なぜビジネス書は間違うのか

この本はスゴ本です。もう一度書きます。この本はスゴ本ですわたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるのパクリで申し訳ないです。が、ほかにこの本の面白さを表す言葉が出てきません。http://d.hatena.ne.jp/fantoms/aboutを読めばわかるのですが、僕は以前好奇心のかたまり-新書レビューという書評ブログを書いていました。この本は、今年読んだ本の中でも、ベスト3に入るくらいおもしろいです!!ただ、amazonでも書評がないし、はてなでもブクマされていなくて、非常にもったいないと感じたので急いで書評を書きました。長い書評なので、明日から使える事実だけがほしいという人は、引用文を中心に流し読みしてください。

なぜビジネス書は間違うのか

はてな界隈では、エセ科学としての水からの伝言*1ゲーム脳*2に対しては抵抗力のある人が多いと感じます。ところが、ビジネス書やビジネス系のエントリーに関しては、エセ科学と見抜けずに騙されている人が多い。なぜなのか。答えは難しいけど、ビジネスの分野は、自然科学と違って厳密な実験ができないため、いい加減なことを言っても反証されにくい、というのがあるのではないでしょうか。最近でいえば、appleの復活についてがいい例です。曰く、スティーブ・ジョブズの神懸かり的な交渉力のため復活した、とか、神懸かり的なリーダーシップのために復活したというものです。もちろん、ジョブズが果たした役割は大きいかもしれない。しかし、僕にはこれらの称賛は、(本書を読んだ後では)あとづけの理由で説明されているように感じます。そして、この業績から跡づけられた理由というのが、本書のカギとなる概念のハロー効果です。


前置きが長くて、わかりにくいと思うので、ハロー効果についての説明を引用します。

ハロー効果とは、企業の全体的な業績を見て、それをもとにその企業の文化やリーダーシップなどを評価する傾向のことである。一般に企業パフォーマンスを決定づける要因だといわれている多くの事柄は、たんに業績から跡づけた理由にすぎない。

要するに、業績などの結果からその企業の成功・失敗要因を推測することがハロー効果だといえます。これだけ見ると、自分は結果からものごとを判断しているわけない、という反論が聞こえてきそうです。この記事を読んでいる人がハロー効果にどの程度影響されているのかはわかりません。しかし、私たちの接する情報のほとんどがハロー効果に影響されているとしたらどうでしょう。本書では、第一章から第三章までをマスメディアの情報がいかにハロー効果に影響されているかを示しています。例えば、フィナンシャル・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル紙、AP通信ブルームバーグ・ニュースなどです。これはほとんどすべてのマスメディアと言っていいのではないでしょうか。そして、ハロー効果に影響された情報を得て、判断している人は、ほとんど必ずハロー効果の影響を受けているのです。ここでひとつ言っておきますが、僕は必ずしも結果から判断するのが悪いと考えているわけではありません。ステレオタイプによって思考の節約ができることはとても重要なことです。どうでもいいことは考えないほうが楽ですもんね。ただ、ビジネスで本気で成功したいと願っている人は、ハロー効果の影響を受けている情報は真に受けないほうがいいと感じます。


第四章では、マスメディアだけでなく、我々もハロー効果の影響を受けることが示されています*3。バリー・ストーという研究者が、ハロー効果を確かめるためにある実験を行いました。グループで協力して仕事をしてもらい、その仕事に対してでたらめ*4な結果を返します。成績が良かったグループは、自分たちの能力を過大に解釈し、成績が悪いとされたグループは自分たちの能力を過小に評価しました。実際には、レポートの出来は同程度だったので、グループとしての能力に差異はありません。ところが、結果が違うだけで、能力に対する評価は異なってきました。これは何を意味するか。もうお分かりの通り、人は結果から物事の評価を判断してしまうということを意味しています。さらに、大規模な例として、フォーチュン誌の世界で最も称賛されている企業、フィナンシャルタイムズ紙の最も尊敬される企業などの企業の選定にハロー効果の影響がかなりあることを示しています。ここにランクインする企業というのは、そのとき業績のいい企業なのです。


第八章では、ビジネス書に見られるストーリーと科学が導き出す事実が相いれないことを示しています。特にあとに挙げる4つのビジネス書を、科学的な調査とは、とてもじゃないが言えないということを示しています。加えて、これら4冊の本は内容が似通っているのに、大きなヒットを飛ばした本と小さなヒットしか飛ばしていない本があり、その理由について考察しています。何が違うのだろうか。著者は、

『エクセレント・カンパニー』と『ビジョナリー・カンパニー』がよくできたストーリーだからである。人を引きつけてやまない表現が目白押しなのだ。
(中略)
では、『ビジョナリー・カンパニー2』はどうかというと、これがまた四冊の中でもずば抜けた極上のストーリーだ。

と分析しています。そして、この引用のあとで、我々が立身出世の物語に弱いことを示しています。
エクセレント・カンパニー (Eijipress business classics) ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則 ビジネスを成功に導く「4+2」の公式 ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則
次に著者は科学が導き出すビジネスの法則について、二つの例を挙げています。

CEOの個人マネジメントスタイルが業績に影響する度合いは約四パーセントだったということだ。統計的に有意な結果だが、読んでおもしろいストーリーとはいえない。これらのことをすれば、ほかの条件が一定なら、会社の業績を約四パーセント上げられるかもしれないといわれても、よろこぶマネジャーはいないだろう。厳密な科学は胸躍るストーリーにはならないのである。

もう一つの例は、下記に引用したとおりです。

マネジメントの実践事項は業績の差に関連しており、企業パフォーマンスの全分散の一〇パーセントを説明することが示された。つまり、製造から顧客サービス、人材管理、財務まですべての面にわたって最もよい実践事項を採用した企業は、そうでない企業を約一〇パーセントの確率で上まわる傾向があるということだ。

そして、企業の業績に関するビジネス書のストーリーは、科学らしさを装うと説得力が増すことを示しています。もちろん、新聞や雑誌記事などのハロー効果にまみれた記事からいくら科学的方法で調査をしても、出てくる結果の信憑性が、非常に疑わしいのは言うまでもありません。では、我々はビジネス書のストーリーを信じてはいけないのか。著者は、ストーリーにも利点はあるから、科学的に正しくないというだけで、むげに否定はできないと書いています。乱暴な要約をすれば、科学的に正しくなくても、そこから何か得られるものがあれば、ビジネス書のストーリーを読んでもいいんじゃないということになります。ただ、ビジネス書のストーリーは、科学的な正しさは保証されていないし、話を面白くするために単純化していることが多いから、あんまり真に受けんなよ、各自割引いて読むように、と忠告してくれています。


第九章では、現実は複雑だし、不確実性に満ちてるから企業のパフォーマンスを予測するのは難しいよ、と述べています。


第一〇章 エセ科学に惑わされないマネジメント では、章のタイトルが示すとおりエセ科学に騙されずにビジネスの世界で成功するにはどうしたらいいのか、ということが、著者の尊敬する人物*5のエピソードと科学に裏付けられた格言で締めくくられています。この章はほんとに濃いです。時間のない人はここだけ読んでもいいかもしれません。

どうすれば成功するのかという疑問の答えは簡単だ。これさえすれば成功するというものなどない、少なくとも、どんなときにも効果があることなどない、というのが答えなのである。
(中略)
成功しつづけることができるのはかぎられた企業だけであり、しかもそのような企業も初めからそれを目ざしていたわけではなく、短い成功がいくつもつづいてたまたまそうなったと考えるほうが正しいことを受け入れよう。
(中略)
そして最後に、企業の成功には運が大きな働きをすることを認めよう。

著者の尊敬する人物の一人目は、ロバート・ルービンです。アメリカの財務長官として活躍した人物です。ルービンは、投資の世界で働いていたため、世の中は不確実性に支配されていて、何一つ確かなことはないという信念を持っています。ルービンの著作からの引用を見ていると、確率的に物事を考えて期待値を計算したり、不確実性に対して、できる限りのことをして備えているというのが感じられます。僕の拙いまとめより、ルービン自身の言葉を引用したほうがわかりやすいと思うので、少し引用します。

「これまでの経歴のなかで、私は何事に対しても私よりずっと強い確信をもっている人たちに出会った。私はそうした性格をもちあわせていない。私からすれば、そのような考え方は、複雑さや曖昧さといった現実の本質を見損なっているように思える。最大の成果を得るために決断を下すには、非常に頼りない考え方だ」

著者の解説まで引用しようと思いましたが、この文章を読んだ人に考えてもらいたいため、あえて解説までは載せていません。興味のある方は、ルービンの著作を読んでみるのもいいでしょう。
著者の尊敬する人物の二人目は、アンドルー・グローヴです。インテルの共同創業者として活躍した人物です。グローヴは、インテルでいくつかの危険な賭けに出ています。ただ、その賭けは無謀なだけのものではなく、インテルが生き残るために必要な、リスクとメリットを考慮した、緻密に計算された賭けなのです。そして、彼は幸運にも賭けに勝利しました。これだけのエピソードだと、彼もハロー効果に影響された人物だと感じられるでしょう。本書では、ほかにも様々なエピソードを引用して、グローヴの成功が偶然だけではないことを示しています。ここも割愛します。
著者の尊敬する人物の三人目は、ロジテックです。実はロジテックは人物ではありません。ロジテックはコンピュータのインタフェース機器メーカです。日本だと、ロジクールの名称になっています。ここも省略します。
最後に、著者が企業のマネジャーに、*6願いを述べています。ちょっと長いのですが、引用します。

本書でいちばん伝えたかったのは、ビジネスについての私たちの考え方が多くの妄想でかたちづくられているということである。妄想に囚われずに、ほんの少しだけ批判的にビジネス書を読んでほしいというのが企業マネジャーたちへの私の願いだ。夢を抱き、希望を膨らませるのもいいが、少しだけ現実的な目で見直してほしい。とくにつぎのことを覚えておこう。
(中略)
・データにハロー効果が含まれているなら、どれほど多くのテータを集めても、どれほど厳密な分析に見えても、意味はない。
・成功は私たちが望むほど長つづきしない。永続する成功とは、結果が出てから好ましい事実だけをつなぎあわせてつくりあげられた妄想である。
(中略)
・ビジネスの物理法則を発見したと主張する者は、例外なくビジネスというものをほとんど理解していないか、物理学をほとんど理解していないか、あるいはどちらも理解していないかである。
(中略)
・ビジネスは私たちが考える以上に、そして成功した経営者が認める以上に、運に大きく左右される。

本書の本文で引用されていたのは、ルービン回顧録インテル戦略転換です。ただ、個人的には、僕の起業は亡命から始まった!―アンドリュー・グローブ半生の自伝― のほうが興味があります。
ルービン回顧録 インテル戦略転換 僕の起業は亡命から始まった!―アンドリュー・グローブ半生の自伝―
最後に、この本の感想をちょっと書きます。書評に含められれば良かったのですが、要約みたいになっちゃったので、別枠にしました。なぜビジネス書は間違うのかは、僕が今年読んだ本の中でベスト3に入るくらいおもしろい本です。ちなみに1位は、まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのかです。2位が本書。3位は、数学で犯罪を解決するです。僕とおもしろいと思う本の傾向が一致していれば、本書を激しくお勧めします。ちなみに、第五、六、七章は上に挙げた4つのビジネス書間違ってるんじゃね!?的な内容だと判断したので飛ばしました。
まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか

*1:水を凍らせるときに、いい言葉をかけてあげるときれいな結晶になるとかいうやつ

*2:ゲームばっかりしていると脳が駄目になっちゃうとかそんな感じなはず

*3:考えてみれば、当たり前のことですが、マスメディアの情報も人が作っているわけです。人がハロー効果の影響を受けているからマスメディアの情報もハロー効果の影響を受けています。このあたりの因果関係が理解できない人には、この本は向いてないかもしれません。

*4:僕はランダムと表記するほうが好きですが、本書での表記に従ってます

*5:もちろん、ハロー効果にほとんど影響されていないと考えられる人物です。ただ、この人選はどの程度の信頼性があるのかはわかりません。著者もそれを認めています。僕の個人的な意見では、結果として成功したけど、その過程も素晴らしい人物だと感じます。

*6:そしてたぶんビジネス書の読者に