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ヨーロッパで極右的な排外主義が台頭しており、ロンドンから発信している日本人がその排外主義的な主張をそのままなぞったものだとすれば、いささか残念でもあり、問題だとも思う。ただ、現実そのものはあるわけで、それと向き合う必要を感じる。
古い年老いたヨーロッパ、その理念は瀕死なのか? 自由や多様性の尊重、寛容などはもう、通用しない世の中になりつつあるのか? しかしそれでも、私はそのような社民的な理念の支持者であり続けたいと思う。
ノルウェーのテロリストは、日本を理想的な国として褒め称えた。だが、それは、日本そのものが差別的、排外主義的で、人権後進国だということでしかない。移民労働者、外国人らに拒否的で差別的である日本は、入管の酷い現実に象徴されるように、他者へと門戸を閉ざし続けている。自分にはそのような日本が最良の国だなどとはまるで思えぬ。
ヨーロッパもアメリカももはや規範ではあり得ないとしても、日本がナンバーワンだということにはならない。「歓待」を欠いた日本が理想的な国であるなどということはない。ノルウェーのテロといい、イギリスの暴動といい、ヨーロッパ的社民主義の価値観を揺るがすような事態が続いているが、自分としては相変わらず福祉や寛容を求め続けていきたい。
朝6時前に起きて、一階に降り、パソコンでメール等チェックしてから、Sonny Stitt With Jack McDuff, Stitt Meets Brother Jackを聴きながら夏目漱石の『三四郎』を読む。眠気が差してきて机に突っ伏して寝ていたら、老母が降りてきて、段ボールをゴミに出すというので、近くのゴミ捨て場まで重い段ボールを持って行く。
今帰宅して、The Sonny Stitt Quartet, Personal Appearanceを聴いている。Charlie Parkerも勿論良いが、Sonny StittやLester Youngも聴きたくなる。昨日今日と、Stittを中心的に聴いている。The Oscar Peterson Trioとの共演が、初めて聴いたStittだったが、あれが一番良いような気がする。Dizzy Gillespieらと組んだ賑やかな作品群も良いが、Stittはやはりワンホーンが良いようにも思う。Personal Appearanceもワンホーンである。
ノルウェーの大量殺人(テロ)事件に続き今回のイギリスの暴動と、ヨーロッパの凋落を思わせる事態が続いているが、ともあれ注視が必要だと思う。ヨーロッパであれ日本であれ、極右的、排外主義的言説が勢いを増すだろうから、そのことに警戒すべきだとも思う。前も書いたがイギリス暴動は数年前のフランス暴動を想起させずにはいないわけだが、ヨーロッパの宿痾というか、構造的な問題だろうか。自分は詳しくないのでよく分からぬのだが。
自分もそうなのだが、穏健リベラル的な立場は面目を失っている。多様な価値観の共存などといっても、和解不可能な対立や敵対性があからさまになっているではないか?と言われれば返す言葉もない。だが、昨日も言ったが、自分はそれでも寛容や他者の尊重などの理念を維持していきたいと思っている。そういう微温的な立場に意味はないのかもしれないが、自分にはそうするよりほかないと思える。自分は左右いずれの意味でも過激にはなれぬ。
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/kyousan/1312013992/
2ちゃんねるの自分のスレッドを読んでいて、自分の存在や言動が、或る種の人々、鬱屈した人々の不満のガス抜きになっているのかもしれないと思った。彼らは私を見て、「自分より駄目な奴がいる!」と溜飲を下げるのである。その判断は別に間違ってはいないだろう。ということは、他人に歪んだものであれ一種の満足を与えているという意味での存在意義は私にはあるのか?
以前新京成線沿線の実家に親と同居していて、我が家にもよく遊びに来てくれていた女友達が、用事のついでに午後、芸音に寄ると連絡があった。彼女は最近結婚し、都内に引っ越したのである。それ以降もmixiでは繋がっていたのだが、リアルに顔を合わせることはなかった。
その友人と知り合ったのは、共に関組長の外務省抗議(イラクで日本人が殺害された時の)に参加したという縁である。思えば9.11以降のアフガニスタン攻撃もイラク侵攻も辛い思い出である。我々市民の力はアメリカが攻撃するのも、日本がそれに賛成するのも、止めることができなかったのだから。
彼女とはその後も、反戦と抵抗のフェスタなどで顔を合わせていたが、私が運動を辞めたので会う機会も減った。だが彼女は、しばしば我が家を訪ねてくれていた。
彼女は水俣病や沖縄の米軍基地問題に継続的に取り組んでいる人である。人生の多くの時間を運動に費やしてきた人である。私のような「なんちゃって」とは違う。
ともあれ、再会を楽しみに待つ。
Stittを聴くならワンホーンがいい。1972年録音のこの作品もワンホーンであり、バックは、The Hampton Hawes Trioである。Stittは生涯に200枚余のCDを遺したというが、いかにファンでも、それを全部集めるなどということはできそうにもないしまた必要もないことだろう。
Comp Lester Young Studio Session on Verve
『相棒』スペシャルを視聴後、少し寝て、結局18:30頃から老父とポスティングに回った。今日は三咲駅近くの道を歩いた。
老父と話し合いながら、いかにして芸音音楽アカデミーを宣伝していけばいいのか、考える。これまで通り、チラシをTSUTAYAで1枚5円でコピーして100枚ずつ撒くのが良いのか、それとも別の効果的な宣伝方法があるのか。
インターネット、ホームページは、Yahoo!のGeocitiesを中心にしているが、そこは無料会員は商用利用禁止なので、おおっぴらに店や塾の宣伝をするわけにもいかない。メールといっても、二和向台・三咲・咲が丘・八木が谷地区の住民のメールアドレスも分からない。TwitterやFacebook、Google+などはどこまで宣伝効果があるのか分からない。
100万円で買った電気看板はあるが、もっと別に、手描きの看板も作りたいとも思っている。
それと、「非営利」の宣伝もしたいとも思う。つまり、私自身の、「攝津正」の宣伝ということである。そんなことをしても何の意味があるのかは分からないが。
また、芸音は別にして、私自身何とか世に出たい、小説であれ哲学思想であれ音楽であれ、何であれ他人に認められたいという気持ちがある。私の表現活動にお金を払ってくれる人を探したいとも思う。だが、それは無理、とも思う。明治の昔から三流物書き志望者は喰えないと相場が決まっているのだ。それはインターネット時代になった平成の今も変わらない。周りを見てみても、自分の本を出したり成果を挙げているのは、長年地道に努力していた人々である。何の土壌もない私が、いきなり世に出られるわけもないのだ。そう考えると少々憂鬱だが、致し方がない。私は一生、カラオケ教室の息子さん、若先生で終わるかもしれない。その可能性が高いことに慄然とする。しかし、それが現実である。
老母から頼まれて自宅の斜め前にあるウエルシアにカレーを買いに行ってきた。158円だった。
道すがら考えたが、自営業というものは、賃労働と違って、収入、所得が保障されていない。努力しなければそもそも何も生まれないが、頑張ったら必ず成果があるというものでもない。成果がなければ、その分の労働は無価値だったということだ。厳しいが、中小零細自営業はみんなそうなのだ。
それと、もし年老いた両親が要介護状態になっても自分には彼らを介護することはできないと思った。彼らは私に迷惑は掛けないと言い張っているが、脳溢血で倒れて半身不随にでもなれば、厭でも私が世話するしかないのである。或いはもしも、認知症になったら。老父も、そうなる前に潔く自殺すると言っているが、多分口だけで実行はできないだろう。
また、彼等が倒れて手術や長期入院が必要となったとしても、医療費もない。貯金も0円だしそれどころか膨大な借金がある。いかなる意味においても我々は終わっている、ということを考え、少し暗くなる。
考えてみると、大分県に住んでいた頃のことを含めると芸音音楽アカデミーというのを随分長く続けてきたものだ。芸能プロダクションとも称していたが、プロの芸能人を輩出することはできなかった。そして今は、地方都市のカラオケ屋さんにまで落ちぶれている。母親も年老いた。30年前とはすっかり変わってしまった。だがそれも当たり前だ。
本来は私が働いて両親を喰わせねばならぬのだが、どうしてもそれができぬというところに、自分の限界なり駄目さ加減があると思う。
迂回するって何を迂回するのかといえばCharlie Parkerである。偉大過ぎるBird。
Sonny Stitt祭りを絶讚開催中だったわけだが、今、Lester Youngを聴いている。LesterからStittへの線を引くことにおいて、Birdを迂回するということだ。
StittのスタイルはLesterを少々逞しくしたようなと言われていた。そういう彼らを聴きたい。勿論BirdはBirdでちゃんと聴く。だけど今は、Lesterが聴きたい気分。