晩夏

今日のおすすめ本。

2016年10月18日はこちらです。


『森の小道・二人の姉妹』

シュテフター著 山崎章甫訳 岩波文庫


 ついにオーケストラの演奏が始まった。ー私は彼女を見つめていた。ー自分の

加わる瞬間がくると、軽くヴァイオリンを肩に当てた。ーたちまち、美しい、

抑えられた音が、空間とすべての人の魂を貫いて流れた。私はたちどころに、

その音が彼女の心そのものから溢れ出ていることが分かった。つづく音もすべて、

変りなく、心から出て、心に沁みた。その後私は、その少女の演奏を何度か聞いたが、

彼女が話すのは聞いたことがなく、一緒になったことも、知り合ったこともなかった。

したがって私は、別の状況から、彼女の感情がいかに深いかを測ることはできない。

しかし、これらの音を聞く限り、彼女の感情が深くないと考えることはできなかった。

私は、早くもそのような深い感情をもっているまだ幼い子供の顔を、奇蹟の念をもって

見つめずにはいられなかった。彼女の絃がほかの音楽にまじりながら、ひときわ

高く響き、一個の男子のように、確固として聳え立っているのを聞いていると、

愛情のこもった、力強い、物語る、ときとしてまた、嘆く心を聞くような気がした。

しかし無邪気さー子供にのみ可能なと言いたい無邪気さ、まだ称えられるべき自我を

考えないで、子供にふさわしいことのみを奏でる無邪気さが、演奏に行きわたって

いるのは何とも言えず美しかった。したがって私が、その子によって、深く、美しく、

道義的な力をあたえられたと告白しても、恥ずべきこととは思わない。そのため、

演奏が終ったとき、ほかの聴衆は残らず恐ろしいばかりに騒ぎ立てたけれども、

私は拍手しなかった。私は彼らが本当のものを感じているとは考えることが

できなかった。なぜなら、芸術家が、つまり、より高い人間がー真の芸術家は

そうであらなければならないがー私たちの前に立ち、彼の人間性のより美しい、

より純粋な一部を、私たちの目の前に示し、私たちの人間性を、自らの高さにまで

高めるとき、そこでは、私たちはつつましく敬意を捧ぐべきだと私には

思えるからである。陽気な讃意の喝采と叫びは、安っぽい道化にのみ向ければ

いいのである。少女はヴァイオリンをおろし、一度だけ、ちょっと腰を屈め、

連れてきたのと同じ若い男にまた連れられて退場した。

 こうして第一部が終った。

(「二人の姉妹」本文より)


こちらは初版本で現在絶版となっております。

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