王子「さくら新道」あるいは戦後の焼失

ある日、王子駅ホームからなにげなく飛鳥山公園方向に目をやった。

一瞬息が止まった。
「さくら新道」の長屋が焼失している。

東京・王子の「さくら新道」で火災 京浜東北5時間ストップ
2012.1.21 08:12
 21日午前5時50分ごろ、東京都北区王子のJR王子駅前で、店舗兼住宅から出火、木造2階建て店舗兼住宅など2棟計約600平方メートルが全焼した。この火事で70代の女性が重傷。60〜80代の男性1人と女性2人の計3人が軽傷を負った。
 警視庁王子署によると、火元となった店舗兼住宅に住む20代の女性が「電気ストーブをつけたまま、うたた寝をしていたら息苦しくなり、起きると布団に火が付いていた」などと説明しているという。
 現場は桜の名所の区立飛鳥山公園王子駅に挟まれた地区。飲食店兼住居が建ち並び、通称「さくら新道」として知られている。消防車やヘリコプターなど計約30台が出動し、消火活動にあたった。
 JR東日本によると、この火事で、電車の運行に必要な送電線の一部が損傷したため、京浜東北線などが最大で約5時間にわたって一部区間の運転を見合わせた。
(産経ニュースhttp://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120121/dst12012108120003-n1.htm

「もはや戦後ではない」という言葉が使われたのは1956年のことだが、「さくら新道」は21世紀になっても思いきり「戦後」の雰囲気を濃厚に残した亜空間だった。
平和な飛鳥山公園から「さくら新道」に初めて降り立った時の体の内側がざわっとするような奇妙な感覚は忘れられない。
戦後闇市の残り香が濃厚にたちのぼる。
恐らく、ここはかつては青線であったのではないか。確証はないがそんな気がした。

ありし日の「さくら新道」。こちらのブログの写真は私の記憶に残る初めてみた「さくら新道」の情景そのものだ。
http://mikkagashi.cocolog-nifty.com/kasukadari/2012/01/post-9845.html

そして王子駅ホームから見た焼失の光景がこちらにあった。
「東京Deep案内」
http://tokyodeep.info/2012/01/22/105500.html

土地の権利関係や店舗の営業状況など知りたかった情報はほとんどここに書いてあった。調査力がすばらしい。
「東京些末観光」
http://tokyo.txt-nifty.com/tokyo/2012/01/1-0ef0.html
http://tokyo.txt-nifty.com/tokyo/2012/01/2-a668.html

自分が撮りたかった写真は誰かが撮っていてくれる。知りたかったことは誰かが調べてくれている。そしてそれを簡単に共有できる。なんとも有難い21世紀。

これらによれば、
・「さくら新道」の建物は1952年に建てられたもの。
・ルーツは戦後闇市
・火事により3棟中、2棟全焼。19区画中、14区画焼失。
・土地は都有地。

ということらしい。

総務省の「土地統計調査」によれば、

2008年現在、住宅4960万戸のうち、1951年から1960年に建築された住宅は116万戸で全体の2.3%、うち長屋建は約6万戸(5.2%)。

(出典:総務省統計局「日本の住宅・土地—平成20年住宅・土地統計調査の解説」
http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2008/nihon/2_2.htm

希少な物件であったことは間違いない。

もっとも終戦から1960年あたりの建物は防災、居住性の面から難のある物件が多いので、建て替えが進んでいることはむしろ望ましいことではある。

いずれにしても2012年1月21日、アンタッチャブルで非日常的な戦後の残滓が1つ焼失した。
むしろ2012年まで戦後の遺物が残っていたことの方が奇跡的だったかもしれないが。