映画「ローラ・モンテス」

映画「ローラ・モンテス」(1955年制作公開)は、実在のクルチザンヌ、ローラ・モンテス(1818−1861)を題材にして制作された。

映画の舞台はサーカス団のステージだ。
ローラ・モンテス本人が自身の生涯を演じてみせる見世物がサーカス団の呼び物だ。
舞台にきらびやかな衣装のローラが登場する。ここで登場するローラが容色も衰え果てていたりすると無残だが、ローラはいまだ美しい。

この「ローラはいまだ美しい」というのがこの映画の重要なポイントだろう。

サーカスのショーとローラの回想シーンが入り混じり映画は展開していく。

ローラの回想は、まずはリストとの別れの場面からはじまる。
リストとローラは馬車で旅をしているのだが、2人の関係は終わりかけている。2人の乗る馬車の後ろにローラの馬車がついてきている。「いつでも別れることが出来るように」。


この回想シーンの設定は1841年である。
クルチザンヌは「高級娼婦」と訳されることが多いが、同時代の日本の「高級娼婦」である吉原の花魁とは全く別の社会的立場にあることに瞠目する。

吉原の娼婦たちは吉原から出ることができないことは勿論、遊女屋から出る自由も厳しく制限されていた。籠の中の鳥というか、奴隷的境遇といって差し支えなかろう。
吉原における娼婦の悲惨な境遇は、以下の記述からも明らかである。

彼女たちは娼家に金銭で買われた商品であり、廓外に出ることは許されなかった。
明治44年(1911年)4月9日に、新吉原で大家が発生したことがある。
この火事で廓は全焼したが、その大火の折に娼家側では娼婦が火災にまぎれて逃げることを恐れ、自由行動を許さなかった。中には、地下の倉庫におしこめられ、そのため焼死した娼婦たちもあった。
(出典:吉村昭関東大震災」)

この時代、自由がなかったのは娼婦に限らない。例えば中国においては纏足が一般的であり、女性は歩くことさえままならなかった。
その同時代において、恋人と旅行をし、しかも自らの意思で別れる自由を担保している。

リストとローラの関係は対等だ。どちらも舞台における人気稼業であり、パトロンを必要とする。
リストが歴史に残る優れた作曲家であり演奏家で、ローラが稚拙なダンサーだったことは、当時の2人の経済的側面や関係性には影響しない話だ。
2人はパトロン関係ではなく、一時の恋愛を楽しんだ。


次の回想シーンはローラの少女時代に遡る。

東インドで父が死に、ローラと母は、その部下だったジェイムス中尉とヨーロッパに向かう。
パリでローラの母は、娘に老齢の銀行家を引合せようとする。
この母は、明らかに自らの経済的利益のために「美しい娘」という駒を利用しようとしており、かすかに人身売買的ニュアンスすら感じる。

ここでローラが反発し、恐らく母の愛人であったであろうジェイムズ中尉に結婚を申し込み、辛くも母のもくろみから逃れる。
ここでのローラは完全にジェイムズ中尉を利用している。

こうしてジェイムズ中尉と結婚したものの、中尉は酒に女に溺れ、その結婚生活はロクでもない。
愛想を尽かして家を出て行こうとするローラを引き留めるジェイムズの姉の台詞がありがちに意味不明だ。
「あなたが出て行くのは世間体が悪い」。

ローラからみれば「知るか」という話だ。「あなた方の世間体など知ったことではない。私の人生はこんな生活のためにあるのではない」という判断は極めて真っ当だ。

その後、ダンサーとしてデビューしたローラは成功を収める。ただし、有名になったのはダンスよりも数々のスキャンダルによってであるようだ。

ローラは1846年、バイエルン王国に到着する。
そして国王ルードヴィヒ1世の愛人になる。
この映画では、純情、誠実で孤独な王が踊り子のローラに恋に落ちたという風に描いている。この映画における国王とローラの関係は微笑ましい。
しかしローラは自らの肖像画の受け入れ先を巡って芸術大臣は更迭するは、大学は閉鎖するはの政治介入を行い、反発した市民達によりまさにミュンヘンから石もて追われることになる。

この追放はローラの自業自得というか、妥当なところだろう。
ローラには王の愛人というポジションを務めることができる政治力や賢さはなかったということだ。

騒乱のバイエルン王国からローラを逃したのは、ローラに恋をした若い学生だった。
彼は言う。「僕はラテン語の教師になることができる。僕とともに新しい生活を始めよう」

いやいや、それは無理だろう。ローラはラテン語教師の妻などという地味なポジションに収まることができるような人間ではないし、本人の望むところでもないだろう。

ローラはその申し出を断り、サーカス団に身を投じることを選択する。
サーカス団でのローラの役回りはなかなかハードだ。次々と衣装を着替えて登場し、最後には高所から落下する軽業すら行う。

ラストシーンでは、ローラの手にキスをする権利を1ドルで買った男たちが列をなす。
ローラは昂然と頭を上げ、きらびやかな檻の間から男たちに手を差し出す。
このサーカス団の主役というポジションこそが、彼女が選択した、彼女にふさわしい場所だろう。

★★★

この映画は映像も大変美しく豪奢で、間違いなく傑作なのだが邦題が酷い。
歴史は女で作られる」。
内容無視で適当につけた感が如実で、かつセンス悪すぎる。

可及的速やかに原題と同様「ローラ・モンテス(Lola Montes)」と改題して欲しい。