フェルデンクライスによるアプローチ

 フェルデンクライス・メソッドは、動きと感覚を使ったレッスンによって、人の可能性を最大限に引き出すことを目指すソマティック・エデュケーション。このメソッドで局所性ジストニアへのアプローチを試みているのは、フェルデンクライス・ジャパンのかさみ康子さんと、ピアニストで同WS企画アドバイザーの松本裕子さん。
 ジストニアに罹患したピアニストを対象に、2013年10月と2014年4月の2回、都内でワークショップを実施している。問題は症状の現れる手ではなく、脳に起きている誤った上書きからとして、神経の可塑性を利用し脳に変化を起こす同メソッドで有効な解決方法を見出そうとしている。
 ワークショップでは、主に言葉によって身体の動きと感覚の体験がガイドされる、ATM(動きによる気づき)と呼ばれるグループレッスンを行った後、個別に、演奏という基本的な流れを想定した、タッチによるダイレクトな個人レッスン、そしてグランドピアノを使用した演奏への多様な方法でのアプローチを行っている。

連続した戦略2 フィットネス及び学習に基づく感覚運動及び記憶訓練プログラム

 神経系に認められる歪みを正常化するために考案された、特別な治療手段による複数の再訓練方法を組み合わせたもの。訓練は、有酸素運動、脳の活動を高めるためのコンピュータ・プログラムの実施、そして以下の逐次訓練によって行われる。


 ○前向きの思考をする。
 ○正常動作を頭に思い浮かべる。
 ○感覚の識別を向上するためのエクササイズを行う。
 ○正のフィードバックを活用する。例えば健常側の手を鏡に映して見ることで、罹患側の手が動作を正常に行っているとの情報を入れる。
 ○楽器に手を置いたときに、手に起きる筋収縮を正常化する。(まず想像し、その後楽器に手を置いて想像する。その時間を徐々に増やす)
 ○動作を段階的に練習する。(演奏とは無関係の簡単な動作から始めて、運動の難易さを段階的に上げていく)
 ○症状が出ている時の動作と似ている動作を練習してみる。(楽器の表面を知覚する、楽器を手で操る、実際の演奏時と同じように楽器を手にとって構える)
 ○演奏時の姿勢を変える。(横になりながら演奏する、腹ばいの姿勢で演奏する、足を上にあげた状態で演奏するなど)
 ○別の筋肉を使って正しい動作を行う。(前腕筋の代わりに、手に内在する筋肉で一本の指を動かすなど)
 ○これらで十分な進展があったら、楽器を使った訓練をさらに行う。


 研究者が13名の患者を対象にこの訓練プログラムを実施した結果、感覚の識別と正常動作のスピードについて、60%から80%の改善が見られ、6カ月後に11名の再評価をしたところ、10名が演奏活動に復帰したことを報告しているという。

 この方法の長所は、ジストニアと脳の可塑性のメカニズムについての深い知識に基づいていること。弱点は、プログラムの複雑さから患者を詳細に観察することが難しいこと。演奏とは無関係の動作訓練を伴っていることで、訓練の継続的な順守が困難なこと。この方法による治療症例が非常に限られていること。

再訓練の連続した戦略1 シャマーニュの手順

 複数の動作の再訓練の結果を連鎖させる、フランスのPTシャマーニュの治療手順は、筋肉と姿勢バランスの回復から始まり、楽器を用いての訓練に移行するもの。彼の考えるリハビリは、罹患部位のみでなく全身を包括的に、身体面と心理面の双方を考慮すべきというもの。その方法は4つの段階に分けられる。

1.深部位置感覚と身体を意識することを通して、安定してバランスのとれた体位を回復する。(約1年を要することあり)
2.楽器演奏の際に手足を動かしても体位が変わらないようにするなど、バランスのとれた体位を楽器演奏にうまく適応させることに焦点をあてる。訓練では肩甲骨を安定させる筋肉、呼吸のメカニズムを強化することに集中する。
3.目に見える様々な変形を実際に正すことで、手の自由を獲得する。そのため上肢の特定の筋肉を強化して知覚を改善する運動を行う。
4.楽器を用いた訓練を始める。音を出す際、指の力をコントロールすることには、特別な注意が必要とされる。

 この方法の最も重要な点は、リハビリテーションによってジストニアが改善するだけでなく、演奏能力を完全に取り戻すことを可能にしたことで、音楽家ジストニアは不治の病ではないことを示した。
 一方弱点は、症状が非常に重い場合、あるいは発症してから6カ月以上たっている場合は、結果が良くなかったこと、リハビリ期間が長すぎること。

感覚運動再帰訓練

 カンディアが開発した感覚運動再帰訓練(SMR)は、感覚系と運動系を再構築し、そのバランスの再調整を目指すもの。ジストニアを発症している手の代償指(患指の代償動作として代償性伸展や随伴性屈曲が現れる指)にスプリント(関節補正具)を一つまたは複数取り付けることで、その動きを制限し、深部位置感覚の変更を行う。この訓練で特定の指の配置が身につき、固定してない指での演奏動作がより楽になり、演奏中に固定した指の配置を意識することができる。
 その後、徐々にスプリントを使わないでの楽器演奏訓練を増やし、新たに獲得した動作をクライアント自身で行えるようにしていく。到達レベルに応じて動作を行う速さや難易度の調節がある。
 テラッサ研究所が118人を対象に実施したこの訓練法では、治療期間は9カ月から24カ月。平均15カ月で、受診者の39%が完全復帰、44%が80%以上の回復をみたという。また17%が80%以下の回復、あるいは途中から治療を脱落した。
 同研究所は、この神経リハビリテーション手法について、症状の重症度やジストニアの進行期間に左右されないこと、受診者の83%が演奏活動に復帰し、約4割には完全回復が認められた成果を評価している。一方、訓練末期の変化がわかりにくくなってくる時期の疲労感から、治療を止めてしまうケースがあるなどの短所を指摘する。

スローダウン・エクササイズ

 サカイが2006年に提起したスローダウン・エクササイズの訓練手順は、次の通り。


1.ジストニア症状が現れる音楽作品を選ぶ。
2.メトロノームを使って、ジストニアによる運動障害が現れなくなるテンポまで、演奏のテンポを下げる。その演奏テンポを記録しておく。
3.2週間毎日30分、選んだ作品を演奏する。
4.2週間後、演奏のテンポを10%から20%の範囲で上げる。それで症状が現れなければ、そのテンポで2週間演奏を続ける。症状が現れた場合は、以前のテンポに戻す。
5.2週間後、4.のステップを繰り返し、徐々にテンポを上げていく。


 サカイの訓練には20名のピアニストが参加し、その全員に一定の改善があったといい、またそのうちの12名は完全に改善し、その後の演奏に支障がなくなったと報告した。
 一方で、この方法の課題は、訓練が平均で2年という長期間続けられ、症例によっては6年に及ぶ可能性もあること。
 またテラッサ研究所は、演奏テンポに関して、ジストニアの症状はどんなに遅いテンポであっても出現してしまうため、症状から解放された状態を出発点に、動作を強化していくというその出発点がない、と疑問を投げかけている。

3.音楽的な動作特異性を考慮した訓練

 実際に楽器を用いて再訓練を行う際の難点は、楽器練習中にジストニアの症状が現れることを避けようとしてしまうこと。筋緊張や代償作用が生じたり、また自由に動作することなく一連の動作を反復しても意味がない。そのため、楽器を用いた訓練方法は、原則として動作を解放する方法を見つけることを基礎にしている。
 しかし、手、あるいはアンブシュア(楽器を吹くときの口の形、その機能)の動きを解放するだけの変更を行った場合に得られるのは、感覚トリックと非常に似たもので、結果的に高い確率でジストニアが再発する。
 テラッサ研究所やその他の研究者の訓練は、根本にある障害を正常化するための方法を含めている。それらには、スローダウン・エクササイズ、感覚運動再帰訓練、そして複数の動作の再訓練の結果を連鎖させる戦略などがある。

2.向き合い方

 現在可能な手段を用いる限りでは、長期間に及ぶリハビリテーションを伴うことを理解しておかねばならない。どの方法でも、疲労感や大きな改善が見られないことを理由に治療を脱落するケースは絶えない。ジストニアは突然回復するものではないこと、変化を回復させる唯一の方法は、長期間にわたる綿密な訓練であることを理解する必要がある。