2011-01-10
アクースモニウム
電子音楽の歴史の中でも音響面により注目した流れがフランソワ・ベイル(Francois Bayle)の発案したアクースモニウム(Acousmonium)にある。
現代音楽の歴史ではミュージック・コンクレートのほうが認知されている。
ミュージック・コンクレート
ミュジーク・コンクレートまたはミュージック・コンクレート (musique concrete)は、1940年代の後半にフランスでピエール・シェフェールによって作られた現代音楽のひとつのジャンルであり、音響・録音技術を使った電子音楽の一種。具体音楽とも訳される。(Wikipediaより)
しかしミュージックコンクレートの概念は演奏という行為もしくは音楽の「生」の否定にも繋がりかねなかった。しかしベイルはこの部分を批判的に継承している。
「進展(processus)と強制(pression)、記憶(memoire)と印象(impression)、瞬時によぎる感動(emotion)、聴覚のこのポイントを引き伸ばし、不可解な物質の流動・砂時計を見る「目」、それが時間である。(中略) 時間は流れ、過ぎ去る。常に時間の知覚の中にあるもの、ある基準のまとまりから知覚されるもの、時間の経過のある点に存在するもの、耳を傾ければ、そうしたものに形を与えることができる。時間の持つ様々な幅、ときには混ざり合ったものや、まとまった単位の音や音の粒子から成るもの、例えば、密集した拍動、音声の破片、衝撃音、水などの持続音、舞曲のリズム、近くの、また遠くの鐘の音、きらめきの終わりまでの音、周期性を持った風のそよめき、こうしたものに応じて耳を傾け適切に反応する訓練と研究、これが要するに私のテーマであると言える。時間はその容態において、5つのパッサージュである。」(フランソワ・ベイル)
「1948年、ピエール・シェフェールがミュジーク・コンクレートを創案したことで、コンサートという慣習は劇的に変化した。演奏者の排除である。初めはレコード、そして磁気テープ、現在では情報記憶媒体に音楽が固定されたことから、高音質のオーディオセットがあれば、聴く場所が自宅であっても構わないと考えられるようになった。フランソワ・ベイル (1932年生まれ、シェフェールの後を継ぎ1967年から1997年までGRMを率いた)は、こうした思惑を外してくれる。演奏会場で聴いてこそ意味を成す音楽を生み出しているのだ。」(ピエール・ジェルヴァゾーニ、ル・モンド紙 2002年)(Wikipediaより)
二つ目の発言は注目に値する。ミュージックコンクレートは音楽の演奏の否定にも繋がりかねなかったが、アクースモニウムは会場でこそ価値のあるものだということだ。アクースモニウムは音源自体はすでに録音されたものを使うがその再生のされ方に演奏の概念を組み込んだものだ。16個以上ものスピーカーを使い音響空間を作り出すというもの。
↓のサイトが図も含めて分かりやすく説明している。
Acousmonium van Parijs naar Den Haag
- 2 http://search.yahoo.co.jp/search?p=アーコールチェア&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&xargs=12KPjg1uhSvIGmmvmnN-mZDrDaoAtP0cHwsd5sCpIIXYZL8wZsUvV9aOGQxZ5tTphv-wzWzVqkz_ZFOfCPkNq6Ig..&pstart=3&fr=top_
- 1 http://search.auone.jp/?q=アーコールチェア&sr=0201&ie=UTF-8&start=10&nb=q=&hl=ja&lr=&client=kddi-auone-pcsv2&ad=w2&channel=main&gl=jp&output=xml_no_dtd&ie=UTF-8&oe
- 1 http://search.yahoo.co.jp/search?p=マルシア+死亡&aq=-1&ei=UTF-8&pstart=1&fr=top_ga1_sa&b=11
- 1 http://www.google.co.jp/hws/search?hl=ja&channel=ssp&client=fenrir-sub&adsafe=off&safe=off&lr=lang_ja&q=Touch+and+Go:+Anthology+02.78+-+06.81
- 1 http://www.google.co.jp/ig


