたりするんだろうな。
◆「もったいない」ってなんだ。
◆コンビニエンスストアで働いている。以前はファストフード店でも働いていた。毎日、かなりの量の食品が捨てられている。食べ物を扱う商売は、みんなそうだろう。
商品を作る過程でも、たくさんの「食べられるもの」が捨てられている。『おいしいところだけを贅沢に使った商品』は、十分においしい他の部分を捨てている。
市場流通量の調節のために、余分に収穫された作物が捨てられている。一部でちょっとした病気が流行ったせいで、感染の可能性が低い家畜が大量に殺されている。
そういう仕組みの上で、私たちは生活している。
◆食べ物で遊んではいけないのか? それが遊ぶためのものではないから、食べ物で遊んではいけないのか?
観賞のために熱帯魚を飼うことは間違っていないのか? 魚は観られるために生きているのではないのではないか?
◆もし、あの作品が、食品以外のものでできていたら、きっとそんなに面白くなかっただろう。ドミノをたくさん並べても、『すごいね』という感想しか生まれない。それは、ドミノはたくさん並べるためのものだからだ。
開封されていない板チョコだったら、どうだろう。食パンほどの衝撃はない。まだ、食品としての機能を保っているからだ。
食品を食品でなくしてしまう行為が含まれているからこそ、あの作品は面白いのではないだろうか。
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また考えがまとまったら書くかもしれません。
追記:この記事についたコメントに対する私の考えなどを、こちらに少し書きました。http://d.hatena.ne.jp/f_iryo1/20061108/reply
*1:大学の周りにはそういう場所がたくさんあるんです
*2:面倒な話はこっちに少し書きました。→ http://d.hatena.ne.jp/f_iryo1/20061031/1162287120







