地方人

1932年(昭和7年)4月27日号『アサヒグラフ』に掲載されている通行人の調査がおもしろい。
(「新宿歴史博物館」https://www.regasu-shinjuku.or.jp/rekihaku/ 展示を参照)

銀座、新宿、浅草と、それぞれ1000人以上の通行人を「調査」している。

◆銀座
(調査人数)合計1024人

モダニズムの尖端を行く銀座の人通りは東側が断然多いのですが、モダンボーイを代表する若紳士と大学生は西側を歩きます。

◆新宿
(調査人数)合計1928人

新興の盛り場新宿は、女性が多いのが特徴で、奥様方が日用品の買物に来る街です。しかし、夕方からは男性が著しく増えていきます。

◆浅草
(調査人数)合計2069人

大衆の街浅草は、映画館と演芸場でにぎわいます。和服の男性が多いのは、地方都市にみられる傾向です。若い女性の少ない街です。

で、興味深いのは通行人の分類である。

和服男、洋服男、若紳士、大学生、中学生、
奥さん、若奥さん、娘・令嬢、女学生
老人、男小学生、女小学生、子供
男店員、女中、職工、職人
地方人
芸者、ルンペン、御用聞
その他(労働者、巡者、行商人、乞食、女給、ダンサー、小間使、出前持、外人、郵便夫)

「若紳士」とは。「モダンボーイを代表する若紳士」と書いてあるので、「若紳士」は洒落た洋装の若者なのだろう。
そして若くない男性は和服か洋服かで分類されるらしい。
しかし、ある男性を「若紳士」と分類するか「洋服男」に分類するかは、多分に調査者の主観に左右される。

さらに、「老人」という区分もあるのも悩ましい。例えば「60歳和服男性」が通行人に複数含まれていたとして、そのうちの何名かは「和服男」に分類され、何名かは「老人」に分類されたりするだろう。

同じことは「奥さん」と「若奥さん」の分類にも言える。

この調査、調査者の感覚的な分類でしかなく、誰が調査したかで結果が変わってしまう。調査としてはあまり意味はなさない。

ただ、「1932年の東京人は、道行く人に対してどんなカテゴライズを行なっていたか」を覗き見る資料として興味深い。


その中で、ひときわ目をひくカテゴリーがある。

「地方人」

今日、道を歩いている人をみて「あ、地方人だ」と思うことはない。

東京在住だろうが地方在住だろうが、着ているものに差はない。全国津々浦々、ユニクロはじめ、同じ衣料品が手に入るし、その着方や立ち居振る舞いに差はない。

戦前にはまだ、全国に同一商品を流通させる衣料品メーカーはなかっただろうとは思うが、それにしても地方在住者と都市在住者との間に一目で分かる「差」があったというのはちょっと意表をつかれた。

実は今、戦前にはあった地方と東京の格差が埋まっている時代なんだな、と、そんなことをつらつら思う。