2009-01-13
松本人志が語る「ドリームマッチ09」、そして原西のオカンのこと
1月11日のラジオ番組『放送室』で松本が年末のことに関して語っていたのでメモしておきたい。
松本人志の見たM-1グランプリ2008はこちらの記事が詳しいのでそちらをご覧ください。
「ザ・ドリームマッチ」のこと
・「あんなもんスベれば地獄ですよ」。ウッチャンも「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」と言っていた。
・リハが全然できなかった。松本・内村組はリハの順番が最後だったので、前の組が押したうえに、引っかかること(うまくいかない)を考えてないスケジュールのせいで出来てないまま終わってしまった。
・音きっかけ等、リハでしか合わせられない部分があるのに、リハがグズグズで、中途半端に1回通しただけで、完全にこのままではやばい、と思った。
・ウッチャンはリハの時から本域で声を張っていた。その姿に他の芸人も驚いていた。
・ウッチャンもピリピリしていた。ウッチャンのマネージャー田村もその表情を見て不安がっていた。
・「俺(松本)とウッチャンの中ではもう合ってる。それよりもきっかけやから」
・「極端な話、僕(松本)はスベってもいいんですけど、ウッチャンに出るんじゃなかった、って思われるのが一番嫌」。内村も同じことをずっと言っていた。「僕が出て松っちゃんをスベらすわけにはいかない」
・ネタが終わった芸人はそれまでボーっとしていたが、次がレジェンドだと、ひとつのモニターに集まって、みんな、感動していた。
・ネタ中の声の大きさは自信のなさ、必死感の現れ。
・内村はネタが終わるとテーブルの上に裸になって座ってタバコゆっくり吸ってぼーーっとしていた。
・高須が内村に「お疲れ様でした」と言うと心底安堵した声で「いやぁ、良かったぁ」。
・内村のマネージャー田村「高須さん、内村、出して良かったです」
・観てるみんなも感動。そこからの打ち上げ。全員解放感でしゃべるしゃべる。
・特にホリケンがめちゃくちゃ嬉しそうに、つまらないギャグを連発して河本らを困らせていた。
・打ち上げ中、松本は内村のずっと横にいた。たまにはええもんやな、と。
原西のオカンのこと
そんな「ドリームマッチ」の打ち上げの話を遮るように「悲しい事がありましたわ……」と話し始めた松本。
「触れへんのも気持ち悪いんでね。原西のオカンのこと。あれは僕はショックでした」
12月3日、FUJIWARA原西の母尚子さんが急性心不全のため亡くなった。62歳だった。
実は彼女が亡くなったその日、「ガキの使いSP」の「モリマンvs山崎」の収録の日だったのだという。
そこで山崎応援団としてゲストで呼ばれていた原西は、その訃報を大阪で知ってもなお、東京へ来て出演してくれたのだという。
高須は、そこで「モリマンvs山崎」を見ている原西の表情を見ると、やっぱりみんなが笑ってる時も笑いきれてない所が多かった、と言う。「でも、何か所かはホントに心から笑ってくれている」、それを見て少しホッとした、と。
原西の母といえば「リンカーン」で、墨だらけになりながらも、芸人の母として体を張って笑いをとっていた方だ。松本も「ある意味下手な芸人より芸人でしたからね」と言う。
「リンカーン」収録後、エレベーターで「ありがとね」と言われたのが、松本にとっては最期だったと振り返っていた。



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