2010-02-15
■定式化されたドレスコード 
ついでに言うと、お通夜に黒を着て行ってはいけない。昔、通夜に黒い礼服を着ていって、オヤジにおまえは何を考えとるのかとぶん殴られたことがある。ダークスーツを着ていったお通夜で、麻生太郎代議士に、おまえ案外そういうところはちゃんとしとるなとほめられたことがある。
でも、最近のお通夜ではほとんどの人が黒を着ていく。ひょっとしたら橋本団長もスキー連盟の会長もお通夜に黒を着ていくかもしれない。
http://www.taro.org/2010/02/post-716.php
これを見て、以下を見た。
Q: 黒服が習慣化したのはいつ頃のことなんでしょうか。
A: 1950年代までは遺族・親族以外は黒を着るべきではない、特に通夜には着ない、ということが常識とされていたのが60〜70年代に黒の仏事の礼服化が進み、黒を着るのがマナーとされたのです。
戦前の昭和10年代の葬列の写真を見ましたが、喪服に身を包んでいるのは遺族や親族だけ。他の人は一張羅を着ていました。結婚式にでも参列するように身を整えていました。
黒を喪服とするのは明治時代の後半のこと。日本では元来の喪服は白で、親族のみが喪服に身を包んでいたのですが、欧米文化に触れることにより、喪服も欧米で用いていた黒に変更したのです。皇室の葬儀に始まり、首都圏では大正の大震災以降に普及し、全国化するのは戦後の高度経済成長期以降のことです。
戦後の高度経済成長期というのは不思議な時代で、いま以上に「流行」が力をもっていました。ミニスカートが流行すれば、どんなスタイルの女性もミニスカートをはき、背広の襟が広くなれば襟の幅が広いスーツだけが売られる、という具合です。「礼服」もその時代に定式化されました。
欧米では黒が喪の色ですが、会葬者が全て黒を身にまとったわけではありません。喪に服している遺族が着し、喪に服していることを表明するものでした。
白を喪服とした時代の日本も、黒を喪服とした欧米も、喪服に対する考えは同じで、喪に服している遺族のみが着たものだったのです。
戦後の高度経済成長以降の日本の、会葬者まで全て黒を着るという習慣こそが異常なのです。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/secondstage/manabi/ceremony_090522.html
っていうか、言われてみればそうだ。日本は白だよね。あれ、死装束は白なのに、礼服は黒ってよくよく考えると不思議だよねえ。
追記
大元の話に戻すと、これって単なる「昔は良かった。」話であって、「品格」とかそういう問題じゃないんだよね。大体腰パンが正式なドレスコードになったらどうするんだ。そんなことは考えられないと思っているそこの君は十分に認識が甘い。例えば、スーツは元々礼装でも何でもない普段着だし、礼装扱いになったのなんて、精々ここ50年くらいだ。後50年たてば、ドレスコードがどうなるかなんてわからないだろう。
だから、「品格」云々言っている人はどうでもいいんだけど、これって、どっちかというと、若い人の勢いがなくなっているっていう方が問題かもしれない。普通は、個人の不快感でしかないので、そこまで大きく問題になるようなことではないんだけど*1、これを受けて、処分だのなんだの対応してしまう方向性となっていることがまずいなあ、と思う。
これは若い人の絶対数が少なくなって、勢いが無いのと、まあお金もないことも関係しているんだろうけど、それ以上に年寄りが多すぎる、ってことの反映なんだろう。若しくは年寄りに迎合した奴ら、だな。結局「良識」という、かつてはPTAに代表されるようなあれやこれやが、本当に勢いがあるってことが根本的な問題で、それは非常に憂慮すべきことだと思う。
理由は、それは私がつまらなく思う世界だから、だけど。
さらに追記
追記部分の「大元の話」ってのは平たく言うと、国母選手のドレスコード云々の話ね。面倒くさいので説明しないけど、河野太郎blogを見てくださいな。
*1:第一今までもそんなことは山のようにあった


「追記」の部分のことかしら?だったら説明が足りてないと思うので追加しました。