fatagagaの日記

2017-02-25 谷端川 1978年7月30日

親父の遺品であるネガが発見され、リストアしたのでここに公開する。

○ 谷端川概要

谷端川は東京メトロ千川駅近く、粟島神社

http://loco.yahoo.co.jp/place/g-tr23_Hvso22/

の境内にある池を水源とした河川であった。後に、農業用水としての機能を強化するため、

谷端川同様、現在東京23区内に入ってからの殆どが暗渠となっている千川上水から分岐された水路をつなげられた。

谷端川はこの水源から南東にほぼ下に凸(南に凸?)に流れ、西武池袋線椎名町駅近くを括り暫くするとそこでターンし、再び西武池袋線を潜る。その先は北東に流れ板橋区と豊島区の区界付近を流れる。そして東武東上線近くで上に凸(北に凸?)に近い流れ方をし、東武東上線下板橋駅近くで潜り、JR板橋駅を潜ると再び南東に流れる。そして大塚駅を潜るとその先は"小石川"と呼ばれていたらしい。小石川植物園脇を流れ、最終的には水道橋駅西側の、外堀通り仙台橋の下で神田川に合流する。

尚、西武池袋線を東側で潜ったところから、JR板橋駅を潜る間迄の区間は、

「ここに川があったのね」というような暗渠痕跡が残っているが、

それ以外の区間はそれすらない。

○ 谷端川と私

この川に興味を持ったことは即ち暗渠に興味を持ったことにつながっていく。

1977年頃、小学2年生であった私は、それ程鉄分が多くはなかったけれど、

東武東上線各駅停車 武州いま・むかし」

http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001306039-00

を買ってもらって読んでいた。

(椿書院は少なくとも1981年頃には倒産したんじゃないかな。当時この本を買ったお店の店主さんがおっしゃっていた。)

後に当時の大山にあった自宅から35分位かければ歩くこともできたが、

当時の私にとって池袋大都会であり、東武東上線で行き来をしていた。

で、この書籍に載っている地図

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で、「下板橋駅近くに川なんてあったかな?」と思い、

調べてみるとその川は谷端川

という名称であり、

親父に聞いてみると「暗渠になった川だよ」と教わったのだった。

そして当時の私は「死んでしまった川」と認識していた。

その後、1978年6月11日に谷端川の探索をしていた。

このときは、日曜日に何度か足を運んで上流は椎名町駅近くから、

下流板橋駅付近迄探索をしていた。

板橋駅付近のところは1978年当時暗渠から免れていたので、親父に頼んで撮影してもらった。

この画像は1978年7月30日当時アクセスがかろうじてできていた、下流側から上流(板橋駅)に向かってのショットである。

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1980年代後半には、既にここも暗渠になった。