攝津正

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2012-03-15 sadness

[]近況アップデート 00:04

cyubaki3という友人の掲示板に投稿しましたが、そのままコピペするのははばかられますので、丁寧に書き直します。こういうことです。NAM以降、柄谷さんが嫌いになってしまいました。人格と思想は別なのは分かりますが、それでも嫌いなものは嫌いです。彼は、9.11のとき、周りのNAMの人々が狼狽しているのに、彼一人延々と無意味数学の話をMLに投稿し続けていました。何の文脈もないし、わけが分かりませんでした。それらの投稿を読んだ人が私に、この人は病気なんじゃないか、といいましたが、私もそう思います。

松原克彰さんが、西部忠さんはNAMはくだらないなどといっていないから、私の投稿が事実無根誹謗中傷であり、謝罪文を書けなどといっています。松原さんが間違っています。だから、撤回も謝罪もいたしません。

西部さんが、正確な表現で言いますと、NAMなんてしょせんその程度のものだったんだよ、と書いたのは、Qの議論用MLで、杉原正浩さんへの反批判においてです。西部さんも杉原さんも、私としてはそういうものは少しも読みたくないのに、お節介自分勝手に私にそのメールを送り付けてきました。お前もこれで納得しろ、分かれ、とでもいうような意図だったのでしょう。

そういう経緯でQをやめた私ですら知っていることを、現在もQ管理運営委員会に在籍している松原さんが知らないなどということはあり得ませんし、端的に変です。松原さんはQの議論用MLをちゃんと読んでいないのでしょうか。西部さんによる杉原さんへの反論は、松原さんのようなQの人々にとっても非常に重要であるはずです。

もちろん私の書くことは残酷ですから、松原さんが読みたくないと感じても自由でしょう。でもそれなら、はっきりいいますが、リムーブすればいいのです。私は事実と異なるくだらない言い掛かりをつけて「謝罪文」などを要求するような松原さんのような人間と「友達」でいるつもりは少しもありません。

私自身は、非常に不愉快ですから、杉原さんのメールも西部さんのメールも全部捨てました。だからもし必要があるならば、現在もQ管理運営委員である松原さん、あなた自らがそれらのメールをQのweb-siteにでもアップすべきです。Qをやめた私の知ったことではないし、松原さんが西部さんの「知人」だなどということは何の関係もありません。

杉原さんと西部さんのやりとりというのはこういうことです。正確に西暦何年の何月のことか確かめることができませんが、或るとき、突然、杉原さんに啓示のような瞬間があり、彼はLETS経済学的にいえば無意味であることが「論証」できてしまうと信じてしまいました。どうして彼がそういうことになってしまったのかは、私にはわけが分かりません。でも、そういう理由で、彼は、自分の考えをQの議論用MLに投稿しましたが、西部さんから逐条的に反批判されてしまい、それ以上何もいえずにそのままQをやめました。

私は経済学専門家ではないし、経済学理論に興味もありません。ですから、杉原さんの批判と西部さんの反批判のいずれが妥当なのか確信をもって判断するというようなことはできません。けれどもそれは、松原さん、あなたにとっては非常に重要なことなのではないでしょうか。あなたは今でもQを続けているのですから。

松原さんは私にこれ以上関わるべきではありません。それにもし、あなたがこれ以上あれこれいってくるのであれば、即座にブロックします。

yukieさんやコーヒーと夕方さんに苛酷であったのと同じように松原さんにも分け隔てなく苛酷であるというだけのことです。私には松原さんの発想が全く理解できません。松原さんはNAMに少しでも意味などあったと思っているのでしょうか。それは松原さんがそう思いたいだけなのではないでしょうか。そういう個人的なことで、私に事実と違うことをあれこれいって困らせたり苦しめたりするというようなことは非常に迷惑です。私は、前もいいましたが、誰であれ無礼な人には容赦がないのです。例外は一つもありません。

私には十年前のことだけでなく、今現在の松原さんのような無礼な人も問題です。私はそのような人々に寛容になることは絶対にできません。どうして事実と違うことを言い立てて他人に謝罪を要求するような傲慢なことができてしまうのでしょうか。その神経が分かりません。

私を「狂犬」であるというような人々が数多くいますが、その通りなのでしょう。でも、噛み付かれるのがいやなら、無礼なことや、事実と違うしょうもないことをわざわざ私に言ってくるべきではありません。私は必ず報復します。少しも寛容ではないのです。

それに私のいうことに文句があるなら、私信やチャットでいうのではなく、私のウォールにコメントしたり、松原さん自身のウォールに投稿したりして公開的にやるべきです。蔭でこそこそ私に圧力を掛けて謝罪文を書かせようなどというような松原さんのやり口は非常に卑劣で傲慢です。私はそんな人を許しません。

私を批判するなとはいいません。けれどももしそうするならば、徹底的にやり返されることを承知しておいていただかなければ困ります。後になって傷付いたとかいわれても、そういうことは私の知ったことではありません。

私は昨日「その通り地獄なのだ」といったはずです。別に十年前のことについて地獄であるというだけではありません。今現在がそうなのです。松原さんにはそういうことが少しも分かりません。

私はどうしてナマケモノ倶楽部に入ろうとしないのでしょうか。昨日申し上げた通り、体調が非常に良くないから、外に出掛けることもメーリングリストを読むこともできないからです。しかし、それだけではありません。自分のことをよく承知しているからです。ナマケモノ倶楽部の心優しい人々に私のような残酷な人間が混じって、一体どうなるというのでしょうか。私には分かりません。

若い頃に残酷であっても、歳を取るとそうではなくなる、円くなり優しくなる人々が多くいます。けれども、私はそうではありません。何歳になろうといつまでも苛酷です。それはどういうことでしょうか。通常、人は、或る境界線を越えることができます。そのようにしなければ、生きていくということがそもそもできないからです。しかし、私はその境界性を越えることが遂になかったということです。ですから、生物学的な実年齢とは関わりなく、私はいつまでも(多分死ぬまでずっと)幼稚なままなのです。幼稚ということは、残酷ということです。

倉数さんのような人は、しょうもない小説を書いて彼に見せにくるような人々(NAMにもそういう人々がいました)に対しては苛酷であったし厳しかったと思います。でも彼は大人ですから、いつでも誰に対しても残酷であるというわけではありません。それが普通です。内心軽蔑していたり反感を持っても、それをあからさまに公言するということはほとんどしません。繰り返しになりますが、そのような倉数さんのほうが普通なのです。そうならなければ、生きていけません。

南条あやとかジルベールコクトーにしても、彼らなりの或る境界線や限界をどうしても越えることができませんでしたから、彼らにはその後の人生とか未来などがなく、自滅的に死んでしまうよりほかありませんでした。

他方、橋本治が造型した木川田くんや橋本治自身は、その境界線を乗り越えるということができたのでしょう。ですから、彼らは本来あるはずもなかったその後の人生とかいうものを獲得することができました。

私は5月でもう37歳になってしまいます。しょうもない中年なのです。しかし、その年齢に相応しいものを何一つ獲得することができませんでした。けれどもそれは致し方がないし、ただそれだけのことなのです。

私がよく知っていたNAMの人々にしても、十年前は若かったのだとしても、2012年の現在はすっかり大人になりました。かつての彼らとは全く別人のようになってしまいました。そうならなければ生きていくということができないのですから、それは当然のことです。

橋本治は「ソドムスーパーマーケット」(『秘本世界生玉子』)で実に絶望的なことを書いていました。彼自身の経験から書いているとしても、私は「真の意味がある人間」とかいうヒューマンなものが存在するとは思いませんし、そのようなことを執拗に言い続けても意味がないだろうと思います。その考えは変わりません。けれども、重要なのは橋本治がそのような若い頃の認識に留まっていたわけではないということです。もしそうであったならば、恐らく彼は生き延びることができなかったでしょう。もしかしたら不条理なことであったり端的に間違いであるようなことかもしれませんが、何らかのことを信じることによって、彼はその後の人生を生き延びるというようなことができました。具体的にいえば、『桃尻娘シリーズを十年以上書き続けて変わったと思います。彼は木川田くんに未来やその後の人生を与えるつもりが少しもありませんでした。けれども、書いていくうちに、そういう話になりました。

話は戻りますが、恐らく柄谷さんは、9.11直後にはその出来事の世界史的な意味が把握できなかったのではないだろうか、と思います。だから、当時、右往左往せず自分の『トランスクリティーク』を読め、などといってしまい、小倉さんを怒らせてしまいました。けれども、NAM解散後、何度か文芸誌でNAM失敗の原因を挙げていますが、一度「9.11対応し切れなかった」ことを挙げていたように記憶しています。柄谷さんがそう考えるようになったとすれば、私は妥当だと思います。

NAMの原理には問題や欠陥が多々あったでしょうが、私が思うにはその最大のものは、general boycottで帝国主義戦争を抑止できるという主張であったと思います。NAMの学習会でも、太田出版落合さんが講師の山城さんに、そんなことがあるんですかね? と無邪気に質問をし、山城さんが「それは…」とか絶句して答えられなかったということがありました。その後、現実に戦争になってしまいましたから、NAMが少しも戦争を止められないということが現実によって証明されてしまいました。

general boycottとかいっても、現実には、全ての労働者が労働だけは真面目にするが、消費や購買を一切しない、などということはあり得るはずがありません。どう考えても不可能だとしか言いようがありません。

general boycottとかいっても、普通のboycottではなく、"general" boycottなどを想定してしまったというところに、NAMの全ての発想に共通する或る特定の傾向が感じられます。つまり、一般化され全面化しなければ意味がないようなことを考えていた、というようなことです。LETSも同じで、あたかもLETSが全面化したような世界を想定していたけれども、現実にはそういうことがあるはずがないということも先日指摘しました。このような数々の発想の根底にある何かを分析すれば、NAMの誤謬とはどういうことかというのも少し理解できるような気もします。

例えば西部さんにしても、彼がNAMでいっていたようなことと、彼自身の著書『地域通貨を知ろう』(岩波ブックレット)で書いていたようなことは全然違います。後者は、普通に地道にこつこつ地域通貨をやってみようというような話ですが、「国家資本を揚棄する」とかいうことよりも、そういうことのほうが西部さんには合っていたのではないでしょうか。何しろ西部さんは何度も私のことを誇大妄想と非難したくらいなので、恐らく誇大妄想が嫌いなのでしょうから。でもそうであるならば、先日言及したような『LETS論』の議論はちょっと変だと思います。岩波ブックレットでは地道で常識的なことを書いたが、『批評空間』誌にはちょっとアクロバティックなあり得ないようなことを書いてみた、というだけのことなのでしょうか。

西部さんは私に反駁して、君が考えるような知識人と大衆というような問題ではないのだ、といいましたが、それは妥当なのでしょうが、けれども私はNAMに入っていた知識的な人々のありようにはどうしても不信の念を抱いてしまいます。どう考えてもNAMが現実に知識人主導の運動であったことは間違いないでしょうし、その指導的な知識人の間で深刻な対立が生じた結果潰れてしまったのは明らかだからです。もちろん知識人だけが問題ではありませんが、柄谷さんと西部さんが決裂してしまったということが決定的でした。一部の人々は、問題は彼らの個人的な喧嘩というだけなのだ、と言い続けていましたが、状況が決定的に悪くなってしまい、そういうこともいっていられなくなってしまいました。しかしよく考えてみれば、主要な二人の知識人が争えば終わってしまうような組織が一体何なのか、というふうに考えてみることもできます。

少数の人々は柄谷さんにも西部さんにも遠慮せず公平な立場で「監査」をしようと努力をしていましたが、けれども最終的にそういう人々も挫折してしまい、柄谷さんに力づくで屈服させられてしまう光景を眺めることしかできないというのは、実に残念な経験でした。

ちょっと名誉毀損になってしまいますから、名前は挙げられませんが、そのように頑張っていた人々の一人が突然態度を豹変させ、実はQなどなくても自分は少しも困らない(でもそんなことなら誰だってそうだし当たり前です)、西部さんから依頼されて原稿を書いたが失敗したと後悔している、柄谷さんの批評トランスクリティーク)は誰にも真似はできないが素晴らしい、などと言い出して柄谷さんに従属してしまったのを目撃してしまったのは、漠然と口惜しいと感じるというしかないようなことでした。先日『こころ』を引き合いに出して、NAMの人々が突然変貌してしまったのに驚いた、といいましたが、そのようなこともその一例です。でも、その人だけではなかったのです。そういう人々は大量にいましたし、それにそのようにいう私自身も全くしょうもなかったのです。屈服しなかったのは森谷さんという人だけです。

私が腹を立てるのは、その人がそういうこと、つまり西部さんの人格誹謗のようなことを書くのが西部さん本人が読むことがあり得ないNAMの評議会のような場所であったということです。それは少しもフェアではないし、もっといえば卑劣なのではないのか、と感じました。なぜなら、それまでその人は、いかに自分が西部さんに対しても公平であるかというようなことを誇っていたのですから。

こころ』がいうような金銭と恋愛以外に人間を醜く動かしてしまうものはといえば、通俗的な物言いになってしまいますが、権力欲とか名誉欲なのでしょうか。誰でも自分が馬鹿だとは思いたくないし、柄谷さんその人のように自分も頭が良いのだと思い込みたいので、そういう理由でNAMの評議員の人々は全員柄谷さんに従属したと思います。正確にいえば全員ではありません。従属しなかった人々も少しいましたが、でも彼らは単に黙ってしまいました。

そうはいっても、評議員の人々は基本的には常識人ですから、みんなそれぞれに『Qは終わった』に疑問を述べました。(1) 『Qは終わった』は西部忠さんへの名誉毀損を構成してしまうのではないか(菅原正樹鈴木正樹さん)、(2) 『Qは終わった』には理論的内容が皆無ではないか(杉原正浩さん)、(3) 『Qは終わった』は柄谷さんが西部さんとの絶縁を高らかに宣言しているというだけの文書である王寺賢太さん──正確にいえば、彼は評議員ではありませんでしたが)とかです。けれども、柄谷さんという人には常識が通用しませんし、柄谷さん自身常識的に判断するということができない人ですので、上記のような異論や疑問に「馬鹿が判断することではない」などと恫喝して黙らせてしまいました。

でも現実をいえば、『Qは終わった』は本当に西部さんへの名誉毀損であったのではないでしょうか。西部さんはそういうことをする人ではありませんでしたが、もし西部さんが訴えていたら、裁判で負けた可能性があると思います。でも、柄谷さんはそのようなことを気遣う余裕が全くなかったのでしょう。

さて、深夜なので、このくらいで。お休みなさい。良い夢を。

[]近況アップデート 09:42

おはようございます。森山威男『ア・ライヴ・シュプリーム』を聴いています。

関本さんや松原さんを称賛しましたが、心優しいのが本当にいいのかどうか分かりません。残酷であるよりは心優しいほうがいいのかもしれませんが、でも、関本さんは不正高額取引が「不正」であるということすらいうことができません。そういうことは彼にとっては残酷なのです。でも、熱心にQをやっている彼が、そのQにおける不正を不正といえないというようなことでいいのでしょうか。松原さんは、NAMに全く意味がなかった、くだらなかった、という現実を認めることができません。それはただ単にどうしようもなく絶望的に現実認識能力が欠如しているというだけのことなのではないでしょうか。もし私がいうことがそうではないというならば、松原さんには具体的な証拠や根拠を挙げて説得的に反論していただきたいものですが、そういうことができるはずもないでしょう。松原さんは、柄谷行人はひどかったがNAMはよかった、とでも思っているかもしれませんが、とんでもない間違いです。

坂田明ひまわり』を聴いています。

ひまわり

ひまわり

(1) 倉数さんが怒るのをみたことが3回ある。(2) NAMは9.11対応できなかった。以上の点を考えてみましょう。

9.11の後、杉原さん達の京都事務局は、「反戦全体会議」というNAMの全ての会員が参加するメーリングリストを作って対応しましたが、結論からいえばひどいことになってしまいました。

南(ひ)さん(彼は大学先生です)とか内田さんとかいったと思いますが、「妄想人」を自称する人々が現われて、反戦と何の関係もない妄想でMLを埋め尽くしました。具体的にいえば、人口子宮を作って女性を子宮から解放するとか、クローン人間を作るなどといったことです。

当たり前ですが、そういうことにみんな困惑しました。事務局過去ログを読みましたが、事務局の人々も困っていました。けれども、誰にもどうすることもできませんでした。それがいいのかどうか知りませんが、とにもかくにもNAMは自由な人々が自由意思で入るというだけでしたので、変なことを言い続ける人々がいても、たとえ事務局でさえ、暴力的に排除してしまうことはできなかったのです。

倉数さんが怒ってしまった1回目というのはこのときですが、彼は、女性を子宮から解放する前に我々をあなたの妄想から解放してほしいといいました。当然だと思いますが、それでも「妄想人」連中の乱暴狼藉は止まらず、「反戦全体会議」が崩壊したのももうどうしようもなかったと思います。

Qプロジェクトの宮地さんがNAMをやめてしまった、正確にいえば賛助会員になったのもそのせいです。彼は、当時事務局長であった杉原さんに、このようなメールを読み続けるのは苦痛だからやめさせてもらいたい、と頼み、杉原さんのほうも仕方がないと思って受け入れました。

倉数さんが怒った2回目を話す前に南(ひ)さんのことをいいますが、彼はどこからどうみても妄想としかいえない意味不明メール理論と称して大量に送付し続けました。しかもそのような彼の根拠はドゥルーズだというのですから、全くわけが分かりません。私には合理的、論理的に考えたり書くことが全くできない彼がどうして大学で教えていられるのか理解できません。彼の学生連中には彼のいうことが理解できるのでしょうか。

そのような南(ひ)さんでしたが、NAMで具体的なことをやろうとしたことがただ一度だけありました。彼は少し、不動産だか土地だかの物件を持っていて、それをNAMで活用できないかと相談してきました。だからみんなで彼に会いに行って話し合いましたが、結局彼はその提案を取り下げてしまいました。NAMが学生サークルみたいだから信用できないというのが理由です。彼がそう考えたのも仕方がなかったし妥当だったかもしれませんが、でもそうならば、社会的起業に取り組む運動団体などNAM以外に無数にあったはずですから、自分が信用、信頼できるところに行けばよかったというだけです。

さて、倉数さんが腹を立てた2回目というのは、Tokyo Qool Cafeメーリングリストでした。石井和良(石井KAZU)さんという方がいて、彼は元々NAMでしたが、柄谷さんが権威主義であるとか、NAM会員が柄谷さんに従属しているといったことが不愉快でやめました。やめましたが、Tokyo Qool Cafeというイヴェントには協力してくれました。けれども、そのTokyo Qool Cafeメーリングリストで、石井さんは、「柄谷行人は不要です」という発言を執拗に繰り返したのです。

確かに地域通貨をやるのに柄谷さんは必要なかったのかもしれませんが、でもその当時、柄谷さんは別に何の問題も起こしていませんでした。ですから、柄谷行人は不要であると繰り返したのは、石井さんの個人的なこだわり以外ではありません。倉数さんは、石井さんの投稿を読みたくないといってTokyo Qool Cafeメーリングリストをやめてしまいました。

『倫理21』を読んで感銘を受けてNAMに夫婦で入ってきた大和田さんという非常に善良な人がいました。彼は元々メルロ=ポンティ研究者でしたが、その後散々苦労してきた人です。アフリカにも長いこといたはずです。当時学校にボイラーを設置するというような仕事をやっていたと思います。その大和田さんが、石井さんを、「NAM ML審査委員会」に突然告訴してしまいました。暴力的な発言であり、誹謗中傷であるというのが理由です。私は驚きました。驚きましたが、石井さんは既にNAMを退会しているからNAMが審査したり裁くことはできない、と説明しました。

大和田さんがそういうしょうもないことをやってしまったのも、まさに彼が「善良」であったからでしょう。多くの善良な人々、心優しい人々を長い間観察して、私は、善良であるというのは無力であるということだ、という結論に到達しました。例えば、大和田さんはNAM末期の柄谷行人の乱暴狼藉に接して、「恍惚独裁者」だと思っていたそうです。けれども、彼はずっと黙っていたし、そしてそれだけでした。

その大和田さんの奥さんにも何度もお会いしましたが、非常に善良で優しい女性でした。彼女も何かの研究者だったはずですが、彼女が何を研究していたのか忘れてしまいました。彼女は岡崎さんのRAMに入って、松下さんなど他の女性達ととても楽しげに会話していたことが懐かしく思い出されます。彼女達の話というのは私には理解できませんでしたが、家事とか裁縫といった、別に政治とは関係がないのだとしても、心温まるようなほのぼのとした話題であったように記憶しています。その松下さんという女性は、そもそもNAM芸術から出発した人で、埴谷雄高やシュルレアリズムが大好きな人でしたが、とにかく「愛」が大事なのだ執拗に主張し続けていましたが、私にはわけが分かりません。松下さんは小説を書いて倉数さんに見せましたが、倉数さんは快く思わなかったようです。そうしますと、松下さんは倉数さんその他を(幸い私は含まれていませんでしたが)セクハラであるとかいって蛭田さんに告訴してしまいました。客観的にいってそういう事実は全くなかったと思います。彼女は自分の小説が否定されたからそういうことを言い出しただけです。

大和田さんの奥さんが若い頃研究していたのは哲学ではなく文学だったような気もしますが、はっきりとした記憶がありません。もしかしたらボーヴォワールだったかもしれませんが、そうではなかったかもしれません。NAMが解散した後彼女は、「倫理」とかいわずにごく普通に家庭生活を楽しんでいると聞いています。彼女は運動と関係がなくなってしまったことを少し恥ずかしがっていたようですが、私は、そういうことを恥ずかしがる必要はないと思います。彼女がNAMで悪を一切為さなかったということだけは事実です。それだけでもいいと思います。

ずっと地道に障害児教育をやっている柳原さんの奥さんとか、大和田さんの奥さんとか、小難しいことは決していいませんが、ただひたすら善良であるというような人々がNAMには大量にいましたが、そういう人々の存在は非常に貴重であったと思います。私は千葉県民ですから、NAM大阪、NAM関西がどうだったのか全く知りませんが、杉原さんが、NAMで出会った人々は自分がこれまで左翼運動でよく知っているような人々とは全然違っていた、明るく純真で眼が輝いていた、と幸せそうに語っていたことが懐かしく思い出されます。事実そうだったのでしょう。NAM東京でも同じだったと思います。

柳原さんの奥さんは非常に善良でした。西部さんがNAMをやめてしまったとき、彼女は、NAMはやめてしまうことができるようなものではないはずなのに、と残念がっていましたが、恐らく彼女がいいたかったのは、彼女にとってNAMは放棄することのできない理念、倫理なのだというようなことだったのでしょう。そしてそのNAMが崩壊してしまったとき、彼女は、どうしてこういうことになってしまったのか全く分からない、といっていましたが、そういうこともどうしようもなかったのでしょう。

王寺さんという当時パリ在住の哲学者が、「ジェンダーセクシュアリティ」のメーリングリストに、NAMに女性会員が少ないのはどういうことだ、などと文句をいってきて、私はひどく腹を立てました。彼がいいたかったのは、NAMが観念的だから女性が入らないのだ、というようなことだったのでしょうが、NAMに入るのを女性達に強制してしまうことなどできません。それにそう思うなら、彼自らが知り合いの女性を勧誘すればよかっただけです。どうして我々に高みから偉そうに説教する権利が自分にはあるなどと傲慢なことが思えたのか私には理解できません。

その王寺さんは最初からLETSに疑問だったそうです。理由はLETSが「閉鎖系」だからということでしたが、当たり前ですがLETSはそのLETSの会員しか使えません。彼はそういうものが急速に拡大することなどないと考えましたが、でも、柄谷さんに個人メールでそういったというだけでした。王寺さんのような、Qが紛争でもうどうにもならなくなってから、実は自分は最初から疑問だったなどと言い出す人々の神経が分かりませんが、そういう人々は大量にいました。西部さんの理論に最初から疑問だったと後から言い出す浅輪剛博さんとか鈴木健太郎さんなどですが、私には彼らがなぜNAMに入ったのか理解できません。西部さんのいうことが100%正しいというつもりはありませんが、客観的にいって、彼がLETSアイディアを導入しなければNAMが作られることもなかったはずです。その西部さんの理論にそもそも最初から反対であったなら、NAMやQに入るべきではなかったと思います。

now playing: Sonny Rollins "Saxophone Colossus".

[]solo 11:27

D

[]近況アップデート 14:23

吉永さんという人を考えますが、その前に幾つか金銭関係で整理しておく必要があります。吉永さんは、どういう考えであったのか知りませんが、NAM解散後困窮していた私に10000円送金してくれました。彼にはいろいろ批判がありますが、彼がお金を恵んでくれたということに私は率直に感謝すべきだと思います。

田中さん、柳原さん、蛭田さん、大和田さんも合計で幾らかは忘れましたが、私にお金をくれました。攝津基金とかいったと思います。生活費ということではありませんでした。彼らの意見では、私の精神病を治療するには、精神病院に通院して薬物を飲むよりも、田中さんと懇意の整体師の女性のところに通うべきだということであったのです。彼らが出してくれたお金というのは、私が整体治療を受けるためだったのです。

私の記憶では、その整体の女性のマンションは確か東高円寺だったと思います。そこに通いました。私は代替医療のことを全然知りませんが、なるほどカリスマ的な人だというのも何となく分かるように感じました。

確か2ヶ月ほどその女性のところに通ったはずですが、それでやめてしまいました。理由は、彼ら4人も生活が楽でないからお金を送り続けるということが苦しいし、私のほうもただ単にNAMで知り合いだったから彼らからお金を恵んでもらうのが申し訳ないと感じていたので、お互い何となくお互いの考えを了解しましたから、そういうことをやめることにしたのです。

繰り返しになりますが、私は代替医療をまるで知りませんから、そういうことに意味なり効果があったのかどうかは全く分かりません。私が薬物を飲むべきではないという人々は多くいました。美術家の北川さんなどRAMの人々もそうでしたが、彼らが精神医療の素人だったとしても、そういうならば私自身そうですから、結局分かりません。事実は2012年になっても少しも快方に向かわないし、薬物が劇的に減らされているのはただ単に何を飲もうと効果がないという理由しかないということです。

吉永さんの話に戻りますが、彼はもともとランボー研究者でしたが、私がそれを知ったのは、NAM解散後だと思います。杉原さんが実はアルチュセール主義者だったと知ったのがNAM解散後であったというのと同じです。

吉永さんはNAM中国四国、NAM LETSで活動していました。NAM LETSでは連絡責任者をやっていました。私の記憶が正しければNAM LETSの最初の代表者は西部忠さん、二代目の(そして最後の)代表者は松本治さんだったと思います。

吉永さんという人は彼なりに真面目であり、倫理的だったのでしょうが、でもしかし、彼の真面目さや倫理というのは私には理解できないようなものでした。

NAMでは隠していたのだとしても、吉永さんはもともと文学研究者だったのですから、普通の人では見付けることのできない文献を探し出す能力があったはずです。ちょっとびっくりしますが、彼は西部さんが書いて公表したありとあらゆるものを読んでいました。

そういう吉永さんは、西部さんの理論やQに肯定的だったわけではありません。柄谷さん親子や後藤さんといっしょになってQを破壊してしまうことが彼なりの絶対的な正義でした。でも、2002年の末にどうして、彼がそのような結論に到達してしまったのかということは、幾ら考えても推測してみても私には理解できません。私に分かるのは、彼がそういうことを公言し実行したということだけです。

吉永さんがやったことは、Qの委員会プログラマー連中を激怒させました。逵さんという人は非常に温厚な人格者でしたが、それでもこのときQの委員会で吉永さんを「馬鹿」と罵ったはずです。

吉永さんの行為を正確に説明することは、パソコンインターネットプログラミングの専門知識のない私にはできません。私なりにいえるのは次のことです。QはWinds_qというソフトウェアで地域貨幣を決済していました(現在も多分そうだと思いますが、どうなっているのかよく知りません)。柄谷さんの息子さんが謝罪と称して「3Q」をQ会員にプレゼントしようとしたということは昨日いいました。そのときに、吉永さんはこういうことをやったと思います。柄谷さんの息子さんから贈られた「3Q」を決済します。そして、Winds_qの画面でマウス右クリックし、前の画面に戻ります。そして、もう一回決済します。そのようなことを無際限に繰り返した、ということだと思います。

吉永さんは地域貨幣の決済を無限に繰り返してしまいました。そうしますと、一回一回決済されるのはたかが「3Q」だとしても、彼は無限回反復しましたから、最終的に莫大な金額になります。そのようなことを、吉永さんは、QそのものやWinds_qというソフトウェアなどへの「実践的な批判」なのだと考えました。

Winds_qで地域貨幣を決済しても、右クリックすれば元の画面に戻れて決済を無限に反復できるのだというようなことは恐らく誰も考えなかったようなことだと思います。ですから、セキュリティホールということなのでしょうが、でもどうして、そのセキュリティホールを突いて地域貨幣の決済を無限に繰り返すことがQへの有意味な批判になるのか、全くわけが分かりません。

けれども私が吉永さんを許せないのはそのことではありません。それは次のことです。NAMに「NAMとQの特別委員会」が設置され、そこにQの委員会から「Q大使」として逵さんが招かれました。吉永さんはその逵さんを実に残酷に悪意的に罵倒したのです。

私は、NAMの人々は自発的にNAMに入ったのだから、少々いやな思いをしたとしても致し方がなかったと思います。でも、逵さんはNAMとは関係がありません。そのような一般の人々に、必要がない苦痛を与えたり、不愉快な思いをさせたり、罵倒したりするといったことは人間としてやってはならないことだと思います。けれども柄谷さんにしても吉永さんにしても、NAM会員ではない人々(Qの委員会やQの一般会員の人々)に対して配慮が必要だというような考えは少しもありませんでした。彼らの意見は、Qそのものが「ママゴト」だから「Q大使」(NAMとQは別団体ということになっていましたから、意見調整のためにそういう役目の人が派遣されるということになっていました)も「ママゴト」であり、故にQ大使としてNAMに招かれた逵さんに幾ら無礼なことをしてもいいし残酷に罵倒しても構わないというようなことでした。そのような思想は非倫理的というほかないと思います。

逵さんにしても、『可能なるコミュニズム』や『NAM原理』などを読まなかったというわけではありません。彼はそれらを読んでいました。そのうえで熟慮して、NAMに入らなかったのです。でもQやQの委員会には入ってきました。彼にはプログラミングができましたから、開発部に入って穂積さん達と一緒にやっていたはずです。

逵さん自身がQの委員会で書いていましたが、彼は若い頃、左翼党派の専従者として働いていました。その党派で、非常に不愉快な体験をしたそうです。それはこういうことです。党派のなかで、或る日突然、一部の人々が、悪であるなどと断罪されてしまいます。そうしますと、昨日まで友達、同志だったのに、今日からは敵だというようなことになります。そして、そのような人々は最初から悪意があったはずだから、そのような人々がこれまでやってきた全てが悪意であると解釈されます。さらに、党派の歴史も書き換えられます。悪とか敵にされてしまったような人々は消去されてしまったり、そうでなくてもそもそも最初から悪であったのだというようなことになってしまいます。逵さんにはそういうことが非常にいやでした。まさかQでそういう体験をしてしまうなどということは予想しなかったでしょう。

私からみれば、その逵さんは非常に公平でしたし、彼がQの委員会やNAMの特別委員会で主張していたこともごくまともなものでした。現在の混乱を齎しているのは柄谷さんだから、せめて柄谷さん自身の口から直接、一体どういうことになっているのか説明をしてもらいたいというようなことでしたが、逵さんやQの人々がそのように考えても当たり前なのではないでしょうか。

Qの紛争というのは実務労働者が代表に反乱を起こしたということだ、と昨日いいました。けれども、逵さんや木場さんといった後にlets_think MLに入ってしまうような人々ですら、最初は実務労働者、登記人の味方だったのです。逵さんや木場さんは、実務労働者の人々に直接会いに行き(そのことだけでも立派です。私は会いに行きませんでした)、実務労働者といっしょになって実務の負担が重いなどの窮状を訴えていました。ですから、柄谷さんが介入してくるまでは、別に党派的な憎悪などという話ではなかったのです。

柳原さんや蛭田さんは、逵さん、木場さんが柄谷さんを批判するからおかしいし変なのだという意見でしたが、そういう彼らのほうがわけが分かりません。NAMを作ったのは柄谷さんだから、NAMの人々にとっては柄谷さんが大事でも、そういうことは逵さん、木場さんには無関係だというようなことがどうして理解できないのでしょうか。

lets_think MLを精読、熟読しても、逵さんがいっていることが非常に公平であることが分かります。西部さんがちょっと言い過ぎてしまうようなことがありますと、逵さんがそこまでいうべきではないのではないか、などとたしなめています。現在lets_think MLはインターネットに存在していないようですが、そういうことは素直に読めば誰にでも分かるようなことです。

吉永さんに戻る前にもう一言いうと、柳原さんがあの「Qは二度死ななければならない」を書いてしまったとき、私は既に精神病で(そして、柄谷さんの息子さんから告訴すると脅迫されたために)Qの委員会を離れていましたが、逵さんがQの委員会に書いた応答を私に個人メールで送ってくれました。逵さんの意見は、もう少し公平、客観的なものの見方ができなければ、「次の運動」などといってもまた同じことを繰り返してしまうだけなのではないのか、というようなことでしたが、私は彼のいう通りだと思います。

吉永さんについていえば、最終的に私には彼の考えが理解できません。吉永さんと京都で会いましたが、会って話せば分かり合えるというようなものではないと思います。吉永さんが柄谷さんが正義であると信じていたのであろうというようなところまでは推測できますが、それ以上のことは何も分かりません。彼はQ、そしてそれだけでなく当時のNAMも欺瞞だと考えたのでしょうが、理由がはっきりとは分かりません。

ただ、吉永さんはNAMの評議会で、Qや西部さんは殿様商売だと非難していました。彼が書くことを事実と信じるとすれば、その点については彼のいっていたことは妥当であろうと思います。それはこういうことです。有機農業の有力なグループだったと思いますが、吉永さんは、そういうグループと地域貨幣を結びつけたいと願ったそうです。それで、西部さんに話をしましたが、冷たく断られてしまったということです。本当に西部さんがそういうことをいった(書いた)のかどうか知りませんが、吉永さんによれば、西部さんは、その有機農業団体が地域貨幣を導入したいなら、向こうから自分に会いに来るべきだ、みんなそうしている、とかいったそうです。吉永さんはそのことを一体何様のつもりだといっていましたが、もし吉永さんの報告が事実なのであれば、確かに非難されても仕方がないようなことだと私も思います。

なぜならば当時Qはインターネットで決済できる唯一の地域貨幣でしたが、たとえそうなのだとしても、やはりできたばかりのものでしかなく、その可能性は未知数としかいえません。長年有機農業などをやってきた団体のほうが運動として立派だから、Qのほうが頭を下げて使ってくれないかと頼むのが当然でしょう。もし西部さんが、自分の作った地域貨幣が、その有機農業グループよりもすごいのだと考えていたというのが本当のことならば(本当かどうかは、よく確かめる必要がありますが)、そういうことはいえないというしかないでしょう。

ただ、事実関係の確認は公平である必要があります。2003年に私自身がQを攻撃したとき、吉永さんから渡された資料を使いましたが、森谷さんから事実関係を訂正、補足してもらいたいといわれました。それはこういうことです。その有機農業グループは、Qや地域貨幣よりも現実の商売が大事だし意味があるということを確かにいったのだとしても、同様にNAMに対しても否定的であった、そのことも併記しなければ公平とはいえないというようなことでしたが、その点については私は森谷さんのいう通りだと思います。それから、私にはどうしてなのか理解できませんが、NAM末期に吉永さんが森谷さんを罵倒してしまうというようなこともあったと思います。森谷さんが柄谷さんに従属しなかったからなのでしょうが、しかしそのような理由で他人を罵倒するのは余りに一方的で残酷です。私はそういうものが正義だとは思いません。

The Modern Jazz Quartet "Django".

Charles Mingus "The Clown".

Roland Kirk "The Inflated Tear".

Duke Jordan "Trio And Quintet".

Yosuke Yamashita "Canvas In Quiet". (山下洋輔『耳をすますキャンバス』)

Django

Django

道化師

道化師

Inflated Tear

Inflated Tear

トリオ&クインテット

トリオ&クインテット

耳をすますキャンバス

耳をすますキャンバス

このように十年前の出来事を改めて整理してみますと、当たり前ですが、呆れ返ってしまうというほかないようなことばかりであったのに自分自身がびっくりしてしまいます。当時の私にしてもしょうもない存在だったのでしょうが、けれどもしかし、最近私が思い出してあれこれ書いているようなNAMの人々の惨状は一体何なんでしょうか。そういうことを考えると、苦々しいし憂鬱になります。吉永さん、それに西原さんは、NAMとかQが「おべんちゃら」、偽善、欺瞞、綺麗事だと執拗罵倒していました。なるほどそうかもしれませんが、はっきりいいますが、本当に(建前でなく)本音、本気で話すならば、現に現在私がそうやっているように、非常に残酷な言葉による殺し合い、殺戮になるよりほかありません。それでいいのだ、というのが彼らの意見なのでしょうか。

吉永さんという人の名誉のために補足しますと(彼の名誉などどうでもいいことですが)、彼はNAM解散後、田中さんだかに相談して、自分で有機農業のグループに入って多分今もやっていると思います。NAM解散後の言動を観察して、NAM会員の90%以上には何の政治的動機もなかったと断言できますから、吉永さんは自分で「倫理的経済」などを実行しようとしただけ立派だともいえるでしょう。そうはいっても、客観的にいって彼がどうしようもない悪であった事実は変わりません。ちなみに倫理的経済などというならば、この私にしても、"Cafe LETS"などをやろうとして失敗したのですから、別に吉永さんだけが実行したとかいう話でもありません。私が有機農業をやる気がないのは、農業を軽蔑しているからではなく、ただ単に向いていないからです。私には一日中インターネットをやっているのが一番お似合いです。

吉永さんや西原さんの意見に補足しますと、「おべんちゃら」を軽蔑罵倒していた彼らが、もし十年後の現在、私が残酷な真実や事実を執拗にいい続けるのを不愉快に感じるとすれば、それは自己矛盾です。あなたがたは、「おべんちゃら」ではなく真実を話したかったのではないでしょうか。そうだとすれば、それは現在私が実行しています。その私がいうことが、あなたがたに不都合、不利益なのだとしても、残念なことですが、それは自業自得というよりほかありません。

[]solo 19:35

D

[]近況アップデート 20:25

私が一番腹が立つのはこういう非論理的な意味不明な意見です。私はQを破壊したから悪で、松原さんはQの委員を続けているから善であるとかいうことは、この人のいうことが本当にわけが分からないということとは何の関係もありません。むしろ、より深い絶望を感じます。→松原克彰 「NAMに全く意味がなかった、くだらなかった」とは思っていません、というより、その手の発言をしたくありません。そういった言説は実際に柄谷行人やNAM会員がやった事(西部・宮地・穂積3氏への誹謗中傷やQ攻撃またQ攻撃を阻止できなかった事)の責任を回避するために利用されているに、すぎないからです。

松原さんとかいう人は、わけの分からぬ勝手理屈で私に「謝罪文」を求めるような無礼なことをやりましたが、何の反省もないのでしょうか。

NAMのQ破壊を阻止できなかったのは、NAM会員であり、NAM LETSの最初からのメンバーである松原さんとかいう人も同じです。松原さんがNAMに入っていたというのは端的な事実ではないのでしょうか。NAMに参加していた松原さんに、「NAM-Event ML」「Q全体会議ML」その他で柄谷行人その他を公開的に批判する勇気など少しもありませんでした。

松原さんなどという人に勇気がなくてもよかったと思います。十年前の私にもなかったのですから。事実をいえば、当時柄谷行人をはっきり批判したのは、森谷さんとかいう女性ただ一人でした。ですから、私は森谷さんとかいう人は立派であった、と考えます。しかし、それだけです。

よく知りませんが、Qの委員をやっている松原さんとかいう人は多分善人なのでしょうから、私はそういう人に残酷なことをいいたくありません。松原さんとかいう人がこれ以上つまらないことをいわないでいてくれればいいけれども、とか思います。

私を怒らせると怖い、とかいうことはいいたくないですが、現実問題としてそうです。私は感情を抑制できないし、無礼な人に寛容であったり、「スルー」するとかいうこともできません。だから、松原さんが無礼なことを言い募らないことを祈りますが、もし彼がそういうことをしてしまうならば、どうなっても知りません。

さて、松原さんをよく知らないというのは、実は嘘です。12年前から知っています。12年前に松原さんが本当に書いていたことを持ち出して意地悪をいいたくもなりますが(彼は無礼なのですから)、でもそこまで悪意的にならなくてもいいでしょう。松原さんは柄谷さんのような人とは違いますから。

Nat "King" Cole Trio "Nat "King" Cole In The Biginning".

少し松原さんについていえば、彼はQの委員で、Qのweb-siteを管理しています。私は、「情報公開」などさっさとやるべきだと思います。松原さんも郵便局仕事多忙かもしれませんが、でも、十年前の話です。どうしていつまでも公開できないのでしょうか。私には分かりません。

私が手伝えればいいでしょうが、Qを残酷に破壊した私がQやその委員会に戻ることができない、というのも松原さんであれば御存知のはずです。ですから、手伝えません。松原さんがやるよりほかありません。

それから、この間私がQや西部さんについていったことは、誹謗中傷ではなく、根拠があります。そういうことに松原さんは少しも説得的な反論ができないのでしょうか。

一つだけいえば、Qを使ううえで現実の困難があることを西部さんに指摘したけれども、彼が耳を傾けなかった、と書きました。2012年の現在のQはどうなっているのでしょうか。もし、2012年のQが少しも改善されていないのならば、そういうことを、例えば私のせいにしてしまうことはできません。あなたがたは十年間ずっと、Qをやってきたのではないでしょうか。

私は別にQを否定していません。否定しませんが、Winds_qすら動かないような現状がどういうことなのか、わけが分かりません。そういうことに、Qの委員である松原さんは、少しの問題も責任も感じないのでしょうか。

松原さんはQのweb-siteをXOOPSにしましたが、それもやめて普通にしたほうがいいと思います。松原さんと私しか書き込んでいないからです。私が書き込みを遠慮したほうがよかったでしょうが、つい書き込んでしまいました。

Winds_qが動作していないのに気付いて松原さんに報告したのも私でしたが、Q会員はWinds_qを使わないのでしょうか。実に不思議です。

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