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著者中島梓は、美少年を云々しながら、自身が男児を出産したら、アンチ少年愛に転向したヘタレ。
栗本薫(=中島梓)のこの作品は、オーラルセックスで始まる衝撃的な作品。愛が痛々しい破局を迎えるあたりが何とも。
それとこれも。
クィア表現の歴史について、今後毎晩語る予定。思いつくまま挙げると、ジュネ、バロウズ、ボウルズ、ボールドウィン、三島、ホワイト…。
寺山修司の推薦文がある、竹宮恵子の代表作。私も十代の頃読み、ショックを受けた。
主人公ジルベール・コクトーはオーギュとの不幸な関係(DV? 近親相姦?)もあり、人間不信で自分で自分を傷つけるようなセックスに走っている。そこに真面目なセルジュが現れ、二人が出会い恋をする。二人で自立生活を試みるがうまくいかず、ジルベールは馬車に轢かれ死亡する。
儚い、不幸な人生だ。この物語が多くの人のハートをゲットした原因は何か? 今ふうにいえば、境界例的なパーソナリティの鮮烈な生き様が描かれていた、ということがあるだろう。少女漫画で初めてセックス、それも同性間のセックスがあからさまに描かれた、ということもあるだろう。
だけれど、私は思うのだけれど、幸福になったジルベールなんて想像できるだろうか? 不幸で夭折する美少年というイメージが彼のものなのではないか? とはいえ、それが根本的にロマン派的な前提でしかないことも考える必要がある。
読後15年以上経っても、生々しく覚えているシーンがある。それは、ラスト近く。寄宿制学校を出奔し、街で自立生活を試みるセルジュとジルベール。セルジュは飲み屋でピアノ弾きのバイトをするが、店主からクラシックは弾くな等とイジめられる。仕事もうまくいかずストレスがたまり、それにジルベールが嘲るような挑発を繰り返して、セルジュはキレてしまい、ジルベールを殴ってしまう。そしてそのままジルベールを強姦…。
勿論後で謝るのだけれど、このくだりが何ともリアルで痛々しく思えた記憶がある。生活がうまくいかずカップルで喧嘩し、DV→レイプっていうのは異性愛でも同性愛でも結構あることなんじゃないだろうか。暴力、レイプは勿論良くないんだけれど、セルジュを責める気にもなれない。環境が悪いっていうか、二人が置かれている状況が悲惨過ぎる。
そんなこんなで何もうまくいかず、結局ジルベールは変死してしまうんだけれど…。
それぞれ代表作の中で同性愛を取り上げている。私が思うに、一番洗練された表現は、大島弓子(『バナナブレッドのプディング』)だと思う。或いは萩尾望都(『ポーの一族』が突出して素晴らしい。次点は『トーマの心臓』)か? 竹宮恵子は一番ストレートに表現し、センセーショナルで派手だけれども、通俗的だという印象がある。
↓にも度々同性愛が出てくるね。樹木を愛する青年の話とかとても興味深かった。
今朝はゲームブックの世界?に閉じ込められるというわけのわからぬ悪夢にうなされた。ぅぅ、キツい…。
それと再読してみたら、ブログの内容つまらないなぁ。消去はしないけど、プチ自己嫌悪w
手元に本がないから、正確な話もできないしねぇ。漫画喫茶にも古い漫画はあまり置いていなかったりするし、漫画喫茶に通う金すらなかったりもする。
エヴァンスは悲しい。エヴァンスに「美」はあっても「ユーモア」はない。
これは最高傑作ですね。これを超えるリリシズムは存在しない。兄の自殺、元妻の死…。生の放棄と死への憧れ。エヴァンスはジャズ界最初の「高人」(ニーチェ)だったのかもしれない。
それとこれ。
平岡正明も、パウエルの最後のアルバムにおける「アイ・リメンバー・クリフォード」の演奏を高く評価していたが、私も同意見。彼にはジャズを聴く耳があると感じる。パウエルやモンクには、エヴァンスに感じられる「死」への嗜癖がほとんど感じられないのだ。どこまでも「生」への執着、生きる本能が感じられる。それが「ユーモア」だと思う。
これはもの凄い演奏だよなぁ。バドが唸るっていうか叫んでいて、それがマイクにばっちり入っている。それを聴いて子どもが泣き出したり…。スゴいよ、マジで。ここでの「ソルト・ピーナッツ」はもう執念の演奏というしかないね。
お金・才能・技術があり、あと15歳若ければ、バークリーに留学してジャズを極めたかったのに。もう遅いし金銭的にも技術的にも無理っぽというのは十分分かるのだが、でも夢は見ちゃうよね。
嗚呼、でもパーカーもパウエルもモンクも、菊地成孔だって、バークリーには行っていないのだ! とかいって自分を慰めてみるwww
研究者に博士号取得が必須状況って聞くけど、同様にジャズミュージシャンも今やバークリー卒業という「学歴」は必須に近いのかもしれないとふと思う。だとしたら悲しい…。だけど負けずに頑張らないとね〜
多額のお金と多大なる時間・労力を費やしてジャズの歴史を学んできたが、学べば学ぶほどますますジャズが好きになった。ジャズへの愛と音楽活動への意欲は衰えを知らない。マジでジャズメンになりたいっす。でも無理っぽかな〜 三十路超えてるしね。だけど夢は捨てたくないものですねぇ。
栗本薫もそうだし、竹宮恵子らもそうなのだが、女性が男性同性愛(少年愛)を想像(妄想)して物語を綴る、というのは結構あるのだけれど、魔夜峰央先生は男なんだよなぁ。だけど描くのは同性愛だけ、しかも作者本人が自分の漫画の中に登場して自分は同性愛者ではないと強調しているという不思議。
『パタリロ!』は基本的に冷戦構造に規定された漫画だと思うけれど、暗記するほど読み返した作品で、大好きです。個人的に覚えているのは、パタリロがジルベール・コクトーの真似をしたら、タマネギが「殿下がやると酷豚だ」と突っ込むシーン。笑える。
批評本で、誰かがモンクのピアノは「垂直的」、エヴァンスのピアノは「水平的」で対照的だと書いていた。印象批評としては分かるのだけれど、まさに「印象」でしかなく、音楽的には的確とはいえないと思う。
個人的には、エヴァンスがモンクから多くを学び継承したと感じている。具体的には、ハーモニーの拡張だ。
私は短期間だったけれども、高校生の頃プロのジャズピアニストに習いに行ったことがあって、その時習った和音を叩くと、ジャムセッションなどで「モンクみたいだね」と言われるんだけれど、ルートを抜き拡張したハーモニーの響きはモンク〜エヴァンスに共通しているのではないか、と感じる。
実際、エヴァンスは「ラウンド・ミッドナイト」「ブルー・モンク」「ベムシャ・スウィング」を演奏しているしねぇ。リスペクトあったんじゃないかなと思っている。
魔夜峰央の画風の変遷を見ると面白い。初期は黒ベタ塗り潰しを多用する耽美的な作風だが、段々白い部分が多くなってくるのだ。それとともに耽美からお笑い要素へと移行する。私は割と初期が好きなんだけど。
それと『パタリロ!』でいえば、登場した頃は少年っぽいマライヒがどんどん「女性化」し、出産(!)までするという変わりよう。意味が分からないが、面白いね。
魔夜峰央の作品は『パタリロ!』に限らずどれも好きだが、例えば以下なども面白いですヨ。
しばらく漫画から遠ざかっていたが、初めてこれを読んだ時、久々に想像力をそそられる面白い作品が現れた、と興奮したのを覚えている。コミックスは購入せず、漫画喫茶などで読んでいたが、「ともだち」ネタを引っ張り過ぎて冗長になり、失敗していると感じた。
20世紀少年―本格科学冒険漫画 (1) (ビッグコミックス)
この作品にも同様なことを感じる。冒頭はすごくいいんだけど、肝心の「謎」がお粗末な印象。
漫画という商業媒体では完結した形式感のある作品は描けないのだろうか? 私はそうは思わない。古典的な大漫画家達、手塚治虫、石ノ森章太郎、松本零士、永井豪、竹宮恵子、萩尾望都、大島弓子らは物語を「完結」させる術を知っていた。
これもすごく良い物語なんだけど、長過ぎる、冗長、という感じがする。もっとうまく物語を終わらせられていたら、もっと素晴らしい名作になったろうにと思うのは欲張り過ぎ?
DEATH NOTE デスノート(1) (ジャンプ・コミックス)
この作品も発想は素晴らしいし、途中までは緊張感があるんだけど、Lが殺されて以後ダレた感がある。引き伸ばし過ぎというか…。惜しいですねぇ。映画は観てないっす。中国でも流行って、社会問題になっているみたいですネ。>デスノ
小学生の頃、大阪に旅行した折古本屋で以下を見つけ購入。以降、私の性的ファンタジーの基本になった。
一番お気に入りの場面は、安禄山がモンゴル系の少年・李猪児を自ら去勢し、熱い灰で手当てして宦官にする、という場面。それと、中国の将軍が征服した地域の少年数千人を去勢して宦官にし、数百人が死んだのでその分を買って補った、というところなどに興奮していたなぁ。>どーゆー子どもやねんwww
エジプト、インド、中国の去勢方法の違いなども詳細に解説されており、幼い私はそれを暗記するほど読み返していたのでした(笑)。本当は私は、超サディストで(アルトー的な意味ではなく、ごく普通の意味で)残酷なんですよネ。青春時代は暗かった。将来自分が犯罪者になるんじゃないかと思って…。だけど今までのところ、そういう兆候は皆無です、幸か不幸か。
この本も面白かったです。
それと筒井康隆が書評本で紹介していたネロの伝記か何かが面白かった。ネロは妃が亡くなった後、妃に似ていた少年奴隷スポルスのペニスをちょん切り、妻にして結婚してしまう>なんちゅー無茶苦茶www
スポルスは反乱が起きてネロが殺された後、闘技場で犬と交わらされそうになって自殺した、とか。なんとも不幸な人生ですねぇ。
澁澤龍彦が紹介していた『サテュリコン』の一節、古代ローマで少年達が「春を永びかせるために」去勢したというくだり(この場合は睾丸を抜いたということでしょうネ)もとても好きだったなぁ。
それと2ちゃんねるで見つけたモシ族のペニスだけ切除した宦官の話も好きだった。
http://mentai.2ch.net/whis/kako/974/974151164.html
現代世界に生きる去勢者としては、インドのヒジュラ。多数の写真とともに探訪した以下の書物は面白いし萌え萌えwww
この本も面白い。一番印象に残ったエピソードは、14歳の少年か何かが家出してヒジュラのコミュニティに来る。そして歓待されるんだけど、或る時酒をたらふく飲まされて失神したところを完全去勢されてしまう。その後ヒジュラ達と行動を共にしていたが、或る晩逃げ出して警察へ。で、ヒジュラ達が傷害罪?か何かで収監されたが、その当該少年には虚言癖があったとかで問題になったとかいう話です。
ヒジュラに会う―知られざるインド・半陰陽の社会 (ちくま文庫)
ヘリオガバルスが面白いのは自ら性を越境しちゃうこと。また食えない人を養う代わりに去勢したり(でもどうして?)、男性性器だけを食べて生きているライオンを飼っていたり(ぉいぉい)するってところかな。
ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト (アントナン・アルトー著作集)
去勢と性的享楽のイメージが結び付いているのは古代ギリシャ・ローマくらいかな。インド、エジプト、中国では刑罰か征服した相手を屈服させるためという意味合いが強いように思える。アラブ世界はどうかな? 以下でも宦官が出てくる話が幾つかあって、子どもの頃何度も何度も読み耽っていたものですが…(←マジ変態!)
バートン版 千夜一夜物語 第1巻 シャーラザットの初夜 (ちくま文庫)
そうそう、大事な人物を忘れていた。オスカー・ワイルド。
付き合った少年がバカで、ワイルドを告訴し、ワイルドは収監される。で、獄中でその恋人に書き送った手紙があるんだけど、内容は超キビシいのに、美文で書かれててそのギャップが可笑しかった記憶がある。読んだの随分昔だから忘れてるところ多々あるけど。基本的に恨み節なんだけど未練もたらたら。という不思議な書簡です。
十代の頃愛読していましたねぇ。近くの本屋で買ったけど、買う時怖かった記憶がある。別冊宝島、もう一冊あったけどタイトルを失念。「ゲイの贈り物」かな? それと私は持っていないが、「ゲイの学園天国」があるネ。
橋本治の『桃尻娘』シリーズで重要なのは、ゲイの木川田くんの成長の物語だろう。最初、彼のような人物には普通「未来」がないという理由から、脇役に留まるはずが、作者の予想を超えて中心的人物に躍り出る。
そう、この作品が好きなのは、強盗が少年を去勢する場面があるから。で、強盗は自分でもよく分からない衝動に駆られて、少年の腹を切り開き、そこに切り取ったペニスを押し込む。そして殺してしまうが、自分自身も砂漠で殺される。なんでこういうのに惹かれるんだろう…。自分でもよく分からない。
この作品が好きだったのも、宦官が出てくるから。不思議な物語…
子どもの頃好きだったなぁ。
子どもの頃最も愛読していたSF作家。小松左京、星新一、筒井康隆らもいいけどね〜
狼男だよ―アダルト・ウルフガイシリーズ〈1〉 (ハルキ文庫)
和製サイバー・パンクだけれど、神林長平以上の可能性を子ども心に感じた。この短編集にも、同性愛や去勢等々が出てくるwww だけど消えちゃったんだよねぇ。どうしてだろう?
大原まり子自体がどれも面白いが、セクシュアリティもテーマにしたこの作品はとても刺激的だった記憶が。
晩年の中上の、同性愛をテーマにした小説だが、どうだろう? 私はあまり好きではないのだが。
うむ。
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/body/1104159520/l100
子ども時代のことなど、明晰に思い出しているけれど、私は一歩間違えれば大量殺人鬼、或いは猟奇犯罪者になりかねなかったアブナい欲望の持ち主であった(である)ことがよく分かる。私が病気になったのも、他者を傷付け破壊したいという欲望が内攻し、自分自身を壊しているからだろう。その証拠に、他者を傷付けている瞬間は私は全く健康だ。明らかにヤヴァい。ザ・倒錯者って感じだなぁ。だけれど、そういう自分と折り合いをつけていかねばならないんだよなぁ。
非常に面白い本。
南方熊楠コレクション〈第3巻〉浄のセクソロジー (河出文庫)
『福音書』には一切萌えなかった私だが、ブッダのことばは好きだ。id:gnarlyさんと同じく!